第85話(2-43)強襲

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 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 木枯の月(一一月)四日夜。

 クロードたち義勇軍は、緋色革命軍からエングホルム領の商業都市ティノーを解放すべく、奮戦を続けていた。

 出納長アンセルと魔法支援班長キジーが率いる別働隊が、駐留軍を相手に戦闘を繰り広げていた頃――。

 高台に造られた神殿を改装した奴隷市場では、酸鼻さんびを極める悪行が行われていた。


「一番。キム商会長の落札です」

「この時を待ちかねておったわいっ」


 好色な笑みを浮かべたビール腹の中年男は、奴隷商人に金の入った鞄を手渡すと、ぐつぐつと焼けた石が敷き詰められたドラム缶に近づき、赤々と燃える焼鏝やきごてを取り出した。


「これで、おヌシはワシのものじゃっ」

「いやだ。やめて、やめてぇ……」


 彼は酒臭い息を吐き出しながら、買い取った少女の薄いドレスを引きちぎり、右肩に焼鏝を押しあてる。

 男の哄笑と、少女の絶叫が、オークション会場に木霊した。

 その後も、奴隷売買は続く。最後に出品されたのは侯爵家令嬢ローズマリー・ユーツであり、彼女を落札したのは緋色革命軍の駐屯部隊隊長アンドルー・チョーカーだった。

 

「今日は最良の日です。今頃は、反革命主義者どもも、小生の部下に鎮圧されていることでしょう」

「では、誓いの焼印を――」

「ふひひひ」


 チョーカーがアタッシュケースを奴隷商人に手渡し、邪悪な笑顔でドラム缶に入った焼鏝を掴んだまさにその瞬間、転倒した巨大な一輪タイヤが扉を破壊して、オークション会場へと突っ込んできた。


「な、なんじゃあっ。ぐひゃっ」


 運悪く巻き込まれたキム商会長は一輪タイヤに押しつぶされて圧死し、衝撃にあおられた奴隷商人の手からはアタッシュケースがはなれて、詰まっていた紙幣や金貨が紙吹雪のように宙を舞った。


「何者だっ!?」

「義勇兵団代表、クロード・コトリアソビだっ」

「義勇兵団参謀、ヨアヒムです。って、リーダー。律儀に名乗るんですか!?」


――

―――


 駐屯部隊隊長アンドルー・チョーカーが敷いた奴隷市場の防衛陣は、意外に真っ当なものだった。

 古来より軍隊を布陣するには、高所が良いとされている。見晴らしがよく、射線も通るからだ。

 クロードたちは神殿を包囲して首尾よく入り口を確保したものの、奴隷オークション会場までの道程に造られた見張り台、詰め所、やぐらを陥落させるのに相応の時間がかかった。

 義勇軍にとっても緋色革命軍にとっても想定外だったことは、少女たちの悲鳴と絶叫が満ちるオークション会場には、防音と遮音の魔法結界が張られていて、外の戦場からは中の様子がうかがえず、会場内からも外の様子を知ろうともしなかったことだろう。

 指揮官を欠いたまま追いつめられた緋色革命軍の警備兵たちは、ついに切り札である一輪鬼ナイトゴーンを起動するも、盛大に事故を起こした。

 あくまでもクロードが知る、彼の故国である日本の例だが、大型バイクの免許取得には約一ヶ月、乗用車なら約二ヶ月はかかる。まったくの初心者が、戦場の緊張感の中、はじめて乗車して万全に戦えというのは、さすがに無理があるだろう。

 そもそも緋色革命軍の挙兵から、まだ一ヶ月と少しを経たばかりなのだから。


「勝手に倒れちゃいましたけど、あの蛇座席のついた輪っか、なんなんですかね。リーダー?」

「三次元移動可能なバイクらしいけど、屋内で馬に乗るようなものだろ。一輪でバランスも悪いし、よっぽど訓練しなきゃ使いこなせないんじゃないか?」

「レーベンヒェルム領に持ち帰りますか? 暴れ馬好きのイヌヴェさんなら、案外乗りこなせそうっすよ」

「セイは喜ぶかなあ? ああいうの好きそうだけど」


 クロードとヨアヒムは、軽口を叩きあいながら、義勇軍の先頭に立って、神殿跡に造られた奴隷オークション会場へと乗り込んで、名乗りをあげた。

 二人は、甘ったるい香水と酒の混じった匂いと一緒に、何か肉の焦げるような異臭を嗅いだ。


「義勇兵団だとぉ。貴様ら、小生を緋色革命軍隊長アンドルー・チョーカーと知っての狼藉ろうぜきか?」

「「なんで隊長がこんなところにいるんだ!?」」


 クロードとヨアヒムは、細いなりに鍛えられた左腕で黒髪の少女を拘束し、ドラム缶の前で居丈高に怒鳴るチョーカーに、思わず声を揃えて指摘した。


「だが、小生を狙ってくるとはなかなかの慧眼けいがん。風の噂に聞く名将、姫将セイとは、お前たちのどちらかか?」

「「よく見ろ、僕/オレたちは男だ!」」


 わざとやってるんじゃないか、この隊長? と困惑しつつ、二人はツッコミを入れずにはいられなかった。


「ええい、反革命主義者がぁ。セイでないなら用はない。ものどもっ、出会えい出会えい!」


 チョーカーの叫びに応じて、奥の部屋から着衣の乱れた男たちが何十人も飛び出してきた。

 おそらくは、お楽しみの真っ最中だったのだろう。彼らは、手に手に剣や槍を持っているものの、上半身はシャツ一枚や裸で、鎧や具足さえろくに身につけていない。

 緋色革命軍兵士たちの無様な姿と、薄絹をまとった少女たちの肩に焼きつけられた奇怪な文様を見て、クロードとヨアヒムは、おおよその事情を理解した。


「最悪だ、ヨアヒム。こいつらをぶちのめすぞ」

「へへっ。リーダー、今日ばかりは負ける気がしませんよ」

「「悪党ども、年貢の納め時だっ!」」

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