第539話(7-22)仕掛けられていた罠

539


 クロードは、侍女レアと銀犬ガルムと共に、三輪駆動人形車オボログルマに乗り、ヴァリン公爵領の領都ヴォンを目指して、吹雪で白く染まった山を駆け抜けていた。


「この山道を抜ければ、ヴァリン領だ。レア、ガルムちゃん、罠が来るぞ!」


 クロードは、領境に伏兵がいると確信していた。

 攻め手の優位とは、どの盤面で仕掛けるか、戦場を選択できることに他ならない。


(例えば一〇〇の軍勢がいる場合、一〇の戦場に一〇の戦力をつぎ込むか? 違う、戦の趨勢すうせいを決める重要拠点や、大将首にこそ飛車や角将といった大駒をあてる)


 三白眼の細身青年は、自分と邪竜が同じ硬貨の表裏だと知っていた。


『だから、クローディアスはひっかかるのさ』

『そうですわ。最上の罠とは意識の外にある』


 けれど、クロードは見落としている。

 同じコインであればこそ、表と裏に描かれる模様は違うのだ。

 日本国の貨幣が五円玉を除き、表面に木や花が刻まれ、裏面に数字で額面が彫られているように――。

 クロードとファヴニルの選択は、似て非なるものだった。


「あ」


 屋根のないオープンカーだったのが災いした。

 ハンドルを切った三輪駆動車に向けて、青い霧のような何かが噴出されて……。

 クロードの目が裏返り、意識が一瞬にして刈り取られた。


御主人クロードさま!」


 あわやという瞬間、青年は鼻と唇に熱を感じて覚醒する。 


「レア……」

御主人クロードさま。今のは契約神器の攻撃、毒物ですっ」


 青髪の侍女レアが、後部座席から身を乗り出して盟約者パートナーに口づけし、彼の体内に入った青い花粉を抜き取ったのだ。


「ワオーン!」


 ほぼ同時に、銀犬ガルムが全長三mほどに巨大化し、クロードとレアを抱きかかえて山木の枝へと飛び上がる。

 数秒後、眼下のオボログルマに茶色のつたが巻き付いて、フレームからタイヤまであらゆる部品が腐り落ちた。


「ドクター・ビーストの遺産は魔法に弱いとはいえ、ここまでやるか!?」


 クロードこと小鳥遊蔵人たかなしくろうどは地球の日本で生まれ育ち、異世界に召喚された転移者である。

 その為、世界の常識を超えた発想が可能な反面、ある種の弱みも抱えていた。


・病院を襲ってはならない。

・非武装の民間人を攻撃対象にしてはならない

・軍人が一般市民に偽装する便衣兵を用いてはならない

・毒ガスのような兵器を使用してはならない


 といった風に、現代地球の国際条約に抵触する行為を本能的に避けるのだ。

 しかし、邪竜ファヴニルとその巫女レベッカに、人道的な躊躇ちゅうちょなんてあるはずもない。


「イーヴォさんみたいに、死者が蘇っているんだ。だったら、この攻撃は〝異形の花庭ストレンジ・ガーデン〟を使うエカルド・ベックか?」


 クロードは襲撃者を推理するも、すぐに間違いだと気付かされた。

 ケバケバしい色合いの鳥が、群れをなしてまっすぐに突っ込んできたからだ。

 毒性らしき羽が触れた木の幹や枝は、焼けただれるようにして真っ二つに折れた。


「あの鳥にも毒があるのか!?」


 クロードは地球史において、〝ちんなる架空の鳥〟が羽根に毒を持つと『史記』や『続日本記』、『太平記』などに書かれていたことを思い出した。

 また太平洋南部では、現代でも細々と有毒鳥類が生息しているという。

 とはいえここまで脅威なのは、おそらく契約神器が生み出した魔法生物だからだろう。


「バウーン」


 ガルムは間一髪で方向転換に成功し、鳥との衝突を避けた。彼女はクロードとレアを背に乗せて、別の木へと飛び移る。

 しかし、行先には待っていたかのように、紫色の毒液がしたたる蜘蛛の巣が張られていた。


「バウ!?」


 ガルムの体毛は、剣も銃弾も跳ね除けるほどに頑強だ。

 しかし、そんな美しい銀の毛も、毒糸を掠めただけで紫に染まって溶けてしまった。


「こっちは蜘蛛か。さっきから毒ばかり」

「どれもこれも契約神器に通じるほどの劇物です。ガルムちゃん、離れてください」

「ワフっ」


 ガルムは木を蹴りながらバク転し、蜘蛛の巣から逃れるように地上へ落下する。

 が、時すでに遅く、山道は青い毒花と茶色の毒蔦が生い茂っていた。

 彼女は安全な着地点を探して、木々を飛び回る。


「まずい。あっちはキノコに覆われているし、向こうはヘビがうねうねしてる。まるで毒生物の博覧会じゃないか?」


 もはや逃げ場はどこにも見当たらず、クロードの悲嘆を聞いたレアは、息を飲んで緋色の瞳を大きく見開いた。


御主人クロードさま、襲撃者の正体がわかりました」

「レア、本当かい。どこのどいつだよ?」


 クロードの問いに、レアは悪行を糺すかのように凛とした声で答えた。


毒尸鬼コープス隊。共和国の佞臣ねいしん軍閥〝四奸六賊しかんろくぞく〟が毒を主力とする神器使いを集め、一揆鎮圧を目的に結成したという特殊部隊です」

「イザボーさんの仇じゃないか!」


 クロードが過去にエングフレート要塞で刃を交わし、今は頼れる味方となった女傑イザボー・カルネウス。

 望まれない子供だった彼女に民間人虐殺の冤罪えんざいをきせ、養父母の故郷を滅ぼした実行犯こそ、カルネウス伯爵家に雇われた毒尸鬼コープス隊だった。


御主人クロードさま、いかがしますか?」

「レア、決まってるだろ。――鋳造!」


 クロードはガルムの背上から立ち上がり、右手に炎を吹く脇差しを作り出した。

 毒は放置できず、そのように下劣な敵に容赦も不要と判断した。


「殺された人達の仇討ちだ、何もかもまとめて焼き尽くしてやる」

「わかりました。援護します」

「バッフーン(ためらいなく山で火を使うとか、このカップル危なくない)?」


 ガルムが低空を跳躍しながら前進する中、クロードは刀身に炎をまとわせて、まるで仮装するかのように、左手で三白眼にサングラスをかけて黒髪を逆立てた。

 

毒物おぶつは、滅菌しょうどくだあっ!」


 クロードが大地を斬りつけるや、レアが投じるはたきが魔法陣を描いて強化する。

 炎はうねる波となってほとばしり、山道をむしばむ青い毒花と茶色い毒蔦を高熱で浄化した。


―― ―― ――

あとがき


 モヒカンスタイルで過激な台詞を言っちゃうクロードは、悪徳貴族に違いない( ͡° ͜ʖ ͡°)

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