第26話 演劇部長たちの夢想曲(トロイメライ)

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 復興暦一一○九年/共和国暦一○○三年 晩樹の月(一二月)八日夕刻。

 痴漢の罪に問われた冒険者、ニーダル・ゲレーゲンハイトは、被害者ソフィによるキツい平手打ちを受けた後、示談が成立して不起訴処分となり、釈放された。


「なんだよ、あのムッツリ後輩。おっぱいでけぇねーちゃんと知り合って、庇われてさあ。ああ、くそムカつく。こっちの逢引デート相手は邪竜だぞ、邪竜!」


 頬に真っ赤な紅葉の浮いたニーダルは愚痴りつつも、マラヤディヴァ国首都クラン近郊の古代遺跡をあかあかと輝くランタンを手に潜っていた。

 彼は防刃と防魔術加工を施した紅い外套を身にまとい、直槍に三日月型の枝刃をつけた十文字鎌槍を自在に振るって、洞窟の中で徒党を組んで襲ってきた豚鬼オーク達を蹴散らし、岩陰から酸を吐き出した機械蟻の首を刎ね飛ばす。

 

(最初から、妙にチグハグだとは思っていたんだ……)


 ソフィという少女が、オクセンシュルナ邸の門前にやってきた時から、ニーダルは違和感を抱いていた。

 敵対するファヴニルが、テロリスト集団”赤い導家士どうけし”をそそのかして、ホテルに宿泊していたニーダルの娘、イスカを拉致しようと試みたことは、容易に想像できた。


『し、失礼しました。オクセンシュルナ様、ゲレーゲンハイト卿。クロード様は、先ほど市街で”赤い導家士”を名乗るテロリスト遭遇し、彼らに追われていた御息女を保護しました。レーベンヒェルム領で預かるのは、イスカちゃんの安全のためです。人質とか、危害を加えようとか、そんなことはしません』


 しかし、ファヴニルの盟約者パートナーである悪徳貴族、クローディアス・レーベンヒェルム辺境伯が赤い導家士による誘拐を阻んだ上で、イスカを手元に置こうとしたのは、いくらなんでも手が込みすぎていると感じた。


(ひょっとして嘘八百を並べ立てているのか? とも疑ったが)


 屋敷に来た警察官が、マティアス・オクセンシュルナ議員に、辺境伯が赤い導家士による破壊活動を鎮圧したことを伝えたために、裏付けが取れてしまった。

 極めつけは、ニーダルとソフィの会話がまったく噛み合わなかったことだ。


『ソフィさん。うちの娘が世話になったようで感謝する。クローディアス・レーベンヒェルム辺境伯には、直接会って礼を言うよ。案内してもらえるか?』

『だ、だめ。行かせない。クロードくんを貴方なんかに殺させない』


 イスカを人質に、ファヴニルの勢力圏であるレーベンヒェルム領へ招こうとするのなら、辺境伯の使いであるソフィがニーダルを止めるのは、辻褄つじつまが合わない。


(こうまでチグハグならば、何か理由があるはずなんだ)


 ニーダル・ゲレーゲンハイトは、自分の記憶を信用していない。

 古の時代、神焉戦争ラグナロクを終わらせた第一位級契約神器の複製レプリカであり、自身が背負った、呪詛機構システムレーヴァティンは、使用者の肉体と精神に過大な負荷をかけてくる。

 具体的には、一時的な、五感の消失や四肢の感覚異常、破壊衝動喚起や記憶欠損などだ。

 転写魔法で撮影された、クローディアス・レーベンヒェルムの顔を確認したいと思いついたのは、ある種の虫の知らせとも言うべきか――。


「前に見たときは他人の空似だった。ここ最近で入れ替わりやがったな」


 小鳥遊蔵人たかなしくろうど

 ひねくれ者の癖に、自罰傾向が強い演劇部の後輩。

 思い出してしまえば、散らばったパズルの欠片は、瞬く間に一枚の絵へと組みあがった。

 どんな巡りあわせがあったかは知らないが、本物の辺境伯になり代わり、現在、ファヴニルと盟約を交わしているのは、どうやら蔵人らしい。

 ファヴニルがイスカの略取を目論むも、偶然か意図的かは不明だが蔵人がこれを阻止、ニーダルという邪竜に対抗できる存在を知って、己が生贄となって自害なり特攻死すれば多くの人が救われる、なんて馬鹿なことを思いついたに違いない。


「で、あのデカパイねーちゃんは蔵人を死なせたくないから止めようとした、と。あいつが俺を直接頼らなかったのは、気付かなかったか、この世界に来た衝撃で忘れてるか。頭が痛ェ……。ノイズもやかましい。俺も、長くは憶えていられない、か」


 レプリカ・レヴァティンは、ニーダル・ゲレーゲンハイトが、この世界に来るまでの過去、高城悠生たかしろゆうきとしての記憶を思い出すことを、極端に嫌っている。おそらくは、この遺跡を出る頃には、ニーダルは蔵人のことを忘れてしまうだろう。――それでも、懐かしい記憶は、彼の心に暖かな火を灯してくれた。


「一年坊が責任感強すぎるんだよ。前もそれでしくじったろうが。たまには超カッケー先輩を頼りやがれ」


 ニーダルの主観からすれば十年近い昔、演劇部員のひとり、苅谷近衛かりやこのえの母親が、盲信する新興宗教に依存するあまり、強引な勧誘活動で演劇部員の家々に迷惑をかけたことがあった。……その時、演劇部を守ろうと、真っ向から反発したのが蔵人だった。

 事態が収拾された後、蔵人はひどく落ち込んでいたが、楽観視して対応が遅れたのは部長である自分の責任だし、元を辿れば、近衛母の非常識な勧誘と、黙認した宗教団体に問題があったことは、言うまでもない。


「もう部長職を引き継ぐことはできないが、せめて手助けくらいはしてやるよ」


 地下一階、二階……。行く手を阻むモンスターたちを切り伏せて、閉ざされた扉をピッキングでこじ開け、魔術の仕掛けを外し、ニーダルはダンジョンを進み続けた。

 マティアス・オクセンシュルナは頼りになる優秀な政治家だ。必ずやマラヤディヴァ国内のテロリスト集団”赤い導家士”を摘発、捕縛することだろう。


 手駒を失ったファヴニルに残された選択はふたつ。


・蔵人とイスカを人質に、レーベンヒェルム領で、ニーダルと決戦を挑む

・蔵人とイスカの利用を諦めて、自ら出向いて、ニーダルを殺す


 の、どちらかだろう。

 一見すると、ファヴニルにとって人質策が有利なように見える。

 だが、実際には、蔵人が自殺して盟約者不在による戦闘を強いられる可能性があるし、ニーダルが人質を奪還し、そのままレーベンヒェルム領から逃走するという展開だって考えられる。


(俺と蔵人がタッグを組むなら、その場で撃退したほうが早いだろうがな)


 演劇部時代の印象だが、小鳥遊蔵人という後輩は、スポーツなどの体力勝負はあまり得意ではなかった。

 他人と関わることを怖がったり、経験不足から視野狭窄しやきょうさくに陥ったり、気合ばかりが空回ることだって無かったとは言えない。


(そのたびに、自分は駄目だ。足を引っ張って申し訳ないって、俺たちに謝ってたなあ)


 二年生の赤枝基一郎あかえだきいちろうや、苅谷近衛は並外れて運動が得意だったから、負けて悔しがるのはわかるが、「自分が劣っている」と考えるより、素直に彼らの努力を賞賛するべきだろう。

 蔵人が得意とするクイズやボードゲーム、学問等の知力分野では、いろいろとおかしい紫崎むらさき先輩が三年生にいたから、余計に劣等感を刺激されたのかもしれないが――。


(俺とクロードが組んだら、紫崎先輩にだって、ボードゲームで負けたことはないんだぜ)


 状況を分析して最良の活路を見出す頭の回転も、中長期的な視野に立った演劇準備の采配も、担当した大道具小道具の出来栄えも、一年ながら部内でも飛び抜けていたと言っていい。

 他の演劇部員男子、自分と赤枝は、脳筋というか根性論というか、フィーリングを重視する悪癖があったから、理詰めで演劇に取り組む後輩ができたことを喜んだものだった。……が、どうにも当人には伝わっていなかった気がする。

 

「あいつも男だ。俺が心配するこっちゃないだろ。……あいつは、俺にとって、誇れる立派な後輩だ」


 だから、ニーダル・ゲレーゲンハイトは確信していた。

 一度交戦したから、理解している。邪竜ファヴニルは、もしも性根こそ真っ当なら、クロードにとって無二の相棒となっただろう優秀な契約神器だ。

 あの年齢詐称の賢しいクソジャリが、ニーダルとクロードの二人を同時に相手取るような愚行を犯すはずがない。必ず先に、こちらを仕留めに出向いてくる。



 復興暦一一○九年/共和国暦一○○三年 晩樹の月(一二月)九日未明。

 地下十階到達――。

 人間の頭ほどある角と、歪んだ二枚の翼をもつ、青い肌の上級悪鬼グレーターデーモン四体と取っ組み合っていたニーダルは、凍るような殺気を感じた。


「来ルゾッ! 宿主ッ」

「了解っ」


 ニーダルの背中から、全身を守るように、獣にも翼にも見える焔の塊がまろび出た。

 直後、床に置き放しだったランタンと、四体のグレーターデーモンは、全身が硝子ガラスに変化して、一呼吸後に砕け散った。


「二ツ先ノ部屋カラ、壁ヲ透過シテノ魔術狙撃ダ。照合完了、魔術実行者ハ――」

「ファヴニルか! こすっからいな。悪役なら堂々と出迎えろっ」

「奇襲ハ有効ナ戦術ダゾ?」

「大物がやったら浪漫がねえんだよっ」


 ニーダルは背中の呪詛と口喧嘩を交わしながら、人工物めいた遺跡の中を駆け抜け、飛来する無数の黒い刃を十文字鎌槍で叩き落とし、三連続で襲い来る塵化、蝋化、鉄化の狙撃魔術を、背の炎、レプリカ・レヴァティンで焼き払った。

 巨大な扉の鍵を火で溶かし、槍で断ち割って広間へとすべり込む。


「あいにく御供はいないがな、桃太郎のお出ましだ! 財宝おいて、退治されろや糞邪竜」

「待ちくたびれたよ、ニーダル・ゲレーゲンハイト。忌まわしいレーヴァティンを継ぐ者。ボクのペット達もお腹が空いて、たまらないってさ」


 朽ちた残骸や、人工物の欠片が散乱する広間の中央で、亜麻色の髪と緋色の瞳をもち、天使のような笑顔を浮かべたファヴニルが、金銀の糸で織られたシャツを着て、なぜか手に鎖を持って、白と肌色の何かに腰掛けていた。

 暗視の魔術をかけたばかりのニーダルは、最初、布やシーツかと見間違えた。

 けれど、すぐに違うと思い知った。たおやかな胸、ひきしまったお尻。

 そこにいたのは、獣のように衣服を剥がされ、首輪をつけられて、四つ脚を強いられたふたりの女。


「さあ、イルヴァ、カロリナ。来客を歓迎しよう」

「いやああっ。ころじぇ、ごろじてよぉお」

「かみひゃま、ちきゃいのくちづけをここに」


 ファヴニルが腰をあげて、泥に汚れた靴で床を踏みしめると、一方は悲鳴をあげて、もう一方は陶然とした歓喜に震え、女達は彼の靴を舐めるように接吻キスする。

 肉体が変わる。堕ちる。ふたりは融合し、混じり合い、ひとではない双頭の巨大な合成獣キメラへと変化してゆく。


「「ああああああああああっっ」」

「……っ」


 ニーダルは、ここに至って実感した。

 リヌスとアネッテは、ぎりぎりだったのだ――と。

 なるほど、クロードが命と引き換えにしても討たねばと、思い詰めるわけだ。


「ファヴニル。てめぇは、ここで殺す!」

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