第406話(5-44)希望
406
ドゥーエの蹴りが、ベックの顔面に突き刺さる。
傭兵がドレッドロックスヘアを振り乱しながら足蹴にしたことで、邪竜の下僕は高い鼻が折れて赤い血がぬるりとスカーフまで垂れた。
「……ロジオン・ドロフェーエフ。いえ、今はドゥーエでしたか。仮にも
ベックから、先ほどまでの大物ぶった余裕が露と消えた。
彼はウジに変化して傷ついた顔と失った両腕を再生し、雹の翼から生命を奪う吹雪をドゥーエに向かって浴びせかける。
「おいおい、エカルド・ベック。階級制度ってやつは、赤い
ドゥーエはあざ笑いながら、左の義手をギシギシと挑発するように鳴らしつつ、右手で抜き身の日本刀を構えて斬りかかった。
クロードも、エリックやハサネ、国主グスタフ、テルやガルムすらも、きっと戦場にいる誰もが隻腕の傭兵に目を奪われていた。
『さあ、やろう。おにいちゃん』
クロード達がいる場所に、極めて近く限りなく遠い交わることの無い並行世界で、
『降臨せよ。救済の氷雪。世界樹の
遠い昔に二番目と呼ばれた傭兵がかざす刀から、局所的な吹雪が巻き起こる。
「妖刀に宿りし――
ドゥーエの背後に、透明な幽霊姉弟達がゆらりと姿を見せた。
彼らは、「遅いんだよ!」とか、「陽動にひっかかるなんてこのマヌケめ!」とか、罵声を浴びせつつも、ただ一人生き残った兄弟の背中を押した。
システム・ヘルヘイムとストレンジ・ニーズヘッグは激突し、吹雪は互いを喰らいあいながら霧となって消えてゆく。
ベックは、絶対と信じた
「……なぜです。なぜっ」
「なぜ戦えるかだって? 馬鹿なことを聞くなよ。ストレンジ・ニーズヘッグだかなんだか知らないが、オレが向こうでどれだけ斬り合ってきたと思ってる?」
「そうではない。なぜ正義の血脈を継いだ貴方が、悪徳貴族クローディアス・レーベンヒェルムを庇うのかと聞いている!」
ベックは問いかけながらも、氷の刃を生み出し、風を操り、雪を叩きつけて、攻撃の手を緩めなかった。
一方のドゥーエも、舞うように袈裟斬りを繰り返して、ムラマサと呼ぶ日本刀で尽くを切り裂いて見せた。
「そんなもん、お前が裏切ったからに決まっているだろうが! 先祖のことなんざ知らんっ」
ドゥーエは剣撃から一転、死角から前蹴りを浴びせかけ、砲弾のような一撃がベックの左脇腹に突き刺さる。
「え、ごふっ」
「ベックっ。妹を終末兵器の部品にされた兄貴の前で、よくもふざけた真似をやってくれた!」
「ごっ、がっ」
ドゥーエは刀と足を使って攻め立て、ベックは氷刃と翼で守勢に回り、攻防は続く。
クロードもまた必死で息を整え、戦いに割り込もうと機会を待った。
「ド、ドゥーエ……。レギンのことを言っているならお門違いだ。彼女はより良き未来の礎となる。すべては嘆き悲しむ人々の涙を止めるため、笑顔と幸せの未来を切り開くために必要な、革命の手段なのです」
「おう、ベック。お前の言う人々って誰よ? どこの国、どこの地方の、誰だれさんよ?」
「わ、私は世界のために戦っている。いわば世界市民……」
その刹那、クロードとドゥーエの声が重なった。
「「そんなやつは、世界のどこにもいやしない!!」」
ドゥーエの日本刀が、かつての同志が振るう氷刃を粉砕し、雹の翼すらも引き裂いた。
「自分で他人を地獄に蹴落としておいて、妄想に酔っぱらってるんじゃねえぞ。クソッタレ!」
ベックは慌てて飛び退こうとするが、それは傭兵に誘導された結果だ。
「世界を言い訳に使うな。僕にはいるぞ、愛する人と守りたい人々が。それを殺して、綺麗事を抜かすなこの詐欺師!」
クロードは向こうから突っ込んできた仇敵に、容赦なくナイフを突き立てる。
太ももに刃が突き刺さり、軍服から赤い鮮血がにじみだす。
「ば、馬鹿な。こんなことはありえない。革命者たる私が、安物のナイフなんかで傷つけられる道理など無い」
「レアは、雪が触れるだけで生命力を奪うといった。怖いのは、その雪だけだ。ベック、お前は所詮、ファヴニルの玩具だよ」
ファヴニルが与えた、ストレンジ・ニーズヘッグは脅威に他ならない。
攻撃範囲の広さといい、契約神器をも無力化する特性といい、使い方次第では一軍どころか一国も滅ぼせるかも知れない。
けれど、ドゥーエが相殺に成功している今、成長したクロードならば、つけいるスキは十分にある。
「……私を否定するな! 私と一体化したストレンジ・ニーズヘッグこそ新世界に至るきざはし。私は革命者として永遠になるのだ。悪徳貴族が邪魔をするなあ」
ベックは厄介な元同志ドゥーエを後回しにして、先にクロードを始末しようと決めたようだ。
雹の翼が再生し、生命を奪う雪が暴風と共に吹きつけられる。
(なあ、ファヴニル。この玩具は
オズバルト・ダールマンは、ニーダルを倒すために、この世界でもマイナー極まりない鋳造魔術を鍛え上げた。
(きっと簡単な話だ。鋳造魔術(こいつ)が一番、この雪だか炎だかに対抗する、有用な手段だったからだよ)
クロードの右手にはめた赤い指輪に、わずかな炎の如き光が灯った。
『クロードさま。どれだけ隔たれても、私の魂は貴方と共に……!』
レアの声が、確かにクロードの心へ響いた。
「鋳造――」
クロードは、無数のはたきを前面に展開し、吹雪を一瞬だけ防いだ。その、わずか一息の時間を使って。
「――
クロードの作りだした刀が、エカルド・ベックを腰から真っ二つに両断した。
断末魔じみた絶叫を聞き流しながら、三白眼の青年は愛する人に思いはせた。
「……レア。ひょっとして、君は生きているのか?」
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