第46話(2-4)守備隊長と代官と、???

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 マラヤディヴァ国は、十の大貴族によって治められ、各家が持ち回りで国主を受け持つ連邦国家である。

 大貴族たちは、国家の防衛を司る国軍の他に、郷土防衛を受け持つ領軍の組織が認められていた。

 ファヴニルと共和国によって一度解体され、クロードが再建した直後のレーベンヒェルム領軍について、参謀長ヨアヒムは以下のように日記に書き記している。

 曰く――。


「現在の我が軍は、ざっくりわけて三つの兵隊から成っている。

 ひとつは、正規兵。野に下った元騎士や傭兵を雇ったもの。指揮官に相当するが、数が少なすぎて連携がとれない。

 ひとつは、冒険者。全体の三割を占め、経験豊富で少数戦闘に長けている。しかし、軍隊行動に向かず命令を聞かない。

 ひとつは、志願兵。全体の七割を占めるド素人。食いっぱぐれがないと聞いてやってきた寄せ集め。

 槍兵は長槍を運ぶこともできず、騎兵は目を離すと落馬して、弓兵と魔法兵は喧嘩ばかり。

 辺境伯様、詰んでますぜ。もし戦争になったら即死っすわ」


 惨々たる有様である。山賊への対応が後手後手に回ったのもやむなしだ。

 ここから戦闘活動が可能となるまで、レーベンヒェルム領は、半年以上の期間を訓練に費やすことになった。

 そして、最大の問題は――、教練を施すための指揮官すら不足していたことだろう。



 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 花咲の月(四月)二二日正午。

 セイとアリスは馬に乗って街道を走り、レーベンヒェルム領南部にある商業都市、オーニータウンへと到着した。

 マラヤディヴァ国の他領と同様、レーベンヒェルム領には、豊富な天然資源があり、スズや金の鉱山がそこかしこに点在している。

 鉱山から掘り出された鉱石は一度、交通網が整ったオーニータウンに集められ、工場で精錬されたり加工されたり、あるいは原石のまま領都レーフォンに運ばれて、十竜港から海外へと出荷されるのだ。

 まさにレーベンヒェルム領南部における交通の中心地もいえるオーニータウンだが、現在は西部連邦人民共和国企業連マラヤディヴァ支部の統治下にあった。

 セイとアリスは、早速街の駐屯所を訪れたものの、赤ら顔の脂ぎったガマガエルに似た中年男に下品な声で出迎えられた。

 

「あの悪徳貴族がよこした守備隊長だと? 小娘が、女でも使って出世したか?」

「ふむ。棟梁とうりょう殿は良き男ゆえ、心かれてはいる」

「クロードは面白いヤツたぬ♪」

「ちっ」


 あっさりと挑発をいなされたことに腹を立てたのか、赤ら顔の男は蛙のような身体をぶるぶると震わせて舌打ちをした。

 両腕に抱かれたアリスというしゃべる狸か猫はひとまずおいて、ガマガエル男から見たセイは、薄手の皮鎧に包んだ背もすらりと高く、女性らしい丸みをおびて、春の新風を思わせる魅力に満ちていた。

 ポニーテールにまとめた薄墨色の髪は陽光に照らされて燦然さんぜんと輝き、強い意志を秘めた葡萄色の瞳と、細くととのった鼻筋、桜花のように艶めく唇は、駐屯所に詰めている数十人もの若い男たちの視線を釘付けにしている。

 だが、人目もはばからず数を頼みに襲うには、相手が悪かった。

 クローディアス・レーベンヒェルムは、お飾りの傀儡かいらいだった半年前までとは一転して、共和国企業連にとって面倒な障害となったのだから。


「アーカム・トイフェルだ。アニキ……、代官に命じられて、自警団の団長をやっている。役立たずの領軍守備隊には出て行ってもらった。領主に伝えろ、心配せずともオーニータウンはオレたちの縄張りだってなあ」

「伝えよう。領軍守備隊はどこへ行ったのだ?」

「知らん」


 セイの質問に、アーカムは取り合う気はなさそうだった。


「では、代官殿はどちらに?」

「川沿いの中央通を、まっすぐ行った先にある屋敷だ」


 再び馬に乗って、セイとアリスは代官の屋敷を目指した。

 元は美しかったのだろう川は、工場から垂れ流される廃液で赤や青に染まり、時折黄色い泡がぷかぷかと流れてくる。

 空気も煙突から出る排煙で汚れ、酷い悪臭だ。鼻が利くアリスはろこつに顔をしかめていた。


「セイちゃん、クロードが新しい法律をつくったぬ? これって……」

「急には変わらぬ、ということであればいいのだがな」


 代官の屋敷は、街はずれの森に近い小高い丘の上にあった。

 成金趣味の応接室に通されて、二人がソファに座ってしばらく待つと、青白い顔のミミズを連想させるひょろ長い体格の中年男が現れた。


「キシシ、これこれはセイ様、アリス様。ようこそおいでくださいました。代官のシーアン・トイフェルです」

「代官殿、クローディアス・レーベンヒェルム辺境伯から守備隊長を拝命したセイと申します。こちらは副官の」

「アリス・ヤツフサたぬ」


 副官がどうしてぬいぐるみみたいな獣なのか? というツッコミはなかった。

 この世界には、そういった器を好む契約神器もあるらしく、シーアン代官もそのように解釈したのかもしれない。

 社交辞令もそこそこに、セイは本題へと斬りこんだ。


「さて、代官殿。いくつかお聞きしたいことがある。税金が納められていないようだが、どういった理由だろうか?」

「山賊が暴れまわっていてね、輸送もままならないのですよ、セイ隊長の活躍に期待したい。弟のアーカムが自警団を率いているので是非協力をお願いしたいね」


 なるほど、と、セイは頷いた。シーアンは青白い顔にうすら笑いを浮かべて、彼女の胸元を無遠慮ぶえんりょ凝視ぎょうししている。

 足元で丸くなっていたアリスが、セイの膝元へとよじ登ると、座って彼の視線をさえぎった。


「代官殿、自警団が領軍守備隊を屯所から追い出したと聞いたが、どういった権限でそんなことを許したのかな?」

「領軍守備隊はこう言っちゃなんだが嫌われていてね。現場判断ってやつだ。それを言うなら、たかが守備隊長が代官の仕事にケチをつけないで欲しいね」

「事前に連絡があったはずだが、私は辺境伯殿から地方監査の任務も受けている。次に街の工場だが環境に配慮するよう……」

「もう茶番はいいだろ。アタシはね、共和国の中央とも繋がりがあるんだ。わざわざ口にださなくともわかるだろ? アンタさえその気なら、いい目を見せてやるぜキシシ」


 シーアンは向かいのソファから立ち上がり、手を伸ばしてきたが、セイは軽く払った。


「貴重な時間をいただいて申し訳ない。それでは、仕事があるのでこれで」

「さらばたぬ」


 二人は足早に応接室を出て、代官の屋敷を後にして、馬を引いて歩き始めた。 


「セイちゃん、言っちゃって良いたぬか」

「うむ」


 アリスは、馬の上でお腹を出してゴロリと転がった。


「これは、駄目たぬ」

「……だなあ」


 セイも同感だった。

 領主である辺境伯の許可も取らず、勝手に領軍守備隊を駐屯所から追い出し、貴重な街の水源を汚れるがままに放置し、税金を滞納して着服の疑いすらあるのだ。


「西部連邦人民共和国の地位と職務は金とコネで決まるというし、我らが役所も統治に足る能力さえあれば口を挟む気はないが、シーアン・トイフェルはさすがに落第だ」


 シーアン代官は、共和国の後ろ盾を万能のように思い込んでいるようだが、そんなことはない。

 クロードが彼に代官職を続投させたのは、他に選択肢がなかったからだ。遠からず共和国企業連マラヤディヴァ支部と交渉の上、解任の手続きをとるだろう。

 共和国にとっても、一代官の職など安いリスクに過ぎない。

 だからこそ、セイもこのままでは帰れなかった。他の代官に押さえられた地方も含めて、共和国に奪われている行政権をすべてクロードの元に取り戻さなければ、大口を叩いて出てきた手前、友の前で胸を張れない。


「しかし惜しいな。棟梁殿もあれくらい積極的なら、簡単に手のひらの上で転がせるのに」


 セイはそうぼやいたが、彼女自身、その場にクロードが居たら口にするだろう台詞を容易に思い浮かべることが出来た。


『すみません。そういうのは部長の役回りなんで勘弁してください。っていうか、部長と痴女先輩を反面教師にしてるんで、僕に求められても困ります』


 ――なんてことを言うに違いないのだ、あの男は。


「そんなクロードは嫌たぬ。むっつりして貧乏くじ引いて、それでもめげずにワタワタするのがイイところたぬ。でも、最近男の子と間違えられてる気がして複雑たぬ」


 セイはアリスの手前、肯定も否定も出来ず、一瞬押し黙った。


「アリス殿……」


 その時、下流から民衆の悲鳴が聞こえてきた。


「セイちゃん、急ぐたぬ!」

「ああ!」


 馬に飛び乗って川沿いを走らせると、変色したドブ川からあふれ出たスライムの群れが、付近の民家や民衆を襲っていた。

 赤ら顔のアーカム率いる自警団は工場の傍で待機して、駆けつけるそぶりも見せない。それどころか、助けを求めて駆けつけた町人を殴りつけて、乱暴に追い返す始末だ。

 彼らは所詮、共和国企業連を守る”自警団”に過ぎない――。


「アリス殿、ドロンコ遊びは好きか?」

「セイちゃん、考え直すたぬ。あの川に飛び込むのはさすがに嫌たぬ」

「アリス殿、ちょっと前に高い蒼穹そらばかり仰ぎ見て、焼け焦げた大地から目をそらした娘がいたんだ。彼女は後悔することになった、だから」

「ああ、もうわかったぬっ」


 セイは、左手で手綱を握りつつ、右手で太刀を引き抜き、口にはレアとソフィ謹製きんせいの魔法符をくわえた。

 アリスはセイの頭上に待機して、腕を交差させ、気合を溜める。


解毒結界起動げほふへっはひほう

「吹っとぶたぬ!」


 セイを中心に魔術文字が広がって、数百メルカ内の毒素を無力化する。

 アリスが両腕から放った衝撃波は、川の中央で融合して巨大化しようとしたスライムを吹き飛ばし、バラバラに弾き飛ばした。

 川の浅瀬あさせ中洲なかすを見れば、二〇人ほどの若い痩せた男たちが、不ぞろいな剣や槍を手に応戦していた。きっと屯所を追い出されたという領軍守備隊だろう。


「友軍もいるじゃないか、心強い。守備隊長セイ、ここに見参!」

「アリスたぬ。け、ケンザンって食べられるたぬ?」


 そんなこんなで、オーニータウンに来てからの鬱憤うっぷんを晴らすとばかりに、セイは馬の蹄で小さなスライムを踏み潰し、太刀で大きなスライムを核ごと両断、アリスもまた空中を踊るように跳ねながらスライムを蹴散らした。


「棟梁殿ではないのでな、サービスシーンがあると思うな!」

「アレはアレで見ていて眼福たぬ。たぁぬたぬたぬたぬたぬうっ」


 というわけで、不定形な身体を波打つように動かしながら接近したスライムは、セイの太刀捌きでずんばらりと斬り散らされ、ひるのように飛び散って取り付こうとしたスライムもまた、アリスの肉球殴打ラッシュを浴びて吹き飛んでゆく。

 守備隊も二手に分かれて挟み撃ちを図った。隊員たちは、小さなスライムをそのまま剣で突いたり槍で叩いたりして倒し、大きなスライムには風の魔法を浴びせるなどして善戦を続け、怪物の群れは瞬く間に討ち減らされて全滅した。


「諸君、ご苦労! 見事な連携だった」

「セイちゃん、待つたぬ。どこかで嗅いだにおいたぬ」


 川岸に上がって、喜んで駆け寄ろうとしたセイを、アリスが押しとどめる。


「守備隊の歩兵班を預かるイヌヴェです」

「ま、魔法班のキジーです」


 中心人物らしい一人の戦士と、ローブを着た少年が膝をついてセイとアリスを出迎えた。


「隊長殿、我々は元赤い導家士どうけしです」

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