第338話 猫三段活用
小さな町で、何隻かの船が列から離れた。私達が乗る船は、まだ南を目指している。
「ついさっき、領海に戻りました。あの船達は、海上警備の船なんです」
女性が説明してくれる。
船に乗ってから、数時間が経過している。船内で昼食は頂いたものの、景色は海ばかりでだんだん飽きてきた。怪我人や海に投げ出された人は、別の船で治療している。治療でも手伝えれば、少しは手持ち無沙汰が解消されるのになあ。
「何処を目指しているんですか?」
「商船が多く利用する、大きな町があるんです。我々はその町に停泊します」
「夜になっちゃいそうですね」
「お待たせして申し訳ありません。日が暮れるまでに着きますよ」
それならきっと、もう遠くはないわね。
快晴で、海では人魚が手を振っている。ネレウスが甲板で軽く杖を振り返すと、人魚は喜んで海に潜った。戦闘で荒れていた時と同じ海とは思えないくらい、今はとても静かだよ。
大きな船や小さな漁船などが海岸近くを通ったり、沖へ向けて走らせたりしている。
ようやく町に着くと、軍人が整列して待っていた。キュイも味方だと知らせてくれてあって、攻撃されたり止められたり、しないで済んだ。
ペガサスに乗った騎士がワイバーンを誘導している、珍しい光景だわ。
「そなたはどうするのだね?」
ベリアルがネレウスに尋ねる。契約は無事に
「ベリアル様をお見送りさせて頂いてから、地獄へ帰りまする」
「そうかね。もう日暮れであるからな、我らはこの町に泊まるかね」
ベリアルがこちらをチラリと見たので、頷いた。
「そうですね。他の町の場所も分からないのに、今から移動しても仕方ありません。幸い、泊まる場所には困らなそうです」
海岸沿いには大きな建物があり、人が行き交っている。
港からはこんな時間でも、船が出港していった。ようやく封鎖が解除されたので、どんどん海へ出ているみたい。船に乗っている間も、たくさん見掛けたわ。
他の人達に続いてデッキを降りると、大歓声で迎えられた。
「あのイルルヤンカシュを討伐したとか……!」
「フン、そうと知っていれば俺も船に乗ったのにな」
軍の関係者は、タラスクスのみならずイルルヤンカシュも倒した話題で持ちきりになっている。
別の船から討伐した素材が運び出され、待ち構えていた大きな荷車に乗せられた。龍の爪だけでも人の背丈ほどあり、どれだけの大きさだったかと想像させる。
そして私達に視線が向けられた。
「そちらが討伐の協力者だな」
「はい、宮廷魔導師様です」
質問にはずっと私達に付いていた、女性魔法使いが恭しく答える。相手の方が、上の立場みたいね。
「国はどちらだ?」
「全員エグドアルムだそうです」
船の中で簡単に質問されているので、セビリノに答えてもらっている。ベリアルから「対応も一番弟子の仕事よ」と言われたら、かなり張り切ってしまい、私へ誰も通さない勢いだった。
一番弟子なら逆立ちをしてとお願いしら、本当にやりそうだわね。
「どうぞこちらへ、歓迎致します」
ネレウスがベリアルのすぐ後ろで、秘書のように控えている。女性魔法使いから報告を受けていた男性に促され、馬車に乗った。エクヴァルとリニは離れた場所にワイバーンを止めたので、別行動している。
馬車は浜通りを進む。
人がたくさん行き交っていて、空の荷車が店の前に置かれていた。人の間に、耳や尻尾が揺れる。猫人族も多く歩いているわ。
「ここは猫人族が多いですね」
「いい仕事があると、集まってきたんです。商業や観光で色々な国から多くの人が訪れるので、人手不足でして。猫人族の仕事もたくさんあります。猫人族を多く雇った、猫の宿もありますよ」
「ね……猫の宿! 宿泊させて頂きたいです! どこにあるんでしょう?」
猫人族が、おもてなしをしてくれる宿。それは楽しそう。
獣人族を裏方に雇う宿はあるけど、全面に出すのは珍しいわ。この近辺だと、普通なのかしら。
「では手配しておきますね」
馬車は交差点を曲がって、街路樹が立ち並ぶ閑静な通りへ入った。公園を通り過ぎると、球技場と書かれた看板が立てられている。続いて運動場、駐馬車場、それから広い空き地があり、ワイバーンが兵士に囲まれていた。
キュイだわ。ローブを着た魔法使いも二人ほどいて、キュイを見張っている。キュイはお肉をもらって、喜んで食べていた。周囲の兵たちは珍しく人に懐いた大人しいワイバーンを、感心して眺めていた。
馬車は更に進み、続く塀の先にある門を潜った。
門には小屋があって、見張りが在駐している。
「お疲れ様です、どうぞ」
馬車は一度止まったが、御者が何かを提示したらすぐに通れた。
敷地内は先程の公園や運動場よりも広大で、幾つもの建物があちこちに点在している。
「軍の施設です、本来なら一般人は簡単には入れないんですよ」
男性が関係ない場所には立ち入らないように、と注意しながら右手側にある建物を指した。
「あれが兵が寝泊まりする隊舎で、隣が倉庫です。今日の素材も、あそこに運び込まれます」
倉庫の先で馬車が止まり、まず男性が降りる。私達もそれに続いた。
目の前には真四角の二階建ての家がある。
男性は歩いている人に宿の予約をするよう指示してから、建物の扉を開けた。そして入り口の近くの部屋に入る。
「この部屋はなんですか?」
「外部の人を招いた秘密の会議や、商談なんかをする部屋ですよ。戦闘と素材の話をしないとなりませんからね」
普通の家よりも、壁が厚そうなしっかりした造りだ。部屋には先にエクヴァルとリニがいて、兵と歓談していた。兵士二人の他に、魔法使いと記録用紙を持った文官が、それぞれ一人ずつ。
「イリヤ嬢。大丈夫と思うけど、不当な扱いはされていない?」
「ええ、いい宿も紹介してもらったわ。猫人族がたくさんの宿ですって」
「猫人族の宿……、とっても素敵……っ! ね、エクヴァル」
リニが目を輝かせた。エクヴァルが口許を緩めて頷いている。
「確認してもらっているの、空きがあったら泊まれるわ」
「あ~、取り急ぎ質問を開始して宜しいでしょうか」
私達を案内した男性が、ソファに座るよう促した。八角形のテーブルに、椅子は十六個。大きなテーブルの真ん中には、どこからも手が届かなそう。
軍務の報告書を仕上げる為の、情報を聴取されるのだ。
「ではまず確認を。出身国はエグドアルム、お名前は……」
一人一人の名前を確認した後、ベリアルで止まった。
「地獄の方ですよね? 階級は」
「契約者以外が気軽に尋ねていいわけないじゃろ! あんぽんたん!!!」
立ったままだったネレウスが、私達の対角線上に座る男性の後ろまでわざわざ行って、杖で頭をポカリと叩く。
「いてて、すみません、召喚術は分からないもんでして。えーと、女の子……リニちゃんは……」
チラリと同席している魔法使いに視線を送った。
「小悪魔でしょ。小悪魔か貴族か、そういう確認をすればいいのよ」
小柄だと思ったら、女性なのね。
続いて戦闘についての質問になり、こちらはエクヴァルが答えた。魔法については女性魔法使いとセビリノが話して、それを文官が書き留めていた。
「ところで……、魔法使いがシャール・タンペートで龍に突っ込んだのは、エグドアルムでは通常の戦法なんですか?」
「いや、宮廷魔導師でも我が師以外に使用する者はいない。師でなければ、危険なやり方だ」
普通は魔法剣士とか、接近戦をする人が好んで使う魔法なのだ。
しかし何か、異常な人みたいな言い方ね。弁解しておかないと。
「背後に回る途中だったもので。移動速度が速いし攻撃が当たるし、ちょうど良かったかな、と」
「我が師は素晴らしい魔導師であらせられる。危険など恐れはしない」
堂々とするセビリノ。いや、危険は恐れますよ。
「それで、あの風と火の魔法は……」
「答えられん。記録からも削除しておくよう」
魔法についても特に深掘りされず、大まかな確認だけで終わった。
「次は採取した素材についてです」
「それは私が。イリヤ嬢達は宿に行っててくれる? リニもね」
エクヴァルが先に帰るように促す。リニは大きく頷いて、私に顔を向けた。
「う、うん。先に行ってるね。イリヤ、行こう」
「ええと、じゃあお任せでいいのかしら?」
「構わぬであろう。そもそもそなたは、交渉事には邪魔なだけであるわ」
邪魔。ベリアルがまた意地悪を言う。邪魔なんか、しませんよーだ!
エクヴァルが困った表情で、弁解をする。
「いやいや、エグドアルムがもらう分もあるから、配分がね。私に任せて欲しいだけで、深い意味はないよ」
「イリヤ、宿、楽しみだね……っ。は、早く行きたいなぁ」
リニが気を遣ってくれるのが、意地らしい。
それに比べてベリアルは、本当に意地悪なんだから。
「そうね、行きましょうリニちゃん。ベリアル殿はご友人が一緒ですし、ここに残ってもいいんですよ」
「我に用などないわ!」
「随分と気の強い契約者でございますなあ……」
ベリアルが声を荒らげて、ネビロスが苦笑いした。
「すぐに馬車を用意させます、こちらへどうぞ」
黙って話し合いを聞いていた兵が、扉を開けて出発の準備をするよう告げる。
立ち上がってリニと移動すると、ベリアルも付いてきた。ネビロスはここへ残る。後ろに王がいるものだから、リニが私の手を握ってピッタリくっつく。
「あ、セビリノ君は残ってね」
セビリノも席を立とうとしたが、エクヴァルに止められ、素材のアドバイザーとして残された。魔法薬に使うものは、やはり魔導師同席が好ましいのだ。
「じゃあ任せたわね、二人とも頑張って」
「師匠、必ずや成果を上げてみせます」
「ほどほどにね」
最近、セビリノが張り切るとロクなことにならない気がしてくる。エクヴァルが小さく手を振っていた。
私達は再び馬車に乗って門を越え、来た道と反対へ走り出した。
二回ほど曲がると、あまり広くない道の両側に民家や商店、長屋がひしめくように並んでいる。だんだん通行人が多くなった。食料品店では、品切れのになった空の箱を店の奥に仕舞っていた。営業を開始して看板を出したばかりの居酒屋に、冒険者達が入っていく。
すぐ先には何やら人が集まって、お店を眺めている。
「お、やってますね。あそこですよ」
案内の兵が指したのは、まさに人だかりがある場所だった。道の中央まではみ出していた人が、馬車に気付いて周囲にも注意を呼び掛けながら端に寄る。
「名物、猫踊りをやっていますね」
猫踊り!? 馬車から降りると、兵が道を開けるようにと大声で言いながら、観衆を掻き分ける。
人が集まっていたのは宿の前で、ガラスの大きな窓の向こうには踊る猫が。
猫人族、尻尾が二つに分かれて、普通の猫より一回り大きなネコマタ、それから普通の猫っぽいのはケットシーね。
猫人族二人とネコマタ、それにケットシー二匹、計五人……五匹……、とりあえず五猫が二本足で立ち、くるっと回ったり両手を上げたり下げたりして、思い思いに踊っている。尻尾も楽しげに揺れているよ。
踊る猫、三段活用……!??
「いらっしゃーい、いらっしゃい。猫と楽しい一夜を過ごしませんか」
外で呼び込むのは、普通の人間だわ。横で猫人族が注目を集めようと拍手をしているけど、肉球が合わさるので大きな音はしない。
「猫踊りが間近で見られますし、肉球ぷにぷにサービス、しますよ!」
猫人族も手を上げて呼び掛けをする。肉球ぷにぷにサービスとは……!??
これが猫の宿! 期待が高まるね!
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