第337話 退治完了!

 竜巻の魔法で沖に飛ばされたイルルヤンカシュが、ふらふらしながらこちらを目指している。頭と腹から血を流し、特に腹にはベリアルに斬られた長い傷がついていた。魔法と飛ばされた衝撃で、鱗も割れたり剥がれたりしている。

 私とベリアルとセビリノは、とどめを刺すべく、慎重に距離を詰めた。帝国の魔法使いも遠巻きに見守っている。

 ちなみに地面がないとベリアルの呪法は使えない。火で円を描けないからだ。


「では参るかね!」

 巨大な龍体に剣を向け、大きく飛ぶベリアル。イルルヤンカシュは海面に上半身を出して、手でベリアルの攻撃を退ける。その際に指の一本が落ちた。

 そのままベリアルは龍に近づき、顎を切り上げた。長い巨体を後ろに反らせて躱し、避けた瞬間を狙って至近距離から火で首元を焼く。白っぽい肌が赤黒く焦げる。

「グギアァアアア!!!!」

 龍の咆哮が海原にこだまし、暴れてまた波が起きた。ベリアルを追い払おうと手を必死で動かし、尻尾を振り回す。

「チイィ、これでは容易に近付けぬ」

 さすがのベリアルも一旦離れ、赤いマントを風に靡かせた。

 イルルヤンカシュの長い尻尾は波を割って海面から突き出て、鞭のようにしなって背後からベリアルに迫る。


「風よ集え、嵐の戦車となりて我が身を包め。傍若無人なる七つの悪風を従えよ! 立ち塞がる山を突き破れ。雲よ、竜の鱗の如くあれ! シャール・タンペート!」

 

 ベリアルを狙う尻尾に、術師が突っ込む風属性の攻撃魔法を使って、突撃した。

 低い場所を飛んだが、風を纏っているので水飛沫しぶきは私まで届かない。斜め下から掌底で暴風を打ち込むと、バチバチと小さな火花が飛んで雷が起こる。小さな稲妻をぶつけたように、白く輝いた。

 尻尾は弾かれて、ベリアルよりも高くを通って空を切る。

「龍に突っ込む魔法使いがおるかね!!! とんでもない阿呆が!!!」

 再び尻尾が大きな音を立てて海に沈み、痛みで暴れてバシャバシャと海面が波立った。

 私は勢いのままイルルヤンカシュを通り過ぎて、後ろに回って手の範囲から離れた。セビリノは龍の正面で、魔法の詠唱を始める。

 同じ魔法を、一緒に唱えた。


「天地を染める落日のだいだい、終末の種火を与えたまえ。巻き起これ、つむじ風。気流よ踊れ、渦を巻け。追風おいてよ炎を帯びてきたれ、罪をまといて業風となれ! 火災旋風となりて、我が敵を焼き尽くせええ! オランジュ・フ・ラファール!」


 小さな竜巻が幾つか発生し、それを覆うように火が燃え上がる。 

 火と風の魔法だ。範囲は中域程度で、威力はかなり強い。バレンの軍に所属していた、デビルと契約している女性魔導師テクラが使った魔法なのだ。イルルヤンカシュの雄叫びと、水を打つ音で声が掻き消されるので、使うのにピッタリのタイミング!

「なんだ、あの魔法は……!?」

「分かりません、初めて目にします」

「かなり強力な魔法だな。く、近付いて聞いておけば良かった……!!!」

 船で待機している人達が、魔法に興味を持っている。言葉は聞こえなかったようで、安心だわ。


 セビリノとほぼ同時に発動し、イルルヤンカシュを前と後ろから火を帯びた

数個の小さい竜巻が襲う。何カ所も火炎と風を浴び、さすがのイルルヤンカシュも体勢を崩した。

 倒れゆくところにベリアルが入り込み、剣を首に突き立てる。剣から炎を発し、龍体を焼いて背から火が噴き出した。

 これが完全にとどめとなった。

 大きなイルルヤンカシュの身体が、海に倒れる。ベリアルは最後に龍の手首を切り落とし、切り口から血の滴る大きな手を持っていた。

「息の根を止めたぞ……!」

「やった……、って、揺れる揺れる」

「波が重なってくるぞ、船が傾く!」

 尻尾や体、指を一本失った方の手が次々に海へ落ちたので、不規則な波が

起きている。帝国の大きな船が、水に浮く落ち葉のように翻弄されて揺れる。甲板では騒ぐ声が飛び交い、倒れる人の姿もあった。


「さて、このくらいの後始末は契約のうちでもあるじゃろう」

 ネビロスが海に立ち、両手を開いて手のひらを下にして広げる。

 波はしだいに穏やかになり、荒れていた海が鎮まった。大きく揺れていた船は体勢を持ち直し、甲板で船縁に掴まって耐えていた人も、手を離して歩いている。

「そうだ、ひげ……、髭と爪を確保しろ!!!

 魔法使いと剣士が飛んで、龍の顔に近付いた。顔だけでも背丈より大きい。船も慌ててそちらに向かう。海に沈む前に、切り取ろうと必死だ。

「髭、誰か切れるか!?」

「弾力があって切りにくい……、ストームカッターの方が良くないか?」

 他の人に引っ張ってもらって、根元から剣で切断しようとしている。なかなか難しいみたい。


呑気のんきな輩よ」

 ベリアルが何かをイルルヤンカシュの手から取り出し、手を船に投げた。

 あれは龍珠りゅうじゅ!!!

 蛇タイプのドラゴンがドラゴンティアスの代わりに持つ、魔力を蓄積したたまだわ。薬ではなく、杖や魔法付与をするアイテムの作製に使える。

 もう要らないとばかりに捨てられた手は、船の先にドスンと落ちて、重みと勢いで船が再び揺れる。

 爪も欲しいんですが!


 今度はバシャン、と南側で大きな水音がした。

「うわああああぁ!!!」

 いったん海に潜って隠れてしまったタラスクスが、中型の船の下から姿を現したのだ。船は持ち上げられて横倒しに海に落ち、乗組員が投げ出された。近くにいた別の船が、すぐ救助に向かう。

 波間なみまを漂う兵が狙われないよう、他の船から弓や魔法でタラスクスへの攻撃を続ける。角度によっては外した時に味方に当たってしまうので、慎重になっていた。

 上空から魔法使いが唱えたファイアーボールは、甲羅に弾かれて全く効果が無い。


「グアァゴ~!!!」

 破損した船から剥がれた板などに掴まって海で救助を待つ人の方に、タラスクスが顔を向けた。ここで潜られて海中から狙われてしまえば、ひとたまりも無い。短い六本の足でスイスイと泳ぎ始める。

「行かせねぇ!」

 飛行している剣士が急降下し、ワニ顔に剣を振り下ろすが、間一髪で顔が甲羅の中に仕舞われた。パシャンと海面を叩き、再びみょきっと顔を出して進んだタラスクスの頭を肩にぶつけられ、後ろに弾き飛ばされた。


「タラスクスを止めろ!!!」

「近くに兵が浮かんでいるんだ、強い魔法は使えない!」

 船ではバタバタと兵が動いている。甲板を影が横切り、キュイが低く飛んだ。

「上手く動きが鈍っているね。リニ、キュイを任せた。攻撃を止めろ、私が行く!!!」

 エクヴァルがキュイを旋回させながら呼び掛けると、兵が弓を下ろした。

 海面近くを進むキュイからエクヴァルが飛び降り、剣を下に向けてタラスクスの甲羅に着地する。


「剣じゃ、あの甲羅は切れない!」

 見ていた人が叫ぶ。

 着地の衝撃で、タラスクスの身体は海に半分沈んだ。そのまま海には入らず、反発して浮かび上がろうとする。

 エクヴァルの剣は硬い甲羅の真ん中に突き立てられていた。殿下から賜った、親衛隊の象徴であるオリハルコンの剣だわ。足場になっている甲羅がゆらゆらと揺れているものの、しっかりと突き立てた剣に体重を預けて、重心を安定させていた。

 足元の甲羅には、剣の周囲に細かいヒビが入っている。


 タラスクスが海面に出ていったん動きを緩めたところで、剣を抜いて中心線上にもう一ヶ所、縦に突いた。飛び降りた勢いと体重を存分に乗せた先程には敵わないものの、切っ先が埋まるくらいには剣が刺さった。

 ただ甲羅なので、本体にダメージはない。

 タラスクスがワニに似た顔を振って、口を大きく開く。

「エクヴァル、そこから離れて! 毒を吐くわ!」

「総員離れろ、魔法使いは風の魔法の準備を! 救助活動をしている場所に、毒の息を触れさせるな!」


 近くの海上ではまだ海に浮かんだ人が多数いて、救助の小舟が集まっていた。悪魔ネレウスも手伝っていて、助けを求めて手が伸びる。

「ええい、己だけ助かろうとみっともない! 毒は他の者が対処するじゃろ、どどーんと構えて助けを待たんかい!!!」

 怒鳴りながら、大きな船までずぶ濡れの兵を運ぶ。小舟が到着すると泳げる人が我先にと船縁に掴まったりして、すぐにいっぱいになっちゃう。


 キュイが二階くらいの高さでタラスクスから少し離れた上空を通りすぎる瞬間、エクヴァルは背に飛び乗った。ブーツに飛翔の魔法がかけられているとはいえ、ずいぶん器用に使いこなすわね。

 直後に放たれた毒のブレスは風の魔法で海面付近に誰もいない北側へ流れ、毒を浴びずに済んでいた。ブレスを防御するスーフル・ディフェンスだと間に合わないか、範囲を庇いきれないという判断だったのかな。

 毒を吐き終えたところで、上昇しながら旋回したキュイが、タラスクスを目掛けて滑るように斜めに下る。

 ワニ顔が持ち上げられ、キュイを視界に捉えた。

「キュゥアアァ!!!」

 次の瞬間、速度を保ったままのキュイの前足が、甲羅を蹴り飛ばす。

 キュイキックの炸裂だ! エクヴァルの剣で小さなヒビが入っていた甲羅が、一気にバキンと割れた。


 タラスクスは押された圧力で海に沈んでしまう。

「さすがに威力が強過ぎたね」

「キュイ、強いね……!」

 リニはエクヴァルにしっかり抱えられ、キュイが最高速度で斜めになっても落ちないし、安心して座っていられるよ。

「ほほほう、なかなかやるようじゃ。甲羅を破壊すれば、あと一歩じゃな。どれ!」

 ネレウスが海面に手を翳して、すくい上げるような動作をした。すると海の水が盛り上がり、タラスクスも一緒に姿を現した。

 

 間髪入れずに、ペガサスに騎乗した騎士が急降下して槍で突く。そして甲羅が無くなった背に槍を突き立てたまま、離れていった。

 その間に空は再び暗くなり、誰かが唱えた空から雷を落とす攻撃魔法、シュット・トゥ・フードゥルが天から注いで、槍が刺さったままのタラスクスに直撃した。

「クァアアァァ……!」

 タラスクスはここで絶命し、討伐完了。帝国兵が亡骸を回収している。

 船団が自国の海域へと引き揚げていく。


「皆さん、一緒にこちらへ来てください」

 私達も呼ばれたので、大きな船に降りた。エクヴァル達はキュイに乗ったまま、船の周辺に留まっている。

「これで終了でしょうか」

「はい、ご助力ありがとうございました。少々事情を伺いたいのと、戦利品の分け前がありますので、お時間を頂けたらと……」

「おい、軍事作戦中に乱入したんだ。当然だろ」

 若い女性が丁寧に説明してくれていると、後ろから恰幅かっぷくの良い男性が横柄な態度で割り入ってきた。ベリアルの眉が顰められる。

 ゴツン。男性は後頭部を何かで叩かれた。見れば、杖を振り上げたネレウスではないか。


「ドバカ、威張れる立場かっっっ!!!」

「っ、ネレウス様、これは……」

「こちらの方々に失礼をしては、ならぬのじゅぁーあい!!!」

 周囲にいた兵が集まってきて、ネレウスを宥めたり私達に謝罪したりしつつ、威張っていた男性は別の兵が船内に引っ張っていった。

「失礼しました。あの龍、イルルヤンカシュは昔から沖に棲んでいまして。刺激しなければ特に問題がなかったのですが、一度怒りに触れれば大災害を引き起こしていたのです。ですが、退治は容易ではなく……」

 退場させられた男性に話をさえぎられていた女性が、軽く頭を下げて私の前へ来た。


「海での戦いは、陸の住人には不利ですからね」

「全くです。海龍を退治するのはかなりの危険を伴うもので、沖に帰して被害が最小限になるよう、対処するに留めておりました。討伐して頂き、長年の憂いも晴れました。つきましては、是非お礼をしたいので我が国にご足労頂きたく……」

 最初よりも、随分へりくだった印象になる。

 ネレウスの言動で、ベリアルの危険度を再度認識した感じだろうか。ネレウスはベリアルに平謝りしている。

「師匠、髭も爪も、採取しておりました。少しでも分けて頂きましょう!」

「そうね、お腹も空いたし」

 魔法って、空腹になる気がする。美味しいものが食べたいわ。


「是非是非、おもてなしさせて頂きます!」

 船は帝国の港へ向かっている。私もこのまま乗船して、一緒に行くことにした。

 船を追い越し、小悪魔が一目散に飛び立っていく。きっと帰還を告げるのね。

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