二章 Let's Go 防衛都市ザドル・トシェ

第27話 タリスマン

 久しぶりのレナント!

 戻ってきた私は、早速アレシアの露店へ向かった。アレシアとキアラが、いつものように仲良く店番をしている。

「ただいま、アレシア、キアラ! 大収穫よ、とてもたくさん薬草が仕入れられたわ!」

「お帰りなさい、イリヤさん。無事で良かったです。じゃあ、中級ポーションは……」

「勿論作れます。エルフの森はとても色々な薬草が生えているのね」

「ねえイリヤお姉ちゃん……? 盗賊に掴まったり、したの?」

 何故知っているの⁉ キアラがジトッとこちらを見ている。


「その……ちょっと油断して」

「やっぱりイリヤさんだったの⁉ 冒険者の人が、悪魔が盗賊を壊滅させたって噂してたって……」

「……ベリアル殿です。全部壊して助けて下さいました……」

「「それ助けてるの!?」」

 やっぱり二人ともそう思うよね!

「そなたがプロテクションをすると、解っていたからではないか」

 ベリアルは涼しい顔をしている。さすがに悪魔の王だ。悪びれる所が一切ないぞ。


 他にもエルフと会った事、報奨金が出た事、ラジスラフ魔法工房で作業させてもらえた事、そして新しいお友達が増えた事を話した。

 お話だけして露店を後にし、その足で商業ギルドへ向かう。ポーションを作る施設を借りる為だ。

 何度か自分でも借りているので、すっかり慣れてきたよ。


 受け付けでいつもと同じ水色髪の女性に確認すると、明日一日空いているそうだ。これで色々作れる!

「空いていますけど、大丈夫ですか? 丸一日なんて……疲れちゃいませんか?」

 心配されている。いい人だ。この女性はいつも親切にしてくれる。

「問題ありません、アイテム作製や研究は好きですので、むしろとても楽しみです」

「……そなた、家を持つべきではないかね?」

 唐突にベリアルがそんなことを言って来た。確かに、住む場所があればそこで毎日でもポーションが作れる。魔法付与もできる。

 お金も貯まってきたし、頻繁に場所を借りるのも申し訳ないので、その方がいいかも知れない。


「イリヤ様なら、すぐに資金が溜められそうですね。その際は当ギルドにご相談ください、物件を紹介できますよ。賃貸もあります」

「それは幸いです。近い内に、相談させて頂きたいと思います」

「決まりであるな! 我に相応しい宮殿を用意させよ!」

 またベリアルがとんでもない事を……、いや本気かも知れない。地獄では宮殿に住んでるみたいだし。掘りを作って水ではなく炎を巡らせ、部下に管理させていると聞いた気がする。

「きゅ……宮殿のご用意はありません……」

「すみません、気にしないで下さい。アイテム作製ができるのであれば、小さな家で十分です」


「ところで……前々から気になっていたんですが、このベリアル様と仰る方は、どういう方なんですか?」

 受け付けの女性が小声で私に聞いてくる。確かに、よく一緒に居るのに家族には見えないだろうし、かと言って護衛というには偉そうな態度だし、宮殿とか言い出すし、不思議に思うのも当然だろう。

「彼は私が契約している悪魔です。その為、人間とは感覚のズレがあるようですね……」


「だから! こんなんじゃ困るんだよ‼」

 突然、向こうで男性の怒鳴る声がした。

 どうやらある商店でプレゼント用のブレスレットに水属性強化の魔法付与をしてもらったが、ほとんど効果がないらしい。お店に訴えても取り合ってもらえないだけじゃなく、用心棒のような二人の男が現れて、言いがかりをつけるなと脅されたのだという。

 酷い店もあるものだ。トラブルはギルドで相談に乗ってくれるとは聞いていたけど、これじゃさすがにギルドの人も可哀想。


「差し支えなければ、そのブレスレットをお見せ頂けませんか?」

 私はなおも騒いでいる男性に声を掛けた。

「は? なんだよ、お前が何とかしてくれるっていうのか⁉」

「ええ、ここで声を張り上げていても、何も解決いたしませんから」

「……お前も詐欺の仲間じゃないだろうな」

「お客様、こちらは当ギルドの認定を受けている職人、イリヤ様です。彼女の腕はギルドで保証いたします」

 喚き散らすばかりの男性に困り切っていた職員が、私について説明してくれる。それを聞いた男性は、疑い半分という感じではあるが、問題のブレスレットを渡してくれた。


「……せっかくのアクアマリンなのに、これでは付与しない方がいい程です。見たくもないような、いい加減な仕事ですね。こちら、私にお任せ頂けますか?」

「だろ⁉ 酷いよな! ……アンタ、どうにかできるならやってくれるか?」

 それにしてもこの石と共に飾ってある、五芒星のプレート。これも使えるわ。

「勿論です。水属性の強化で宜しいですね?」

「ああ。彼女は、水属性を強化させる、強い護符が欲しいって言ってたんだ」

「承りました。水属性強化に特化した護符ですね。この石とプレートならば、可能です」 

 やけに突っかかると思ったら、彼女さんへのプレゼントだったのね。きっと、無理して買ったんだろうな。

 そう言えば私、恋愛ってしたことないな。


 私はテーブルを借りて、魔法円を書いた紙を取り出した。

 男性も近くの椅子に座り、ギルド職員や騒ぎを聞いていた商人などの客も、こちらの様子を窺っている。

「ベリアル殿、ここにこの文字を刻んで頂けますか?」

 私が紙に図案を示すと、ベリアルが渋い顔をした。

「……そなた、コレを我にさせるのかね? 悪魔たる、この我に」

「お願いします、他に出来る方を知らないのです」

「そなたの方が悪魔のようであるわ」

 かなり嫌そうね。早く彫金職人を探そう。


 ベリアルがプレートに手を翳すと、誘われるように細い煙が上がった。

 そしてまるでペンでサラサラと書くように、五芒星の周りに文字が刻まれていく。

 神聖なる神の名前を表す言葉、TETRAGRAMMATON。

 さすがに神聖四文字そのものはやめた。怒られる。

 私はコレをアミュレットの強化版ともいえる、タリスマンに仕立て上げるつもりだ。


 文字を写し終えたベリアルが、アクアマリンに向けて何かを掴むように手を軽く握る。付与された魔力が途切れていくのを感じた。

「ありがとうございます、それにしても、ずいぶん定着の悪い付与ですね」

「魔力という程の力すら感じん。なんとも粗末なものよ」

 さっきまで息巻いていた男性は、おとなしく状況を見守っている。他にも皆が遠目に見ているのが解る。

 やりづらいけど、仕方ない。この状況で失敗をしたら恥ずかしいので、とにかく作業に神経を注がなくては。

 最初にプレートとアクアマリンを浄化をしてから、呪文を唱え始める。


「アプスーの寝所より来たれ、海より深きに眠りし清水よ。泡沫うたかたの夢より目覚め、ここに神殿を打ち建てよ」

 まずはアクアマリンに水属性の魔法が効果を上げるような魔法を付与。それからプレートを魔法効果上昇タリスマンに仕立て上げて、二つに相互性を持たせる。


「御身、いと聖なるアドナイ、我が声を聞き届け給え。天の祝福、地の恩恵、たゆまぬ水の営みよ」


「あの呪文……アミュレットじゃなくて、タリスマンなんじゃないの⁉」

「え、でもそれってこんなところで、あんなすぐに作ります?」

「普通はもっと準備して慎重にやるわよ! さっきのベリアル様にも驚いたけど、イリヤ様もすごい……!」

 受け付けの人たちが噂している。近くにいる商人や職人は、何か用事があったはずだろうに、そっちのけで私の魔法付与を見ている。

 

 指で五芒星を切った。

「森羅万象のことわりをこの護符の内に映したまえ。啓蒙の光、黎明の虹、如何なる邪をも跳ね返す、力と徳とを内包せしめよ。内なる波を支配するすべを授けたまえ。」


 プレートが白い光に包まれる。完成だ!

  

「……はい! できました。水属性強化の効果を持つタリスマンです」

 私は一息吐いて男性に出来上がったばかりの護符を差し出した。

「た……タリスマン……?」

「強い護符と言えば、タリスマンでは? 宝石に強い水属性強化、プレートに魔法強化を入れたので、効果は期待できると思いますが」

 男性はなぜか受け取るのを迷っているようだ。これ以上この宝石には無理、というくらいしっかり魔法付与したのに。なんだか周りもざわざわしている。


「……まあ、やるとは思っておったが。良いかね、イリヤ。この者は“効果の強いタリスマン”を望んでいたのではない。あたかもタリスマンのような“強い属性効果”を、望んでいたのだ」

 なぜかベリアルの講義が始まった。

「……と、言いますと?」

「そなたはやり過ぎておる。故に困惑されておるのだ。」

「ええっ⁉ じゃ……これは、どうしたら?」  


「おい、どうしたんだ? 騒がしかったり急にしんとしたり……」

「あ、ギルド長!」

 奥の扉が開いて、メガネをかけた壮年の男性が顔を出す。いつもと違う様子が気になったようだ。

 ギルド長と呼ばれた男性は、受付の女性に連れられて私たちのテーブルにやってきた。そしてそこで事の顛末の説明を受けると、私たちに応接室に来るようにと言って、私たちを案内してくれた。


 ギルド長は私が魔法付与したタリスマンとアクアマリンを見て、これは素晴らしいとやたらと褒めてくれている。そして、対価を受け取るべきだというのだ。男性がブレスレットを返される時に躊躇したのは、高い金額が取られるものだと思ったから、らしい。

「いえ、別にお金が頂きたいわけではないんですけど……」 

 私が困惑していると、ギルド長は何かを確かめるようにタリスマンに触れた。

「これは、かなり高度な付与をしてあるね。目撃した者も多いから、無料ではまずいだろう。自分も無料でやれ、という者が出るかもしれない」

 そういう事を言いそうな人物も見ていたから、と付け加える。


 盲点だった。確かに、一人だけ無料というのもズルいかも知れない。

「……というわけで、ここなら誰も見ていない。とりあえず少しでもお金を受け取っておいて、高くついたと君が言ってくれればいいんだ」

「え? それでいいんですか」

 男性が目を瞬かせた。なるほど、その為に個室に案内したんだ!

「はい、……そうですね、夕食代くらい頂けたらそれで十分ですよ」

「君も欲がないね」

 ギルド長は優しく、でも少し困ったように笑っている。


 話し合いがついて、男性は喜んで帰って行った。

 お金を受け取った私が、ギルド長にお礼を言って帰ろうとすると、ギルド長が思い出したように、今日は何の用で来たのかなと聞いてきた。ポーションを作る為に施設を借りたい事、明後日それを登録に来る予定だと告げると、完成品を見たいから、来たら声を掛けて欲しいと頼まれた。

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