第385話(5-23)対決・ベータ

385


 クロードとドゥーエの絶叫に、パンツ一枚だけを身につけた筋肉男のベータは丸太ほどもある首を傾げた。


「我々と旧人類の間には埋めがたい認識の差があるようだ。創造者ちちうえより授かった肉体、これに勝る財宝があるだろうか。いいや、あるはずが無い。そうだろう、ジョーくん。フッくん!」


 ベータは自らの筋肉に語りかけるように、上腕二頭筋で力こぶを作り、バキバキに割れた腹筋を見せつけてくる。


(……ああ。上腕二頭筋がジョーくんで、腹筋がフッくんなのね。って、のせられてどうする!?)


 クロードは、浅く息を吸いながら打刀と脇差を構えた。

 ドゥーエを横目で窺うと、ドレッドロックスヘアの剣客は右目を閉じて応える。仕掛けるタイミングは、任せて貰えるようだ。


「ベータ、僕達は宝物を探しに来たわけじゃない。テロ計画を阻止するためにここへ来たんだ」

「悲しいことだ。わかり合えないが故に、流血の連鎖は止まらない。探し物はこれだろうか?」


 ベータが金属製のリングをはめた人差し指を鳴らすと、狭い口と膨らんだ胴に細長い四肢を持つ、壺のような何かが見えた。

 ソレは人間を象った土偶にも、火の粉をちらす柱にも、天を貫く樹木にも、大地に突き立てられた爪にも見える摩訶不思議まかふしぎな呪具だ。


(なんだ? ……赤と青、オッドアイの、泣いている女の子?)


 瞬間、クロードは何かを思い出しかけた。

 アレは危険だ。アレは、領を焼くものではなく――世界を終わらせる――凶器だ。

 ドゥーエも危険性を感じ取ったのか、ドレッドロックスヘアの下の顔色が青く染まる。


「辺境伯様、アレを先に潰す!」

「わかった。一緒にやろう!」


 クロードは右側、ドゥーエは左側から、危険な呪具を潰そうと駆け出した。

 しかし、二人が邪魔な筋肉達磨を避けて跳躍するや、ドゥーエの前方へ煌めく魔法陣が出現する。


「お前は、デルタが伝えてきた面倒な傭兵だな。千載一遇せんざいいちぐうの好機なんだ、邪魔をしないでくれ」

「ドゥーエさんっ」


 クロードは踵を返して手を掴もうとしたが、彼の伸ばした義手に届かない。


「すぐに戻るでゲスっ」


 隻眼隻腕の傭兵は、魔法陣の中へ吸い込まれていずこかへと消え去った。


「ベータ、ドゥーエさんに何をした……」 

「ただ転移させただけだとも。改めて名乗ろう、ネオジェネシスのベータだ。偉大なる作戦を果たすために、この地へとやってきた」

「僕はクロード、辺境伯だ。レーベンヒェルム領を脅かす陰謀はここで終わらせる」


 クロードは二刀を閃かせて、白眼白髪のパンツ青年へと斬りかかった。

 

(今の交戦で確信した。この地下要塞を支配している契約神器の盟約者マスターは、ベータだ。呪具を壊すなら、こいつを倒す方が先だ)


 クロードの踏み込みに対し、ベータもまた真っ向から殴りかかった。


「鍛えた筋肉の熱は炎に至る。マッスルファイヤー!」


 ベータが放った拳は、素人丸出しのいい加減な右フックだった。

 けれど、膨大な筋肉に裏打ちされた拳は空気を裂き、火の玉となった。

 クロードが慌てて回避すると、余波だけで床が砕けて火柱が立った。


「そんな、めちゃくちゃだっ」


 相手は魔法生命とでもいうべき存在だ。

 人間の範疇はんちゅうにはおさまらないといえ、物理現象に魔法が伴うなんてあまりに常識外れだろう。


「磨き抜かれた筋肉の速さは雷に等しい。マッスルライトニング!」


 追い討ちに繰り出されたのは、幼い子がだだをこねるような、両手を使ったラッシュだった。

 不格好でも威力は桁外れだ。雷をまとった拳を嵐のように叩きつけられて、クロードはたたらを踏むように後退する。


「なぜ避けるのだ? 貴方を倒す為に鍛えた拳だぞ。受けて貰わねば困るじゃないか」

「ふざけるな、当たったら死ぬよっ」


 着ている服こそパンツ一枚だが、ベータの磨き抜かれた肉体が生むエネルギーは絶大だ。拳を振るうたびに、床が薄氷でも割るようにメリメリと裂けてゆく。


「死を恐れるのならば、どうして創造者ちちうえの誘いを拒絶した? ここに来るまで多くの同志たちを葬ってきただろう。彼らは死を恐れただろうか?」

「いいや、まるで命を投げ捨てるように死んでいったさっ」


 クロードは炎と雷の拳を捌きながら、後方へと跳躍した。

 子供にだってわかる理屈だろう。筋肉達磨相手に接近戦はいくらなんでも不利だ。


「逃がしはしない。術式――〝展迷〟――起動!」


 しかし、ベータが声をあげて指を鳴らすと、着地点に酸の沼が現れた。

 クロードは慌てて天井を蹴って逃れるものの、広い部屋は、いつの間にか危険な刃物や毒物といった障害物で埋め尽くされている。


「この地下要塞は、我が神器によって創りあげた決闘場である。いざ正々堂々殴り合おう」

「こんな正々堂々があってたまるかあ」


 クロードが自由に動ける場所は、ベータの周囲にあるリング状の空間だけだ。

 まさにアウエーもいいところ、むしろ怪物の掌中に他ならない。


「こ、のっ」


 クロードは大ぶりな火の玉パンチを火車切でいなしながら、雷切を突き出した。


「マッスルアイアン! 張り詰めた筋肉は鋼に勝る」


 苦し紛れの反撃を、ベータは無造作に左手ではたいて逸らす。

 たったそれだけのことで、打刀の刀身にひびが入った。


(馬鹿力にも程がある。少しは自重しろぉ)


 ベータは再び雷の連続攻撃を浴びせながら、クロードを諭すように語り始めた。


「同志たちは決して命を投げ捨てたわけではない。彼らの情報は、我らネオジェネシスの細胞に複製バックアップされている。たとえ死んでも、新しい身体が用意されて復元リストアすることができるのだ」


 クロードがいた地球で、古いパソコンから新しいパソコンへ中身を移すように。

 ネオジェネシスは簡単に命を再生することが出来るのだと、ベータは主張する。


「姉のアルファも常々言っている。大切なのは記憶と人格、つまり――〝内面なかみ〟――だろうと」


 なるほど、外見と内面には様々な思考法があるだろう。

 クロードは人の意見それぞれ、口を挟む気は無かったが……、ベータの発言には寒気がした。


「だから――肉体そとがわ――はいつ捨てても構わないってか。いい加減にしろよ」


 クロードは、雷切と火車切を鞘に戻して魔力に還した。

 間違っていた。素手の相手に刀で挑むなんて、フェアじゃないのだ。


「来いよ。その曇った目を覚まさせてやる」


 クロードは覚悟を決めて、挑発するように手招きをする。

 多少の火傷を負っても、先ほどの発言を肯定するよりマシだった。


「その細い身体で何が出来る? マッスルファイヤー!」


 炎をまとった剛腕が風を切って迫る。


「小兵には、小兵なりの戦い方があるっ」


 クロードはベータの燃える拳に絡みついて、脇の下をくぐるようにして投げ飛ばした。

 ソフィが教えてくれたササクラ流には、刀や薙刀だけでなく無手の護身術も伝わっている。達人相手では厳しいが、経験が不足しているネオジェネシスなら充分だ。


「馬鹿なっ」


 ベータは受身の取り方もわからないようで、頭から落下した。

 肉の塊が大きく弾み、豪快な音を立てる。


「ベータ。お前が死んで再び命を与えられた時、それが新しいベータという〝別人〟でないとなぜ言えるんだ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る