第168話(2-122)悪徳貴族と色惚け隊長

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 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 芽吹の月(一月)五日早朝。

 アンドルー・チョーカーは、領都レーフォン郊外にある捕虜収容所の一室で目覚めた。


「ふむ。今日は良い天気であるな。作業もはかどるだろう」


 チョーカーが共用の水場に出て顔を洗い歯を磨いていると、彼の部下たちがおいすーと挨拶しながらぞろぞろとやってきた。

 隊長職にあったチョーカーは個室を与えられたが、一般の兵士たちは広間で雑魚寝だ。とはいえ、ちゃんと布団も毛布も与えられているし、望めばヴァン神教の経典やパラディース教の聖典も貸し出された。更には、食事も芋が中心といえちゃんと栄養管理され、宿舎には腕利きの衛生兵が常駐しているという謎の配慮がなされていた。

 チョーカーが見る限り、部下たちの顔色も拘留前より色つやが良くなってきた気がする。


「小生たちが捕まってからそろそろ一ヵ月か。全員欠けることなく生きのびて、喜ばしいことだ」


 昨年の晩樹の月(一二月)七日に、チョーカー率いるエングホルム領、ユングヴィ領、ルクレ領、ソーン領の出身者で構成された混成部隊は、辺境伯クローディアス・レーベンヒェルムを暗殺すべく強襲するも、返り討ちにあって虜囚りょしゅうの身となった。

 領主殺害は未遂であっても死刑を免れない重罪だ。てっきり拷問の後で首をはねられて晒されるか、衆人環視の中で公開処刑でもされるかと思いきや、特にそういうことはなかった。

 さすがに尋問は厳しく、チョーカー自身は口をつぐんだものの、作戦を白状した部下も多かったようだ。とはいえ、今更バレて困る秘密など無かった。


『大悪党クローディアス・レーベンヒェルムが、ルクレ領とソーン領を西部連邦人民共和国の手先たる”楽園使徒アパスル"に売り渡し、引き換えにエステル・ルクレ侯爵令嬢とアネッテ・ソーン侯爵令嬢の身柄を望むという暴挙に対し、誅罰ちゅうばつを加える』


 それが、強襲作戦に参加した有志一同の掲げる正義であり、唯一の作戦内容だった。細かなことは、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処すれば、万事が上手く解決するとチョーカーは信じて疑わなかった。最後は善戦むなしく捕らえられたものの、彼は確かに辺境伯を窮地に追い詰めたのだ。

 チョーカーには知る由もないことだが、レーベンヒェルム領軍参謀本部は、暗殺部隊から引き出した尋問結果をまず疑い、次にどうやら正しかったと裏付けをとって作戦の非常識ぶりに頭を抱えて悶絶した。

 ともあれ尋問から解放されたチョーカー隊に示されたのが、荒れ地の開墾かいこんと、鉄道敷設工事のための資材運搬しざいうんぱんだった。


「人手が足りない。猫の手も借りたい。だから捕虜の手だって借りる、ということか。レーベンヒェルム領の苦境が透けて見えるではないか」


 チョーカーはゲラゲラと嘲笑ったものの、部下達の安全を鑑みて逆らうことも出来ず労働に従事することにした。この時彼は、いちおう隊長だったということで、収容所の捕虜たちをまとめる代表として選ばれている。

 こうして始まった捕虜生活だが、労働条件こそ過酷だったものの、休日を七日に一度与えられ、賃金も少ないながら支払われた。収容所に設置された購買は盛況で、タバコや酒といった嗜好品や、カードや双六といった遊具、書籍などが飛ぶように売れていた。部下達の中には流行りの靴を掛け合ったものがいて、普通に入荷されたのが恐ろしい。これには、さしものチョーカーも目を剥いた。


「まさかあの悪徳貴族に、このような生真面目さがあったとは」


 この世界にも各国が批准ひじゅんした交戦条約が存在し、捕虜の待遇については人道的であるべしと互いに約束を交わしている。

 もっとも、西部連邦人民共和国やナラール、ナロール国といった一部の国々は、国際条約に批准しても平時から守るそぶりも見せなかったし、そうでなくとも、いざ戦争となれば豹変ひょうへんする国々はいくらでもあった。

 事実上、捕虜として扱われるのは身の代金のアテがある貴族や騎士階級だけで、平民出身の兵士たちの末路はお察しといえた。


「比較はしたくないが、さすがに緋色革命軍マラヤ・エカルラートのやり方は破綻はたんしているか。ミーナ嬢やミズキが酷い目にあっていなければ良いのだが……」


 チョーカーの懸念は、捕らえられてからしばらくの時間が経った晩樹の月(一二月)二一日に解消された。深夜に別所へ収監されているはずのミズキが、ひょっこりと収容所の宿舎を訪ねてきたからである。


「チョーカー隊長、元気だった? どしたの、そんなに感激した顔して? ひょっとして、あたしに会えなくて寂しかった?」


 ミズキに頬を指でつつかれて、チョーカーは赤面しながら手を振り払った。


「ば、バカモノ。捕虜が戦利品の奴隷として分配されるのはよくある話だ。ミーナ殿は可憐で麗しく、お前も黙っていればまあ美人だろう。あくまで小生は紳士としてだな……」

「大丈夫大丈夫。クロードのことは妹から聞いて信じてたからね。それに、セイって領軍司令官が規律の鬼で、兵隊さんたちもめったなことはできないみたい」


 レーベンヒェルム領軍の規律が、しっかりしているのは間違いないことだろう。

 ただチョーカーが観察したところ、軍隊を縛る鉄の規律というよりは、熱烈なファンクラブ会員による鋼の不文律といった気配がほのみえて、どうにも胡散臭うさんくさかった。


「あたし、故郷にいるルールバカの姉貴を思い出して鳥肌がたったね。この間も監督官に”裁縫なんて肩がこるし、茶葉摘みもしょうにあわないから、工事の手伝いやらせて”って頼みこんだのに、”風紀上、男女は分けなきゃいけないからいけません”ってちっともユーヅーきかせてくれないの。スパイできないじゃん、じゃなかった、体がなまっちゃうじゃん。チョーカー隊長もひどいと思うっしょ?」


 この期に及んで堂々とスパイ活動を公言するミズキに、チョーカーはちょっと引いた。


「元気そうで何よりだ。しかし、ここまで来るのによく見つからなかったな」

「そんなドジは踏まないよ。だいたい、この領であたしを捕まえられるのは、クロードにアリスちゃんにハサネってひとに、油断のならないあのメイドくらいだよ」


 チョーカーは、だったらいつでも一人で逃げられるではないかと呆れたが、どうやらミズキにはミズキなりの思惑があるらしい。


「あーもーマクシミリアンの馬鹿が内戦に火をつけたせいで、クロードもアリスちゃんも会いに来てくれないし、予定がめちゃくちゃだよ。楽園使徒との和平交渉、どうにか邪魔できないかな? そうだ、ここは伝家の宝刀、色仕掛けハニートラップってどうだろ?」


 朗らかにろくでもないことを言い出したミズキに、チョーカーは背筋が寒くなった。間違いなく藪を突いて蛇を出すことなると、彼の第六感が全力で警報を鳴らしている。


「悪いことは言わないからやめておけ。マスケットの火薬保管庫に松明を投げ込むような結果にしかならん」

「えー、でもほら、あたしって絶対あのレアさんって侍女よりスタイルいいよ?」


 年の割には豊かな胸元を目立たせるようにポーズをとったミズキに、チョーカーはゴクリと生唾を飲んで、我知らずのうちに手を伸ばしていた。

 男所帯で荒んだ彼の目には、ミズキがまるで芳醇ほうじゅんな果物のように映っていた。


「ハーイおてつき。チョーカー隊長、残念でしたぁ」

「ぎゃぁああっ。イタイイタイ折れるっ」


 結果、チョーカーが即座、ミズキに腕を取られて極められたのも至極当然と言えば当然か。


「すまん。小生が悪かった。気の迷いだ。この通りだ」

「えー、本当かなあ?」


 チョーカーにとって、ミズキはよくわからない少女だ。

 彼の上司である緋色革命軍の重鎮、ゴルト・トイフェルによると、彼女は共和国から派遣されてきたお目付役らしい。

 が、弾圧されている少数民族の出身だというミズキは、共和国政府パラディース教団に忠誠を誓う様子がまったく見られなかった。その上、レアという侍女をクローディアス以上に敵視したりと、どうにも謎めいた行動が目立つのだ。


「……た、助かった。ミズキには無関係かも知れないが、クローディアス・レーベンヒェルムは最低の悪党にして売国奴だ。国と民の財産たる資源や土地を身勝手に共和国へ売り渡し、私腹を肥やす悪鬼。たとえ緋色革命軍が毒であったとしても、その毒をもって制すべき猛毒だ」

「あー、うん。そういうことになってたっけ」


 チョーカーの熱弁にも関わらず、ミズキの反応は上の空だった。


「他人事みたいなことを言うな」

「ごめんごめん。あたしは共和国人だし。ま、ミーナちゃんたちの事は、あたしがちゃんと守るから安心してよ。じゃあね、チョーカー隊長」


 そうしてミズキは姿を消して、その後も何度かふらりと宿舎を訪ねては、チョーカーにミーナたちの近況を知らせてくれた。

 虜囚生活は続く。チョーカーの悪徳貴族クローディアス・レーベンヒェルムを討つべしという決意に変化はない。しかし、荒れ地を耕し、砂利や枕木を運ぶ、そんな日々の中で遠目に町や村の人々を見る機会があった。

 領民たちは太陽の下で生き生きとしていた。緋色革命軍の制圧下にあるエングホルム領やユングヴィ領のように悲痛を噛みしめるのでなく、ルクレ領やソーン領のように外国人に虐げられて俯くのでもなく、日々を自らの意志で懸命に生きていた。


「緋色革命軍は、負けるかもしれん」


 芽吹の月(一月)五日夕刻。作業から捕虜収容所に戻ったチョーカーは、警備兵から呼び出しを受けた。

 案内されたテントでは、敵の首魁しゅかいたるクローディアス・レーベンヒェルムがむっつりとした顔で席について待っていた。


「フフ。首領自らの来訪とは、ようやく小生の将器に気付いたといったところかな」

「アンドルー・チョーカー。お前の処遇が決まったよ」


 チョーカーは、ミズキからもたらされた情報で、すでに内戦を誘導したマクシミリアン・ローグが処刑されたことを知っていた。

 捕まった時には手の施しようのない重傷だったので死を賜ったのが真相らしいが、たとえ無傷であったとしても結末は変わらないはずだとチョーカーは考えていた。


「悪徳貴族め。今さら命乞いをしようとは思わん。好きにしろ」

「最後にひとつ教えてくれないか? 襲撃してきたあの時、なぜ森という有利な立地を捨てたんだ?」


 クローディアスの問いかけに、チョーカーはわずかな時間、返答を悩んだ。

 だが、終わったことを後生大事に抱えても意味はないと判断し、口を開いた。


「三方より包囲して、お前たちを森に引きずり込むのが小生たちの作戦だった。ミーナ嬢の部隊は敗れ、すでに包囲は破られていたのだ。雷と火を操る魔剣使いを相手に、ぐずぐずと森にこもってどうする? お前ならば火をつけることもためらうまい。それが討って出た理由だ。これで満足か?」

「セイが言っていた。お前には、戦略も無ければ、戦術もない。けど、嗅覚だけは本物だ――と。僕も同感だ」

「ハッ。まるで褒められている気がしないな」


 苦笑するチョーカーの前で、クローディアス・レーベンヒェルムは席を立ち、深々と頭を下げた。


「アンドルー・チョーカー。レーベンヒェルム領領主クローディアス・レーベンヒェルムとしてお願いする。エステル・ルクレ、アネッテ・ソーン侯爵令嬢の救出に力を貸して欲しい」

「はあっ……!?」

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