第156話(2-110)悪徳貴族と切り崩し工作
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復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 晩樹の月(一二月)一九日に決起した反乱軍への対策は、クロードの総指揮の元、電光石火の早業で進められた。
領主代行に就任したレアは、反乱軍に焼け出された領民たちの避難所をすぐさま手配すると、領軍と協力して救出活動を行った。反乱軍の攻撃にさらされた町や村から逃れた人々は、仮設テントで炊き出しを受けて、どうにか人心地つくことができた。
一方で、彼女はエリックやイェスタたち領警察を的確に投入して、ろうそくを片手に領都や大都市を練り歩き、略奪や暴力による示威活動を行っていた無許可デモ隊を捕縛、クロードの指示通りに容疑者の名前を各地の看板に張りだした。
掲示された名前は、大半が在留外国人やレーベンヒェルム領外から流入した他所者のものであり、『暗黒の暴君を打ち倒し、光をもたらすべく立ち上がった良識的なレーベンヒェルム領民』という暴徒たちが自称する看板は脆くも崩れ去ることになる。
本物のレーベンヒェルム領民は、悪徳貴族批判を
共和国資本の新聞社、人民通報は「自由を守ろう。進歩的な革命の大義をかかげよう。外国人に優しい領を実現しよう」とあることないことを書き散らして必死で煽ったものの、レーベンヒェルム領を騒がせる無許可デモ隊は、領民たちにさっぱり支持されず、むしろ叩きだされるようにして瓦解した。
その間、レアはまるで翼でも生えたかのごとく領全土を飛びまわり、十本以上の羽ペンを本当に浮遊させて複数の書類にサインを繰り返しながら、火車となった役所を陣頭に立って導いていた。
「レア様。先輩から聞いていましたが、まさに
「メイドで……領主さまから授かった大切なお役目ですから。どうかお力を貸してください」
「はい!」
「さすがは伝説の女傑。惚れたっ。いや、結婚したい」
「辺境伯様とはなんだったのか? レア代行が居れば要らないよね。どしたの? イーニャちゃん、複雑な顔して」
「ううん、あのもやしのうざったい顔がないとさ、ちょっと物足りないだけ」
このように一部では困惑も見られたものの、レアの領主代行は彼女自身の活躍もあって上々の評判だった。役所の効率も通常の五割増しに向上し、領内戦の危機という難局を乗り切る原動力のひとつとなった。
「辺境伯様より、ずっと頼りになる!」
「職員になるってうれしいことなの。レア様は最高です!」
そんな士気と活気に溢れる職員たちの様子を目撃したクロードは、衣装ダンスの中に隠れてよよと
ただし、職員一同が帰宅後一歩も動けないほどに疲労困憊して、「あのひと実は隠れドSなんじゃ?」という噂がまことしやかに流れ、領主復帰がひそかに待ち望まれるという謎の事態が発生した。
クロードは職員の心境が掴めずに目を白黒させたが、レアはいつもの澄まし顔を決して崩すことはなかった。
☆
さて、そんなクロードはソフィと共に有力者への協力要請に当たっていたのだが、彼の出番はほとんど無かった。
クロードが想定していた交渉は、いわゆる良い警官と悪い警官、あるいは飴と鞭を意識したものだ。
自身が食糧を含む流通停止などの強権をちらつかせて反感を買いつつも、ソフィには支援の用意や協力のメリットを提示させることで共感を獲得させ、二人の連係プレーで”反乱軍ではなくレーベンヒェルム領への協力関係を結ばせる”というのが目論見だった。
「これぞ、僕の秘策! 北風と太陽だ」
「うん、頑張るよ」
ソフィは朗らかな笑みを浮かべて交渉に同席して――。
「ダンケルスさん。御協力ありがとうございます」
「いえいえ、他ならぬソフィさんの頼みですから。充実した時間を過ごせました。流通停止というカードも有効に使わせていただきます。これがあれば、連中の無理強いを断る良い口実になる。辺境伯様も御足労ありがとうございました。我らがギルド一同、一丸となってレーベンヒェルム領を盛りたてて行きますぞ!」
「はい。これからもよろしく……」
――はじめは趣味や好物の話題で盛り上がり、自然と協力の話にもっていって支援を表明してもらい、最後に必要書類へサインをもらう、と、いかにもスムーズに交渉を進めていた。
(ど、どうしてこうなった)
これは、元来苦手な会話を努力で克服したクロードと、生来会話を楽しむ気質があるソフィの差が如実に表れたと言えるだろう。つまるところ、彼女には小細工など必要ない。ただ会話を弾ませるだけで、互いに良い未来を得ようとビジョンを共有することができるのだ。
(これって、僕はいらないんじゃないか……?)
役所に戻る馬車の中で俯きながらクロードが悶々としていると、不意に向かいのソフィが声をかけてきた。
「クロードくん、手を握ってもいい?」
「いいけど」
ソフィは、役所に着くまでの間、ずっと手を握り続けた。
クロードはなんだかあやされているようで落ち着かなかったが、彼女のぬくもりに触れるうちに嫉妬している自分が馬鹿馬鹿しくなった。
「ありがとう。これで頑張れる。必要なことだもんね」
そうしてソフィは、次の訪問先へ持って行く手土産の準備を始め、クロードもまた説得用の資料を取りに役所へ足を踏み入れたのだが、そこにはレアが差配する職員たちの笑顔があった。
(オワタ)
かくして心に深い傷を負ったクロードだが、いつまでも衣装ダンスの中で泣いている訳にもいかず、執務室で書類を鞄に詰め始めた。
そこに中途報告に来たのか、執務室のドアを叩いてブリギッタが現れた。
「辺境伯様、共和国企業連との交渉は一段落したわよ。あとで報告書を出すけど、助力する代わりに蜂起前に反乱軍と商売していたいくつかの店を見逃せってさ。言い訳になるけど、例の焼き鏝でだいぶやられてたみたい」
「その程度なら構わないさ。企業連が絞めてくれないと、こっちも困るんだ。でも、ほどほどにしてくれよ」
「わかってるって。ちゃんと線引きはする。辺境伯様こそ注意してよ。ソフィ姉は気が弱いし、何より優しいから交渉役には向いてない。ちゃんとリードして支えてあげてね」
そんなブリギッタの忠告を聞いて、クロードは肩をすくめた。
「それは言いすぎじゃないか、ブリギッタ。先日からの交渉、ソフィは僕の出る幕なんてまるで無いほど上手にやってるさ」
「どういうこと?」
クロードは、訝しがるブリギッタにざっくりとしたあらましを語って聞かせた。
やがて彼女も腑に落ちたのだろう。うんうんと頷き始めた。
「ソフィ姉は、人がいい上に和を重んじるからね。元冒険者が相手なら顔も広いし、お互いにWINWINになるよう話を進めるから、そりゃあ相手も上機嫌になるでしょう。でも、辺境伯様は、それだけじゃ通用しない相手や文化圏があるのは知ってるでしょ」
「まあ、ね」
クロードは一瞬ためらったものの、唾を飲み込むようにして肯定した。
「辺境伯様。王国にさ、三方損の金貨って美談があるんだよ。昔ある町で、大工が金貨三枚が入った財布を落としたんだ。たまたま財布を拾った職人が届けるけど、大工はもう自分のものじゃないって受け取らない。二人を仲裁した顔役の人は、自腹を切って金貨一枚を足して大工と職人の二人で分けるように言うんだ。”これで皆が金貨を一枚ずつ損したから、もう争う必要はない”って。王国人らしい考え方だよね」
「そうかもな」
クロードの故郷にも、似たような講談があったはずだ。
「これを知った共和国の教団員はなんて言ったと思う? 王国人はたとえ自ら損しても争いを嫌う習性がある。これを利用して、争いの火種を撒き続ければいくらでも金を引き出せるってさ」
「真偽は知らないが、なるほどパラディース教団らしいやり口だと思うよ」
「そ。こういう手合いが相手だと、ソフィ姉はまるで役立たずだ。自分に悪意を持っている敵に配慮して、わざわざ肥え太らせる為にいくらだって我慢して譲歩しちゃう。他国で陰惨な強姦や輪姦事件を起こす輩がいる。神域を爆破する輩がいる。美術品や芸術品を叩き壊す輩がいる。そんなクソッタレた蛮行を正義だなんて褒めたたえる国がある。都合が悪くなると、わざわざ報道機関には手を回して、まるで同国人がやったように口封じを試みるんだから、性質が悪いよね」
「同感だ……」
結局のところ、クロードがレーベンヒェルム領を解放する為に戦ってきた相手は、個人以上に思想であり文化なのだろう。邪竜ファヴニルは刺し違えても倒せば決着がつく。しかし、わかりやすい悪役ではなく、民族、国家、文化が相手となるならば、戦いは終わらない。
せいぜい距離を取るなり、油断せずにうまくいなしてゆくなりするしかないのだ。平和とは、争いのない一時の、貴重な凪でしかないのだから。
「だから辺境伯様は、後ろでへにょっと構えてればいいんだよ。アンタの存在は、それだけで抑止力になって……ソフィ姉を支えてくれる」
「そういうものかな?」
「そういうもの。この非常時にソフィ姉とアンタのコンビは、当たりなんじゃない? まさかソフィ姉が引き受けると思ってなかったけど」
「ソフィは、必要なことだから頑張れるって言ってたよ。領の為といっても、やっぱり無理をさせているのかな」
ブリギッタはおや、と眉をひそめた。いかにもソフィに似つかわしくない言葉だったからだ。
「他に何か言ってなかった? 何かひっかかるんだけど」
「あー、そう言えば僕を幸せにしたいとか言っていたような……」
その時、階下からソフィがクロードを呼ぶ声が聞こえた。
「いけない。辺境伯様、ソフィ姉が呼んでるよ。早くデートに行っておいで」
「こんな胃が痛いデートとか勘弁してくれ」
クロードはバタバタと荷物をまとめ、大急ぎで部屋を飛び出していった。
残されたブリギッタはほうと息を吐きつつ、小さな声でこぼした。
「辺境伯様、アンタは気づいてないみたいだけど、さ。たった半日の間に反乱被害を試算して、撃滅する対応策を瞬時に立案する為政者と、それを実現してのける行政機構なんて、フツー絶対に敵対したくないわけよ」
レーベンヒェルム領を回している中心は、他の誰でもなくクロードだ。
他ならない中心人物が自ら足を運んだと言うだけで、有力者たちに与える影響は絶大なものがあるだろう。
「レベッカ。どうせ糸を引いているのはアンタだろう? でも、詰めが甘い。反乱軍の敗因はアタシたちの辺境伯様をなめたことよ」
同時に、ブリギッタは改めて確信するのだ。レーベンヒェルム領には、悪徳貴族クローディアス・レーベンヒェルムが必要なのだ、と。
しかし、彼女が姉貴分と慕うソフィが同じ考えだとは限らない。
(必要だから、か。……辺境伯様を幸せにするのに必要だから? 皆で幸せになる為に必要だから? これだけじゃわからない、よね。ソフィ姉は、”辺境伯様を守る”って言った。それがレーベンヒェルム領から、アタシたちからも守るって意味なら、きっついなあ)
いずれにせよ、クロードとソフィが動く限り、短い時間で反乱軍支援者の切り崩しは終わるとブリギッタは予測した。
彼の対応の迅速さは、第三者にも反乱軍の勝ち目がないと確信させるに十分だからだ。
「といっても、軍事の方は一体どうなっているのかしらね?」
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