第28話 元宮廷魔導師見習いイリヤというひと
中級ポーション、上級ポーション、中級マナポーションを作った私は、先に作ってあったハイポーションも一緒に持って、商業ギルドへ向かった。これらのポーションを登録する為だ。ギルド長に直接見せるように言われたと告げると、“伺っております”と言って、受付の女性がすぐに応接室に通してくれた。
そして今、ギルド長がそれをメガネのレンズ越しに真剣な顔で見ている。
一滴ずつ試験紙に垂らして、効果を確認しながら。
「……どれも効果が高い。しかも、近隣ではラジスラフ魔法工房でしか作られていない、ハイポーションまで……」
一本ずつポーションを持ち上げて、じっと真剣な目で眺めた。
「君は一体、何者なんだ?」
声を潜めて私に尋ねる。
「私は……」
「……待て」
いつもの設定を言い掛けたのを、椅子の脇に立っているベリアルが止めた。
「その者には真実を告げるべきであるな」
「ベリアル殿?」
私たちの会話を、ギルド長は静かに見守っていた。
「まずその者の立場。商業ギルドという特性を
ベリアルがギルド長に目を配らせると、彼は静かに頷く。
「しかもそなたはギルドに所属している身であろう。組織の長からの直々の問いに、偽りを申すのは頂けん」
「それはそうですね……」
確かに私も、皆にウソをつくのは心苦しい。でも自分ではどこまで話していいのかもよく解らない。相談に乗ってもらえる人は必要だと思う。
心を決めて、この人には本当の経歴と実力を伝えることにした。
立ち上がって右の掌を胸に当て、軽くお辞儀をしてから口を開く。
「私はエグドアルム王国において、宮廷魔導師見習いをしておりました。最高の回復薬とされるエリクサー、マナポーションの最高峰ネクタル、あらゆる病を治すソーマ、万能薬と言われるアムリタ。材料さえ揃えば、それらの物でも作製できます」
「魔法大国、エグドアルムの宮廷魔導師見習いだって!? しかも……本当にそんな、最上位アイテムが作れるのか!?」
「あ、あの、声が大きいですよ!」
声量が上がったギルド長を、慌てて嗜める。ギルド長はしまったと口を手で押さえ、メガネを直して姿勢を正した。
「……! すまない、驚いてしまって。……いや、私でもほとんど見た事がないので」
「……皆には研究員と告げていましたが、確かに研究所や実験部にはかなり入り浸っておりました。どちらも、宮廷魔導師の下部組織みたいなものでしたから」
「それがなぜ……」
「……色々あって、亡命したと申しますか。あの国は、庶民の魔導師には生き辛い国です。研究は好きなだけ出来ますが……」
思い出すだけで、まだちょっと暗い気分になる……。最終的にいい人達には恵まれたけど、辛い事も多かったし、このまま使い潰されそうな感じはしていた。それに、あの魔導師長。二度と会いたくない。
「……確かにエグドアルムに関わった人間が、貴族の選民思想に辟易すると言っていたな。よほどひどいんだろうな。……話は変わるけど、アイテム作製以外にはどのような事が?」
私が辛そうにしちゃうから、急いで話題を変えてくれたのかな。
気持ちを切り替えて、丁寧に答えるよう心掛けた。
「そうですね。魔法は得意と自負致します。討伐の任務もありましたし、御存知の通り魔法付与もできます。召喚術も修めました。回復魔法は他の魔法に比べ、まだまだ未熟でございますが」
「回復魔法は、あまり使えないのかな?」
「上級でも使えますが、効果が薄くて」
「……十分使えるに入ると思うが」
それでは得意な魔法はどれだけできるんだとギルド長は苦笑いを浮かべ、ゴホンと咳ばらいをした。
「実は今、タチの悪い店が進出してきているんだ。ビナールの店にも妨害をしているらしい。君が上級以上のポーションを作れることは、絶対に知られない方がいい。このポーションは、こちらからビナールの所に運んでおこう」
どうやらそのお店が、あの粗悪な魔法付与をしたらしい。この町には稼げない冒険者もいるので、そういう人たちを用心棒に雇って強引に商品を売ったり、職人を脅すような真似もしているという。
そんなことをしていたら、余計に商品が売れなくなりそうだけど……。
「話してくれて良かったよ。君のような立派な魔術師が憂いなく活動できるよう、私どもも尽力しよう。何でも気軽に、私に相談に来てくれ」
ギルド長は、私の手を握って何でも相談してほしいと言ってくれた。とても頼もしい。
「ほれ、もう益があったろう」
さすがベリアル! 人を騙す人は、相手をよく観察しているものよね。
「それにしてもこれだけ作れるんだ、職人ランクは上級にアップできるね。マイスターは実績が必要だから、まだあげられないけれど」
「もう上級にして頂けるんですか? まだ登録したばかりですが」
「勿論、上級の条件はクリアして余りあるほどだ」
ギルド長は私のポーション達を一つずつ持ち上げて揺らし、満足そうに頷いている。ポーション作りは得意なので、認められてとても誇らしい。
ポーションを置いたギルド長は、ベリアルに視線を移した。
「先ほどから君にアドバイスをくれているけど、彼は護衛じゃないのかい?」
「失礼しました、紹介が遅れました。彼はベリアル、私が契約している悪魔でございます。」
「……悪魔っ! 君、召喚術もそんなに使えるのか!?」
緩くカーブした赤い髪に、ルビー色の眼と爪。端正な顔立ちをして涼やかな声で喋る。軍服のような黒い服は丁寧に仕立てられていて、さりげなく飾られた宝石が高級感を煽っていた。ブーツの靴音は心地よく響くし、優雅で威厳に満ちた所作をする。
とても簡単に呼び出せる類の悪魔ではない事は、一目瞭然だろう。
ふうと一つ、ため息を落とすギルド長。
「君なら賢者の石でも、作れそうな気がしてきたよ」
「まさか。賢者の石は、まだ完成させておりません」
「……まだ、完成……?」
そこで止まってしまった相手の様子に気付かず、私は失礼しますと笑って応接室を後にした。
ギルドを出ると、ベリアルが堪えきれないというように笑い出す。
なんだろうと訝しんでいると、ニヤリと笑って私を見た。
「そなた、あれでは途中まで出来ていると、自白しているようなものだぞ!」
「っあ! また失言を……!!」
やってしまった!
……でも、もう色々暴露しちゃってスッキリしたし。いいかな!?
「ところで前々から気になっておったのだが、そなたの申すセビリノとは、どういう者であるかな?」
一通り笑ったベリアルが、唐突に話題を振ってきた。セビリノの話をしたことはあっても、確かに直接会わせてはいない。エグドアルムで一番一緒に居た人だから、よく会話には出て来ていたかも。
「セビリノ殿ですか。共に研究したり、協力して討伐任務をこなした方です。研究所で朝まで討論した事もありましたね。楽しかったなあ……」
「……それが楽しいのかね? そなたは同等のように話しておるが、本当にそうであるか?」
あ、ひどい。何を疑ってるんだか!
「同等ですよ! 貴族で正式な宮廷魔導師なのに威張ったところがなくて、私の意見も聞いてくれて、何事にも真剣に取り組む、とても立派な方です!」
「……我らが知識と技術を与えたそなたに、一介の魔術師が簡単に追い付くとも思えんのだがな」
「一介ではないですから、国の最高峰の魔術師でいらっしゃいましたから!」
私は手ぶりを交えてセビリノの素晴らしさを説明したが、ベリアルはもう興味がないらしく、ほとんど聞いてくれなかった。
自分から振った話題なのに!
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