第五部/第三章 領都防衛

第380話(5-18)領都大火計画

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 およそ一年前、緋色革命軍の幹部マクシミリアン・ローグは、姫将軍セイより直々に決起文を預かったと偽って、偽姫将軍の乱を引きおこした。

 元はユーツ領の若手貴族の代表であり、現当主ローズマリー・ユーツに兄のように慕われていた彼は、広い伝手つてを用いて、反乱のためレーベンヒェルム領に大量の武器や食料を送り込んでいた。

 マクシミリアンが用いたスパイ網は、彼がクロード達に討ち取られた後も健在だった。そして、この工作機関は、あろうことかネオジェネシスに移った、レベッカ・エングホルムが引き継いでいたのである。


「すでに目星はつけています。エリックさん、即時捕縛をお願いします」

「おう。任せておけ!」


 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 晩樹の月(一二月)二五日。

 アンセルとヨアヒムからの通報を受けたレーベンヒェルム領は、公安情報部長ハサネ・イスマイールと、治安維持部隊長エリックが部隊を率いてすぐさま逮捕に向かい、間諜かんちょうの元締めらしき炭薪商店の主人を逮捕した。

 長らく尻尾を掴ませなかったスパイ組織だが、黒幕であるレベッカがネオジェネシスに降伏したことや、他の旧緋色革命軍との抗争といったトラブルが続いたせいか、ついには裁きの時を迎えることとなった。

 複数の隠れ家が明らかとなり、捜査の結果、大量の武器弾薬や油、魔術道具が発見され、とある秘密作戦の存在が明らかになる。


 すなわち――領都大火計画。


「クロードよぉ、ネオジェネシスは、この冬の新年祝いに領都レーフォンへ放火して、混乱に乗じて要人を暗殺、国主様を拉致するなんて陰謀を計画してやがる。さすがに見過ごせねえぞ」

「わかった。エリック、僕もすぐに戻るぞ」

「え、いや、そうじゃ。おい、切……」


 クロードは、通信用の水晶越しにエリックから連絡を受けて、むしろ得心した。

 おそらく首都クランに籠もっていたビクトル・ソレンソン将軍は、この陰謀成就を待っていたのだ。

 だからこそ、卑劣極まりない人質や暗殺作戦で、無理矢理にでも時間を稼ごうとしていたのだろう。


「レベッカ・エングホルム。直接戦場に出なければ、こんなに厄介な相手だったなんて。すぐにレーフォンへ行かないと!」


 翌日、復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 晩樹の月(一二月)二六日。

 クロードは、大同盟代表としての職務をヴァリン公爵に、レーベンヒェルム領の政務をアンセルに、軍事の一切をセイに委任すると、転移魔法を使ってレーベンヒェルム領に帰還した。

 彼はレアが留守を守る領役所にも、領主館にも寄らず、すぐさま領警察の本部へと直行転移したのだが……。


「……捜査員の皆さん、急遽決まったことですが、今回の領都大火計画阻止作戦には、辺境伯様が直々に参加されます。〝いつも勝手に脱走する〟辺境伯様を捕まえるくらいの意気込みで、捜査に当たってくださいね」

「ごほん。辺境伯様は、領西部のイケイ谷で調査に当たられるから、もしも別のところで見かけたら、ふん縛っておれのところへ連れてくるように。ちゃんとレアさんに叱って貰うからな」

「「おーっす!!」」

 

 クロードは領警察正面広場へ乗り込んだものの、彼の扱いはとてつもなく悪かった。


「あ、あのハサネさん、エリック? 僕は援軍に来たんだけど……」

「ええ、辺境伯様。今のご時世、領警察も公安情報部も人手不足です。もしも〝援軍であれば〟涙を流して感動に打ち震えましたとも」

「バッキャローめ。領都大火計画の目的は、国主様拉致と要人暗殺だぞ。〝一番の重要人物〟が戻ってきてどうするんだ!?」


 クロードは、笑顔だが目だけは笑っていないハサネと、裏表なく青筋を立ててキレるエリックにこんこんと説教される羽目になった。


「それでも、辺境伯様が戻ってくださって嬉しいです!」

「俺達の活躍、見ていてくださいね!」


 とはいえ、一般捜査員や、警察官の反応が好意的だったのが救いだろうか。


「まったく皆、クロードには甘いんだから」

「こちらとしても行って欲しい現場がありましたから。イケイ谷は九割九分外れでしょうが、もしもターゲットがいた時がまずい。私やエリックさんは他に向かう現場がありますし、〝あの人〟の部隊と一緒に行動してもらいましょう」


 ハサネが中折れ帽を胸に抱いて提案した言葉に、金属鎧で完全武装したエリックは顔をしかめた。


「……本音を言うぜ。ハサネさん、俺はどっちも、牢屋の中に閉じ込めておきたい。油断のならないあいつも、こういう時のクロードも信用できない」

「でも、信頼には足るでしょう?」


 ハサネの畳みかけるように強引な説得に、エリックはしぶしぶ折れたらしい。通信貝を使って、広場の隅から誰かを呼び寄せた。

 見るからに傭兵といった風貌の、頭に真っ赤なスカーフを被り、骨やら呪文やらを銀糸で刺繍ししゅうした、中二病じみたチョッキを身につけた男が足早に近づいてくる。


「いやあ、大同盟の首魁、ヴォルノー島の覇者と名高い辺境伯様の護衛を務めるなんて、傭兵の出には過ぎた褒美でゲスな」


 男の左腕は失われているらしく、軽やかに歩くたびに、鋼の義手が重い唸りをあげた。

 背中には得物らしい、鎖で何重にも拘束した竹刀袋のようなものを負ぶっている。


「オレは〝二番ドゥーエ〟。大陸じゃあ、鉄拳ドゥーエと呼ばれた、ケチな傭兵でゲス」


 男が一礼して、握手を求めるように右の、生身の手を差し出す。

 隻眼なのか、黒い瞳の左側には眼帯をつけていた。

 そして、スカーフから覗くドゥーエの黒髪は、特徴的なドレッドロックスヘアに結い上げられていた。

 クロードは彼の手をとって、正面から見据えて尋ねた。


「ドゥーエさん。僕たち、前にどこかで会ったこと無いかな? たとえば、農園とか、演劇会場とかで?」



――――

隠す気あるの? と言わんばかりの格好ですが、久方ぶりの登場です。

そして、彼が出張るくらいには、危険な情勢とも言えます。

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