第577話(7-70)赤い導家士の研究対象

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 クロード一行は、国際テロリスト団体〝赤い導家士どうけし〟の指導者イオーシフ・ヴォローニンが操る、数万体に及ぶ怪物魔像モンスターゴーレムの軍勢を突破した。

 残る障害は、砲台の役割を果たしている量産型〝顔なし竜ニーズヘッグ〟一〇体だ。門番たる守備の要さえ撃破すれば、飛行要塞を海と空から攻撃できるようになる。

 しかし、逆転までもう一息まで来た時、クロードが抱いたのは、敵将イオーシフへの強烈な違和感だった。


「ドゥーエさん、聞いてくれっ」


 三白眼の細身青年クロードは、金色の大虎アリスにまたがり、目鼻の欠けた全長二〇mもの巨大蛇ニーズヘッグを二刀で斬りつけながら、縄のようにゆわえた髪ドレッドロックスヘアが目立つ剣客に呼びかけた。


「ファヴニルは、巫女であるソフィと一〇基の〝禍津まがつの塔〟を使って、マラヤディヴァ国から魔力を奪い、第一位級契約神器へ進化しようとしている。そのために一〇の軍勢を用意して時間を稼いでいたんだ」

「……クロード、唐突になんでゲスか?」


 隻眼隻腕の剣客ドゥーエもまた、銀色の大犬ガルムに乗り、左の金属義手で巨大蛇の頭部を抑えつけながら、青白く光る妖刀ムラマサで首を落としていた。

 彼は背後に同乗する、妹分? たる、薄桃色がかった金髪の少女ミズキにこづかれながらクロードを振り返る。


「わさわざ念を押されなくても、そんなことわかってるゲスよ」

「イオーシフも同じなんだよ。ダヴィッド・リードホルムを、モンスターゴーレムを、ニーズヘッグを利用して、時間を稼いでいる。ファヴニルに当てつけるように、まったく同じ方針なんだ」

「カッカッカ。そういう小狡こずるいやり口は、実に旦那らしいでゲスねっ!?」


 クロードが赤い布キレを見せながら訴えると、ドゥーエはニーズヘッグと切り結びながら、生身の右手で親指を立てた。

 元〝赤い導家士どうけし〟の外部協力者であり、イオーシフの親友でもあった男も、どうやら同じ疑問に行き着いたらしい。


「旦那の目的が本当に時間稼ぎだけなら、統率個体にわざわざ〝目立つ赤い小物〟を付ける必要は無い。偶然ではなく、何かの仕掛けではないかと疑っているゲスか?」

「ああ。イオーシフは、ファヴニルの意図を理解している。自分がモンスターと同様に、使い捨ての肉壁だと承知しているはずだ。だからこちらへ寝返るとか、そういう意図があってもおかしくないだろう?」


 クロードの問いかけに、ドゥーエは巨大蛇と格闘しながら、首を大きく横に振った。


「残念でゲスが、イオーシフが大同盟のような秩序側の勢力に味方するとは思えませんね。旦那は根っからのアウトロー、口さがなく言えば悪党でゲスよ」


 クロードは、ドゥーエの言葉に頷かざるを得なかった。テロリスト団体〝赤い導家士どうけし〟は数え切れない人々の命を奪いさっている。


「……自分の理想を叶える為なら、どれだけ大人数を不幸に落としても平気へいき平左へいざ。だから、イオーシフはクロードと相容れなかったでしょうし、苅谷近衛コーネ・カリヤスクにも『お前の身勝手に他人を巻き込むな馬鹿』と叩き斬られた」

「悪い意味で、善意を押し付けてくるのか」

「否定はしませんよ。あ、そうだ。クロードも良かれと思ってパーティで地獄顕現じごくけんげんとかやめてくださいよ」

「あはは。そんなことするわけないだろ」


 クロードもまた軽口を叩きつつ、戦う手を緩めない。ニーズヘッグが振りまく吹雪の翼をかわし、太い喉首に二刀を差し込んでえぐり落とす。

 

(ああ、近衛センパイのトラウマ直撃じゃないか。そりゃあ、あの人が戦うわけだ)


 苅谷近衛かりやこのえの母親は新興宗教に狂い、非常識なまでの勧誘で演劇部の人間関係をズタズタに引き裂き、実の娘を自殺直前まで追い込んだ過去がある。

 そしてイオーシフ率いる〝赤い導家士〟もまた、歪んだ理想をかかげ、マラヤディヴァ国やイシディア国で乱暴狼藉らんぼうろうぜきを働いた。

 近衛もクロード同様にテロリスト達の蛮行を見過ごせず、戦いへ身を投じたのだろう。


「そうなると、イオーシフは今も善意からファヴニルに協力しているのか?」

「いや、言われてみればそれもおかしいでゲス。旦那は――究極的に妥協ができない」


 ドゥーエがドレッドロックスヘアをたなびかせながら斬りつける後方で、ミズキが騎兵銃カービンで弾丸を浴びせてニーズヘッグを牽制し、視線と注意を引きつける。


「GAA!」

「ドラゴンブレスなんてやらせるかよっ」


 ドゥーエは大技を放とうした隙を逃さず、ムラマサを竜の口内へと突き込んで絶命させた。


「話の続きですが、イオーシフの旦那は、一時共闘ならともかく、ファヴニルやダヴィッドを頭に受け入れるのは、『死んでもお断り』と言いそうだ」


 ドゥーエは、左の金属義手を鳴らしながら首を傾げた。


「……生前進めていた研究と、何かしらの関係があるんですかねえ?」


 クロードは、ドゥーエが初めて口にした研究という言葉に悪い予感がして、額から冷たい汗が流れ落ちるのを自覚した。


「ドゥーエさん、イオーシフはいったい何を研究していたんだい?」

「なあに、今となっては目新しい研究でもありませんよ。

 世界崩壊を力づくで止めるための〝人間と契約神器をひとつにする融合体〟と――、並行世界に警告を託すための〝世界を渡る時空魔術〟――を研究していたんです」


 目新しくはなくとも、相乗効果シナジーが最悪な研究対象だった。

 クロードがツッコミを入れる前に、ミズキとムラマサがドゥーエを殴り倒していた。


「そういうっ、大事なことは先に言えっ」

『報告・連絡・相談は、基本でしょうっ。このモンスター並みの考えなしっ!』

「オイコラ、他人の頭を太鼓のように殴るな。結局完成しなかったんだから、心配なんて無用だろう」


 クロードはドゥーエのゆるゆるな見通しに、ため息を吐いた。


「未完成ということは、完成の余地があるということだ」


 イオーシフがいらぬ野心に焦がれたり、別の悪党の手に渡れば、最悪の場合、戦争がこの世界だけにとどまらず、地球のような〝別世界〟にまで飛び火しかねない。


「ドゥーエさん。イオーシフの研究は〝赤い導家士どうけし〟が滅んだ後にどうなったんだ? 何処かに漏れたり、あるいは討伐したイシディア国が接収したりしたのかな?」

「いいや。旦那は決戦に赴く前に、自分が敗北した場合、研究成果の全てが苅谷近衛コーネ・カリヤスクの手に渡るよう準備していました。あの娘がイシディア国に引き渡すとは思えない」

「それは、同感だ」


 近衛センパイなら、確実に危険視する。その場で焼き捨てるか、他の演劇部員と再会するまで死蔵するかの、どちらかだろう。


「たぬう。クロード、イオーシフは何かワルイコトを考えているたぬ?」

「ドゥーエさんの推測もフワッフワだし、今はまだなんとも言えない」


 クロードは両手の二刀と、金色の大虎アリスが閃かせる爪を合わせ、最後の〝顔なし竜ニーズヘッグ〟をバラバラにした。


「だから、最悪を想定して動こう。ミズキさん、照明弾を撃ってくれ!」

「はいさっ」


 ミズキが銃で打ち上げた光弾に反応し、臨海都市ビョルハンに入港していた艦隊が砲撃を開始する。


御主人クロードさま。今、御身の侍女が参ります。鋳造――線路!」


 そしてレアが敷く線路に導かれ、ドリル付き機関車が、モンスターをき倒しながら動き出す。

 

「レア、こっちだ。アリス、ガルムちゃん、ミズキさん、ドゥーエさん。イオーシフが余計な陰謀を実行に移す前に、飛行要塞に乗り込むぞ!」


―― ―― ―― ―― ――

あとがき

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