第353話(4-81)悪友が残した切り札

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「セイ……。緋色革命軍の、ゴルトの目的は、僕を釣り出すことだって?」


 クロードはまるで鱗が墜ちたかのように、緋色に染まっていた瞳が黒く戻った。


「そうだ。思い出して欲しい。私達が、レーベンヒェルム領が、大同盟が危機に陥った時、棟梁殿は、いつも先頭に立って事態を切り払いてくれた」


 セイは思う。彼女の愛する棟梁は、常に最善を選び取ったわけではない。

 幾度も危機に陥った。報われぬ事は何度もあった。しかし、決して諦めることなく先頭に立って、苦難の荒野に道を作り続けたのだ。


「始まりは、荒れ果てた荒野だった。クロードくんが来てから、みんなご飯を食べられるようになったよ」


 姫将軍の言葉を継ぐように、赤いおかっぱ髪の女執事も続けた。

 投げ出しても良かった。逃げ出しても仕方なかった。その窮地で踏み出すことこそが、ソフィが慕う青年の強さだった。


「クロードがいたから、ローズマリーちゃんや、アネッテお姉さん、エステルちゃんを助けられたぬ」


 金色のぬいぐるみじみた狸猫アリスも、ポンポンとあやすように肉球で頭を撫でる。

 誰にも理解されなかった孤独な男は、それでも己が道を歩き続け、多くの人を救った。アリスもまたその優しさと強さに惹かれた。


「盟主よ。貴方が〝血の湖アルフォンス〟や〝邪竜の玩具ダヴィッド〟と戦うことを決め、見事討ち取ったからこそ、我々は国主を取り戻すところまでこれました。盟主の勇気は美徳です。しかし……」


 しかめ面の中にも敬意と友愛を宿して、歴戦の将たるコンラード・リングバリは直言した。


「ゴルト・トイフェルから見れば、つけこむべき弱点に他ならない。大同盟が足を止める時に、必ず貴方は動くからだ」


 クロードは彼女たちの熱意に、自身のミスを認めざるを得なかった。

 緋色革命軍の代表ダヴィッド・リードホルムが健在であった頃、クロードもまた敵首魁たる彼を挑発して、戦場に引きずりだそうと試みたからだ。結果、ユングヴィ領沖で討ち取って、緋色革命軍の主流派閥は見事に崩壊した。

 まったく同じ計略をやり返されて、釣りあげられては笑い話にもならない。

 大同盟は今、クロードを中心に回っているのだから。


「棟梁殿、だいたい大同盟の予備戦力は零だろう。飛び出していって、どうするつもりだったんだ?」

「そ、それは……」


 元々、大同盟の予備戦力は大半が、ブロル・ハリアン率いるネオジェネシスの警戒に動員されていた。

 加えて、ユーツ領、ヴァリン領、ナンド領の主力部隊が、ゴルト・トイフェルによって撃破されたため、救出と穴埋めに人員の全てをなげうたざるを得なかったのだ。

 大同盟が敵対する緋色革命軍が統治した地域は、ダヴィッド・リードホルムの病的なイデオロギーが引き起こした圧政で見るも無惨なものと成り果てていた。

 住民の強制移住による経済の崩壊、強制労働による疫病の発生、意に沿わぬものへの徹底的な弾圧。

 ダヴィッドによって学校や病院は拷問施設へと変わり、繁華街や広場は処刑場に使われた。彼が権力を握ったわずかな年月で、膨大な死者と病人、負傷者が溢れ出た。

 その保護と治療に当たるのが大同盟の軍隊である。

 クロードの改革が実を結んだ結果、物資こそある程度都合出来たが、人手ばかりは全く足りない。


「……ヴォルノー島の守備を切り詰めれば、小隊を率いるくらいは出来るかなって」

「棟梁殿、その戦力でゴルトと戦える指揮官がいるとすれば、チョーカーくらいだ。あいつは、ここにいない」


 セイにぴしゃりと断言されて、クロードは言葉を失った。


(最低でも五〇〇は欲しい。首都クラン攻略部隊を割くか? 外国だって見てるんだ。ここで奪回に失敗したら、共和国みたいに海外からの干渉だってあり得る。じゃあ、ネオジェネシスの警戒を解く? 無茶だ。ブロルさんはともかく、ファヴニルがこっちの弱みを見逃すものか)


 口を噤むクロードを、ソフィとアリスは不思議そうに見て、納得したとばかりに深呼吸した。


「棟梁殿、戦える部隊は、ちゃんとあるよ」


 鈴が鳴るようなセイの声が、クロードの胸に染み渡る。

 彼も理解はしていた。けれど、言い出せなかった。それは、彼の悪友が残した最後のものだから。


「ルクレ領、ソーン領の精鋭八〇〇。いつでも出陣できます」

「コンラードさん……」

「水くさいですぞ、盟主。仇討ちならば、我々もお供します」


 その時、コンラードが浮かべた表情は、いわおのようで、けれど温かみに満ちていた。


「このままやられ放題って言うのもしゃくだ。棟梁殿、今度はこちらが仕掛けてやろう」

「わかった。セイ、君の作戦にのるよ。僕はどうすればいい?」

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