第390話 深夜の集会
ルシフェルの別荘を守るガルグイユ像が、夜中に目を光らせて動き回ったり、小悪魔を集めて怪しげな集会をして、町の人を怖がらせているらしい。これは早急に解決しないと。
それまで無言だったセビリノが、口を開いた。
「ガルグイユ像は、意思を持って自由に動いているようですな」
「かなり自由よねえ」
「我々にもあのような魔法付与が出来るでしょうか」
「難しいとは思うけど……。賢者の石があれば、可能かしら」
そう考えたら、ちょっと楽しい。
ただ、地獄の王の技をもってしても、制御をしきれないのだ。思うように動かすのは難しそうだわ。
「師匠ならば、必ずや成功されます!」
いや無理でしょ。過度な期待はやめて頂きたい。
相変わらずこういう時のセビリノは、少年のような輝く瞳をしている。どうせなら、“私がやってみせます”と宣言して欲しい。
家に帰ってゆっくりしていると、ルシフェルの別荘を確認したベリアルが戻ってきた。係りの者の帰還です、相談しないと。
「ベリアル殿、別荘に変わりはありませんでしたか?」
「誰も襲われておらんようであったわ。……どうかしたのかね?」
「実は……」
私は苦情の内容を伝えた。ガルグイユはともかく、小悪魔達は何をしているやら。
「……全く、面倒な。今宵も奇妙な集会が行われるか、確認せねばならぬ」
ベリアルはいつもの厳しい眼差しで、髪を掻き上げた。
辺りはすっかり暗くなり、家の明かりもだんだんと消えていく。町が寝静まった深夜に、薬草を干すバルコニーから裏の別荘を覗いた。
薄暗い庭に小悪魔が数人集まり、ガルグイユと円になっている。ガルグイユの目はそれぞれ赤と緑に光り、遠目からでも存在がすぐに分かった。
「……井戸端会議みたいな感じですかね」
「暴れてはおらぬな」
私とベリアルは道路に降りて、壁越しに耳を澄ませた。喋っている言葉が聞こえてくる。
「……ガオケレナ」
「ナ……ナナカマド」
「どらごん」
「おー、緑ガルグイユの負け!」
小悪魔が手を叩いて喜び、どっと笑いが溢れる。
「……しりとりですね」
「……しりとりであるな」
深夜に集まって、しりとり……? 私が首を捻っていると、ベリアルがずかずかと入り込んだ。魔力を帯びて、ほのかに赤く光ってみえる。いわゆる威嚇である。
「何をやっておるのだね、そなたらは!」
「王様!」
「王様だ、王様だ!」
小悪魔達が慌ててバラバラに頭を下げる。ガルグイユだけはそのままの姿勢で、目の光を点滅させていた。
「ガガ……、しりとりデス」
「分かっておるわ。何故夜中に集まっているのか、聞いておるのだ!」
「あのぅ、王様。僕ら、ガルグイユの教育を任されてまして。しりとりで単語を覚えさせてます。昼間は仕事があるんで、夜中にやってます」
なるほど。そういえば確かに、小悪魔が教育係をしていたわ。一人二人でやるにはこのガルグイユは好戦的で危険だから、仲間を集めたのね。
「ガルグイユが庭を動き回っているとの通報もされたそうだがね」
「こいつら石像なのに、ずっとじっとしていられねんです。夜に動く分には、いいかと思ったんスが……」
脅かそうとか、悪気があったわけではないみたい。ただ、周囲からすれば不気味なだけで。
「室内か、せめて目の光を止めよ。スパンキーのようではないかね」
スパンキーとは、いわゆる人魂だ。
「ギギ……、巡回、巡回、目ヲ光ラセル」
「実際に光らせるのではないわ!!!」
小悪魔が笑いたいのを我慢して、必死に口を結んでいる。漫才のようで漫才ではない。ベリアルはツッコミもできる王様なのだ。
しかし、それなら無理にやめさせるのも良くないわね。
「……そうです。明け方に集まって、言葉の学習だけでなく、庭や周辺の道路の清掃活動をしてはどうでしょう? 体を動かせますし、不信感も
「ふむ……、とりあえずやらせてみるかね。そなたら、明け方に清掃活動をせよ」
「わっかりましたー!」
「はーい」
「やります、ですます!」
小悪魔達が思い思いに返事をする。まずはこれでイメージ向上を図って、様子をみよう。
ガルグイユは動きを止めている。
「ジー……ガガガ、清掃機能ハ搭載シテイマセン」
「全部壊セバ綺麗ニナル」
「壊すでないわ! ガルグイユをしっかりと教育せよ!」
「「「はいー!!!」」」
まだまだ道は長そうね。
ちなみに邸内を守っている三体目は、常に大人しく持ち場にいるそうだ。ただ、小悪魔が調子に乗って“王様の別荘見学ツアー”をしようとしたら、蹴り出されてたと言っていた。きちんと仕事をこなしているわ。
一応解決。
次の日はお土産を渡しに行く。イサシムの皆には、エクヴァルが戻ってからにする。イサシム村を依頼で訪問した話を伝えるんだろうから、私も一緒に聞きたい。
アレシアとキアラの露店へ、ベリアルと一緒に出掛けた。
セビリノはローザベッラ・モレラート女史のところへ、飛行魔法の付与の打ち合わせに行っている。彼が指名されていたし。
羨ましいなあ。絶対に私も立ち会って、飛行魔法の付与を習得するぞ。
「アレシア、キアラ、ただいま!」
「イリヤさん、今回は早かったですね」
エグドアルム王国より、よほど近いから。この後は多分、しばらくチェンカスラー王国にいると思う。もとい、いることも多いと思う。
「必要なものを買いに行っただけだもの。お土産のお菓子と、傷薬の素材よ。お菓子はノルサーヌス帝国だから、おイモのお菓子にしたの」
「そういえばおイモが有名でしたね」
露店の台の上の商品は、まばらになっている。お祭りまで隣にいた羊先生のテーブルがなくなり、ちょっと寂しい感じ。先生は都市国家バレンのエルフの森にある、羊人族の村へ帰ってしまった。
「商品が少ないわ。朝から売れてるの?」
「お祭りが終わったばかりだから、あんま売れないよ。お祭りでたくさん売れたから、なくなったの。今日は午前で終わり、午後は品物を作るよ!」
元気に答えるキアラは、手にベリアルが渡した大きなお土産を抱えている。
ベリアルはより高価で大きいものが価値があると、思い込んでいるのだ。もらって嬉しいものといえば、その土地でしか買えないスイーツや、希少性のある素材なのに。
「そうそうイリヤさん、商業ギルドには寄りました?」
アレシアが思い出したように質問してきた。最近はあまり、商業ギルドへ行ってないわね。
「え、特に用事はないけど……」
「品物が届いたとかで、イリヤさんがいつ帰るか、昨日職員の人に聞かれました。寄った方がいいですよ」
「ありがとう、この後に行くわ」
荷物って、どこから届いたのかしら。何かお願いした覚えもない。とりあえず、確認しないと。
ベリアルと、商業ギルドを目指した。大通りで町の外へ向かう冒険者達と行き違う。これから仕事に向かう人も多いのね。中には、夕べ目にした小悪魔の姿もあった。
「イリヤ様! お帰りになったんですね。来てくれて良かったです!」
ギルドに入るといつも受け付けしてくれる、水色髪の職員が手を振る。私は急ぎ足で向かった。
「アレシアから聞いて参りました。ご用があるそうで……」
「実は、サンパニルという国から荷物が届いているんです。わざわざペガサス便を使用していましたし、イタズラの
私に確認しながら別の職員に指示を出して、荷物を用意してくれた。
小さな箱で、宛て名は確かに私。
差出人は、ヴィート・バルバート。バルバート……、エグドアルムの皇太子妃になった、ロゼッタのお父さんのバルバート侯爵だ!
「以前、お世話になった方です」
「待っておったわ! ようやく着たのかね」
「ベリアル殿、荷物が届く心当たりがおありですか?」
私が尋ねると、なんとも呆れたような視線が落とされた。わざとらしく、ため息までついて。
「……もう忘れたのかね。依頼の報酬である」
報酬。サンパニルでは、アイテムを作ってドラゴンを退治する、いつもの仕事をしたような。
そうだ、洞窟に住むフーツァン・ロンという龍を倒したんだわ。フーツァン・ロンは伏蔵龍とも呼ばれる、秘宝の龍。住んでいる洞窟の奥に宝石の鉱脈があって、守っていた筈。洞窟は大きな岩が崩落したりして入れなくなったものの、整備して採掘が出来たら、宝石をくれると言ってたんだ。
私は受け取りにサインをして、荷物を持って帰った。
さすがベリアル、宝石に関しては忘れないわね。
家で箱を開けると、布が敷き詰められた中に、宝石が無造作に並べられていた。メッセージカードも入っているので、手で破って封を開ける。
「えーと、なになに。『久しぶりだね、イリヤさん。ようやく洞窟を復旧して、採掘が開始されたよ。約束の宝石を贈ります。かなり豊富にありそうだ、本当にありがとう! またいつでも訪ねてきてくれ! 娘がいなくなって、淋しいです……』だって。侯爵様、ロゼッタ様が大好きなのねえ」
いかにも武人という体格で、見た目は威厳があって歴戦の猛者っぽかったのにな。実際に隣の大国、ルフォントス皇国も警戒する猛将なのだ。
それと宝石の目録だわ。
エメラルド、ムーンストーン、サンストーン、スモーキークウォーツ……。色々な宝石が採れるみたい。それと指のように細い小瓶に入った、砂金。砂金? 目録の下の方に目を通した。
エルフから、バルバート侯爵のお嬢様を守ってくれたお礼、と書いてある。対ルフォントス皇国で共闘したと言っていたし、随分親しく交流しているわね。滞在中にエルフの里に行かれなかったのは、心残りだわ。
きっとルフォントスの秘匿魔法で攻撃されたのを知っていただろうから、気を遣ってくれたのね。
「ベリアル殿はどれか欲しいものは、ありますか?」
「うむ、珍しいレッドベリルではないかね。我はこれを頂こう!」
様々な色があるベリルだけど、赤は珍しいわ。他も皆で分けて、私は残ったのでいいや。
……でもエメラルドは使えるかも。確保しておこうっと。ノルサーヌス帝国で買ったのより、良さそう。
「ただいま! あれ、どしたのその宝石?」
目に入るように、キッチンのテーブルに置いておいた宝石を、エクヴァルがすぐに見つける。
「バルバート侯爵から、お礼だって。二人とも一個ずつ選んで」
「いや、私はほとんど何もしていないよ?」
「エクヴァルがもらってくれないと、リニちゃんが遠慮しちゃうわよ」
リニは目を大きく開いて、首を横に何度も振った。
「わ、私はいらないよ……」
「ほら」
「んー、せっかくだからもらおうか。サンストーンをもらっていいかな?」
「勿論よ」
エクヴァルが選んだのは、オレンジ色の中に光を反射するラメのような内包物がある、明るい石だ。そしてもう一つ、白っぽくてぼんやりと柔らかい輝きに揺れるムーンストーンを手に取る。
「リニはこれでどう?」
「いいの? じゃ、じゃあ、もらうね」
少し戸惑ったものの、エクヴァルが渡すとリニは受け取って、しっかりと握った。
「そういえば、イサシム村はどうだった?」
何気なく発した問いに、エクヴァルとリニが顔を合わせる。
「……あ、あのね。ちょっと……困って、そうだったよ……」
伏し目がちにリニが答える。くるんとした角が、いつもより自信がなさそうに映った。
何かあったのかしら?
★★★★★★★★★★★★★★
フーツァン・ロンのお話……
第218話 サンパニルのドラゴン退治だよ!
ずっと前ですね。忘れなくて良かった(笑)
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