第34話 THE★悪魔召喚(ウルバーノ視点)
テナータイトの朝は騒がしい。物流が盛んらしく、朝からやっている店も多いので、住民も朝食を外食にする人が多いそうだ。僕は契約している天使のカシエルと共に宿から出て、朝食を屋台で買って、道の端に置いてある椅子に座って食べていた。
「ウルバーノ、あれは何をしている?」
西門付近の宿の近くで、人が集まって何かを見物している。
止めてあげなよ、と気遣う女性の声。何があったんだろうと人の間をすり抜けると、三台の馬車と護衛やお供らしい人々が何人も、困った顔をして立っていた。荷馬車の後ろで中年の男が何やら小悪魔を責めている。
「これは注文された品だぞ!! なんてことをするんだ!」
「仕方ないじゃないか! 俺はそんなに持てねえよ!!」
「こっちは契約してるんだ!」
商人は自身が召喚魔法を使えるらしく、契約した小悪魔を殴り飛ばした。
重そうな壷を積ませようとして、壊してしまったらしい。だからって、乱暴するとかないよな…。
「失礼ですが……貴方は召喚師では? このような振る舞いをなさるのは、契約には含まれないものですよ」
突然間に割って入ったのは、昨日まで一緒の隊商に居たイリヤだ。悪魔と契約してるだけあって、肩入れするものだ。いや、そうでなくても弱い者いじめは頂けないか。天使であるカシエルも、眉をひそめている。
男は嫌悪を隠さない表情を向けた。
「関係ないやつは黙ってろ! こっちは商品を壊されたんだよ、だいたい契約ってのは相手を従えるもんだ! だから俺が、何をしたって勝手だろう!!」
「……その発言は、全ての魔術師、召喚術師に対する侮蔑です。取り消しなさい」
おお、最後は命令口調だ。ちょっとかっこいいぞ。
「はあ? なんだお前、お前が術師を代表してるとでもいうのか!? こんな小悪魔の為に!」
「召喚の際は敬意を払うべき、そして契約は対等であるべき。それが召喚の術です」
これが彼女の持論なのか。確かに納得だ。僕もその考え方には賛成する。
しばらく平行線の言い争いが続いた後、その商人はとんでもない言葉を言い放った。
「なら、その術を使って立派な悪魔でも呼んでみろ! そしたら認めてやるよ」
「……そう仰るならば、お見せいたしましょう」
ヤバイ方向に話が流れたな……。
ていうか、召喚する前に立派な悪魔がいるじゃないかと思ったが、よく見れば彼女一人だ。悪魔がいるから強く出たわけじゃなかったらしい。
「止めた方がいいのではないか? 彼女は、爵位のある悪魔と契約してるだろう。また
カシエルの心配も最もだ。しかし彼女は、すでに道具を取り出していた。
大人しそうな顔して、やると決めたら早いな……!
紐の片側に先の尖った棒、もう片側に召喚術で使うペンを括り付けたものを持ち、棒を石畳の隙間に差し込む。そして紐をピンと張って円周を描くのだ。これが外での円の描き方。二重に円を引き、コンパスで方角を確認する。
それから中心に
これは対象を召喚するための、言うなれば座標だ。この場所に、召喚したい相手を喚び出す。普通のヤツはこんな丁寧に書かないもんだが。
「何かヤバいモンが出たら、僕達で対処しよう。そのうち、あの悪魔も気付いてくるだろ……」
「悪魔に頼るのは心外だが、魔の者とはいえ力弱い存在に暴行を働くと言うのも、見ていられんものだしな……」
意外と優しいんだよな、こいつ。戦士以外には。
次に召喚用の
魔法円には中心に四つの方角を角にした四角形が描かれ、東西南北に六芒星が記されている。周囲には力強い名前や文字にちょっとした模様、円周も特殊な文字がびっしりと書き込まれている。
用途は召喚師の身を守るものだ。悪魔を召喚した時に、その円の中に居れば危害を加えられない。しかしその為には正しい魔法円を描き、正しい呪文、作法で入らなければならない。そして敬意を払い高位の存在と交渉をする。
これが本来の召喚術。儀式魔術と言われる
香やキャンドルを使う事もあるが、これは気持ちを鎮めたり、体内のプラーナを統制して魔力を安定させる効果で使うので、なくても問題はない。
彼女の魔法円の外側にも、キャンドルの正しい配置は書き込んである。
「あのイリヤという女……。達者なのは口と魔術だけではないようだな。アレは完璧な
「本当か!? 僕でさえ、まだそこまではいかないのに……!??」
いやちょっと待て。その完璧な魔法円に入って喚び出すのは、どんな存在だ……!?
やばいぞ、危険な香りしかしない! ていうか危険なのは、彼女以外の全てだよ!!
イリヤは指揮棒のような長さの六角形の棒を手にしていた。何か文字が刻んであって、底には
「大いなる御名の方、円に降り立ちませ」
最初に東を向いて、
「我が声は東の門の鍵となる」
続いて南、西、北の順に向き直り、また東を向く。
「栄光の内に我も入らん」
「始まってる……。手際が良すぎるぞアイツ。止める暇がなかったよ……」
「同感だ。どんな手練れだ、あの人間は……」
完成されたお手本のような、見事なまでの手際だ。こんな状況でさえなければ、じっくり学ばせて頂きたいところなんだが。あまり人を褒めないカシエルでさえも、同じ感想のようだ。
「呼び声に応えたまえ。閉ざされたる異界の扉よ開け、虚空より現れ出でよ。至高の名において、姿を見せたまえ」
幾度か呼びかけを続けると、やがて座標となった円から風と煙が現れ始めた。徐々に煙は厚くなり、人に似た姿へと変化が生まれる。
出たぞ……悪魔だ。
髭を生やした男の顏で、背は高くガッチリとした体形の、大柄の男。ひゅううと空気が冷たくなったように感じた。
悪魔の姿を確認するより早く、イリヤは膝をついて頭を垂れた。
「人間の女……。貴様、この俺に何用だ」
「……お呼び立ていたして申し訳ありません。そこなる商人が貴方様の眷属へ暴行を働いた上、召喚をして見せろと言うのでお見せいたしました。つきましては……」
「な、なんだ女! 貴様も召喚師なら堂々としろっ! そんなもので召喚……」
商人がイリヤを罵ろうと叫んでいる途中に、悪魔から魔力を帯びた強い風が吹く。
カシエルが僕の前に立ちはだかって庇ってくれたが、商人や他の見物人達は、転んだり吹き飛ばされたりしている。商人の馬車さえひっくり返る始末だ。魔力を帯びた風に、耐性のない者は体調を崩すかもしれない。
しかしその中にあっても、イリヤは髪の一筋すら動いていなかった。
魔法円の防御が完璧だ……。
「……なるほど女、それなりに実力はあるようだな。話くらいは聞いてやろう」
あの悪魔も少し感心したようだ。わりと理性的な悪魔だな。
「まずは貴方様の御名をお教え頂きたく存じます」
召喚術としては呼び出しただけではなく、名を聞いて契約まで結ばなければ成功とは言いがたい。しかし契約まで一気に行くのは、下位の存在でなければ、よほど利害が一致しない限り難しい。
今回は契約はともかく、名前を聞いて送還くらいまで出来れば妥当か。
「……断れば、どうするつもりだ?」
「……忍耐強くお尋ねするしか、ございませんね」
そう言ってイリヤはカバンから何かを取り出した。そして真っ直ぐに立って、悪魔を見据える。
「精霊の力、この符に宿れり。万能章よ、大いなる偉力を余すことなく発揮せよ! 汝、悪魔よ。名を告げよ!」
「く……」
万能章という物からは魔力が立ち昇るように溢れ、イリヤの持つ召喚用の棒に集約されて、魔力が何倍にも増幅されている。その力が言葉に乗り、悪魔に対する支配力の波となって押し寄せているのだ。
「そなたの名を告げよ!」
「……ルキフゲ・ロフォカレ……。地獄の長官である!!!」
名乗った……! なんだこの魔力、何が起きてるんだ!?
木組みで六芒星の形が作ってあり、中心にはミスリル版にTに似た文字。六つの頂点には、一つ一つ文字がある。
「万能章ってのは、なんだ!?」
「あれは、あらゆる護符の頂点と言われる、力強い護符だ! あんな切り札があったのか!!」
さすがにカシエルは知っていた。通常持っているような品ではないらしい。アイテム職人と言っていたが、もしかして、自作? こんなに効果抜群なアイテムを!? 僕も欲しいっ!
「ぐおおおお!!!」
悪魔の咆哮だ。悔しかったんだろうな。
一層の強風が吹き、建物から何か飛んで行ってしまうのが見えた。見物人の中には慌てて逃げだす奴もいて、悲鳴が飛び交っている。僕ら召喚術師から言わせると、何の準備も防御もなく悪魔召喚を見てる方にも、問題があると思うんだけど。
カシエルも少しキツそうだが、相変わらずイリヤの周りは全くの無風。
「商人! 貴様が原因だったな!? 貴様も己の円に入れ、防ぐか死か! 一度きりのチャンスをやろう!!」
怒った悪魔の矛先は、商人に向けられた。男は真っ青になって、慌てて魔法円を取り出す。
顎をガクガクさせながら定められた動作をして円に入るが、風すら防げない。
悪魔がその場で手を向けるだけで、幻のような体程もある大きな手が現れ、それは商人の魔法円へと伸ばされた。
「うわあああ!!」
悲痛な叫び声の後に、パリンと何かが割れて崩れるような甲高い音がした。
次の瞬間、その姿なき手に商人は捕らえられ、宙に浮いて足をバタバタと暴れせている。
「……デーモンとの契約を破棄して下さい」
「破棄する! 破棄するから助けてくれ!!」
取り抑えられたまま慌てて、何とかもぞもぞと紙を取り出すと、契約の書類をびりっと破った。イリヤはそれを確認して頷き、悪魔、ルキフゲ・ロフォカレの方を向いた。
そこには恐れも侮りも、荒ぶる感情は一切なく、ただ力強く見る。
どんな神経してるんだ、こいつは……。僕の方が恐ろしい。
ちなみに最下層の悪魔がデーモン、その上がデビル。悪魔の大半は、この二つの階級のどちらかに属する。小悪魔はこの二つの階級の総称、と言ったところかな。僕らには見た目では、判断できないしね。
再び万能章を掲げ、もう片手に持つ棒で悪魔を指す。そして手を放すように言うだけで、商人は悪魔の手から逃れることができた。
地面に落とされた商人は尻餅をつき、這うようにして慌ててその場から去ろうとしたが、まだ動けないでいるようだ。これはあの悪魔が、何らかの魔力でしているのだろう。
カシエルは商人の様子に注意を向けている。
「……このような事の為に俺を喚び出すとは。非常におかしな女だ。だが面白い。今回の代償としては、この男の命か、お前の体か。どちらかを選ばせてやろう」
「……えっ!?」
そうきたか! 悪魔を喚び出して何かをさせる時は、基本的に代償がいるものだ。小悪魔なんかを使役する奴で、そんなことすら知らないのもいるが。そういう奴は隙を見せれば、こっ酷い目に遭う。
しかし、彼女には随分と酷な選択肢だな。イリヤは代替え案でも考えているんだろうが……。
やり込められた悪魔の反撃だ、これは躱せないだろう。僕は剣の柄に手を掛け、カシエルに合図を送った。
行くか。
彼女をこんな悪魔の慰み者になんて、したくない。
やるなら一気に討ちに行くしかない。勝てる見込みは薄いけれど、隙を作れば彼女が悪魔を送還するくらいは出来る筈。
「さあ! どちらにするのだ!!」
ルキフゲ・ロフォカレも選べないであろうことは解っていて、戸惑うイリヤに笑っている。
「やめい」
このよく通る滑らかな声は、ベリアルだな。アイツどこかで眺めてやがった!!
周囲を確認すると、一番近い屋根の上で脚を組んで座り、頬づえをついていやがる。まさに高みの見物だ。
スッと立ち上がったベリアルは、軽く跳んでルキフゲ・ロフォカレとイリヤの間に舞い降りた。コツンとブーツで石畳を鳴らし、赤い髪とマントをふわりと靡かせて。
この場面でかっこつけすぎだろ。
「久しいな、ルキフグス」
「き……貴殿はベリア」
そこまで言いかけた相手を、軽く手で制して止める。どうやら知り合いらしい。
相変わらずの嫌みな笑顔で、ルキフゲ・ロフォカレに背を向けてカツカツとイリヤに向かって歩く。
「この小娘は、我の契約者である。あまりからかってくれるな」
「なんと、この娘が……!? それは失礼しました!」
ベリアルはそう言ってイリヤに手を向けたが、魔法円によって弾かれてしまった。忌々しそうに魔法円による見えない隔壁を睨む。
「……さっさとそのような所から出んか!」
「は、はい」
なんだか気が抜けるなあ……。
イリヤは前を向いたまま、後ろに下がった。来た時と同じように戻るものなのだ。
そして四方の扉を閉じる。
本当にきちっとしてるな。
「さて、先ほどの代償の話だがね」
「い、いえ! アレはほんの戯れで……」
「ふ……、うまい酒でも奢らせる。それでどうかね?」
「おお! それは重畳、貴殿と酌み交わせるのでしたら、身に余る報酬ですな!」
……これは、どう見てもベリアルが上だな。完全に上だ。
カシエルもさすがに瞠目している。ベリアルのやつ、力を隠すのが上手いんだな……。
あっさり話がまとまって、イリヤは悪魔を、殴られていたデーモンと共に地獄へ返した。見事な儀式魔術による召喚だったが、最初からベリアルがいれば何でもなかったろうが。
商人はひっくり返った馬車を直し、慌ててその場から逃げるように去った。
「やはり切り札を隠しておったな。そなたは全く、魔導師らしくなったものよ。よりにもよって、万能章なぞ作っておったとは」
「以前作って、持っていたのです。思ったより効果あるんですね」
イリヤは自分で作った万能章を嬉しそうに眺めている。
それにしてもベリアルのヤツ、切り札を使わせる為に静観してたのか? いい性格だよ。
「……悪魔を使い実証実験をするのは、やめよ」
眉を顰めるベリアルに、本当だよと賛同した。
★★★★★★
参考文献 ソロモン王の小さな鍵(もちろん日本語訳版)
儀式の流れを参考にして、文言は変えてます。なので、意味合いも変わっています。どこまでどうしていいか解らなかった。できればかっこいい文章とか、そのまま使いたいけどな~。
魔法円の使い方も、この本を参考にしております。良くマンガとかで見るのと逆ですね(笑)。
ついでにルキフゲ・ロフォカレの出典は大奥義書だって。ネットに書いてありましたや。名前がかっこ良かったから出した。ルキフグスと呼ばれることもあるそうです。
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