第208話(2-161)悪徳貴族の怪物災害鎮圧(前編)
208
レーベンヒェルム領を中心とする三領軍が、
邪竜ファヴニルが、
血の湖は、一定の時間が経つか致死にいたる損傷を与えた時点で、領都レーフォンを飲み込む規模の致命的な爆発を引き起こすと予測されていた。
これでは仮に討伐に成功したとしても、作戦参加者全員の命が失われてしまうだろう。この惨事を未然に防ぐため、クロードが提案した策は、作戦会議に参加した列席者の度肝を抜くものだった。
「呪いを解こう。アルフォンスとルーングラブを分離して彼を救出するんだ」
「リーダー、あいつは最低の独裁者で大量虐殺犯ですよ。なんで助けなきゃいけないんですか? そもそも呪いを解いて、融合したものを分離するなんて出来るんですか?」
「わからない。でも僕たちはあらゆる手段を尽くすべきだ。それに前例があるんだ、ヨアヒム」
クロードが胸ポケットから取り出したのは、アネッテ・ソーン夫人から預かった彼女の夫、リヌス・ソーンが残した手帳だった。
「覚えている者も多いはずだ。およそ一年と半年前。復興暦一一〇九年/共和国暦一〇〇三年の紅森の月(十月)三日から四日にかけて、隼の勇者アラン率いる一団がレーベンヒェルム領領主館を襲撃した」
忘れるはずもない。あの日、クロードはクローディアス・レーベンヒェルムとなり、エリック、ブリギッタ、アンセル、ヨアヒムと出会った。
言葉を濁さず言えば、幼馴染みのソフィを救出する為に、エリックたちもまた館の襲撃に参加していたのである。
「襲撃を主導したアランと参謀を務めたブルーノは死亡。しかし、リヌス・ソーンが記したこの手帳によれば、同格の幹部だったイルヴァとカロリナは、ファヴニルによって融合されてキメラへと変えられ、ニーダル・ゲレーゲンハイトと戦ったらしい」
「処刑場で暴れていたあのキメラ、イルヴァさんとカロリナさんだったんですか!?」
ヨアヒムは、丁寧に整えたソフトモヒカンをかきむしり悲痛な声をあげた。
「じゃあ、二人はキメラになって死んで……。あれ、でもリーダーは、以前生きているところを見たって言ってませんでしたか?」
「ああ、ニーダルと一緒に共和国行きの船に乗るのを見たよ。リヌスさんの手帳にも書かれてる。無事、二人の解呪に成功したって」
おおーっというどよめきが、空気を震わせた。
「それで、リーダー。ニーダルさんやリヌスさんはいったいどうやったんですか?」
「わからない。成功したって一文だけで詳細は不明だ。でも、成功例がある以上、手段は必ずあるはずだ。それを探そう!」
クロードたちにとって幸いなことに、ファヴニルが館襲撃の夜にガラス像へ変化させた銅像や、
官民地方を問わず、多くの研究者が契約神器・魔術道具研究所に集まって、対策手段の開発が進められた。
一週間未満という厳しい時間制限から実験と検証は公開され、結果として血の湖を構成する肉片が錬金術の
しかし、所長であるソフィと古代魔法に通じたレア、影ながら手を貸していたショーコを中心に、ヴォルノー島の名だたる魔道の専門家が総力を結集することで、ついに解呪儀式を編み出したのである。
――
―――
そして。
復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 霜雪の月(二月)二八日正午。
雨季のスコールが叩きつける中、神官や僧侶が
「聞け、アルフォンス・ラインマイヤー。いまのお前は自壊するよう仕組まれた爆弾なんだ。心を穏やかにして、じっとしてくれ。そうすれば、ルーングラブとの融合を解呪できる」
クロードがレーベンヒェルム領の本陣から言葉を投げかけると、赤黒い肉のスライムは反発するように暴れ始めた。
「フザケルナヨ、くろーでぃあす・れーべんひぇるむ。おれさまノちからハ絶対ニ奪ワセナイ!」
「このままでは死ぬぞ!」
「知ッタコトカ。俺さまノ思イ通リニナラない世界なら諸共に死んでしまえ。俺サマは最強なんだァアアアアッ」
降伏勧告は、またしても無駄に終わった。
アルフォンスの怒りに呼応するように沼地が泡立つ。奇しくも解呪が進んだことで状態が安定したのか、赤黒い肉の湖は不定形のスライムから更に形状を変化させた。
今度は軍勢ではない。鋭い牙と爪をもつ、
「観測班、魔力のゆらぎはどうだ?」
「安定しています。今なら、
「わかった!」
クロードは神殿で舞うソフィを見た。
雨に濡れた巫女は、踊りながらも祈り続けていた。
彼と彼女の視線が交差し、無言で頷きあう。
「レア、すまない」
「いいえ、領主さま。これは、私とソフィが望んだことです」
クロードは傍らへ歩いてきた侍女の肩を抱きしめた。
「鋳造――雷切! 火車切!」
クロードの右手に握られた木片が雷切に、左手の石片が火車切へと変化する。
彼の背からふた筋の血しぶきがあがり、立つ力を失ったレアの頬を赤く濡らした。
「必ず帰ってきてください」
「うん、必ず皆の元に帰る」
レアを椅子に抱きおろしたクロードの背中で、羽毛の如く雷光と火花が散る。
背には8の字を横倒しにした雷翼を形作り、足裏からも火炎を噴き出した。
「これより、怪物災害鎮圧作戦の最終フェイズを開始する」
「棟梁殿を援護する。目標は
セイが叫び、クロードが飛ぶ。
豪雨の中、雨除けの加護に守られた三領軍は銃弾と砲弾を撃ち放ち、誤ることなく赤黒い竜へと命中させた。
スライム時より構造が複雑化したためか、銃撃と砲撃はドラゴンを守る鱗にも、確かな損傷を与えることができた。
しかし――。
「うひっ。うひひっ。AHAHAHAHAHAッ」
額から生えたアルフォンスが歯を震わせ、ドラゴンが牙をか噛みあわせながら大声で笑う。
血塗れ竜は、自らの腹に手をつっこみ、なにかを掴みだした。
それは、数十人の生きている人間だった。体内に魔術的に隠されていたのか、あるいはどこかに閉じ込められていたものを転移させたのかはわからない。
アルフォンスと血塗れ竜は、自らを狙う三領軍に向けて彼らをまるで盾にするように振りかざしたのだ。
「うっ」
「なっ」
クロードが止める暇も、セイが中止を命じる時間もなかった。
第一陣が発砲後、第二陣はすでに攻撃態勢に移っていて、視界を雨で遮られた兵員たちには人質を視認することができなかった。
クロードが加速する。間に合わない。間に合わない。誰も彼らを助けられない。
絶望の呻きがクロードの喉を割ろうとした瞬間、上空から耳慣れた声が聞こえた気がした。
「たぁぬぬうっ!」
アリス・ヤツフサだ。魔術塔”野ちしゃ”攻略のために準備した特別仕様の飛行自転車、天馬に乗ってやってきていた。
そして、後部シートから一人の少女が飛び降りて、流星のように落下する。
「大丈夫っ。私が助けに来た!」
「ショーコさん!?」
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