第26話 レナントへ帰ります

 剣身を外して、彫金職人に私が書いた下絵を元に、剣の表と裏に彫りを入れてもらう。私は魔法円を出し、柄にあしらえられた宝石に魔力の補充と魔法付与を行うことにした。

 攻撃力上昇を最大限に引き出して発動条件を追加、氷魔法の籠められた宝石にも発動条件を追加する。そしてもう一つの何も付与されていない宝石には、氷魔法の補助と制御を入れる。これが、先ほどベリアルが僅かな時間に外から行った操作だと思う。

 剣本体には耐久性向上を付与しておく。

 私も実際に付与する前に試せればいいのだけれど、ただでさえ武器の扱いは苦手なのだ、この三つ操作を一気に行うのはさすがに難しい。


 完成した武器をノルディンが使ってみると、斬った後に二秒弱ほど遅れて完全に氷結し、剣に魔力で合図を送れば、それは粉粉に砕け散る。

 できた……! これだ!


「すげえ武器が出来たな……」

 ラジスラフも感心している。でしょう! この理論は素晴らしいわ!

「これは凍らせる信号を阻害することもできるし、コレで……」

 私はノルディンから剣を借りて、床に剣先を付けた。そして氷魔法の籠められた石に魔力を送り、発動させる。すると剣先から様々な大きさの氷柱が床を走って、試し切り用の棒に届くと、その棒は一気に氷に覆われた。

「よし、問題ないわ!」

「切れ味も前と比較にならないくらい良くなったし……、凄すぎるなこれ!」

 どうやらノルディンも気に入ってくれたらしい。

 魔法付与の職人ベイルと工房主のラジスラフも、しきりに剣の出来を褒めてくれた。



 私は作業を終わらせて、机の上を占領している資料を片付けることにした。思わず全部出しっぱなしになっている。夢中になると周りが見えなくなるのは、本当に悪い癖だと思う……

「イリヤさんよ、できればコレをメモさせてほしいんだが……」

 申し訳なさそうにラジスラフが声を掛けて来る。

「全部とは言えませんが、構いませんよ。どれにいたしましょうか?」

「まずは、さっきの剣に付けた耐久性向上が欲しくてよ」

「こちらですね。これは氷耐性を余分につけているので、こちらの方が汎用性があります」

 私はテーブルに散らかしっぱなしになっていた紙から、該当の物を探して親方に渡した。親方は嬉しそうに受け取って、近くにいたベイルにメモの用意をさせている。場所を借りたんだし、このくらいは何でもない。彼が知っているものより、ちょっと効果が強くなるくらいだろう。


「それと昨日の、魔核を粉にした魔法が知りたいんだが……」

「では書きだしておきます。これは私が、同僚のセビリノ殿と仰る方と開発した魔法なんですよ。とても便利なので、みなさんでお使い下さい。そうでした、水の浄化についても記します」

 この二つは本当に使えるし、むしろ皆に広めたいのよね。いい方法はないかな。

「魔法を開発!? そんなこと、できるのか!??」

 ラジスラフ親方が驚いて聞き返してくる。他にみんなも、目を見張っていた。

「えと、以前、研究所に勤めていましたから。現在は隣のチェンカスラー王国のレナントという街を拠点にしております。お近くにいらっしゃる際は、是非お声がけください。私もまたこちらに伺わせて頂きたいと思います」

 少し魔法付与の話などをしてから通り一遍の挨拶をして、工房の皆に別れを告げた。



 私は楽しく過ごせてよかったが、レンダールは自分の武器も頼めば良かったとガッカリしている。彫金はともかく魔法付与ならできるので、いずれレナントに会いに来てねと伝えた。

 明日には報奨金がもらえてここを発てるので、ついにこの街ともお別れだ。


 夕飯はまたノルディンとレンダールと一緒にとることにした。宿も同じだし、ちょうどいい。

 ノルディンは剣の出来がよほど気に入ったらしく、とてもご機嫌だ。

「魔法まで開発してしまうとは……エグドアルムの宮廷魔導師は、優秀なんだね。」

「ありがとうレンダール、私は単に研究が好きなのよ」

「それは解るな。俺の剣を考えてくれてるとき、むちゃくちゃ活き活きしてたぞ」

「くく、全て言葉に出ておったしな」

 ええ!? 私、全部喋ってたの!? 驚いて首を振ると、三人とも笑っている。どうやら本当のようだ……

 そういえばレンダールはベリアルに緊張していたみたいだけど、今はだいぶ和らいでいる。工房で二人ともしばらくいなかったし、何か仲良くなる切っ掛けでもあったのかしら?



 次の日の朝食も宿で4人で一緒に食べた。二人はこれから残りのメンバーと合流し、今後の予定を決めるらしい。しばらくはチェンカスラー王国の付近に居る予定らしいので、また会えそうだね。

 私達が報奨金を受け取って用事を済ませてから、街の外で二人とはお別れ。とても楽しかった。


「どうせだし途中まで送ってこうか?」

「大丈夫よ、ほら」

 ノルディンの申し出を断って、竹で出来た特殊な笛を吹いた。

 すると山からワイバーンが大きな翼を広げて現れる。エルフの森で待っていてくれたらしい。

「……ワイバーン! これは、もしかして!」

「当たりよレンダール! この子で帰るの。可愛いでしょ?」

「え……かわ……?」

 ワイバーンに乗って、空へと翔け上がる。地上で二人が手を振ってくれているのが見えた。

 二人の姿はすぐに小さな点になり、川を超えていつもの街が近づいてくる。

 しばらく飛んでいると、隣を飛行するベリアルが、なぜか疑わしげな目で話しかけてきた。

「……そなた、ワイバーンを可愛いと思っておったのか?」

「え? 可愛いじゃないですか。いい子ですよ」

「……そなたの感覚は、我には解らんわ……」

 懐いたら可愛いと思うんだけど。




「あ、ラジスラフさん! 見ましたよ~、昨日! Aランク冒険者が訪ねて来るなんて、さすがですね!」

 イリヤを案内した若い兵隊が、街で買い物をしていたラジスラフに声を掛けてきた。

「Aランク? そんなすげえの来てたか?」

 確かに工房には、たまにAランクやBランクなど上位の冒険者に、国の騎士も訪ねて来るが、昨日と言われても特にこれと言った人物は思い当たらない。 

 ラジスラフは片手で食べられるホットドッグを買って、そのままかぶりついた。


「知らなかったンすか!? イリヤさんと一緒に居た、Aランクのノルディンとレンダール! 背の高いごっついのと、金髪のキレイな兄さんですよ!!」

「……!! はあ!? あいつら、Aランクだったのか!? どうりで装備の質がいいと……!」

 昨日の様子を思い出して、むせそうになる。イリヤは普通の友達のように接していたし、二人ともAランクだと名乗りもしなかった。だから、まさかそんな高ランクだとは思わず、ごく普通に接してしまっていたのだ。Aランクともなれば、さすがにいつもよりも丁重にもてなすと言うのにと、小声でぼやく。

「そんな人と一緒に居て、イリヤさんって何者なんですかね。あんな怖い悪魔と契約までしてるし……」

「……悪魔? 悪魔って、悪魔か?」

「悪魔ですよ、あの赤い髪の人。それも知らなかったンすか……? 大丈夫でした? 昨日……」

 ラジスラフは手に持ったホットドッグを落としかけて、慌てて気を落ち着ける。

 しかし続く言葉は更に強烈なものだった。


「あのベリアルって悪魔が、一人で盗賊の拠点を壊滅したンすよ……!」

 あわれホットドッグは手から零れ落ちて、齧られたウィンナーとレタスが空しく地面に転がった。

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