第170話(2-124)色惚け隊長と非常識

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 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 芽吹の月(一月)五日夜。

 アンドルー・チョーカーは、レーベンヒェルム領軍が警備する会館ホールに、クローディアス・レーベンヒェルム襲撃作戦に参加した二〇〇人近いメンバーを集めて、おおよその事情を話した。


「以上が、クローディアス・レーベンヒェルムからの協力要請だ。この話に乗るかを考える前に、小生は諸君に聞いて欲しいことがある。裏付けとなる証拠なんて何もない。だが見たところ、小生が都市ティノーとベナクレー丘で、またこのレーフォンで諸君と共に戦った今のクローディアスは、真っ赤なニセモノだ」


 そう断言したチョーカーに、彼の部下たちはどよめいた。


「いつ本物と入れ替わったのかは、小生には見当もつかない。だが、そう考えなければつじつまの合わない変貌ぶりと、そう考えることで初めて合点がいく事象が多すぎる。そして、この事実はおそらく、レーベンヒェルム領の首脳陣だけでなく、十賢家当主たちと、緋色革命軍幹部、そして、西部連邦人民共和国の上層部も勘づいている。そうじゃないのか、ミズキ?」


 チョーカーの問いかけに、ミズキは舌をチロリと出して片目をつぶった。


「あたし、下っ端だから、わっかんなーい」

「わかった。そういうことにしておこう」


 苦虫を噛み潰したような顔で受け入れたチョーカーに、羊族サテュロスのミーナはもこもこした毛を逆立てて問いただした。


「ちょ、ちょっと待ってください。今のクローディアス・レーベンヒェルムが偽者で、上の方の皆さんも気づいてるかもしれないって、おかしいです。だったら、もっと他にやり方があるじゃないですか。皆にそれを知ってもらえば、あれ……?」


 ミーナも口に出してはじめて気付いたのだろう。

 ホールに集まった戦友たちもひそひそと言葉を交わし、同じ結論に達したようだ。


「ミーナ嬢。もしもこの事実が広まったとしても、レーベンヒェルム領は何も変わるまいよ。確たる証拠がない、というのもあるが。あえて、本物の、と付け加えるが、クローディアス・レーベンヒェルムは領民たちから心底恨まれていた。あまりに多くの粛清を繰り返したために、彼を仇と憎むものはいても、彼の仇を討とうというものはいないんだ」


 そして、と、チョーカーは胸いっぱいに大きく息を吸い込んだ。


「もしもこの事実が広まった場合、緋色革命軍の、”一の同志”ダヴィッド・リードホルムの大義名分が崩れてしまう。十賢家の政治が行き詰まり、停滞した国政を打破するために挙兵したというのに、別人がより革新的な政治を行っていました、では、面子も何もあったものではない。あくまでクローディアス・レーベンヒェルムは旧態依然きゅうたいいぜんとした暴君であり、悪政を敷いているということにしなければならんのだ」


 ここに集まったメンバーは、元ルクレ領やソーン領の領民が大半だ。緋色革命軍の思想にはなんら共感を覚えていなかったため、そういうものかもしれないと納得した。


「でも、もしチョーカーさんの推測が正しかったら、なぜレーベンヒェルム領は事実を明かさないんですか? 悪名をかぶりつづける理由なんてないじゃないですか?」

「小生にもそれがわからん。戦中だから混乱を避けたいのか、色々と考えてみたのだが、いまひとつ決め手に欠けるのだ」


 一番ありそうだとチョーカーが感じたのは、今の影武者が己自身をも滅ぼそうとしているから、だった。

 だが、そんなはずはない。そんな理不尽なことがあってはならないと、チョーカーは推理を放棄した。


「そうして気付いたのだ。クローディアス・レーベンヒェルムの正体とか、緋色革命軍の大義や理想とか、西部連邦人民共和国の思惑とか、そんなもの小生の知ったことかあ!」


 ついでに、戦略もなにもかも根底から投げ捨てた。


「ミーナ嬢、小生は貴女のために、エステル・ルクレを、アネッテ・ソーンを救いたい!」

「は、はい。はぃいいいいい!?」


 ふわふわの髪から伸びる丸まった角の下、ミーナの顔が火にかかったヤカンのように熱を出して真っ赤に染まった。


「クローディアスが何者だろうが関係ないし、口先だけは御大層で結果の伴わない理想やイデオロギーなんぞカスだ。好いた女のために、姫君を助ける方がずっとカッコいいだろうがっ」

「チョーカー隊長。だったら、なんで隊長は緋色革命軍に入ったのですか?」


 付き合いの長いひとりの戦友からの質問に、チョーカーは胸を張って答えた。


「いい女をものにしたかったからだ!」

「やっぱりだめだ。この隊長!」


 部下たちが揃ってずっこけるのも意に介さず、チョーカーは熱弁を振るった。


「だいたい今、緋色革命軍で理想をまるで神像のように崇めたてている連中だって、最初はなんとなくかっこいいからとか、女性にもてそうだからとか、一旗あげたいとか、正義漢ぶりたいとか、そんなくだらん理由で入ったんだ。だったら、小生がよりカッコイイ方を選んで何が悪い!」

「そういう問題じゃないでしょ、隊長!」

「だったらお前たちはどうする。小生と一緒に、救出作戦に参加してくれるか!?」

「もちろんです隊長!!」


 拳をふりあげ、熱狂的に叫ぶ仲間達を見て、ミーナは顔を染めたままあたふたして黙りこみ、ミズキは爆笑して歓声をあげた。


「チョーカー隊長。サイッコー!」


 取り引きの結果、作戦後の仲間たちとの解放といくばくかの報酬を約束したアンドルー・チョーカーは、クローディアス・レーベンヒェルムの手引きでローズマリー・ユーツと再会した。

 会談は、わずか数分で終わった。思い切り頬を叩かれ、涙ぐむ彼女に二度と近づくなと言い渡されたが、チョーカーの心はどこか晴れやかだった。

 そして、出立の日がやってきた。

 芽吹の月(一月)七日早朝。アンドルー・チョーカー率いる侯爵令嬢救出部隊は、レーベンヒェルム領の目付役と合流した。しかし、待ち合わせの場所に現れたのは。


「目付役の貧乏騎士家の三男坊、クロード・コトリアソビだ。よろしく」

「お付きの侍女、レアです」

「可愛いぬいぐるみのアリスたぬ。ミーナちゃん一緒に遊ぶたぬ♪」

「なんだそれはー!」


 この日は、非常識な軍人として世に悪名を轟かせるアンドルー・チョーカーが、自身以上の非常識と出会った忘れ難い日となった。

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