第369話 レナントのお祭り、一日目

 三日間に渡るお祭りが、ついに始まった。魔法付与大会は二日目に一般部門、最終日に達人部門が開催される。

 ビナール商会のハイポーションは、毎日個数限定での売り出しをする。本店の前には、噂を聞きつけた人が朝から並んでいた。虎人族と兎人族コンビの他にも、獣人が並んでいる。彼女達が売り出しを教えたのかな。

 貴族の使用人もいるわ。


 広い道路の一部を馬車の乗り入れ禁止にして、出店がたくさん準備をしている。

 今日はアレシアの露店で、お店番のお手伝いをするのだ。

「イリヤお姉ちゃんと、お店番してるから! いってらっしゃーい」

「気を付けてね」

 まずはアレシアがお祭りに遊びに行く。キアラは午後から、お友達と回るそうだ。

「お昼ご飯も買ってくるね! お店番のお礼に、イリヤさんとベリアルさんの分も」

 嬉しそうに手を振って人混みに紛れるアレシア。やっぱり楽しみだったのね。

 エクヴァルはリニとお出掛けし、セビリノは隣の羊先生の脇に座っている。ここに立たれると、威圧感があるので。


「ふむ、つまりこの薬草はエルフの森で採れるのですな」

「日陰にしか生息しませんよ。森の奥地です」

 なにやら、特有の薬草について説明を受けている様子。後で私も教わろう。

「羊先生~! お腹が痛いという人がいて」

「はいはい、すぐ行きますよ」

 羊先生は往診用のカバンを手に、サッと立ち上がった。このお祭りが終わったら村へ帰ってしまうのが、寂しいわね。

 セビリノが札を往診中に変えた。先生のテーブルの上には、何種類かの薬が並べられていた。あとほわほわの、柔らかい小さな猫のぬいぐるみ。これは誰が作ったのかしら。


 だんだん人通りも増え、活気が増してきた。小悪魔や獣人も目の前を通る。小悪魔は大抵、こちらに顔を向けて小さく頭を下げていくわ。

「イリヤ、皆、お疲れ様。あの、差し入れ……です」

 リニとエクヴァルが、差し入れを持ってきてくれた。持ち手のない紙袋は、下にシミが出来ている。

「ライスボールだよ。こっちでは珍しいね」

「イリヤ達が泊まってた、白い泉ってお店で作ってたの」

 味付けしたご飯にパン粉を付けて揚げた、ライスボール。エグドアルムではメジャーだけど、こちらではない料理だった。リニが教えたのかしら、私は詳しいレシピを知らないし。

「皆で食べてね」

「ありがとう、美味しそう!」

 キアラが笑顔で受け取る。全員で食べても余るくらい、たくさん入っているわ。

「私達はこれから食事に行くから、じゃね。夕飯に何か買っておこうか?」

「帰りに選ぶから、大丈夫よ。リニちゃん、エクヴァルに美味しいものをご馳走してもらってね」

「……うん!」

 エクヴァルと目を合わせてから、頷くリニ。奢ってもらっていいの? だろうな。


 二人が立ち去ると、キアラは早速ライスボールを取り出して口に入れた。

 お客が来てしまったので、私が応対する。子供がアレシアのアクセサリーを買ってくれたよ。

「イッリ~ヤさん。やっほー」

 今度は冒険者、イサシムの五人組。最初に声を掛けてきたのは、弓使いのラウレスだ。初めて会った頃より、少し逞しくなったような。軽い性格は変わらない。

「皆さんもお祭りですか?」

「警備よ、警備。異常は無い?」

 おかっぱ頭の魔法使い、エスメがラウレスを押し退ける。

「異常なしです!」

「了解しました!」

 キアラが元気に敬礼をして、リーダーのレオンがそれに合わせた。

「じゃあ巡回に戻るわよ。何かあったら呼んでね! ベリアルさんがいるから、必要ないだろうけどね」 

 やっぱり仕切るのは、しっかり者の治癒師のレーニ。重装騎士ルーロフが、目礼をして最後に通り過ぎた。


「忙しそうだったね~。あーあ」

 すぐに行ってしまったので、キアラは残念そうに足を揺らす。

「仕方ないわね、今日はお仕事だから」

 彼らの姿はすぐに人混みに飲まれて、見えなくなってしまった。前に顔を向き直せば、女の子二人組のお客さんがきゃあきゃあと話しながら近付いてくる。

「素敵な人っ! お店の方ですか?」

 魔導師志望かしら? なんだか嬉しくなって、答えようとしたところ。

「小娘らのおりである」

「えー、そうなんですか?」

 ベリアルでした、そうでした。褒められたので、この悪魔はまたニヤニヤとするんだな。


「何か買わんのかね」

「アクセサリー可愛いなっ。買っちゃおうっかな」

 営業もしている。二人組は髪留めとブレスレットを買ってくれて、その場で身に付けていた。

「ありがとうございまーす! お姉ちゃん達、二人とも似合ってるよ」

 お金を受け取るのはキアラのお仕事。すっかりお店番が板についているわね。

「おや、先客だね」

 今度はルシフェルが、なんと地獄の侯爵キメジェスと、契約者である魔導師ハンネスをお供に登場した。珍しい組み合わせだわね。二人は私を庇護しているアウグスト公爵の援助を受けて、王都の公爵邸で暮らしている。

「きゃあ! もっと素敵な方!!! お買い物は終わりました、失礼します~!」

 女の子二人組は顔を赤くして、小走りで逃げるように露店を後にした。先の人混みで急停止して、再びゆっくり歩き始める。ベリアルは釈然としない表情を浮かべていた。

 やはり目付きの悪いベリアルよりも、柔和で色白の美形が好かれるようだわ。


「珍しい組み合わせですね」

「いやなに、ルシフェル様の元へご挨拶に伺ったところ、祭りの供がいないとおっしゃるので、申し出たのだ。ハンネスならアイテムボックスを持っている、荷物持ちに最適だろう」

 誇らしげなキメジェス。普段は近付けない地獄の王の側仕えが出来て、嬉しいようだ。ハンネスも興奮気味だわ。

「こんな立派な方と同行できて、光栄です。ああ、ドラゴンか軍隊が襲撃してこないかな、お力を拝見できたら……」

「戦ってくださるとは限りませんよ」

 珍しくハンネスが危険な発言をして、キメジェスまで同調している。

 しかし人間の争いだったら、手を出さないんじゃないかな。ベリアルの方が動いてくれそう。目立ってナンボの王ですから。


「ベリアル、商売の邪魔をしないようにね」

「せぬわ!」

 顔を見に来ただけだったのかな。そのまま立ち去った。

 少し移動した先で、よそ見をしていた男の子がルシフェルにぶつかりそうになった。キメジェスが素早く前に出て、男の子を止める。

「無礼だろう! 気を付けろ!」

 気合いが入ってるなあ。男の子は弾みで尻餅をつき、脅えながら顔を上げた。一緒にいる友達も、立ち尽くして震えている。

「……っ、ご、ごめんなさ……」

 憤るキメジェスを、ルシフェルが軽く手を挙げて制する。

「気を付けなさい」

「はいっ……!」

 それだけ告げて、横を優雅に通り過ぎた。歩いている人々はルシフェルの前を避けて、道を作る。自然と、彼の前が開けた。


「良かったな、無事に済んで」

「……でも、怒られて怖かった……。きっと貴族だよね」

「だろうなあ。ちゃんと前を向いて歩かないと」

 友達に支えられて、ゆっくり立ち上がる男の子。キメジェスとハンネスも、ルシフェルに続いた。

 周囲は穏やかな優しい方だった、と噂している。これがルシフェルマジックなのだ。

 手を貸しもせず、気を付けろと注意だけして去っているのに、あの微笑で柔らかな人柄と勘違いする。同じ反応をベリアルがしたら、命がないと恐れられるだろう。

 これが人相の違いなのね。


「お、イリヤもいるのか!」

 見送っていたら、大柄な男性に名前を呼ばれた。

 Aランク冒険者のノルディンとレンダールだわ。彼らは本来四人組で、イヴェットとカステイスと一緒に、フェン公国のドラゴン退治に参加していた。戻っていたのね。

「ノルディン達も戻ったのね」

「イヴェットとカステイスは、王都へ軍事パレードを見に行った。私達は防衛都市の記念式典を見物する予定だったけど、レナントで魔法付与大会が開催されるという話だから、ここに残ったんだ」

 レンダールは魔法関係のものに興味を持っていたわね、そういえば。エルフの血を引くレンダールは耳が尖っていて、細面ほそおもての美形だ。

「私も達人部門で参加するの」

「そうだろうね。……あまり実力を出しすぎない方が、いいと思うよ」

 レンダールは言いにくそうに、苦笑いしている。何人めだろう、この忠告は。


「他の方にも言われたけど……、私は優勝を目指しているの」

 私は大会に挑む気合いを伝えた。

「レンダールが伝えたいのはだな、きっとこうだぜ。審査員に、初めて魔法付与した武器を使うヤツがいるんだろ? そういうヤツらは、最初は恐る恐る魔力を流すから発動しないで、急に思いっきり魔力を籠めたりするんだよ。イリヤの本気の魔法付与した武器じゃ、そんなやり方をしたら怪我人が出る」

「ああ、うっかり他の人がいる方に切っ先を向けるかも知れない。きっと、そういうのも審査対象だろうから」

 二人の言い分はつまり、私が強さを追求した武器だと、初めて使う人には不向きって意味ね。魔力操作がしやすい付与を目指せばいいわけだ。

「ねえねえ、難しすぎてつまんないよ。お客さんも寄ってくれないよ」

 キアラが口を尖らせる。私達が商売の邪魔をしてしまったわ。

「悪い悪い、もう行くわ」

「大会を楽しみにしているよ」

 二人は普通にお祭りを楽しんでいるだけみたいね。そろそろ食事にしよう、と相談していた。


「イリヤお姉ちゃん、なんか本気出さないでって言われるね」

 不思議そうにするキアラ。そうよねえ、大会は本気じゃなきゃ!

「ふむ……能ある鷹は爪を隠す、という意味に違いない」

「多分、違いあるんじゃないかな」

 セビリノが独自解釈を披露する。

 能ある鷹はむしろ、普段隠していて大事な大会とかで披露するのでは。皆が知っている時点で隠していないし。

「おにーさん、虫刺されの薬、ある?」

 今度は女の子が、セビリノが留守番している羊先生の机の前で足を止めた。時々腕を掻いているので、腕が痒いみたい。

「これだ。肌テスト用がある、買わずとも使うといい」

「いくら? うちは農家でたくさん使うから、買っていくね」

「ならば自宅で作れる、ドクダミチンキのレシピを教えよう」

 レナントの町の木が茂っている場所に、ドクダミが自生していたわね。女の子は薬を一つ買い、ドクダミチンキの作り方を教わっていた。


 水洗いして綺麗にした生のドクダミの花と葉を分けて、カビないようしっかりと乾かす。それを煮沸消毒した瓶に入れて、三十五度以上のアルコールをひたひたに注ぐ。空気が触れないよう、しっかりとフタをして、漬けて数日は一日一回振る。一ヶ月ほど冷暗所に保管し、琥珀色になったら完成です。葉っぱや花を除いて保存しましょう。

 面倒だったら葉と花は、分けなくても大丈夫だよ。


「ドクダミって、白い花が咲く臭いヤツだよね? 宿の庭に生えてて、いつも捨ててるよ。後でお姉ちゃんにも、作り方を教えてあげて」

 キアラがセビリノに頼んでいる。

 私が泊まっていた時は、生えていなかったわ。時期が違ったのね。

「私が作り方を書いておくわね」

 紙に書き出していると、ふっと影になった。またお客かな?

 顔を上げたら、Bランク冒険者の男女コンビ、槍を使うリエトと、オシャレな魔法使いルチアがいた。リエトの水色の短い髪が、日に照らされてやたらと明るく見える。


「イリヤってば、魔法付与大会に向けて勉強してるの?」

 ルチアが覗き込む。手には布の買いもの袋を持っていた。リエトはさらにたくさん、抱えている。お祭りを満喫してるわね。

 道を歩く人々の手にも、食べものや買いもの袋が握られている。

「いえ、これはアレシアへのメモです」

「イリヤさんなら、勉強なんてもう必要ないだろ。付与大会、参加するんだよね? 頑張ってね」

 リエトが応援してくれた。これが普通の反応よね!

「ありがとうございます」

「イリヤに賭けるから、絶対優勝してね!」

「賭ける……?」

 優勝者の賭けなんてあったかな。出場者の発表は当日なのに。不思議に思っていると、リエトが慌てて間に入った。


「ルチア! ……冒険者の一部で、こっそりやるんだよ。気にしないで、のびのび参加してきて」

 申し訳なさそうに、手でごめんと合図するリエト。

「そなた、責任重大であるな」

「面白がらないでください」

 話を聞いていないようで、ちゃんと要所でからかってくるのよね、ベリアルは。緊張させたいのかしら。

 羊先生が戻ってきていたので、歓談していたセビリノの耳には入っていなくて良かった。余計に混乱しそう。

「これ、差し入れ。皆さんでどうぞ」

 リエトから渡された紙袋にはドーナツがたくさんと、半透明の細工物の鳥に、串が刺さったものが入っていた。

「あ、飴細工だ! ありがとう、可愛い!」

 喜んで棒を掴み、キアラが取り出す。鳥を舐めたわ、飴だったのね。どう作っているのかしら。


「こんなにたくさん頂いて、いいんですか?」

「リエトはお祭りだとすぐ買い過ぎるから、もらってよ。絶対にまた買うわ」 

 わりと子供っぽいところがあるのね、意外だわ。ルチアに暴露され、リエトはばつが悪そうにしていた。

 人足が途切れたところで、アレシアが買いものを終えて帰ってきた。さあお昼ご飯ね、何を買ってきてくれたかな。




※ドクダミチンキ

ネットに作り方が写真付きで載ってるよん~

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