第三部/第二章 恐怖の観光旅行編
第219話(3-4)ルンダールの港町とUMA?
219
レーベンヒェルム領の北部に、ルンダールという寂れた港町がある。
かつては海と山に面する風光明媚な町並みと、海運貿易の拠点である十竜港にほど近い恵まれた立地から、貴族や庶民が訪れる一大観光地として賑わっていた。
しかし先代辺境伯が死亡して、クローディアス・レーベンヒェルムが領主となったことで、町の運命は大きく変わる。
彼は山を切り開き砂浜を埋め立て、共和国に媚びた文化・遊戯施設などを建設するなど、外国人向けの観光開発に勤しんだ。
その結果、景勝地が破壊されて自然情緒が失われたばかりか、ずさんな工事がたたって土砂崩れを引き起こし、道路やトンネルといった主要な交通インフラを喪失してしまう。
残されたルンダールの町民たちは、漁業や農業に従事しつつ、なすすべもなく滅びの時を待っていた。
雷にでもうたれのか、ある日いきなり改心した悪徳貴族が整備を進めて、町を閉ざしていた道路とトンネルを復旧させたのはわずか半年前のことである。
「親父たちは文句ばかり言うけど、いまの辺境伯様はよくやってくれてるよ」
町長の息子である若き漁師スヴェン・ルンダールは、海岸線に沈む夕日を船上で眺めながらそう呟いた。
彼は早朝から漁に出て、船いっぱいの魚を釣ることができた。半年前までは、釣果は
けれど道路が復旧した今なら、領都レーフォンの市で売って衣服や雑貨に替えることが出来る。
ルンダールの町が
まぶたの裏にある幼い日の景色が失われたことは、スヴェンにとっても悲しいことだ。
だが、それは本当にクローディアス・レーベンヒェルムだけの責任なのか? 共和国の商人にのせられて、大金に心奪われて、酔っ払ったように暴挙に走ったのは他ならぬ父や大人たちではないか?
そんな疑問が、スヴェンの心から晴れなかった。
「だいたい今の辺境伯様には関係……おおっと」
年若い青年は思わず周囲を見渡した。
海の上だ。他に誰もいない。それでも、言葉に出すにはあまりにも危うい禁句だった。
町の若者たちも九割が気づいている。今の辺境伯は、かつてとは――違う。
曰く、影武者にすり変わられた。曰く、遺跡で幽霊に憑かれた。根拠のないゴシップがまことしやかに囁かれているが、民衆の誰もが領主の変貌に心揺さぶられずにはいられなかった。
「雨の匂いがする。雲行きも怪しい。早く帰らないと……」
スヴェンは釣り竿と櫂を仕舞いこみ、小型船の魔力発動機を動かして、船尾のプロペラ型推進装置を回転させた。
マジックアイテムは貴重だ。魔力の充填には安くない金額が必要だったが、漁師としての危機感が彼の背を押した。
スヴェンの判断は正しかっただろう。夕暮れの天気は変わりやすい。赤い空は瞬く間に真っ黒な雨雲に埋め尽くされ、吹き付ける雨と風が小舟を葉のように弄んだ。
命には代えられないと、スヴェンは魚も荷物も捨ててひたすらに岸を目指した。だが、強烈な波がスヴェンの乗った舟を中空へと投げ飛ばす。
ああ、自分はここで死ぬのか。冷たくなる手足で必死に帆柱にしがみつき、溶鉱炉のように熱くなった心臓の熱を感じながら、スヴェンはその目で有り得ざるモノを見た。
「……さ、サメぇええっ!?」
薄闇の中、輝く目を光らせて空飛ぶサメが嵐の中をつっきっていたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます