第389話 レナントへお帰り

 ベリアル達と合流してから、クローセル先生の紹介で宿に泊まった。

 クローセル先生も泊まるので、久々にゆっくりお話をしたい。夕飯の後、先生の部屋を訪ねると。


「良いかの、イリヤ。そなたはもう子供ではないのだぞい。閣下に無礼があってはならん。ベリアル閣下は、偉大なる地獄の王であらせられる。王との契約を得るのがどのように希有けうな幸運か、理解できたであろうの? 礼を尽くし、頼るべきところはお任せし、良好な関係を保つべく努力を……」

 お説教が始まってしまった……!

「先生、あのー……。賢者の石について、何かご存知ではありませんか?」

 話を変えつつ情報を得るのだ。ベリアルの契約者である私にならば、多少教えてくれるかも知れない。


「賢者の石とは! イリヤも立派になったものだ。調べた限りでは、この世界ではまだ完全なる賢者の石は作られておらんようだの。他の世界からもたらされ、不完全な作り方が伝わっただけのようだわい」

「やはりそうなんですね。今は装備アイテムを研究しています。必要なものが欠けている感じがします」

 私の言葉に、クローセル先生は満足そうに頷いた。

「どのような装備アイテムを考えているのだぞい?」

「杖と指輪です。魔力を変換する、“ギゲスの指輪”というものを、エグドアルム王国の研究室で開発していまして」

「基本的な装備だの。まずはその二つを完成させなさい。それと、賢者の石に使用する“哲学者の塩”は、岩塩ではなく海の塩が良いの。勿論、塩をそのまま使うのではないぞい」


 塩も賢者の石を作る重要な素材の一つと考えられていた。ただ、そのままなのか加工するのか、どんな塩でもいいのか、その辺もハッキリしなかった。一歩前進した気がする!

「はい!」

「困ったらいつでも訪ねて来るのだぞい。私も詳細までは知らんが、ヒントになることくらいあるであろうからの」

 さすが先生、頼りになるわ。困っている時に隣でニヤニヤと楽しそうに眺める、ベリアルとは大違いね!

 賢者の石の話はこれで終わり。チェンカスラーでの生活や、エグドアルムに戻った話などを、先生は静かな笑みを浮かべて聞いてくれた。

「……そなたの周りは、閣下の獲物が多いのう……」

 ぼそっと零した、この言葉の意味とは。


「そういえば、私の家の裏手に、ルシフェル様の別荘が建ったんです。ルシフェル様が命を吹き込んだガルグイユ像が、警備しているんですよ」

「それは素晴らしい。いつか拝みに行きたいわい」

 ルシフェルの話は、天使も悪魔もだいたい喜ぶ。本当に人気がある。

「人にも出来るようになりますか?」

「……ただ動くのではなく、思考するレベルのものになれば、神の技を真似るようなもの。かなり難しいが、賢者の石を使えば可能だぞい」

「そのような使い方が!」

 さすが人類が憧れる最高アイテム、すごい効果があるみたい。完成したら、実験も楽しそう!


「……イリヤは、賢者の石を作って何がしたいのか?」

 先生に尋ねられて答えに詰まる。そもそも賢者の石の効果は、不老不死になれるとか金を作れるとか、とんでもないものだ。

 しかし噂の域を出ないし、不老の人がいるという話も聞かない。本当にそんな効果があるのか、疑問が残る。まずは確かめねば!

「……うーん……、実験でしょうか」

「良いかの、イリヤ。アイテムは必要に応じて作製するのであって、作る行為自体を目的にするものではないのだぞい。確かに賢者の石は人々の憧れであろうがの」


「言われてみれば、その通りです」

 最高難易度とされる幻のアイテムなので、賢者の石を作ることが最終目標になっていた気がする。先生は使用して役に立ってこそ、アイテムの真価があると昔から口にしていた。

「まあ、閣下の契約者として世界初の賢者の石の作製に成功し、名を馳せるのも悪くないわい。しっかり作るのだぞい」

 どこか嬉しそうにするクローセル先生。結局、基準はベリアルなのだ。

「努力します」


「ほほ、そろそろイリヤも閣下のお優しさが身に染みたであろう。感謝を忘れず、しっかり修行に励みなさい」

「ええ? ベリアル殿はいつまでも意地悪ですよ」

「……やはりまだ子供だぞい」

 なんだか納得いかない。クローセル先生は昔から、ベリアルの味方なのよね。

 話し込んで深夜になってしまったので、慌てて部屋へ戻った。廊下は薄暗く、空間を静寂が満たしている。空に浮かぶのは糸のように細い、二日月ふつかづき


 昨日はあまり買いものができなかったので、次の日の出発前に再び散策をする。クローセル先生は契約者であるクリスティンの元へ戻り、エクヴァルは冒険者ギルドに顔を出すからと、いったん別れた。

 アレシア達のお土産に、お菓子を買おう。どうしてもノルサーヌス帝国だと、イモって気分になるなぁ。

「師匠、これなど如何でしょう!」

「……誰に渡すつもりなの?」

「アレシアです。甘いものが喜ばれるのは覚えました。これは体にも良いでしょう」

 セビリノが胸を張って勧めるのは、アルラウネの根っこをチョコレートコーティングした謎のお菓子だった。私でも食べたい気持ちにならない。

 どうしてこれを商品化しようとしてしまったのか。


「……他のも見てから決めましょう」

「そうですか?」

 結局そのお菓子は買わず、普通のチョコレートとサツマイモを購入。他に中級ポーションの素材が売っていたので、買い占めたわ。魔法治療院に頼まれているし。

 買いものを終えて、エクヴァル達と合流した。

「イリヤ嬢、チェンカスラーに配達する依頼を受けたよ。私とリニはレナントに寄らずに、そのまま移動するから」

「分かったわ。じゃあ、もう出発しましょうか」

 帝都の外でキュイを呼んで、エクヴァルとリニが乗る。キュイは嬉しそうに、キュイインと鳴いた。


「あのね、依頼の場所……イサシム村だって。イサシムの皆の、出身地だよね」

 リニが笑顔で教えてくれる。お友達のお宅訪問だわ。

「ノルサーヌスから依頼をしたの? 何かあったのかしら」

「仕送りだよ、問題じゃないから安心して」

 なるほど。仕送りをしたくても、わざわざ帰れないのね。空を飛べないと、往復するのも大変だ。きっとノルサーヌス帝国で生活の基盤を整えた人なんだろう。


「どんなところかなぁ……」

「薬の素材になりそうなものがあったら、採取していくね」

「ありがとう、楽しみにしているわ」

 そういえば、村にシンボルになる大きな木があるから、パーティー名を“イサシムの大樹”にしたって、いつだか教えてくれたわ。どんな木なんだろう。実はなるのかな、樹皮は薬にならないかしら。


 私達はレナントで降りて、通り過ぎるキュイを見送った。

 村はジークハルトの実家、へーグステット家の領地の近くだとか。ヘーグステット家の領地には、アンブロシアが咲く深い森があるのよね。むしろあの森を守る為に、あの場所を任されていているんだろう。

 きっといい素材が手に入りそう。ヘーグステット家に顔を出すので、帰りは明日になるかも知れないと話していた。長男のライネリオと、エクヴァルは仲がいい。

 一方的にライネリオに懐かれている感じもする。


 私はモレラート女史に、手に入れた宝石を確認してもらう。セビリノが一緒で、ベリアルも少し離れて付いてきていた。

「こんにちは。ローザベッラ・モレラート女史はご在宅でしょうか」

「イリヤさん。先生、イリヤさんが来ましたよ!」

 弟子の自称天才カミーユが奥に向かって呼び掛けると、先生がゆっくり姿を現した。

「どうしたんだい」

「飛行魔法用の宝石を入手しましたので、ご確認を頂きたく……」

「早かったね! ほう、こりゃいい宝石だ。十分だよ、じゃあこれは預かるね。台座を作るからね」

 二つのサファイアを、モレラート女史に渡した。台座を作って、そこに文字や模様をいれるんだろう。


「宜しくお願いします」

「こんないい宝石を、どこで見付けたんだい?」

「ノルサーヌス帝国です。知り合いがいるので、本来は出回らない高品質な品を買わせて頂きました」

「なるほどねぇ。あてはないけど、帰りに寄ってみよう」

 モレラート女史は宝石に満足し、自分の分も欲しがっている。ただ、見せてもらえるかは分からない。私もクローセル先生のお陰で入手できたんだしなあ。


 宝石を託して、家へ帰った。ベリアルは先にルシフェルの別荘の様子を覗きに行く。警備のガルグイユが攻撃的で、心配だから。好戦的な悪魔が製作に関わってしまった影響だろう。

「人間の丸焼きが出来ていなければ良いのであるが」

「やりかねないですねえ……」

「匂いが残って、ルシフェル殿が不快になる故な。しかし目立つ建物であるな……」

 心配しているのは、そっちだった。まあ地獄の王が関係ない他人なんて心配しないわね。

 ちなみにちょっとした観光名所化していて、わざわざ見に来る人もいる。入り口にロープを張って、入らないようにしてある。せめてもっと、町と調和する建造物ならいいのに……。


 自宅に入ろうとしたら、ジークハルトが数人の部下を連れて通り掛かった。見回りの時間ね。このルシフェルの別荘のお城モドキを、町の為にもなるべく気に掛けて欲しいとお願いしてある。

「イリヤさん、早かったね」

「必要なものが、すぐに入手出来ましたので。お仕事、お疲れ様です」

「ああ……、うん。ところで、その城? の、像について話があってね」

「ガルグイユ像ですか」

 やっぱり人を攻撃したのかしら。死人が出ていないといいな。しかしこの後に続く言葉は、全く想定外のものだった。


「警備だと聞いていたけど、夜な夜な目を光らせて動き回ったり、庭に小悪魔が集まって怪しげな集会をしていると、何度か通報があるんだ……」

 ジークハルトは、とても困った表情をしていた。部下の人達も苦笑いしている。

 何をやってるの、あのガルグイユ像は。ただ、一体は宴会好きなバアルが魔力を注入し、もう一体はハデ好きなベリアルが関わっている。

 大人しいわけがなかった……!!!

「申し訳ありません、近隣の方が不安になられないよう、配慮させます……」

 謝るしかない。このままだと肝試しスポットになって、本当の墓場になりかねない。何をしているのか、確かめなければ!

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