第三部最終章 森林国家サンパニルへ

第204話 呪いの正体

「呪いの効果が分かりました」

 宿に戻った私達を迎えてくれたのは、セビリノのその一言だった。

 調査の進み具合を聞こうと、彼の部屋を訪ねたのだ。

「さすがだね。こっちの成果は気にならないのかな?」

「エクヴァル殿。師匠のお力を、私が疑うわけはありませぬ」

「……あのね、セビリノ。信頼に応えられなくて悪いんだけど、私の薬でも効果はなかったのよ」

 そんなに万能だと思われても困るなあ。何でもできるわけじゃないのよ。

「なんと、では皇帝陛下は身罷みまかられたのですか?」

「勝手に殺さないでくれる!?」

 エクヴァルが声を荒らげてつっこむ。


「ルシフェル殿が、イリヤのブレスレットに付与しておった魔力である。ネクタルよりも強力に、魂の欠損を回復させる」

 ベリアルの説明に、セビリノは感心して大きく頷いた。

「さすがはルシフェル様……、では問題ないのですね。さて、呪いの結果についてご報告いたします」

 すぐに理解しちゃうところが流石ね。セビリノは山羊の絵と木札の絵を描いた紙を出し、説明を始める。

人形ひとがたの呪いです。これは、相手に自分の思う通りの発言をさせるもの。持続時間が短く、呪いをかけた相手から離れても効果が薄くなります」


「……狙いが解りやすいね。これで重臣を集めた会議の開催を計画しているということは、その場で本人から偽証をさせたり、皇位継承権の破棄でも言わせるつもりかも知れないね」

 それなら呪いを使うのは当日だろう。何時間も効果が続くものじゃないから、切れたら撤回できると思う。人形に切った木札と、相手に見立てた小さな骨を一緒に燃やして発動させるので、すぐにまたというわけにもいかない。山羊の絵も描き直しになる。

 ということは、撤回できない状況にするつもりかも知れない。

 呪いを防げば済むわけではないかも。

「え~と、ロゼッタを殺したと思ってるみたいだから、自分がやったって第一皇子のアデルベルト殿下に言わせるつもりかな?」

「有り得ると思う」

 エクヴァルが頷いた。おお! 私ってば鋭いわ。ここ最近で随分訓練されたのね。


「なになに、呪い? 姉御、楽しそうな話をしてますねえ。僕も混ぜてよ」

「以上です」

 ニヤニヤと扉を開いて声を掛けてきたマクシミリアンをよそに、セビリノは話題をすっかり終わらせてしまう。

「うわひどっ! あからさまに無視するなんてなあ~!」

「無視も何も、終了した」

 抗議も空しく、セビリノは資料を淡々と片づけていく。やりとりを見ていたベリアルが、マクシミリアンの背後に立った。


「そなた、呪いに興味があるのだな。ならばそなたに、特別に王の呪いを授けようかね?」

 ヒエッと声にならない悲鳴を上げて、解りやすく肩が大きく震える。

「いえいええ~! 結構です、お気持ちだけでえぇ!」

 マクシミリアンは逃げ出した。逃げ足が速いなあ。

「意外と馴染んでるねえ、彼」

「ホントね」

 しみじみ言うエクヴァル。私もそう思う。


「きゃっ! 廊下は走らないで、危ないですわね!」

 部屋を出たのと同時くらいに、叱る声が響いた。ロゼッタにぶつかりそうになったのね。いきなり廊下へ飛び出したんだもんね。

「僕の命がかかってる!」

 バタンと扉を閉める音がする。からかわれてるだけなのに、本気で逃げてるわ。

「……騒がしい方ですわ。イリヤさん達、皇帝陛下のところへいらっしゃったんですわね? ご容態はどうでしたかしら?」

 様子を聞きたくて、夜遅くなのに待っていたんだ。ロゼッタは陛下が元気な時にお会いしているだろうから、きっと気になっていたのね。

「もう心配ないですよ。これから快方に向かいます。ただ、しばらくは秘密にしておくようですね」

「そう……ですの。安心しましたわ。皇帝陛下は、とても立派な方です。どんなバカだって、毒を盛ろうなんて気が知れませんわ」

 なんかヘイルトがうつってきてない? 毒舌って感染するの?

「……二人の皇子の、出方を見るという所でしょうか」

 ベルフェゴールもこの先がどうなるか、気を揉んでいるみたい。なんせロゼッタに元婚約者である、第二皇子シャーク殿下を殴らせなきゃならないもの。


「忘れる所であった。ロゼッタとはそなたであったな。手紙を預かっておる」

 ベリアルが封書を取り出した。メイドのロイネが、恐る恐る受け取る。

「どちらからですの?」

「サバトでそなたの知人に会ったろう。その者の使い魔が、我に託したのだよ。我は魔力を完全に遮断しているわけではないからな、街で会ったわ」

「まあ、あの方から!」

 差出人が分かって、ロゼッタは嬉しそうに開封した。中には三枚の便せんが、二つ折りにされて入っていた。


「お父様とお母様に、私の無事を知らせて下さったんですわ! 二人とも喜んでくれていたそうです」

 ロゼッタが明るい声で内容を教えてくれる。桜色の便せんは角が丸く加工されていて、花模様が描かれていた。

「良かったですわね。心配のし過ぎも、体に悪影響を及ぼします」

 ベルフェゴールが優しく肩を包む。

「ええ。お父様ったら、シャーク皇子を完膚なきまでに叩き潰して来い、戦争になるなら受けて立つ、ですって。相変わらずですわ」

「さすがロゼッタの父君、よい覚悟でございますわね」

 ロゼッタもベルフェゴールも、二人とも笑顔なんだけど……笑えるの? そこ、笑える所かな? 誰も突っ込まないの?


「お母様は食が細くなっていらしたそうですけど、知らせを受けて少し元気を取り戻して下さったみたい」

「早く元気な姿を見せて、きちんと安心させてあげたいですね」

 これなら返事が出来るぞ。ロゼッタは大きく頷いている。

「本当ですわ。そうと決まったら、稽古よペオル!」

 そっちなの!? お返事とかは? あ、無理なのかな。ベリアルがわざわざ届けてくれるわけないし、ベルフェゴールはさすがに離れられないものね。

「あの、プロテクションはどうなってますか?」

 格闘ばっかり稽古してるんだけど、アウグスト公爵の邸宅で、ハンネスに教えてもらっていたはずだよね。

「……あまりうまくいきませんの。魔法の才能はないのかも知れませんわ」


「プロテクションくらいならば、才能など必要ない。効果を強めたければ話は別だが」

 椅子に座って机に向かっていたセビリノが、顔を向ける。魔法の話になると食いつきがいいんだよね。

「そうなんですの? 全く出来ないわけではないんですが……、発動率が良くないんですわ」

「魔法なら私達で教えられますよ。折角です、どうですか?」

 あんまり暴れても悪いというか。防御魔法くらいなら、迷惑を掛けずに使えるはずよね。

 明日、プロテクションを教えることになった。今日はもう、みんな寝る時間ですよ。



 ベッドで寝がえりを打っていると、朝も早くからノックされた。退屈してるなあ、ロゼッタってば。

 朝食を食べて、広い宴会室を借りて魔法の稽古だ。エクヴァルとセビリノはいるけど、マクシミリアンは来ていない。こういうのには興味がないみたい。もちろんベリアルも参加しない。


「荒野を彷徨う者を導く星よ、降り来たりませ。研ぎ澄まされた三日月の矛を持ち、我を脅かす悪意より、災いより、我を守り給え。プロテクション!」

 

 ロゼッタが唱えるけど、魔法の壁は出来なかった。

「また失敗ですわ……」

「魔法として発動していませんね。詠唱をゆっくりにしましょう、魔法を練るのに追い付いていません。言葉だけが進んで、終わらせてしまっています」

 魔力が変換される前に、全て散ってしまっているのよね。魔法を使った事は、ほとんどないのかも。焦燥感は伝わってくる。

「ゆっくり唱えても、実際に必要な時に間に合わないのではありませんこと?」

「必要な時に発動しない方が問題がある。まずはペースは遅くとも、確実に発動できるようにすべきだ。それから速度を上げる」

「セビリノの言う通りですよ。魔法を詠唱する時は、発動させることが大前提です。百回唱えて一度でも失敗するのなら、その魔法は使えないのと一緒です」

 しっかり練習を重ね、安定して発動できるようになってから詠唱を早くする。うん、これが一番良さそう。


「イリヤ嬢、厳しいね」

「いやね、エクヴァル。たとえ失敗が千回に一回でも、一番大事な時にその一回がくることもあるのよ。魔法をきちんと発動させる事は、本当に大事なの」

「全く師匠の仰る通り。さあ、鍛錬いたしましょう。理解と練習に勝る上達法はない」

 セビリノがロゼッタの練習を監督しながら、アドバイスをしている。彼の説明は短いながらも的確。話に熱中するとすごく長くなるけど、普段は口数が少ないのよね。


 ロゼッタは魔法だと飽きちゃうかもと危惧していたけど、何度も繰り返し唱えていた。もともとの魔力が少ないから、途中でマナポーションを飲んでしっかり補給をし、休憩をいれて。

「発動率が上がってきましたわ! 目に見えて上達できますもの、楽しいですわね」

「そうだろう。魔法は世界の神秘の鍵。努力は必ず無駄にならん」

 しまった、これ以上話をするとセビリノは止まらなくなるぞ。ここで防波堤を築かなければならない。

「神秘……」

「ところでロゼッタさん! 魔力が多くないので、やり続けるのは危険です。最後に一度しっかりと唱えて、終わりにしませんか。どのくらいの強度が出ているか、確かめましょう」


 ロゼッタが続きを促しそうになるから、慌てて話題を変える。きっと他の人達は飽きちゃう話題だよ、これ。

「そうですね、師匠」

「私も同感です。そろそろ切り上げた方が宜しいでしょう」

 セビリノとベルフェゴールも同意してくれる。ベルフェゴールは、ぶちのめす訓練もしたいんだろうな。

「では最後の一回、気合いを入れていきますわ!」


 ロゼッタがプロテクションの詠唱をする。焦らずじっくりと唱え、透き通る壁が展開された。これなら魔法も攻撃も防げそうね。だけど。

「正面以外が薄いですね。前ばかりに集中していると思います」

「均等にするのが難しいですわね」

 そう言いつつ魔力をさらに籠める。あれ、なんか余計に偏りが出てきたぞ?

「ロゼッタ、魔法を切りなさい」

 ベルフェゴールが忠告するんだけど、集中しているロゼッタには届かなかったみたい。魔力が歪に溢れて、プロテクションの壁に亀裂が入った。

「終わりにしましょう、ロゼッ……」


 バン!

 止めようと思った私の言葉が終わらない内に、プロテクションの壁が大きな音を立てて、割れて崩れた。

「きゃっ⁉ 勝手に壊れてしまいましたわ」

「これはまた、珍しい失敗だね」

 エクヴァルが壊れた壁があった場所を、確認するように視線を巡らせる。

「まあ……、普通こうはなりませんね」

 プロテクションって、防御の意識をハッキリとしないまま、一カ所だけに魔力を過度に蓄積してしまったら、唱えた側も壊せるのね。慣れたら部分的にも強化できるから、気付かなかった。

「なるほど、興味深い」

 セビリノもしげしげと眺めている。

 ……勉強になったわ。


 こうしてロゼッタの、本日の魔法の勉強は終わった。

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