第29話 エグドアルム王国side(4)

「どなたかいらっしゃいますか?」

 私は今、山間いの小さな村へ来ている。その中の比較的外れにある、一軒の家を訪問した。

 イリヤという女性の生まれ育った家だ。彼女が国外に亡命しているとしたら、家族には何らかの手段で連絡を取るかも知れない。

「……あの、どちら様で……?」

 出てきたのは疲れた様子の五十歳前後の女性だった。彼女の御母堂に違いない。

「私はエクヴァルと申します。イリヤ殿の同僚でした」

「まあ、あの子の……」

 どうぞと勧められ、家に入った。さほど広くはないがキレイにしてあり、調度品もそれなりに揃っている。彼女はかなり家に仕送りしていたという話なので、そのおかげもあるのだろう。


 彼女の家族は母親と三歳年下の妹のみ。これは調べてある。

 彼女が宮廷入りするきっかけになったのは、十二歳の時に視察に来た領主を魔物から助けたことだ。領主は彼女の魔法の才能に感激し、王都にある宮廷魔導師直下の魔法養成施設へ推薦した。十三歳で施設に入った時には既に、魔法と魔法アイテム作製においては、殆ど学ぶべき事柄がない程の腕前だったという。礼儀作法を中心に学び、二年ほどで宮廷魔導師見習いに駆け上がる。

 しかしそれが特にまずかったのだろう。妬みをもった貴族の子息も多かったという。実力もないくせに、とんでもないバカどもだ。

 辛辣に当たられ、言葉使いが無礼だと馬の鞭で打った愚か者もいたらしい。


 悪魔と契約をしていたというのなら、その様を契約者が見れば良かったのにな。

 楽には死ねんぞ。

 

 そんな境遇の中で、討伐任務に回されながらも賛同者を増やしていったのだ。彼女の誠実で実直な人柄が伺える。

 第二騎士団の連中なんて信者なのかと言いたくなるし、団長は頼れるパートナーとして扱っていた。

 そして何よりアーレンスだ。貴族である彼が、こんな山間い出身の、それも一回りも年下の娘に対し、副官のような態度だったらしい。この国の権威主義の貴族ばかり目にしていると、俄かには信じられない。

 宮廷魔導師の見習いや、見習い以下の候補生にも、彼女を慕うものは居たらしい。討伐や魔法の技術指導などで交流があったのだろう。


 それにしても悪魔か。アーレンスの話によれば、悪魔から魔法と魔法道具作製を学んだと思われる。そして十二歳の時には既に一人前の腕。

 ……と、いうことは。悪魔との契約は子供の頃のはず。そんな小さな内から、高度な召喚術が使えるとは信じがたい。

 そこから導かれる、最も考えられる結論……


 つまり彼女は、現在契約している悪魔を召喚などしていない。

 何らかの理由で、いや十中八九、召喚主を殺して世に出てしまった悪魔と偶然出会い、契約を交わしたはずだ。他の存在よりも悪魔は特に、召喚されて契約を交わさないと、この世界で能力を発揮出来ないと言われている。高位になればなるほど顕著らしい。

 悪魔を召喚した者が殺される事件は珍しくないし、未契約の悪魔に出会い契約に至るケースも耳にしている。


 総合して考えてみるに、その悪魔は自らの能力を使う為に子供だったイリヤと契約、そして見返りに知識を授け、なぜか未だに彼女を守っている……ということだろうか。子供だった彼女がどんな契約をしたのか、なかなかに興味深い。

 そして高位の悪魔ならば、配下に何かさせる為に召喚術も学ばせたに違いない。


 彼女の母親が紅茶を出してくれた。

 私は礼を述べ、湯気の立つカップを口に運ぶ。

「わざわざこんな所まで、ありがとうございます。先日も第二騎士団の副団長様とおっしゃる、とても御身分の高そうな方が来て下さって……」

 アイツ来てたのかよ。呼べよ私も。

 私一人でこの重い空気に耐えろと言うのか。人を慰めるのは苦手なんだよ。

「いえ、この度は私どもの方こそ、御息女をお守りできず……」

「……その方にも丁寧に謝って頂きました。もう十分です」

 ああ……つ……辛い……。これはまだ連絡はないな。


 ここまできて収穫なしではなあ。しばらく滞在するにも、宿も理由もない。

「あの、できればでいいのですが、御息女のお部屋を見せて頂けないでしょうか?」

「……え? 何故でしょう」

「実は今回の任務にあたって、少々気になる事がありまして。何か残されてないかと」

「はい……。まだ何もいじっておりませんし、構いませんが」 

 よし、なんとか少しは調査できそうだ。

 不思議そうにする母親の後について、奥にある彼女の部屋へ入った。あまり広くない部屋に、ベッドと本棚、小さな洋服ダンス。タンスに扉はなく、何着かの服が見えている。予想以上に質素だ。ベッド脇に置かれた木造りの小さな机の、引き出しが一つ開いている。その空っぽでむき出しになった底に、何かの落書きが見えた。

 あ、これ秘匿文字だ……。何してるんだ、この娘。さすがに後で消させてもらおう。もしもばれたら家族全員捕まるぞ。


 ちなみに本来の私の任務には禁忌の漏えいを防ぐことも含まれている為に、一応それなりの知識はある。知らなければ見抜けないからだ。ただし魔法の腕前は大したことがないので、私本人は知っているだけでろくに使用できない。


 呆れつつも壁に視線を移すと、ボードに貼ってあるものが見えた。彼女のメモ、風景の葉書、それから……

 覚えがあるようなソレを、私は凝視した。

 力ある名前が記入された正三角形で囲まれた、独特なマジックサークル。それから上の部分に組み合わせられた図式に、円の周りにある文字。肝心のマジックサークル内の文字があるはずの場所は丸く穴が空いているだけで、空白になっている。だがこれは。

 通信魔法じゃないか! 我々特務をこなす者の一部でしか扱っておらず、彼女はおろか宮廷魔導師長も知らないはずだ。アイツらが信じられないから、一部の研究員と開発したんだよ! 三角の中に丸というのは、異界と繋ぐマジックミラー技法の応用だからだ。同じ発想をしたようだ。

 し……信じられん才女だ。独学で仕上げたのか……。


「御母堂! これを外しても良いでしょうか?」

 私はいったん部屋を出た母親に、慌てて声を掛けた。

「姉さんの部屋、誰かいるの?」

 妹も帰って来たようだ。ちょうどいいので、二人にこの部屋に集まってもらった。


「……これは、いつ彼女が書いたものか解りますか?」

 二人はううんと唸って、目を見合わせた。

「確か、……去年の終わりに帰って来た時でしょうか? わりと最近でした」

「なるほど、解りました。面倒なので結論から言います。彼女は生きている可能性が高いでしょう」

「……は? 何を? 姉は討伐で死んで、遺体も見つからないと……」

 そこまで口にしたところで、ハッとして顔を上げた。

「この話は全て内密に……、それこそ彼女が生きているとすら気取られないようにお願いします」

 私はそう警告してから話を始めた。


「これは私たちが独自に開発し、秘匿している技術……通信魔法に酷似しています。いや、同じ効果があると考えて間違いがないでしょう。つまり彼女は、どこからか誰にも知られず、この家に連絡を入れる為にこれを残したのです」

 私はその紙を持って立ち上がった。そして机の引き出しにある、落書きをさす。

「更にこれは秘匿文字。旅を現します。この空白部分にこれを合わせることで、発動するようにされています。つまり、この家以外ではこの文字を知らない限り、通信ができない。よほど居所を知られる事を警戒していたんでしょうね」

「……では……、娘は……」

 大きく目を開いた母親の声は、震えている。

「生きています。そして、この通信魔法でいずれ連絡をしてくる筈です」

 良かった、と母子は手を取り合って涙を流している。喜ぶのはいいけど、まだ説明を聞いて頂きたい。


「我々の形式であれば、手紙という形で現れます。この場所にしっかりと留めておいてください。そして、誰にも知られてはなりません。この技術を知ってる者は限られているので大抵の人間は見たところで判断できないものですが、これは知っているだけで罪に問われる可能性があるものです」

「そ……、そうなんですか!?」

 二人とも驚いている。そうだろうな。まさかそんな技術の粋を、無造作に放り投げておくとは誰も思わない。机の引き出しからマジックサークルがチラリと見えたので、彼女の最後の作品だと思って、飾っておいたそうだ。説明する暇もなかったのかも知れないが、これでは発動しないじゃないか。せめて見られない様にと、注意くらいしてほしい。


「まさかこれを独自に開発するとは、とんでもないですよ……」

「そう言えば姉は、いいこと発見したーって、とても喜んでました」

「……そういう次元の問題じゃないんですがね」

 そんな軽く……。やった、これで妨害されないと男同士で抱き合って喜んでしまった私達が、バカみたいじゃないか。

 なんだろう、切ないな……。これで道筋が見えたので良しとするか。


「私はしばらくこの村に滞在しますので、連絡がありましたら教えて下さい。捜索に向かわねばなりませんので」

「……でも、それは……」

 ここまでして逃げた人間をわざわざ探すと言うのだ、不安にもなるだろう。きちんと伝えておかないと、連絡がきても隠されそうだな。

「無理に連れ帰ったりはしませんよ、様子を確認して事情を聞かねばならないんです」

 一息置いて、声を潜める。

「宮廷魔導師長に色々と疑惑がありましてね、その調査の一環でもあります。これは皇太子殿下が、直々に下された任務なのです」

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