第三部/第五章 悪徳貴族と豊穣祭

第258話(3-43)悪徳貴族とハプニング!?

258


 クロードは、夢を見た。

 ザアザアと砂嵐に似たノイズがはしる、白い霧に包まれた朧気おぼろげな場所で、真っ赤な血にまみれた子供が喉も枯れよとばかりに叫んでいた。

 意識が無くとも、理解できた。彼が欲するものは、決して叶えさせてはならない渇望なのだ、と。

 だからクロードは、彼を止めようと力一杯に抱きしめて――。

 現実にある、柔らかな肉体の感触に困惑した


「あれ?」

「と、棟梁殿、大胆だな……」


 クロードが抱きしめていたのは、返り血に濡れて怨嗟の叫びをあげる少年ではなく、湯上がりの肉体を羞恥しゅうちで赤く染めた少女、セイだった。

 衝撃は留まらない。二人が抱き合っていたのは、湯が張られた浴槽よくそうだ。

 クロードは当然真っ裸で、セイの美しく膨らんだ胸とタオル一枚を挟んで密着していたのである。


「――っ」


 とっさに声を抑えたのは英断だったろう。屋敷には他に三人の女の子がいる。もしもこういった情景を目撃されては、誤解されること必死だ。

 曇りがかったような眠気が、衝撃のあまり吹き飛んだ。

 思い出せばどうということはない。昨夜、明け方頃まで仕事が続いたクロードは、せめて出勤までに湯を浴びようと風呂に入り、そのまま寝落ちしたのだ。


「お、おはようセイ。どうしてここに?」

「棟梁殿がいつになっても風呂から出てこなかったから、湯あたりしてはいけないと様子を見に来たのだ」


 セイは穏やかな顔で言い切った。朝日を浴びた薄墨色の長い髪が濡れて銀に染まり、うなじにかかった姿がやたらと艶っぽい。

 クロードがもしも冷静ならば、「でも、裸になる必要は無いよね」と的確なツッコミを入れたことだろう。

 しかし、彼女の肌に触れたことで彼も完全に混乱していて、正常な判断が出来なかった。


「あ、クロードくん、起きた?」

「クロード、おはようたぬっ」


 状況は更に悪化した。

 同じように湯船に浸かっていたらしいソフィとアリスが、心配そうに近づいてきたのだ。

 柔らかな膨らみが、水音と共に弾む。辛うじてバスタオルで覆われているとはいえ、彼女たちの大きな胸は、思春期の少年にとって砲弾よりも目に毒だ。


「おは、よう」


 クロードは、そっとセイから離れると、壁かけに置いてあったタオルを巻いて湯船から逃走を試みた。

 必死で脱出路を探すものの、赤面したレアが申し訳なさそうに入口を塞いでいた。


(これじゃ、逃げ場がない!)


 長湯でのぼせあがったクロードの脳が、熱暴走しながら回転を速める。


(考えろ考えろ。絶対に立ち止まるな。ピンチじゃなくてラッキーだけど、僕は先に進ななきゃいけないんだ)


 もしも選択肢を誤れば、辿りつく場所は幸福な人生の墓場だろう。


(考えるんだ。セイ一人ならば、レアは止めるはず。あ、太ももが色っぽい)


 クロードだって健康な男の子だ。目が吸い寄せられるのが避けられない。

 女の子たちのしなやかな肢体が濡れて、水滴が滴り落ちてゆく。

 

(感じるんじゃない、考えろ。きっとアリスかセイが悪戯を思いついてソフィが悪ノリした。なら三人を制してレアを説き伏せれば――ああ吐息に酔いそう。呼吸の音が反響する)


 セイのツンとあがったお尻が、アリスのひきしまった背中が、ソフィの白い谷間が、レアのくびれた細い腰がクロードを狂わせる。

 クロードは視覚に続いて聴覚と嗅覚もイカれ、血が上って平衡感覚すら失い、ついに足を湯にとられてひっくり返った。


「がぼぼぼっ……!?」

「棟梁殿っ」

「クロード?」

「クロードくんっ」

「領主さま!」


 クロードは溺れかけたところを、慌てて駆け寄った四人の少女達に助け出された。

 それはあたかも天国のようで、理性にとって地獄だった。

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