第135話(2-89)新しい両腕

135


「ショーコって、君は、アリスが言っていた、ドクタービーストの亡くなった娘さんなのか」


 クロードは、土埃つちぼこりの舞う作業場で仰向けに倒れたまま、呆然とショーコを見上げた。

 南方の山脈から一陣の風が吹いて、彼女が着た青く輝くワンピースドレスの裾をわずかに巻きあげる。

 ショーコの短い薄紫色の髪が揺れ、彼女の髪間から覗く同色の瞳がわずかに和らいだ。


「正しくは、危険視されて異界に棄てられた娘よ。死んだと思った? 残念、どっこい生きてる異邦人――って、貴方のところにも何人かいるのでしょう」

「どっこいって、うん、そうだね」


 クロードは、虎耳と尻尾をぴょこぴょこと動かして微笑む少女と、目を閉じ静かに正座する薄墨色の髪をひとつにくくった少女の姿を瞼裏まぶたうらに浮かべる。

 アリスは人間との戦いの果てに重傷を負い、セイは敗戦の責を被って自刎じふんして、そうして彼女たちはこの世界にやってきたのだ。

 クロード自身もまた、何か大きな車の様なものにはねられた気もするが、あれが本当に車だったのか記憶があいまいだ。


「今日は貴方の義手を届けに来たの。ここはうるさいひとたちがいるから、少し離れましょう」


 ショーコの白い手が舞って、空中に魔術文字を綴る。彼女の指先から真っ白な霧が生みだされて、クロードを追う楽園使徒アパスルたちの視界を奪った。

 テロリストたちは、ちゃんとした訓練を受けていないのか、めくら撃ちにマスケット銃や弩を乱射しはじめた。

 だが、何発撃とうとも、狙いさえ定かでなければそうそう当たるものではない。


「こっちへ」


 ショーコは小柄な体にも関わらず、軽々とクロードを背負いあげると、資材倉庫の中へと運びこんだ。


「軽いわ。クロード、貴方、まるで女の子みたいね」

「言わないでくれ。これでも鍛えてるんだ」


 足場板やパイプ、梯子などがうずたかく詰まれた倉庫の陰に隠れたショーコは、クロードを壁に寄り掛かるよう金属板を敷かれた床に降ろした。

 そして、円形の魔法陣を描くや中に手を差し入れて、スーツケースのような鞄を引き出した。


「ショーコさん。さっき義手っていってたよな。嬉しいけど、採寸していないんじゃ、サイズがあわない……って、大きな羊羹ようかんだこれぇ!?」


 ショーコが開いた鞄から出てきたものは、アリスを溶かしたものに似た赤黒い泥と、いかにも美味しそうな栗羊羹と芋羊羹といった風情の二本の肉塊だった。


「失礼な。食べられないわよ」

「君の父さんのように、僕に改造手術をするのか?」

「やらないわ。人を獣に変える外法なんて、この世界には不要でしょう? どこまでパパから聞いたか知らないけれど、パパは侵略者と戦うために大勢の人間ヒトを、闘うためのヘイキに変えたの。でもパパは死に際に、アリスちゃんって娘を獣から人に変えたのでしょう? だったら、きっとそれが正しい使い方で、最後の改造手術よ」


 ショーコは、クロードの腕の切断面に泥を塗って、栗羊羹を右腕に、芋羊羹を左腕にくっつけた。

 同時にクロードの上半身は光に包まれて、眩んだ視界が戻った時、そこには慣れ親しんだ彼自身の両腕があった。

 クロードは、言葉もないまま、手で壁を触り、床を撫でて立ち上がった。


「信じられない。手の感触がある。凄い、凄い!」

「成功ね。貴方たちの使う鋳造魔術にも干渉しないよう調整してあるわ。あとは、ちょっとした機能があって……」


 ショーコが、クロードに説明した義手の機能は驚くべきものだった。


「まるで神話だな。邪竜ファヴニルの血を浴びた英雄ジークフリートは、いかなる武器も受け付けない不死身の体となった、だっけ」

「さすがに過剰な評価だわ。改造手術をしていないから稼働時間も短いし、契約神器なんてオーバーウェポンがあるこの世界じゃ気休め程度でしょう。それでも、この両腕が貴方の旅路を照らすお守りになることを願っているわ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます