第30話 天使が町にやって来た
ギルドでの用事を済ませ、ビナールのお店にやってきた。ポーション用の瓶は、いつもこのお店で仕入れさせてもらっている。ついでに後でギルドからポーションを届けてもらえると伝えに来たのだ。
瓶を会計してからレジの女性にビナールに会いたいと伝えるが、オーナーは忙しいので会えないと、断られてしまった。アポイントが必要だったんだろうか。いつも露店に会いに来てくれていたので、うっかりしていた。このお店は本店だけど、他にも武器専門の支店などがあるので、ここにいるとも限らないのだった。
諦めて帰ろうとした時、後ろから引き留める声がした。ビナールだ。
「イリヤさん! ここで会うのは珍しいな」
「ビナール様。お世話になっております。お話がありますので、少々で構いませんのでお時間を頂けませんか? 出来れば、他の方の耳に触れないようにしたいのですが……」
「勿論だとも! 君、コーヒーを入れてくれ」
ビナールは受付の女性に慣れた素振りで指示を出す。女性は困惑しながらも給湯室へすぐに向かった。私はご迷惑だからと断ったが、気にしないでいいと応接室に案内してくれた。
「ポーションなんですけど」
「おおお、待ってたよ! 中級かい? まさか、上級も!?」
ソファーに腰かけていたビナールが、弾かれたように体を乗り出す。カップが揺れてコーヒーが零れそうになった。
「両方です。それと、ハイポーション、中級のマナポーションも作れました。今回はギルドから届けて下さるそうです」
「……ハイ?」
「はい?」
「ハイポーション!??」
「はい」
なんだろう、この会話?
たっぷり数秒あいてから、突然ビナールが大声を出す。
「いやイリヤさん、ハイポーションだよ!? この辺ではラジスラフ親方しか作れないって言う……!」
「ええ、そちらの工房をお借りして、作製させて頂きました」
「……あ、そう? それなら出来る……、ものか??」
まだ腑に落ちない様子だけど、いったん納得したようだ。コーヒーを一口飲んで、再びソファーに腰をかける。
「で、それがギルドからって事は……、ギルド長の采配ってとこかな?」
「さすが御慧眼でいらっしゃいますね。私が作製したと解ると、良からぬ企みをする方がいるかも知れないと、お気遣い頂きました」
「……確かにな。輸入品として売るようにしよう。これからは、より解りにくい受け渡し方法も考えないとな」
ビナールは顎に手を当てて、考え込むように俯いた。しかし何か抑えられない感情があるようで。
「それにしても、おおお……! うちの店でもついにハイポーションが!」
手がわなわなしてるぞ。謎の動きだ。よほど嬉しいらしい。
しばらく一人で打ち震えていたが、何かを思い出したように急に私に向き直った。
「ところで、商売仲間が北にトレント素材を買い付けに行くんだが、イリヤさん魔法を使うんだろ? 必要か? 本当は一緒に行けばと思ったんだが、最近ドラゴンが目撃されてるらしい。行くのは危険だから頼ん」
「ドラゴンとな、それは重畳! 行くぞイリヤ、クク……久々の狩りであるな!」
ベリアルがビナールの言葉を遮る。それにしてもドラゴンか。ちょうど欲しい素材があるのよね。
「それならドラゴンの素材を採取しましょう。ドラゴンティアスが欲しいですね。中級クラスが居るといいんですけど。わりと色々使えるんですよね」
「え……君達、ドラゴン……嬉しいの……?」
ビナールは引いている。
数日後の予定だったけど危険が増しているので、冒険者を確保できたらすぐ出発してしまうことになった。とりあえずは連絡待ちだ。
ビナールに会った後、私はアレシアとキアラの露店を訪れた。新しく持ってきたポーションもだいぶ売れて、商品が品薄になっている。
せっかくまた戻ったのに数日で出掛けることを伝えると、キアラがそんなにすぐなのと残念そうにしていた。引き留められると後ろ髪を引かれる思いだけど、なんだか嬉しいな。
そんな和やかな雰囲気を壊すように、ずかずかと近づいてくる影が一つ。
「そこの男! 貴様、悪魔だな! 隠していても解るぞ!!」
唐突に黄緑がかった色で短い髪の男性が、大声を上げてベリアルを指さす。背中に生えた、一対の白い翼。天使だ。
「……中位三隊の天使と言ったところかね。今日は機嫌が良い、見逃してやろう」
ベリアルは面倒だと追い払うように、手を左右に振って答えた。
「見逃してやるだと!? 私は位階第七位の
好戦的な天使だと思ったら、人間で言えば最前線で戦う軍人なのね。こんなところで戦闘に入られても困る、また尋問が始まる! 今のところベリアルが相手にしていないのが救いだ。そもそも悪魔って特に隠してないけど……。
「かしましいものよ。吠えるだけが仕事かね、
「貴様っ! 私を侮辱するか!?」
ベリアルの機嫌が急降下してる……。天使焼失事件とかにならないといいな。
だんだん険悪な雰囲気になって、アレシアとキアラにも迷惑だろう。場所をわきまえて頂きたい。どうにかしなくてはと、考えていた矢先だった。
「はいはい、そこまで! 周りに迷惑だから、やめてくれよな」
手をパンパンと叩きながら、私と同年代くらいの男性が歩いてきた。軽く武装していて、長年使い続けているような擦り切れたブーツを履いている。
「悪いね、ウチの天使。気が荒くてさ。僕はウルバーノ、Bランクの冒険者をしてる」
契約者のようだ。
「私はイリヤと申します、魔法アイテム職人をしています。彼の契約者でございます」
頭を下げる私に、ウルバーノは不思議そうな目を向けた。
「こいつが突っかかるんだし、けっこうな悪魔だと思うんだけど……アイテム職人なの?」
「はい、魔法も召喚術も使えますが、現在の本職は魔法アイテムの職人で間違いございませんよ。商業ギルドにも職人として、登録しておりますから」
穏やかに自己紹介をしていたが、隣はまだ臨戦態勢だった。
「ウルバーノ、止めるな。これは私の本来の仕事だ!」
ええ……。王の一人を討つって、下手したら大戦勃発になるだろうから、こんなところで戦端を切り開こうとするのはどうかと思う。とはいえ、欲目とかではない私の見立てでも、この天使はベリアルに敵わないと思うんだけど。
「いや、ここ往来で、しかも露店の前だからね」
「理解したなら
向かい合って立ってみると、ベリアルの方が線が細いし、少し背が低いみたい。
天使カシエルは輝くような翼に凛とした立ち姿なのに、それでもベリアルとは明らかに存在感が違う。
これが王の威厳ってやつなんだろうか。
そんな一触即発の雰囲気の二人の間に、小柄な影が立ちはだかった。
必死に両手を広げたキアラだ。
栗色の髪が肩で揺れ、大きな茶色い瞳でキッと天使を睨みつける。
「ベリアルさんに意地悪しないで! ベリアルさんは悪魔って隠してないし、悪いこともしてないよ! どうしてケンカしようとするの!?」
「子供の方が道理を理解しておるようだな。……で? そなたはどうするのかね?」
勝ったとばかりに挑発してる。
ものすごい笑顔だ。何だか解らないけど悪い、悪いと思う。
「く……っ、少女を手なずけるとは! 卑怯な……っ!」
さすがにどうする事も出来ず、悔しそうに顔を歪める。
「ほらほら、商売の邪魔すんなよ。行こうぜ」
ゴメン、と手を顔の前に垂直に出して、ウルバーノが天使を連れて去った。
カシエルの方はまだ納得できない感じだったけど。冒険者だし、もう会わないで済まないかな。
上機嫌のベリアルはキアラに食べ物などを買い与えて、
少女を懐かせる悪魔……。
なんだか不穏なものしか感じないのは、気のせいだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます