第368話(5-6)異世界召喚の真実

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 ――おにいちゃん達は、世界の終末に関わる必要なんてない。


 ボス子の言葉に、クロードは思わず口を挟もうとした。しかし、彼女は赤と青の瞳に涙を浮かべて続けた。


「クロードおにいちゃん。異世界人を召喚する魔術はね、本来なら死の定めにあった人を、別世界から迎える術式なんだ」


 クロードは、喉まで出かかっていた言葉を飲み込んだ。


(それは、僕も薄々気がついていた)


 余所の世界から招かれた異邦人には、ある共通点がある。


 ――アリスとセイは瀕死の怪我を負っていた。

 ――ササクラ翁は世界大戦中に行方不明となった。

 ――ショーコは元の世界から異次元へと追放された。


 彼や彼女は、絶対絶命の窮地からこの世界に辿り着いたのだ。

 クロードや部長のような例外もあるだろうが……


「わたし達の滅びゆく世界で、ある盟約者が世界樹に願ったの。『自分達だけ死ぬのは嫌だ、道連れが欲しい』って」


 盟約者の名前は、ケヴィン・エンフォード。

 〝赤い導家士〟に参加した構成員の一人で、第一位級契約神器ギャラルホルンのパートナーだったという。


「……彼の邪悪な願いが過去の召喚術式を狂わせた。本物のクローディアス・レーベンヒェルムや、他の様々な組織が執り行った召喚式に干渉して、わたしがいた世界の歴史にはいなかった〝おにいちゃん〟や〝運命の人〟、〝二人のお友達〟が拉致されてしまったの」


 ボス子の告白は、これまで不可解だった闇に光を当てていた。

 クロードら演劇部員がこの異世界に招かれた理由、音もなく気配もないトラックという怪現象に遭遇した由縁ゆえんに。


「じゃあ、何か。カルトかぶれの盟約者が心中を願った結果、過去に無関係の演劇部員が召喚されて、……イスカちゃんがいる世界に分岐したっていうことか?」

「そうだよ、おにいちゃん達は、〝わたしのいる世界の心中志願者〟の願いに、無理やり巻き込まれただけの被害者。そんな無法に付き合う必要なんてない。貴方には愛する人や守りたい人だって、いるでしょう? 彼らを連れて元の世界に帰って」


 ボス子の言葉が染み渡る。彼女は、ただクロード達の安寧だけを願っている。


「おにいちゃん達はね、夢を見ているのよ。明日には溶けて消える雪の欠片、そんなものに囚われる必要なんてないの。世界は終わるべくして終わり、おにいちゃん達は地球へ帰る。それが、あるべき結末だよ」


 クロードは思い出す。

 北欧神話は、破滅と再誕の物語だ。

 英雄も巨人も神々も、運命の中で果ててゆく。

 そんな世界には関わるべきではないのかも知れない。たとえそうだとしても。


「ボス子ちゃん、僕は『悪徳貴族』だよ」

「そんな、押しつけられた役柄に囚われる必要なんてないんだよ」

「ひょっとしたら、僕を舞台に上げたのは戯けた心中志願者の勝手かも知れない。役を割り振ったのは、本物のクローディアスとファヴニルの都合だ。でも、選んだのは――僕だ」


 あの日、あの海岸で、ファヴニルと契約を交わし、宣戦布告をした時、『選び取った』のだ。

 クロードは確信している。自分が本物のクローディアスが欲した脚本をぐちゃぐちゃに引き裂いて、チリひとつ残すことなく焼き尽くしたと。

 クロードが選んだ結果、レーベンヒェルム領は、本物のクローディアスが望んだ『正しい』夢想からかけ離れた形で成長して行くだろう。

 最低な召喚者は、もはや誰の心に残ることもなく豚鬼オークの餌として消え果てた。


「世界の終わりが、ラグナロクの到来が、『正しい』運命だというのなら、僕が打ち倒そう」


 クロードは、これまでの戦いを思い返した。

 〝赤い導家士〟は『正しかった』のだろう。――彼らは、革命の大義の元、誰も彼をも不幸の沼へと沈めてゆく。

 〝楽園使徒アパスル〟も正しかったのだろう。――彼らは大国の威を借りて、欲望のままに他国を踏みにじる。

 〝緋色革命軍マラヤ・エカルラートも正しかったのだろう。――ダヴィッド・リードホルムの虚栄のため、国も民も薪にして燃やし尽くす。

 当然ながら、ファヴニルも正しいに違いない。――人間を恐怖の檻に閉じ込めて、玩具箱として遊び続ける。


(そんな『正しさ』は、糞食らえ)


 クロードは、腹をくくった。


「クロードおにいちゃん、運命はそんなたやすいものじゃ……」

「ボス子ちゃん、勝てる見込みが無いなんて、最初からだ。

 もしも、レアが助けてくれなければ……。

 もしも、ソフィが手を差し伸べてくれなければ……。

 もしも、アリスが守ってくれなければ……。

 もしも、セイが軍を率いてくれなければ……。

 部長やエリック達が力を貸してくれなければ、僕はとっくにくたばってる」


 チョーカーのように、命を賭けてくれた人達だっていた。

 召喚された理由に思うところはあるが、おかげで、かけがえの無い人々と出会えた。


「僕は約束通りに、ファヴニルと決着をつけて勝つ。その上で、終末の運命なんて乗り越えてやる!」

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