第50話(2-8)姫将と鉄砲と見えない敵
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復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年、暖陽の月(五月)二三日。
ヨアヒムがクロードの屋敷を訪れていた頃、セイは守備隊を率いて、レーベンヒェルム領南部を荒らす山賊の捜索に当たっていた。
守備隊員は、テロリスト集団、赤い
守備隊は日々報告を欠かさなかったものの、シーアン・トイフェル代官やアーカム・トイフェル自警団長は、それみたことかとせせら笑うばかりだった。
それでも、セイは不平一つこぼすことなく、隊員たちの先頭に立って働き続けた。
彼女の奮闘を見るうちに、隊員たちもまた、いつしか自分たちの隊長に心を許し、敬意を払うようになっていた。
「相手も人である以上、必ず
「はいっ。隊長殿!」
セイの捜査方針は的確だった。
守備隊は末端の協力者を次々と捕らえ、山賊軍の本隊にも迫ったものの、残念ながら彼らの潜むキャンプやアジトの位置を掴むことはできなかった。
この日もわずかな目撃情報や足跡から、山中にある川沿いの盆地をキャンプ地と見て強襲を謀ったのだが、まるで妖怪にでも化かされたかのように無人の川原が広がるばかりだった。
「くっ。また外れか」
「セイ隊長。魔力の
少年魔法使いキジーのアドバイスを受けて、セイは分隊長のイヌヴェに下知を飛ばす。
「二人一組で周囲を警戒、捜索にあたれ。洞窟があれば特に念入りに!」
「ハッ」
守備隊員たちは、山道、獣道をものともせずに、馬を駆って調査を始めた。
テロリスト集団にいた頃から経験があったのか、一ヶ月にわたるセイのスパルタ教育によって、彼らはどんな悪路でも通れるほどに騎乗に習熟していた。
(訓練は十分だ。新兵器、銃の開発にも成功し、試作品が近いうちに届くという。けれど、敵の居場所が掴めない)
もしも、クロードがいた地球や、かつてセイがいた世界ならば、とうの昔に
足跡は大地に干渉する魔法で消せる。匂いは風の魔法で散らせる。透明化や消音の魔法すら存在する。
元の世界の常識で、どれほど精密な戦術を組もうと、容易く打ち破られてしまうことを、セイもまたこの半月で学んでいた。
背中に負ぶわれていたアリスが、鼻を鳴らして馬から下りて、何の変哲もない石をつついた。……崩れて出てきたのは、かまどの跡だ。巧妙に隠されていたらしい。
「逃げ足のはやいネズミたぬ。セイちゃん、山賊って、こういう相手たぬ?」
「アリス殿。ただの山賊ではないよ。敵将は間違いなく戦術に長けている。偽の証拠をばらまき、あるいは本物の証拠を敢えて残しながら、本命への接触だけは一度も許してはいない」
おそらくは、クロードを警戒してのことだろう。
邪竜ファヴニルの力を借りた彼の攻撃を受けて、一網打尽にされることを恐れ、慎重に慎重を期しているに違いない。
「……こっちの動きがバレてる気がするたぬ」
「うん、これまでは敢えて報告を続けていたが、トイフェル兄弟は敵の内通者と見ていいな。おそらく山賊軍は、大人数を輸送可能なマジックアイテムと優秀な指揮官か参謀を擁して、着実に手を打っている」
広範な影響力をもちながら、ここまでカメレオンのように姿を消して、尻尾を掴ませなかった指揮官だ。恐るべき相手といえるだろう。
(私は、そんな敵を相手に、本当に戦えるのか?)
セイは、鎧越しに胸に手を当て、深く息を吸った。
目を閉じると、最初に聞こえるのは歓声だ。けれど、それは罵声に変わる。
大地を埋め尽くすのは、大切な仲間たちの屍と血。
クロードが、レアが、ソフィが、アリスが、無残な亡骸をさらしている。
骨と肉の丘に跪いた白髪の鬼女が、真っ赤な血の涙を流して泣いていた。
その顔は、ああ、その顔は――!
(私だ)
セイは首を振った。
目を見開き、幻を振り払うように、アリスに声をかける。
「アリス殿、長期戦になれば領都レーフォンへの悪影響は計り知れない。敵の本命は、略奪なんかじゃない。もっと大掛かりで厄介なものだ。こちらも何か策を練らねばならない」
「考えるのはセイちゃんに任せるたぬ。たぬは、早くクロードの膝でお昼寝したいたぬ」
のんきに欠伸をするアリスとは裏腹に、手綱を握りしめたセイの指は小刻みに震えていた。
☆
さてセイとアリス率いるオーニータウンの守備隊だが、旧駐屯所を自警団に奪われてしまったため、街の郊外に新しい拠点を作ることにした。
領都から派遣された工作部隊が実地演習として築いたものは、モット・アンド・ベーリー式と呼ばれる簡易の砦だ。
まず穴を掘って空堀を巡らせ、掘り出した土で
堀の内側を木柵で囲い、丘の入り口と小山の連結点につり橋を用意して完成。
総工期は、なんと二週間――!
「欠陥住宅だろ。基礎工事から、ちゃんとしろよっ」
と、工作部隊に同行したガートランド聖王国の
と言っても、セイが見たところ、パッと造れてパッと引き払える仮の陣としては、非常に合理的な造りだった。
空堀と木柵は乗り越えられないわけではないが、その間に矢倉からの攻撃が集中する。攻め手が正攻法で
そして、矢と魔法に加えて、強力な新兵器がセイたちの手にもたらされようとしていた。
暖陽の月(五月)二六日午前。
この日、オーニータウンの守備隊は、朝から緊張に包まれていた。
元赤い導家士の隊員たちにとっては、宿敵とも言える悪徳貴族、クローディアス・レーベンヒェルムが直々に試作武器を持って
自爆兵器を持ってくるに違いない、とか、閲兵式でミスしたら拷問にかけられる、とかキナ臭い噂が部隊を駆け巡ったが、セイによって一喝された。
「馬鹿なことを考えてないで、整列と行進の訓練に戻れ。手を抜いたら、ぶん殴るからな!」
「ありがとうございます!」
なぜ守備隊員たちは怒られると目がハートマークになるのか? とセイはいぶかしんだが、ともあれ隊列行進は大過なく終わった。
ついに、新兵器のお披露目の時間がやってくる。
クロードはそでにひっこんで、練習で一番成績の良かったサムエルという兵士に射撃を任せた。
格好をつけたいのは山々だが、外したら目も当てられないからだ。
「お任せあれ。狙撃は傭兵時代に慣れてまさぁ」
どこか浮ついた雰囲気の中年の兵士は、そう言ってレ式魔銃をぶん回し、訓練場で守備隊の見守る中、五〇〇
セイもまた歓声をあげて、クロードの肩に両手を回して飛びついた。
「棟梁殿。なんて精密で長い射撃だ! 鉄砲というから、てっきり音で驚かせる武器かと思っていたよ」
「ハハハ。職人たちが頑張ってくれたおかげだよ」
最悪の場合、ロシアの不敗元帥ことアレクサンドル・スヴォーロフのように、「弾丸は嘘をつくけど、銃剣は正直だから、突撃さえできればそれでいいよね!」という無理矢理な解決法も考えていたのだが、クロードはこの事実を墓まで持って行こうと心に決めた。
実際のところ、レアとソフィがいなければ、職人たちの尽力がなければ、ライフルどころかマスケット銃すら開発不可能だっただろう。
「やれるぞ! この武器があれば、選択肢が広がる」
喜ぶセイとは裏腹に、アリスはたいへん不機嫌だった。
彼女にとって、整列したり、行進したり、狙撃したり、なんて興味のないことだったからだ。
「クロードのアホ。こんなのつまらないからさっさと遊ぶたぬ!」
アリスは、肉球フルスイングでクロードを地面に叩きつけて、ずるずると引っ張ってゆく。
「さあ、まずは鬼ごっこからたぬよ」
「待てアリス。僕には仕事が」
「クロードの仕事は、たぬに構うことたぬ!」
「ツッコミだったり、アリスの遊び相手だったり、領主の仕事ってなんなんだぁっ。ぎゃぁあ!」
ドタンバタンと土ぼこりがたちこめ、悲鳴を最後にクロードはおとなしくなった。
「クローディアス・レーベンヒェルムって、思ってたほど悪人じゃないのかもしれないな」
「アリスさんに好かれてるもんな」
こうして元赤い導家士からの評価が微妙に上がったクロードだったが、本人はそれどころではなかった。
「オーイ。誰カタスケテ……」
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