第74話(2-32)セイの想い

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 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 紅森の月(一〇月)二四日午後。

 クロード率いるエングホルム領遠征軍の出立準備と、レーベンヒェルム領内の業務引継は順調に進んでいた。

 緋色革命軍マラヤ・エカルラート指揮官ゴルト・トイフェルの非情な策略によって、エングホルム領から難民が流入したことにより、一事は大混乱になったレーベンヒェルム領だが、エリックたちの尽力もあり、どうにか往時の平穏を取り戻していた。

 クロードが、共和国の傀儡だった代官を解任して交通網を整備したことで、領内外の交易が促進され、結果として食料と生活必需品の暴騰を避けることができたからである。

 また、昨年末に完成した新式農園”セミラミスの庭園”によって、安定した食糧供給と雇用枠が確保できたという理由も大きい。

 小ぶりでふぞろいといえ、大量の芋を収穫できる空中栽培プラント。病害虫に弱い作物を安定した環境で育成・収穫するガラスハウスプラント。未だ試験中ではあるが密植&自律ゴーレムによる自動運営を目指した水耕栽培プラント。耐病害虫と高付加価値を兼ね備えた新品種の開発を目指す試験区画などが、フル稼動し、食料を増産していた。

 クロードたちは、難民を装った外国人には丁重に母国へとお帰り願ったものの、エングホルム領民には作物の出荷や加工の仕事を紹介することで、レーベンヒェルム領における彼らの新しい就職先と領の収益向上を並立させていた。


「と言っても、今のままじゃあ足りないよなあ。もっと大人数が働ける場所が必要だ」


 連日の特訓ですり傷だらけになったクロードは、役所の執務室に座って、王国のエドガー・ヒューストンから届けられたウェスタン建設の企画書を、血走った目を皿のようにして読み込んでいた。


「――鉄道計画。用地買収は領主特権でなんとかするとしても、ある程度の完成が見込めるのが二年後? 完成してすぐにアイツに焼かれたりしたら、目も当てられないよ」


 反面、鉄道が完成すれば、領内を横断できる交通手段の存在は、兵員と武器輸送の面で強力な支援効果を見込めるだろう。

 どこからファヴニルが襲い掛かってきても、短時間で領軍を集結できるというメリットは、クロードにとっても、また領民の安全を守る上でも大きかった。


「……博打だけど、雇用の確保を優先しよう。鉄道計画を承認する、と」


 クロードは、羽ペンで企画書にサインして所定の箱へと収めた。


「次は、ニコラス・トーシュ教授の、農作物の残渣堆肥ざんさたいひを利用したバイオガスプラントの実験計画か。これも承認、と。液体肥料を流用した無煙火薬の開発は、え、成功したの?」


 硫酸りゅうさん硝酸しょうさん、綿のような繊維さえあれば作れる、という知識だけは、先輩から聞いて憶えていたものの、クロードは濃度や混合割合までは知らなかった。

 しかし、熟練の鍛冶屋と錬金術師、学者を集めた研究チームは、驚くほどの速度で最適解を見つけ出したらしい。


「ということは、レ式魔銃のバージョンアップと、大砲の作成が可能になるのか!」


 クロードが椅子から立ち上がってガッツポーズを決めた直後、ドアが叩かれて勢いよく開かれた。


「おーい、棟梁殿。花押ハンコちょうだいっ」


 部屋に飛び込んできたのは、薄墨色の髪をポニーテールにまとめた葡萄えび色の瞳をもつ少女、領軍最高司令官セイだ。彼女の竹刀だこの浮いた白い手には、騎兵銃の開発計画書が握られていた。


「棟梁殿、聞いたぞ。新しい火薬が出来たのだろう? 今の銃は、馬上で使うには取り回しが悪いから、こういうのを作って欲しいんだ」


 セイが持ち込んだ設計書には、七〇cmセントメルカ程度の短銃身かつ小口径の連発式銃が描かれていた。


「判子じゃなくて署名サインね。はい、と。兵器開発部へ持って行って」

「お、おや、いいのか? てっきり、予算がなぁいって、ごねられるものだと予想していたけれど」


 あっさりと開発許可が下りたせいか、面食らったセイに、クロードはうつむいて告げた。


「銃は、必要だから」


 クロードは羽ペンを筆立てに戻して、窓の外、はるか遠いマラヤ海峡の向こうにあるエングホルム領に思いを馳せた。


「ロジオン・ドロフェーエフの手紙には、空を飛ぶ異形の兵について書かれていたよ。逃げ延びたエングホルム領の兵士達は、実際に蝿のような怪物や、滑空する大太刀を目撃している。撃ち落とせる手札は、今のところ銃だけだ」


 クロードの知る対空戦術に、『全力射撃』というものがある。

 元は、第二次世界大戦中に、日本陸軍が用いたものであり、対空兵器を持たない部隊が敵航空機と遭遇した場合に、歩兵部隊が全力で集中的に対空射撃し、これに対抗しようというものだ。


『物資不足だからって、精神論にも程があるだろう、どれだけ追い詰められているのだ、日本軍ごせんぞさまは』――と、先輩達から初めて聞いた折、クロードは気が遠くなったものだ。


 が、意外や意外、この戦術、ベトナムのクァンガイ陸軍中学などで教壇に立った旧日本陸軍関係者から、南ベトナム解放民族戦線の参戦兵たちに正式戦術として受け継がれている。彼らはベトナム戦争で、自動小銃による全力射撃を敢行し、アメリカの航空機やヘリコプターに無視できない損害を与えたという。


「空対空戦闘をやろうにも、アメリアやルーシア製の飛行ゴーレムなんて高価すぎて買えない。高射砲の自力開発には時間がかかる。だったら魔法で防御しながら、地対空戦闘で対応するさ」

「ははっ。棟梁殿も強引だなあ。ところで話は変わるが、ソフィ殿は今日も農園で魔導機器の点検か?」


 セイの質問に、今度はクロードが目を白黒させた。


「うん。引継に行っているよ。どうかしたの?」

「ちょっと逢引あいびきに誘おうかと、ね。たまには、二人で一緒にお茶を飲むのもいいだろう。アリス殿が言っていたぞ、こういうのを女子会というのだろう?」


 なぜ男子のアリスが女子会を語るんだ? と、当人が聞けば「たぬー!?」と絶叫必死の誤解に首を傾げつつも、クロードは了承した。


「いいんじゃない。レアには遅くなるって伝えておくよ」

「そうだ。棟梁殿、もうひとつ聞きたかったのだが、いいか?」

「なに、あらたまって」

「農園の愛称”セミラミスの庭園”だが……、どういう意味だ?」

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