第209話(2-162)悪徳貴族の怪物災害鎮圧(後編)

209


「大丈夫っ。私が助けに来た!」

「ショーコさん!?」


 額にアルフォンス・ラインマイヤーの上半身を生やした赤黒い肉塊のドラゴンは、銃砲を向ける三領軍に向かって人質を振りかざしている。

 そんな中、アリスがこぐ飛行自転車に乗って現れたショーコは、無謀にも落ちながら人質へと向かう射線に身をさらした。


「いけない。死ぬ気か!?」

「まかせて。――奥義『水鏡みかがみ』」


 クロードには、否、ショーコ以外の誰にも、その時何が起こったのか理解できなかった。

 確かなことは、彼女に命中したはずの銃弾と砲弾が急に勢いを失って、代わりに血塗れ竜ブラッディドラゴンの腕が二本、肩の付け根から吹き飛んだということだ。


「AAAAAAAAAAA!?」


 痛みか? それとも動揺か? アルフォンスとドラゴンは絶叫しながらのけぞった。


『運動エネルギーを魔力に変えて、そらすのよ。慣れたら反射だって出来るわ』


 ショーコはクロードに両の義腕と鮮血兜鎧ブラッドアーマーを授けた際に、自らの技を再現した機能をそう説明した。

 クロードは思う。慣れた程度で真似出来るはずもない。

 あの技こそは、異世界で人類を守護した彼女が至った極み。純粋な技術よる絶対無比の魔力と衝撃の操作だろう。


「あのひとたちは私が助ける。クロード、貴方の為すべきことを果たしなさい」

「わかった! 鋳造――八丁念仏団子刺はっちょうねんぶつだんござし」


 クロードは雷切と火車切を宙に投じて、雷のカーテンと炎の渦で身を守りながら血路を切り開いて進んだ。


「AAAAAAAAAAA!」

「こんなものっ」


 クロードは、腕を再生したドラゴンの爪を刀で捌き、放たれた熱閃を旋回して避けた。襲い来る氷杭を発ち割り、風の刃すらも斬り裂いて、ひたすらに前進する。

 アルフォンスはでたらめに吹雪や竜巻といった大魔法を垂れ流し、ドラゴンは灼熱しゃくねつのブレスを吐いて尻尾や手足を力任せに振り回していた。

 いまや血塗れ竜ブラッディドラゴンは、感情のままに暴れているだけだ。まるで地金がすけたように、他者から奪ったはずの技能も知識も使いこなせていなかった。


(力や地位を得たところで、人間はそんな簡単に変われはしないんだ)


 クロードは当初無理やり影武者役を押し付けられ、次に自らの意志でクローディアス・レーベンヒェルムを演技して、しかし、根っこの部分はやはり変わらなかった気がする。

 失敗して失敗して、支えられて励まされて、何度も追いつめられながら、大切な人たちと共にここまで歩んできた。踏み固めてきた足跡こそが彼の変化の記録であり、成長と呼ばれるものなのだろう。


「切り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ、踏み込みゆけば後は極楽……か」


 男装先輩から聞いた、俗に宮本武蔵が詠んだと伝わる狂歌を思い出す。

 痴女先輩の見解では詠み人知らずの歌であり、クロードには歌に込められた真意は想像もつかない。

 それでも、きっとそういうものなのだ。人間は学んで、伝えて、一歩ずつ自分の足で世界を広げてゆく。

 三領軍の支援を受けながら、クロードは叩きつけるスコールと嵐のような魔法攻撃を潜り抜けて、とうとう血塗れ竜へと肉薄した。


「いっけえええええっ」


 刀を振るう。斬撃は空間切断の魔術となって、ドラゴンの翼を根元から断ち切った。


「AAAAAAAAAAA!!」


 血塗れ竜が沼地に着水し、轟音が響いて水柱が上がる。

 クロードの両手に握られた八丁念仏団子刺しが光の粒子となって崩れ、代わりに雷切と火車切が左右の手に収まった。

 雨はいつの間にかやんでいた。人質を避難させる為か、今は銃撃も聞こえない。

 雷の翼と炎のロケットで飛行するクロードと、ドラゴンから上半身を生やしたアルフォンスが互いにずぶぬれの姿で向かいあった。


「フザケルナ。ふざけるなよ。くろーでぃあす・れーべんひぇるむ。俺サマの強さはいまや一〇〇万を越える。貴様たちのような一ケタ、ニケタの劣等どもがなぜ逆らう? それこそが許されざる罪ダ。ツミツミツミツミ裁カレヨォオオオオッ」

「なあ、アルフォンス。ほんの少し言葉を交わすだけで胸が熱くなる。一人で仕事をするより協力することで普段以上の力が湧いてくる。その数字はどこからもってきたものか知らないが、そういった強さは反映されるのか?」

「ソンナモノガ、強サであるものかあっ」


 アルフォンスが吼え猛り、ドラゴンが口腔こうこうから焔を吐きだす。

 クロードは下降して避けたものの、赤黒い胴から生えた無数の触腕が待ち構えていた。


「これはっ」


 ショーコとアリスが落下した人質を救助していたため、頼みの支援砲撃も今は薄くなっていた。

 クロードはろくに抗うことも出来ずに、血塗れ竜の腹中へと引きずりこまれた。


「AHAHAHAHA! ふひひっ。やった。やってやったぞ! 遂に貴様の力を奪っタ。俺サマこそが最強、俺サマこそが選ばれし竜、古今無双の英雄だ。ひれ伏せ愚民どもぉおっ」


 アルフォンスが月に狂ったかのような形相を浮かべて勝利を宣言した瞬間、血塗れ竜の腹部を魔術文字が覆った。

 雷がほとばしり、胸を切り裂いてクロードが飛び出す。魔術文字の拡散は止まらない。腹から尻尾へ、足へ、首へ、一定の速度で刻み込まれてゆく。


「アルフォンス。竜を真似たところで、竜にはなれないよ。特別な存在になりたいなら、特別な力を求めるのではなく、特別なことをすればよかったんだ」


(どれほど凄い力を持っていたとしても、それは英雄であることを意味しない――もしも彼が酒を片手に寝ているだけなら、ただの飲んだくれか酔っ払いだ)


(どれほど正義を声高に叫んだとしても、それは聖者であることを意味しない。――もしも彼が実際には悪行を重ねたならば、ただの犯罪者かテロリストだ)


 クロードは想う。――もしも英雄ヒーローなんてものが存在するとしたら。

 それは先ほどのショーコのように、自らの意思で世界を良くしようと立ち上がり、暗闇で声なき叫びをあげる誰かの希望となった者を指すのだろう。


(僕にとっての、部長達のように。あるいは、魔術塔で戦ったオズバルト・ダールマンのように)


「違う! 特別な存在とは、特別な血が流れ、特別な思想を尊ぶものだ。そして、俺サマは人間ヲ超越シタ。ソウダ、俺さまコソガ偉大ナル竜にして英雄。マラヤディヴァ国を、共和国を、大陸を、世界を統べる選ばれしもの!」

「……熱止剣」


 クロードが刻んだ魔術文字は、言葉を交わす間に、アルフォンスの上半身を除くドラゴンの全身に回っていた。

 不安定な人間と契約神器の融合体は、致死にいたる損傷を得た時点で爆発する危険性がある。

 だったら致命傷を与えるのではなく、一撃で滅ぼしてしまえばいい。


「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 竜を覆った魔術文字が光と熱を発した。

 無敵を誇った血の湖ブラッディスライムを、不死の軍勢を、血塗れ竜ブラッディドラゴンを構成する細胞が焼失し、取り込まれた数千の命を道連れに崩壊し、灰となって消えてゆく。

 しかし、この方法にはひとつ問題があった。クロードが使う熱止剣は鋳造魔術を応用したもので、神剣の勇者や、ニーダル・ゲレーゲンハイトが用いるオリジナルの熱止拳とは違い、人間には効かない・・・・・・・のだ。


「確かにお前はもう、人間を外れていたよ」


 アルフォンス・ラインマイヤーは、力を求め、力にすがり、怪物に堕した。

 しかし恐るべき怪物を打ち倒すのは、いつだって愛と勇気を謳う人間なのだ。

 この戦場に集った只人たちは、人間であることに背を向けた怪物よりも強かった。


「ばかな、こんなばかなことがあるはずがない。だっておれさまはぜったいにただしいんだからAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

「おおおおおおおおっっっ!!!」


 怪物の断末魔と人々の歓声が、沼地を震わせてひびく。

 分厚い雲の隙間からさす穏やかな陽光が、戦いの終りを告げていた。

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