第364話(5-2)終末の記録

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 雪が降る。

 ゴオゴオと荒れ狂う風とともに、降り注ぐ雪が世界を真っ白に染めてゆく。

 都市は、家々は、ひたすら暴力のような風雪に飲み込まれた。

 肌を凍てつかせる白い結晶は、冷たく、重く、痛かった。

「……ねっ!」

「……すっ!」

 賑やかだったはずの繁華街も、今や見る影もない。

 争いがあった。残されたわずかな食料や防寒具を巡って、誰もが生きる為に奪いあっていた。

 町の人々は、逃れてきた旅行者を殺し、次に隣人を危め、最後は親兄弟すらも狙って血を流しあった。

 どれほど殺し合いが続いたか。戦場に真っ白なローブをまとった女が現れた。吹雪の中でさえ、男性ではなく女性だとわかったのは、遠目からもわかるほどに華奢で、優美だったからだ。

 生き延びた獣たちは、喜び勇んで女に襲いかかった。衣服を剥ぐため、下卑た欲望を晴らすため、そして肉を食らうために。

 けれど彼女が腰に差していたロングソードを一振りすると、畜生と化した人々は安らいだ顔で崩れ落ちた。

 フードから覗く彼女のかんばせには、確かな弔いの意志があった。

 それは、きっと慈悲だ。白と赤の二色に染まったローブの女は、まるで抱きしめるように襲い来る人々を眠らせていった。



 ……ノイズが奔った。

 雪が降る。暴力的な白い闇が世界の全てを覆ってゆく。――否。

 荒れ狂う吹雪を切り裂きながら、全長二〇メルカはあるだろう、巨大な鯨に似たロケットが降ってきた。


(……待て、待ってくれ。なんでミサイルが飛んでくるんだよ!?)


 クロードは、声を発しようとして叶わなかった。

 彼に出来ることは、ただ見続けることだけ。

 ロケットの着地点に居るのは、先ほどのローブを着た女だ。

 彼女は雪景色の中で踊るように空を飛び、天を裂いて降り注ぐ魚や鳥に似た無数のロケットを、片手のロングソードだけで解体してゆく。


(……こっ、この子、ファヴニルと同等、なのか) 


 よく見れば、先ほど見た町の時とは異なり、フードの女もまた異形となり果てていた。

 機械とも獣ともつかぬ無機質で有機的な何かが吹雪の翼となって、ローブ越しにも伝わわってくる蠱惑的こわくてきな肢体にまとわりついている。

 彼女に付き従うは氷の入り交じった屍人の群れ。まるで性質の悪いホラー映画のように、死者が列を為して進んでゆく。氷の入り交じった死者達の中には町でみかけた者もいて、彼らの容貌には生きていた頃の苦しみはなく、いっそ朗らかであった。

 女はミサイルによる絨毯爆撃を剣一本で切り抜け、群れなす屍体とパレードを続ける。そんな彼女の前に、見るからに強そうな契約神器で武装した一〇〇人を超える戦士達が立ちはだかった。

 彼らは相棒と共に女に果敢に挑んだ。ある者は炎で、ある者は雷で、ある者は音で、ある者は重力で、ある者は星々の光で、死人を率いる女王を葬り去ろうとした。

 けれど、結果は同じだ。抜群のコンビネーションで挑んだ勇士達は、ただ一人の女を前に、鎧袖一触がいしゅういっしょくばかりに朽ち果てていった。


(……あの子、いま、なにをやったんだ?)


 クロードは、宝石に記録した視点の主は、見続けていた。

 ローブの女は、一〇〇の勇士達が放った一〇〇通りの神器による攻撃を、同じように一〇〇通りの技で切り返したように見えた。


(おかしい。何かが違った。速すぎて理解できなかったけど、あの子一人が一〇〇の神器を使ったように見えた。世界を百通りに、別のルールで書き換えたんだ)


 炎の神器には、凍てつく世界を。

 雷の神器には、光のない世界を。

 音の神器には、波が沈む世界を。

 重力の神器には、断絶した世界を。

 星光の神器には、汚れ濁る世界を。


 彼女はそれぞれ生み出して、盟約者つかいての命を瞬く間に刈り取った。


(複数の神器を操って、複数のルールを強制する? そんなデタラメなことって、あり得るのか?)


 戦場に残されたのは、記録係として同行したらしい視点の主と、もう一人。

 ドレッドロックスヘアが特徴的な隻腕の男だけが、妙に雰囲気のある日本刀を片手に、青く光る両の瞳から涙を零しながら女と切り結んでいた。


(あいつのこと、覚えている。僕は、この世界の何処かでドレッドロックスヘアの男と会っている。どこだ、どこで見かけたんだ?)


 あんな濃い格好の戦士なんて、一度見たら忘れそうにないのに、どうしても思い出すことができなかった。

 戦闘を見続ける視点の主も戦場の余波で限界を迎えたか、ゆっくりと雪の上に崩れ落ちた。

 記録者は、それでも目を逸らさぬとばかりに、ローブの女を見続けていた。

 ドレッドロックスヘアの男が振るった日本刀が、わずかにフードを切り裂いた。

 彼女の瞳は、空のような青色と血のような赤色のオッドアイだった。


(あの目は、巫覡ふげきの青と、神器の赤か!)


 力を自覚したソフィやブロルの瞳が青く輝くように、暴走した際のクロードがファヴニルの干渉で瞳が赤く染まるように、彼女は双方の力を発揮している。

 ならば、元の色は何なのか――?

 クロードは、わかってしまった。思い出してしまった。


(そうだ。さっきから僕は〝あの子〟なんて、まるで面識があるみたいに呼んでいた)


 どうしてだろう、こんなにも変わり果てているのに、どうして彼女から、あの子の面影を見出してしまったのだろう。


「部長め、わかっていたな。わかっていたから、この子は〝違う〟から、ラス☆ボス子なんて戯けた名前で呼んだのか! なあ、見ているんだろう――   ちゃん!」


 クロードは叫んだ。

 瞬間、真っ白な世界が、宝石に記録された終末の映像が砕けた。


――

これが、書籍版とは異なる核心のひとつです。

決して交わること無いはずの〝もうひとつの可能性〟が、『赤い導家士』を、ブロルを、そしてファヴニルを駆り立てます。

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