第35話 エグドアルム王国side(5)

 私は村に疑念を持たれずに居座る為に、まずはこの地方の領主の館へと向かった。老年の領主は快く私を迎え入れてくれて、突然の訪問であるにも関わらず、歓待を受けた。


“皇太子殿下が、犠牲になった宮廷魔導師見習いの女性に深く同情していらっしゃる。せめて実家がある村の状況を確認し、亡くなった彼女に憂いがないよう私を遣わされた”という話もすぐに信じて、何日でも滞在していいよう取り計らってくれるという。

 よし、チョロい。チョロい。

 イリヤ嬢の捜索に関しては私に全権が委ねられているから、好きなようにやらせてもらえる。


 私、エクヴァル・クロアス・カールスロアは、一日だけ領主の館に宿泊して現状を聞き、現在は件の村で村長宅に滞在させてもらっている。

 十五歳になるという村長の孫娘の、赤紫の目がくりっと大きくとても可愛らしい。花柄のワンピースも似合っている。

 やっぱり年寄りの家よりこういう可愛い子がいる家だよな。領主の館はメイドもベテランの年配女性ばかりで、嫌とは言わないが、村に滞在すれば様々な年齢とタイプの女の子に会えると思うんだ。


「カールスロア様、どちらに行くんですか?」

「今日はワイバーンを討伐に。キノコ狩りに行かれた方が、遭遇したと走って来たからね」

「気をつけて下さい……、ましね!」

 この少女の敬語の使い慣れてない感。いいね、可愛いな! 新鮮だ。

 手を振ってくれているのも嬉しいね。


 この村はワイバーンが繁殖する谷に近いらしく、ある程度倒してもまた出て来るそうだ。すみれの君は、ここでワイバーン退治の経験があるんだな。道理で最初から恐れないわけだ。

 いや、普通はそれでも群れで来られたなら恐怖を感じるか。

 鉄の意志を持ってるなあ……。


 私は森の中を散策し、遭遇したと教えられた場所まで来た。その場にはいなかったが、更に奥へと進んだところで、太い枝から飛び上がるワイバーンを発見。

「……飛躍!」

 ブーツにかけてある魔法を使う。空を飛ぶ飛行魔法は使えないが、高く跳び上がるだけの飛躍の魔法ならば、仕込んでおけば制御できる。

 ワイバーンの高さまで跳び、剣で一気に切り裂く。

 羽の付け根から腹を裂いて尻尾の近くまで大きく傷を作ると、私が着地するより早く巨体が地面に叩きつけられた。

「よし、好調だな」

 皇太子殿下直属の親衛隊の一員である私には、この程度は朝飯前だ。

 殿下のご学友であるが故、こうやって殿下の手足になる仕事を気軽に任されて、今では特務隊の一員のようになってしまっているが。

 あの方は、優しい顔して人使い荒いんだよな……。

 “私の側近なのだから、下級の竜くらい一人で倒せるよね”と言った、あの笑顔が忘れられない……。私だってそんな無茶は言わない。いや、倒せたけども。


 さて、この村。もともと山奥にオーガが住んでいるだの、何処かに竜がいるだの、物騒な話が昔はあったようだ。

 しかし現在調査したところで、特別に危険と思われる存在は確認できなかった。

 元から存在しなかったというよりは、討伐されたという感じがする。例えば巨大な竜の鱗が落ちていたり、オーガが持っていたと噂されている品が洞窟に残されていたり。

 討伐を実行したのは、すみれの君ことイリヤ嬢か、契約した悪魔か。

 あんまり考えたくないな……。


 そんなこんなで村での生活にも馴染んできた頃だった。

 何か仕事がないかと広場を歩いていると、若い女性が息を切らして駆けて来る。

「あの、姉から手紙が……!」

 こっそりと耳打ちしてきたのは、彼女の妹のエリーだ。薄紫の髪とアメジスト色の瞳は、彼女と全く同じらしい。

 とにかく彼女と一緒に自宅へ急行した。

 そして通信魔法で送られてきた手紙に書かれていた内容は、こうだった。



 『前略


 お母さん、エリー、お元気ですか。

 イリヤです。秘密にして欲しいのですが、私は生きています。

 たくさん心配を掛けてしまって、本当にごめんなさい。

 できればもっと二人を助けたかったのだけれど、私が宮廷で過ごすのは限界だと感じていました。

 誰にも相談せずに我がままを通してしまったことを、お許し下さい。

 今は新しい地で生活を初めて、この暮らしにもだいぶ慣れてきました。

 お友達も増えて、とても楽しく過ごしています。

 ちなみに魔法道具を作る職人として、商業ギルドにも登録しました!

 

 住まいはチェンカスラー王国のレナントという町です。ここは雪が降らないそうです。

 自分で好きなところに薬草を採取しに行ったり、ポーションを作ったり。

 自由という言葉の意味を知った気がします。

 

 怒っていて私を許せないかも知れませんが、またお手紙します。

 では、お体に気をつけて』



 ……チェンカスラー王国!? ずっと南だよね?

 なんでわざわざ、そんな遠くに!??

 え、これ私が行くの? 行かなきゃならないの……!?


 母と娘は手紙を見て生きていてくれたと泣きながら喜んでいるが、私はそんな気分にはなれなかった……。

 殿下にお任せ下さいとか言ってしまった。隣国にいるのかな、くらいに考えていたよ。

 才女を甘く見ていたな……。逃げるとなったら徹底的だ。

 ちなみに読んだのは、文字を教わった彼女の妹だ。母親はほとんど読めない。山間の村なんかだと、識字率はまだまだ低いからね。


 うう……。馬ではキツイな。戦闘能力があって速度が速い、白虎でも召喚して契約しようかな……。体力もあるらしいし。

 母娘には私が向かうから手紙があれば渡しておく、と伝えた。さすがに通信魔法の利用方法は教えられないので、受け取る専用にしてもらう。本来ならこれもダメなんだがね。


 こうなっては仕方ない。村長に出立することを告げ、領主に挨拶を済ませてから、チェンカスラー王国への旅の準備を始めるのだった。

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