第92話(2-46)傀儡の恐怖

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 ファヴニルによってもたらされた、ソーン侯爵領とルクレ侯爵領による裏切りが真実であろうとなかろうと、義勇軍を動かす準備が必要だった。

 クロードは、通信用の水晶を用いてレーベンヒェルム領に警戒の連絡を入れると、転移魔術を使って義勇軍のキャンプへ戻った。

 見れば、アリス・ヤツフサがキャンプの脇道で、街の子供たちと戯れて遊んでいた。


「クロード、お散歩たぬ? 今度はアリスも一緒に連れてくたぬ。かけっこで競争たぬ」

「アリスには勝てる気がしないなあ。アンセルたちは今どこだい?」

「真ん中のおっきなテントで、ローズマリーちゃんとお話中たぬ。今朝、目を醒ましたたぬよ」

「わかった。僕も行くよ」


 クロードが会議室用のテントに入ると、淡い水色のドレスで正装した黒髪の令嬢、ローズマリー・ユーツが怯えたように視線を向けた。

 クロードが身につけた衣服は、皮製のシャツとスラックスという、他の義勇兵達と大差のない代物だ。

 同席していたソフィは、若草色のベストの上に橙色の上着を羽織り、臙脂色のキュロットパンツを履いたいつもの執事服だった。

 しかし、アンセルとヨアヒムは、試作品のレーベンヒェルム領礼装軍服に身を固め、キジーに至っては、赤い鎖帷子の上に詰襟服を被るオーニータウン守備隊の軍服を身につけている。


(き、機密も何もあったもんじゃないけど、この場はこれが正しいのか?)


 クロードは思わず自分も桶水を浴びて、無駄にこった礼装を着るべきだろうかと迷ったが……、結局そのまま木椅子に腰かけた。

 義勇兵団を率いるのは、クローディアス・レーベンヒェルムではなく、クロード・コトリアソビであるという建前を思い出したからである。

 ローズマリーは、悪名高いクロードを警戒しているのか、木椅子に座ったままちらちらと目線を逸らしていたが、ユーツ領陥落までの情報を伝えてくれた。 

 第三位級契約神器オッテル(=ファヴニル)の盟約者ダヴィッド・リードホルムを頭とする緋色革命軍マラヤ・エカルラートによってユーツ領軍が蹂躙されたこと。町々で悲惨な光景が繰り広げられたこと。逆らった者たちが、ドクター・ビーストなる異邦人が作った焼鏝やきごてを当てられ、奴隷に堕とされ、享楽の生贄に捧げられたこと……。

 彼女から得られた情報は、それほど目新しいものはなかったが、魂の抜けたような声で訥々と語られた陰惨な光景に、クロードたちは身震いした。


「なんてことだ。焼鏝の能力がインチキすぎる」


 クロードは、両手で顔を覆った。


「魔法行使力と魔法抵抗力を剥奪はくだつして、命令を絶対遵守ぜったいじゅんしゅさせるなんて反則ですよ。捕虜になったが最後、都合のいい道具として使われるわけでしょう。いったいどう対応すればいいんですか」


 アンセルは、天を仰いだ。 


「焼鏝を押しつけた相手には、どんな命令だって逆らえなくなるわけですよね。たとえば、”おまえ、逆立ちをしろ”と命じられば、ユーツ侯爵令嬢の意志とは関係なく……」 


 ヨアヒムもまた愚痴ったのだが、その瞬間、ふぁさりと衣擦れの音が聞こえた。

 ローズマリーが逆立ちをして、まるで花びらのようにスカートが広がり、白い下着が覗き見えた。


「だめっ」


 とっさにソフィがローズマリーを抱きとめて、クロードが敵襲を警戒、ポケットから引き出した枯れ枝を日本刀に変化させる。


「リーダー、襲撃じゃありませんよ。今のタイミングを鑑みるに……」


 キジーがヨアヒムの肩を叩いた。


「犯人はヨアヒム参謀長です」

「え?」

「キジー、連れて行ってくれ。場合によっては……」

「銃殺ですか?」

「え、え、ええええええっ!?」


 事態を把握できないまま、ヨアヒムは「ゴカイダ。オレハ、オレハ、ワルクヌェエエエエエッ」と絶叫しながら、キジーによってテントを連れ出された。


「ローズマリーさん、ヨアヒムは連れ出したよ。落ち着いて」

「わ、たし、私はっ、なんてはしたないっ」

「クロードくんっ、わたしもローズマリーさんを連れていくから」


 ソフィもまた恐怖に震えるローズマリー嬢を連れ出して、クロードとアンセルだけが残された。


「リーダー。信じられません。まさかヨアヒムがあんな真似をするなんて……」

「乱戦中の事故だろう。あいつはそんなヤツじゃないし、焼鏝を当てる暇なんてなかったさ。百聞は一見に如かずとはいうが、焼鏝の力は想像以上に強力だぞ」

「もしもアイツが、冗談で『辺境伯様を殺せ』とか『領民たちを殺せ』なんて言っていたら、どうなってたことか」

「アンセル。撤収の準備を始めてくれ。この状況でマラヤ半島を維持するのは不可能だ。緋色革命軍は首都クランの人間全員を操り人形にできる可能性がある。そうなったら、数の暴力で勝負にすらならない」

「わかりました」

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