第184話(2-137)悪徳貴族と不可能作戦

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「もしもチョーカー隊長が言うように正攻法で一本道を歩めば、砲火を浴びてカルネウス軍の二の舞だ。今レジスタンスが優勢に見えるのは、勝利しているからだ。もしも一度負けたら、あるいは勝っても継戦能力を失えば、必ず手のひらを返す勢力や楽園使徒になびく勢力が出てくるぞ」

「クロードさんの言う通り、私達は崖っぷちなのさ。命を賭けることは惜しまない。けれど、投げ捨てるわけにはいかない」

「ミズキさん。改めて申し訳ないんだけど、オズバルト・ダールマンについて詳しく教えてくれないか?」


 クロードの質問を受けて、ミズキは困ったように鼻の頭をこすった。


「あたしは下っ端だし、軍閥が違うからたいしたことはわからないよ。それでもいいなら……」

「構わない。彼の上陸阻止に失敗した今、どんな些細な情報でも貴重だ」

「オズバルト・ダールマンはパラディース教青年団の出身なんだ。ああ、青年団って言うのは、若手エリート団員を集めた青年組織でね。今の教主が出身だっていうのもあって、強力な派閥があるんだ。もしも教団の高級幹部を目指すのならば、まず青年団に入団して卒業後に入信するのがセオリーだって言われているよ」

「そ、そうか」


 そういった生臭い事情は、地球もこの世界も変わらないらしい。

 レーベンヒェルム領ですら派閥争いがあるのだから、当然と言えば当然かもしれない。


「順調に出世街道を進んでいたオズバルトは、五年前に”シュターレンの雪解け”が起きて突如転落した。なんでも部下が裏切ったとか噂されているけど、詳しいことはあたしも知らない。結果として彼は汚れ役の粛清部門に左遷されて、――でも、そこで名を挙げた。教主にとって目障りな軍閥の、汚職や禁呪の研究、臓器売買といった悪行を片端から摘発したんだ。やりすぎたのか、対立派閥に睨まれてまた左遷。最近じゃ緋色革命軍マラヤ・エカルラート楽園使徒アパスルのような、表沙汰にできない勢力との交渉役をやっていたよ」


 ミズキの回答に、クロードだけでなく、アマンダやチョーカー、ドリスまでがあんぐりと口を開けた。

 クロードの膝の上で丸くなっていたアリスは、あくびをかみ殺しつつ呟いた。


「オズバルトさんって、いいひとみたいたぬ」

「んー。品行方正な紳士で、民衆からはまるで正義の味方みたいに慕われていたみたいだよ。でもさ、たとえばクロードさんとこのルールバ、ごほん。セイちゃんを、緋色革命軍や楽園使徒側から見たらどう映ると思う?」

「ああ、うん」

「小生たちにとって最悪の敵だな……」


 ミズキの話を聞く限りではあるが、オズバルト・ダールマンは善人なのだろう。

 善人であっても、いや、善人であるが故に、幾度裏切られてもパラディース教団に忠誠を尽くす。

 クロードが想像する限り、アンドルー・チョーカーのように融通が利くとは思えなかった。


「アマンダさん。一応、エステルさんとアネッテさんを解放できないか交渉してみてください」

「わかった。どうにか繋ぎをつけて使者を送ってみる。でも、私達も上陸を邪魔しようと海賊みたいな真似をしたからね。望みは薄いと思う」

「たとえ交渉が不成立でも、オズバルトの立ち位置が見えます」

「どういうことだい?」

「実は、時間さえあれば、魔術塔”野ちしゃ”を落とすことは簡単なんです」


 クロードの自信に裏打ちされた発言に、アリスとレア、ミズキを除く全員が凄まじい変顔を披露した。


「ど、ど、ドドド、どういうことだコトリアソビ!?」

「そんな、これだけ要害をどうやって打ち破るんだい?」

「さすが兄さんが憧れたクロードさんです」

「アリスちゃんの言う通り、ただの悪党じゃなかったです」


 きらきらと目を輝かせるレジスタンスメンバーの前で、クロードはこともなげに言い放った。


「レジスタンスとレーベンヒェルム領で山の麓を制圧して、水と食料を断って放置すればいいんですよ」

「……最悪だこいつ」

「そういえば、時間があればって条件付きだっけ」

「さすが兄さんが一筋縄でいかないと恐れたクロードさんです……」

「そのやり方だとエステルちゃんたちが危ないじゃないですか、この悪党!」


 案の定、非難囂々ひなんごうごうだった。ただひとりミズキだけが得心したかのように呟いた。


「クロードさんって、遊戯でニーダルさんたちが速攻潰してビリになるくらいだもん。そりゃあ、ねえ」


 彼女が妹分のイスカから聞いたところによれば、クロードはエンゲキブで行われた大抵のゲームで最下位だったらしい。

 が、チーム戦ともなれば、本人は気付かずとも非常に重宝されてひっぱりだこだったそうだ。つまるところ、クロードは時間さえ与えれば、大抵の戦力差をひっくり返す才覚がある。だからこそ、それを知っている友人たちは、彼が戦略優位を確保する前に粉砕にかかるのだろう。


「で、クロードさん、時間のない今はどうするんだい? 楽園使徒との婚姻交渉は月末でもうすぐだ。アマンダさんたちレジスタンスとの伝手を得た今、いっそ同盟を結んで姫君たちを確保、即座に同盟破棄って選択もアリだと思うよ」

「エステルさんとアネッテさんが、オズバルトたちからレジスタンスか楽園使徒に解放されたなら、その手段も考える」


 直後クロードは、レアに袖を引かれアリスに爪をたてられて脂汗を流した。

 そんな三人の様子を見ながら、ミズキは意地の悪い笑みを浮かべる。


「それはどういうことかな?」

「だからオズバルトたちの立ち位置を図る必要があるんだ。二人が楽園使徒ではなく、共和国の手に落ちたことで状況は変わった。最悪、彼らは楽園使徒が進める婚姻同盟を無視して、共和国軍を引き入れる可能性がある」

「お見事、ひゃくてんまんてんっ。現教主はこれ以上のマラヤディヴァ国への介入を望んじゃいない。大陸平和運動祭やら文化博覧会やら、”シュターレンの雪解け”の傷を帳消しにするためにやるべきことが山ほどあるからね。でも、あたしが所属する前教主派は違う。更には凋落した旧派閥、四奸六賊の後援を受けていると目されるウド・シュバーツヴルツェル枢機卿すうききょうはトンだ過激派だ。エステルちゃんたちの確保を大義名分に軍を動かしかねない。もちろん、マラヤディヴァ国を制圧するために、ね」


 ミズキの口調からして、彼女は自身の所属する派閥やウド枢機卿を好いていないのだろうとクロードも理解した。

 唯一の救いは、オズバルト・ダールトンが所属しているのが、前教主派でもなくば四奸六賊でもない、彼らと対立する現教主派であることだろう。


「そういうわけで、エステルさんたちの身柄がオズバルト一党の手から離れる。あるいは、別のより良い見通しが立たない場合は、予定通り魔術塔の攻略作戦を実施します。といっても、陸戦は論外だ。カルネウス軍が失敗した以上、道に地雷魔法陣を敷設するような、より大規模な迎撃態勢をとられる可能性が高い」

「かといって空路は無茶だ。箒や気球じゃ近づけないんだよ」

「コトリアソビよ。強力な防風と矢除けの加護を付与された飛行ゴーレムでも用意するか。ないだろう。そんなものがあるなら、お前ならとうに使っているはずだ」


 アマンダとチョーカーの剣幕にクロードは席を立って、運び込んだ荷車に近づいた。


「レーベンヒェルム領から、ある試作機が届きました。このままだと使い物になりませんが、きっとこの不可能な作戦を遂行する為の鍵になります」


 クロードは、ばさりと覆いを取り払った。荷車に置かれていたのは、異形の自転車だった。

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