第86話(2-44)夜闇に点る光

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 クロードは抜き身の雷切らいきりを脇に構え、ヨアヒムは第六位級契約神器ルーンロッドの杖尻を掴んで出方を窺う。

 二人は、後方に控えたライフル部隊が射撃するための、いわば囮だ。ゆえに積極的に踏み込むのではなく、カウンターを狙ってじりじりと間合いを詰めてゆく。

 そんなクロードたちを前に、アンドルー・チョーカーは、相変わらず下品な笑みを浮かべてドラム缶から焼鏝を引きぬいた。


「ふふふ。冥途の土産に教えてやろう。この焼鏝を使い、主人が奴隷に祝福の焼印を刻むことで、無条件に服従させることができる」


 チョーカーの背後に隠れた商人たちの命令に従って、焼き印を押された屈強な男たちや華奢な少女たちが、うつろな目で主人を守るべく、クロードたちの前に立ちふさがった


「更には、魔法への抵抗力が落ちて、小生の第六位級契約神器ルーンホイッスル”人形使役”さえあれば、自在に操ることができるのだよ。聞け、小生が奏でる天上の音色をっ。義勇兵団とやら、たった二人で、この人間の盾を前にいったい何ができるかな?」


 チョーカーが笛を吹き、音に乗せた契約神器の魔力が、奴隷に貶められた人々を操り人形に変える。

 しかし、盟約者であるクロードとヨアヒム、そして事前に抵抗魔術を施してあった義勇軍小隊には通じることはなく一斉に反撃に転じた。


「雷切、≪麻痺の雷≫を飛ばせ!」

「ルーンロッド、≪眠りの雲≫をまき散らせ!」


 クロードが刀から発した雷に撃たれ、あるいはヨアヒムが六尺棒から生み出した煙雲ガスを吸いこんで、人質たちは、無言のままバタバタとその場に倒れていった。


「赤い導家士どうけしを相手に、散々やられた手口だ。いい加減に対応策だって考えつくさ」

「わざわざ魔法抵抗力が落ちてるなんて暴露ばくろされちゃあ、こうもなりますよ」

「くそっ、小賢しい真似をっ。かまわん。斬れ、斬れぇい」


 クロードは、雷切に紫電をまとわせて、電気警棒スタンガンのような非殺傷の加工を施すと、左右から斬りかかってきた緋色革命軍兵士たちの間を駆け抜けた。

 向かって右側の兵士が上段から振りおろす剣を踏み込んで避けて、刀で素っ裸のわき腹を叩く。ついで、左側の兵士が横なぎに叩きつけた剣をしゃがんでかわし、下段から刀を切り上げて麻の肌着越しに感電させる。

 クロードが遠征前にレアと特訓し、一〇二四本のはたきに打たれ続けた日々は無駄ではない。練度の低い雑兵の太刀筋ならば、もはや完全に読み通せる。

 クロードは、崩れ落ちる兵士たちをあとに、刀を構えなおして堂々と見得を切った。


「成敗っ!」

「相手はたった二人だぞ。囲めぇっ、囲んで叩き殺せぇっ」


 少数では相手にならないとアンドルー・チョーカーが判断したのは当然で、わらわらと隊列も組まずにクロードとヨアヒムを囲んだところを、小隊がライフルで狙い撃ちにしたのも当然だったろう。

 可能な限り殺すな。戦闘不能者にとどめを刺すな。とは、ブリーフィングで論じてはいたものの、命のやりとりの場で完全な不殺を貫ける超人的技能は、クロードにも義勇兵団にもない。

 義勇軍が足と手を狙って一斉射撃したところに、運悪く身を屈めていた何人かの緋色革命軍兵士は、当たりどころが悪くて即死した。


「ひ、ぎゃああああっ」


 まき散らされる血しぶきに、ようやく現実を理解したのだろう。

 オークションの司会や奴隷商人たちは、悲鳴をあげて神殿から逃亡を図った。


「逃がしはしない。火車切かしゃぎり!」


 だが、クロードの魔術で滑空する脇差しに足を切られ、あるいは炎で焼かれて、倒れ伏してゆく。

 数十人はいた緋色革命軍の援軍は、またたく間に討ち減らされ、アンドルー・チョーカーを残して戦闘不能となった。


「か、かくなる上は、我が愛しの薔薇ばらだけでも!」


 チョーカーは、焼鏝を振り上げ、ヨアヒムの≪眠りの雲≫を吸って昏倒したローズマリーの肩に押しつけようとした。


「オレっちの目の前で、そんな真似はさせないっす!」


 しかし、ヨアヒムがタックルしたことで、焼鏝はチョーカーの手から抜けて宙に浮き、互いに奪い合って弾けとび、ローズマリーの右手の甲をかすめた。


「熱いっ」


 火傷の衝撃で目覚めたのだろう。ローズマリーは危うい足取りでたたらを踏みながらも、チョーカーの拘束から逃れ出た。


「ヨアヒム、そいつは任せたぞ」

「男の見せ場っすね。リーダー」


 クロードはローズマリーを抱き寄せて距離をとり、人質を巻き込むうれいの無くなったヨアヒムがルーンロッドを振り回し、チョーカーもまたサーベルを抜いた。

 六尺棒と軍刀が噛みあったその時、ローズマリーはクロードの顔を間近で見て、こう告げた。


「貴方は、クローディアス・レーベンヒェルム。辺境伯様がどうしてここに?」


 思いもよらなかった彼女の言葉に、クロード、ヨアヒム、チョーカーの三者が、まるで時間が止まったかのように動きを止める。

 なかでも、チョーカーの動揺は凄まじかった。その場に軍刀を捨てて、ふらふらと夢遊病にでもおちいったかのように千鳥足で歩き出す。


「あ、あの邪竜ファヴニルの盟約者パートナー? 赤い導家士の大軍を苦も無く打ち破った大量虐殺者にして、冒険者ニーダル・ゲレーゲンハイトの娘を誘拐して暴行の限りを尽くした幼児性愛者ロリコンで、取り戻しに来た父親をも目線ひとつで退散させたという悪魔の申し子だとぉ!?」

「「誰だよ、そいつ!?」」


 クロードとヨアヒムが、誰何すいかの声を重ねたのも当然だろう。

 どこかのプロパガンダ紙がでっちあげたのだろうが、そんな真似が出来る悪徳貴族はどこにもいない。

 

「ふは、ふははは。じ、常識的に考えて、辺境伯たるクローディアス・レーベンヒェルムがこんな戦場にいるはずがない。きっと何かの間違いだあぁぁっ」

「「色んな意味でお前が言うなあっ!」」


 クロードとヨアヒムが仲良くツッコミに興じている隙に、チョーカーは転倒した一輪タイヤに飛び乗ると、邪魔な死体を踏みつけにして、脱兎の如く奴隷市場を逃げ出した。


「追います?」

「アンセルたちが気になる。先に救援に向かおう」


 クロードが神殿を出て高台から町を見下ろすと、夜だというのに家々に灯火が点り、人々の歓声が聞こえてきた。


「リーダー、アンセルたちも成功したようっす。奴隷市場を制圧して、都市も解放しました」

「ああ、僕たちの、義勇兵団の勝利だ!」



 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 木枯の月(一一月)五日未明。

 クロード・コトリアソビ率いる義勇兵団は、エングホルム領の商業都市ティノーを解放。

 同日中に、都市ティノー以南の村や町から、緋色革命軍を追い払った。

 レーベンヒェルム領は、マラヤ半島エングホルム領南部に確固たる橋頭保きょうとうほを築き上げたのである。

 首都クラン制圧を目論む緋色革命軍の正面に攻撃を加えるよりも、後背のエングホルム領を攻撃することで内戦の早期決着を目指すという、囲魏救趙ぎをかこんでちょうをすくうの計。

 クロードが立てた作戦の第一段階は、見事に成功し……。

 

 木枯の月(一一月)七日夕刻。

 緋色革命軍の攻撃によって、首都クラン陥落。ユーツ領全土および、ユングヴィ領の大半が占拠される。わずか三日の後、クロードの作戦は根底から破綻はたんした。

 更に翌日、八日正午。ソーン侯爵領およびルクレ侯爵領が、緋色革命軍との同盟締結を宣言し、レーベンヒェルム領に宣戦を布告した。

 ここに至って、クロードが望んだ戦争の早期決着は、もはや叶わぬ願いとなった。

 内戦は加速する。人々の野心と祈りに動かされ、多くの人の生命と涙を飲み干しながら。

 クロードが治めるレーベンヒェルム領と、ファヴニルが糸を引く緋色革命軍との戦争の業火は、両者すら知らぬ運命に押し流されて、マラヤディヴァ国全土へと広がってゆく。

 それは、まるで定められた『宿命シックザール』であるかのように――。

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