番外編

第87話 (番外編1) ※七鍵キャラクターが演じるシグルズ伝説『昇陽篇』

87


―― 幕間 ――


 真っ白な世界があった。

 地も、海も、空も、降り積もる雪におおわれて、凍てついている。

 そんな白い闇の中で、輝く白金の髪をなびかせて、真っ白な肌の少女がひとり歌っていた。

 彼女は言祝ことほぐ。

 色鮮やかな花の美しさを、そびえ立つ木々の緑の深さを、虫たちの踊る騒がしさを。

 これらは、この世界から、もはや失われてしまったものだ。

 白い世界に残されたものは、静寂と平和だけ。

 争うものはいない。

 生命は、他の生命を奪って、食べなければ生きられない。そんな原罪からも、解放されてしまった。

 

 少女は、閉じていた瞳を開いた。

 純白の世界に、空のような青色と血のような赤色の、虹彩異色症ヘテロクロミアの華が咲く。

 彼女は思う。ここは、たいくつだ。つまらない。そして、さびしい。

 だから、慰みに、雪と氷で人形をつくって遊ぶことにした。


――

―――


○いまではないとき、ここではないどこか、桜吹雪が舞う公園


ニーダル「よくぞ集まった、我が愛する演劇部員と友人たちよ。今から始まるの は番外編、本編とは関係ありそうでない人形劇だ。息抜きを兼ねた茶番劇だな」


クロード「ああ、それで僕のことを忘れたはずの部長が憶えていて、集まるはずのないメンバーが揃っているんですか? 茶番劇なので脚本もどきの形式と。導入がものすごく厄ネタっぽいんですが……」


ニーダル「気にするな。彼女は、俺が今ここでナンパしたラス☆ボス子ちゃん(仮名)だ。なんでも皆にお願いがあるらしい」


クロード「エターナルなんちゃらとか名乗ろうとした僕が言うのもなんだけど、もうちょっといい名前をつけてあげようよ!?」


☆ボス子「はじめまして、ラス☆ボス子(仮名)です。みんな、仲良くしてね?♪」


イスカ 「はーい!」


アリス 「一緒に遊ぶたぬ~。で、なにをして遊ぶたぬ?」


☆ボス子「アリスちゃん、可愛い。こっち来て、抱っこしてあげる。今日はね、運命の人にお願いして、北欧神話のシグルズ伝説を教えてもらうんだ」


クロード「ファヴニルやレギンが出てくる元ネタですね。僕も詳しくないし、あの悪魔への対策にもなるか。今から部長が説明するんですか」


ニーダル「クロード。俺たちは何だ? 演劇部だろう! だから、今日は俺たちでシグルズ伝説を演じてみるんだ。あ、お前が主役ね。メンバーが悪徳貴族だから」


クロード「強引だあっ」


劇中劇 ◆第一幕◇


○折れた矢と剣が散らばる何処とも知れない戦場


おでん /ニーダル「というわけで、始まりました茶番劇。登場人物達がどのような演技を見せてくれるのか楽しみです。一番手は、俺、神々の王であるオーディン役に挑戦します。オーディンと言えば、アレですね。斬鉄剣! こんにゃく以外は何でも切れるという……あいたっ」


シグムン/ロジオン「初っ端から嘘ネタ吹いてるんじゃねーよ、ロリコン。なんでオレまで喚ばれてるんだよ?」


おでん /ニーダル「彼女が逢いたがっ――。首を絞めるな、お前も大人だろう。子供たちに少しはいいところ見せてやれ」


シグムン/ロジオン「チッ」


おでん /ニーダル「ここから軽く北欧神話の説明に入るが、北欧神話では神々と巨人族が敵対している。彼らの間に起こる最終戦争アーマゲドンが、いわゆるラグナロクだ。夏が訪れずに、風の冬、剣の冬、狼の冬という、大いなる冬が三度続いて人々は死に絶え、神々と巨人族による最後の大戦が始まる。そして、オーディンはラグナロクに備えて、人間の勇士をスカウトしているんだ」


シグムン/ロジオン「スカウトと言えば聞こえはいいがよ、北欧神話で天国たるヴァルハラに行く条件は”戦死”だ。つまり、オーディンに見初められた者は――必ず戦場で死ぬ。病死した者は、輪廻転生をするか、巨人族のヘルが管理する霧と霜に覆われた氷の冥界で眠るからな」


おでん /ニーダル「というわけで、さっそく地上へスカウトにやってきましたオーディンこと俺、リンゴの木に、摸造刀……じゃない、名剣ノートゥングをぶっ刺して宣言します。この剣を引き抜いたものに勝利と栄光を約束しよう!」


シグムン/ロジオン「ヴォルスング家の王子、シグムンドだ。あらゆる戦士が引き抜けなかった剣を、オレが抜こう。そこから先の悲劇と勝利、栄光は飛ばすぜ。あまり子供に見せたい話じゃない……って、シグルズは、シグムンド以上にまずくないか?」


おでん /ニーダル「ちゃ、茶番劇だから、なんとか調整するよ。こうして、ノートゥングを得たシグムンドは勝利を重ねて、近隣諸国に名前を轟かせた。幾人かの子供にも恵まれて、中にはヴァルハラに招かれた勇者もいる。物語の主人公であるシグルズは、シグムンドに連なる最後の子供だ。さて、そろそろ頃合いだ。戦乙女ワルキューレのブリュンヒルデちゃん、国家存亡の戦争渦中にいるシグムンドを殺して天上に導いてくれ」


ブリュン/ レア 「嫌です」


おでん /ニーダル「な、なんで……」


ブリュン/ レア 「誠実さの欠片もなく、不特定多数の女性と寝床を共にするような方の命令は聞けません」


おでん /ニーダル「ギ、ギリシャ神話のゼウス神よりマシだしっ。しょうがないから、このオーディンが直々にシグムンドを殺して天上に招くよ」


シグムン/ロジオン「よっしゃあ。今、日本刀を出すから待っていろ!」


おでん /ニーダル「これは演劇だっ。でも、本気で俺たちが勝負したらどうなるんだろう?」


シグムン/ロジオン「オレが日本刀なしなら、お前の優勢だ。もしも日本刀ありなら、オレが圧倒する。レヴァ剣全開のお前と、専用装備を得たオレなら……、作者曰く、”戦う相手が違うでしょう?”だとよ」


おでん /ニーダル「そんな血戦は本編でやろう! 俺が与えたノートゥングは折らせてもらうよ、ボッキン!」


シグムン/ロジオン「なんというマッチポンプ。我が息子シグルズよ、折れた剣はお前に残す。鍛えなおして振るうがいい。新しき剣の名前は……グラムいかり!」


おでん /ニーダル「い、言い回しが微妙に中二病がかってるなあ。シグムンドは、俺がヴァルハラへ連れてゆくよ。ブリュンヒルデちゃん、命令に逆らったキミには罰が必要だ。神性を奪い、人間として生まれ変わらせて、ヒンダルフィヨルの山上で眠らせよう。更に、俺が生み出す炎の壁を越える者、『恐れをしらぬ勇者ならば、誰であっても結婚する』と今ここで誓うといい」


ブリュン/ レア 「恐れをしらぬ勇者ならば、誰であっても結婚すると誓います。ですが、率直に言って、貴方は最低です」


おでん /ニーダル「かくしてオーディンに罰せられたブリュンヒルデは、炎の壁に囲まれた山上の館で眠りにつき、シグムンドの遺児シグルズは名剣グラムの欠片を父の形見として受け取り、鍛冶師レギンに引き取られることになる。ラス☆ボス子ちゃん、これまでで何か質問はあるかな?」


観客  /☆ボス子「はーい! 運命の人はサイテイだと思いまーす」


おでん /ニーダル「……」


シグムン/ロジオン「残念でもなく当然」


シグルズ/クロード「ぶ、部長。北欧神話でオーディンがぐうの音も出ない畜生役が多いのはしょうがないじゃないですか。それに部長のモチーフは、ロキだからもっと酷」


おでん /ニーダル「やかましい。シグルズ役のお前も後で罵られるといいやっ。次行くぞ次!」


劇中劇 ◆第二幕◇


○レギンの鍛冶小屋


おでん /ニーダル「さて、亡国の王子シグルズを引き取った鍛冶師レギンだが、彼にも思惑があった。彼の兄、オッテルがカワウソに変身して魚をとっていたところを神々に殺されて、ファヴニルとレギン、そして彼らの父親は多額の賠償金を請求したんだ。けれど、ファヴニルは父を暗殺して、神々からふんだくった黄金を生み出す魔法の指輪アンドヴァラナウトを独占してしまった。レギンは、シグルズを鉄砲玉に仕立て上げて、ファヴニルを討ち、黄金を奪おうと企んでいた」


レギン /  ??「シグルズ。愛しきひとよ。貴方が王として成長するのが、私のなによりの喜びです」


シグルズ/クロード「部長、このレギンさん、すごくイイヒトそうなんですけど」


おでん /ニーダル「脚本に書いてるレギンの台詞と違うぞ。黒いローブを着てるから顔が見えないけど、いったい誰が演じているんだ? 俺はボー爺さんに役を頼んだのに」


観客  /☆ボス子「お爺さん、ぎっくり腰なんだって、だから代わりに頼んでおいたよー」


おでん /ニーダル「あ、そうなんだ。で。誰に?」


レギン /  ??「愛しきひとよ。私たちは家族です。だから、貴方が旅立つ日まで、一緒にご飯を食べて、一緒にお風呂に入って、一緒のお布団で寝ましょう。さあ、こちらへ」


シグルズ/クロード「男同士でそういうのはちょっと……。あれ、いい匂い? どこかで嗅いだ香りだ。女の子?」


おでん /ニーダル「後輩が誘惑されているから、急いでまくぞ。レギンに育てられ、成長したシグルズにはある野心があった。それは、父王シグムンドの死で失われた家を再興することだ。その為には、王に相応しい名誉と財宝が必要だった」


シグルズ/クロード「レギンさん。今までお世話になりました。故郷へ戻り、国を建て直すため旅に出ようと思います」


レギン /  ??「愛しきひとよ。この日が来るのを恐れていました。貴方の父君が残した剣は、すでに打ち直してあります。具体的には、摸造刀の欠片を木製のバットに埋め込んで、釘をたっぷり打ちつけて、有刺鉄線を巻き付けました。この名剣グラムで、いい年してぐれた不良のショタ竜を撲殺してくるのです!」


シグルズ/クロード「オッケー、行ってくる!」


○ファヴニルの洞窟


シグルズ/クロード「今邪竜を求めて全力疾走している僕は、ごく一般的な男の子。強いて違うところをあげるとすれば、ヴォルスング王家の末裔まつえいだってことかな……名前はシグルズ。そんなわけで、ファヴニルが黄金をたっぷり貯めこんでいる洞窟にやってきたんだ」


ファヴニル/ファry「よく来たね。シグルズ、待っていたよ。さあ遊ぼうじゃないか」


シグルズ/クロード「あははははっ。やっぱりファヴニル役はお前自身かぁっ。本編でたまりにたまったうらみとつらみぃい、今ここで熨斗のしつけて返してやる。新必殺マッハファイヤーツッコミ!」


ファヴニル/ファry「さあ来いシグルズ、劇中劇のボクは一回殴られただけで死ぬよぉおお。って、なに? そのガチな凶器、痛いじゃないか! 本編じゃこんなに簡単に倒されないからねぇぇええええ」


おでん /ニーダル「かくして、シグルズは神々さえも手を焼いた邪竜退治に成功する。そして、彼は竜の心臓を喰らい、あるいは血を浴びたことで、特別な加護を得ることになった」


シグルズ/クロード「シグルズだと小鳥の言葉を理解する竜の知恵、ジークフリードだと菩提樹ぼだいじゅの葉が貼りついた背中以外は、刃を通さない無敵の肉体でしたっけ?」


おでん /ニーダル「シグルズとジークフリートは、伝説の起源が同じだから、逸話が混同されてややこしいんだよな。今回の劇では両方得たことにしよう。お得だろう?」


シグルズ/クロード「いい加減だなあ。それにしても、ファヴニルって案外早く退場するのか……」


おでん /ニーダル「誤解されちゃ困るが、ファヴニルとその父親は、オーディン、ロキ、ヘーミルの三神を手玉に取って、一度は捕らえている。シグルズが規格外の英雄だっただけだ。くれぐれも油断するなよ。……劇に戻るぞ。ファヴニルを倒したシグルズは、小鳥の声を聞いた」


小鳥  / アリス「小鳥役のアリスたぬ! お化粧してもらったぬ。見惚れるたぬ?」


シグルズ/クロード「はいはい。腹を撫でればいんだろう。かーいいかーいい」


小鳥  / アリス「もっと撫でるたぬ。優しく優しくたぬ。あぶないっ。クロード、後ろに鈍器をもった影がいるたぬ。肉球パンチ!」


レギン /  ??「ああっ」


シグルズ/クロード「ア、小鳥。これは鈍器じゃなくて重箱だよ。レギンさん、どうしてここに?」


レギン /  ??「このお弁当を届けに来たのです。でも、良かった。無事にファヴニルを倒せたのですね」


シグルズ/クロード「レギンさんのおかげです。貴方が鍛えてくれた釘バッ……グラムがあったから」


レギン /  ??「愛しい人。戦う時に大切なのは剣の力ではなく勇気です。臆病者が名剣で勝利を得た例はなくとも、勇者が武器を問わず勝利を得た例を私は数多く見てきました。だから、誇ってください。貴方は、とても強い心をもっているのだから」


シグルズ/クロード「レギンさん……」


レギン /  ??「ヒンダルフィヨルの山上の館で、美しい娘が眠っているそうです。必ず訪ねてくださいね。ご武運をお祈りします。がくり」


シグルズ/クロード「レギンさぁああんっ」


小鳥  / アリス「あ、あれ? 魅入ってたら、たぬの台詞がいっぱいとられたぬ? もっとしゃべりたかったぬーっ」


おでん /ニーダル「あー、演者のせいか、脚本崩壊レベルでレギンが善人になるというハプニングがあったものの、シグルズは黄金を生み出す魔法の指輪アンドヴァラナウトと、ファヴニルが奪い集めた無数の財宝を得た。そして、恐れを知らぬ勇敢な若者は運命の出会いを果たす。ひとりは、人間に堕とされた戦乙女ブリュンヒルデ。もうひとりは、ギューキ王家の姫君グズルーン。二人の女性との出会いが、シグルズに歓喜と破滅をもたらす。すべては――呪われた指輪の導きなのか? 次回、劇中劇 ◆第三幕◇ を乞うご期待!」


シグルズ/クロード「部長、ファヴニル討伐後も演じるんですか?」


おでん /ニーダル「ここまでは、若き勇者が人間の身で竜殺しを成し遂げた、栄光を得るまでの物語だ。クロード、お前もまた不可能と思われたレーベンヒェルム領の復興と、西部連邦人民共和国の経済占領下からの独立を成し遂げつつある。――お前が知るべきなのは、むしろこの続きじゃないのか?」


シグルズ/クロード「部長。僕の為に、そこまで考えて」


おでん /ニーダル「ラス☆ボス子ちゃんも楽しんでくれたかな?」


観客  /☆ボス子「はーい♪」


おでん /ニーダル「ふふ。掴みは上々、ここからどうやって口説き落とすか、俺の腕の見せ所だな」


シグルズ/クロード「ちょっとでも尊敬した僕がバカでした……」


おでん /ニーダル「さて、この劇中劇を見てくれた紳士淑女の皆様。シグルズ、ジークフリードを巡る伝説や物語は、エッダ、ヴォルスング・サガ、叙事詩ニーベルゲンの歌、ワーグナーの歌劇ニーベルングの指輪、と数多くあって、キャラクター造形や細部の物語展開がまるで違ったりする。今回の劇は、あくまで俺たち演劇部員がわかりやすいように演じたものだ。興味を持った方は、原典を当たってもらえるときっと新しい楽しみがあるはずだ。それでは、また逢おう。七鍵本編もよろしく!」

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