第388話 小悪魔対決!?

 宝石を買えたし、薬は作り終わった。後は帰る前に帝都の商店街を散策しよう。

 工房を片付けていた私達に、パップ剤を貼った被験者の男性が声を掛けてきた。

「皇帝液ですけど……、その名称は皇帝陛下から差し止められるのでは」

「確かにそうよね。豪壮な名前で、いいと思ったんですけど」

 クリスティンがしまった、という表情をした。確かに皇帝陛下がいる国で皇帝の名を使うなんて、とんでもない。ベリアル達が王なのに“陛下”ではなく“閣下”と呼ばせているのと、同じことだろう。

「そうですね、皇帝液は良くないです! 他の名前にしましょう」

「クローセル。よもやわれの契約者の意を汲まぬ者が治める国に仕えるような者は、我が配下にはおらぬな?」

「はは、おおせの通りにございまする」


 ベリアルがクローセル先生にわざとらしい威圧感を持って、言い放つ。先生は拝命しました、とばかりにうやうやしく頭を下げた。

「えええっ!? 困ります!!!」

 クリスティンが叫ぶ。私がよく理解できないでいると、エクヴァルが苦笑いで説明してくれた。

「つまりね、皇帝液の名前を認めないのなら、クローセル様を含めてベリアル殿の配下は全て、ノルサーヌス帝国から手を引けってこと」

「それは酷すぎない!?」

「王様の命令は絶対だからねえ」

 エクヴァルにとっては所詮しょせん他人事なので、どうでもいいようだ。

 地獄の王を敵に回すと、下手をすれば配下全てが一気に敵に回るのが厄介やっかいなところ。公爵でもそんな命令は出せない。


 そもそも私は皇帝液にしたい、なんて言ってないんだけど!

 ベリアルの悪い遊びが始まった。これまでの対応を見ても、帝国でクローセル先生はとても頼りにされている。契約を打ち切られるくらいなら、名前を認めるしかないだろう。却下したら、むしろ魔法関係から大ひんしゅくだわ。

 小悪魔がどの王に属しているかなんて普段は考えないから、誰が離反するか分からないのも怖い。

 無理だから通したいのだ。無駄な権力の乱用はやめて頂きたい。

 とはいえ、こうなったらノルサーヌスの皇帝陛下に判断をお任せするしかない。

「……頑張ってください」

 薬とレシピをたくして、私は帝都の散策へ。用意された馬車で、商店街まで送ってもらった。


 ベリアルは高級商店を回るので、別行動。クローセル先生もベリアルに付いていく。荷物持ちとして、セビリノまで志願した。私はエクヴァルとリニと三人だ。

「ではエクヴァル殿、師匠を、私の師匠をよろしく頼みます」

「私にそのアピールは、いらないから」

「が、がんばる!!!」

 冷めた反応のエクヴァルをよそに、やたら張り切るリニ。二人が抜ける分、気合いを入れているのね。戦力を可愛さでおぎなってくれている。


 帝都はとても活気があって、大通りの外れには小さなお店がひしめき合う。箱に入れて売られているイモ、八百屋の台のメインで売られているイモ。本当にイモが好きねえ! 今はジャガイモが多い。里芋は終了間近だって。女王の顔が浮かぶわね。

 うーん、ノルサーヌス名物の干しイモでも買っていこうかな。日持ちもするし。

「いらっしゃーい、小悪魔ちゃん!」

 店頭で呼び掛けるのは、リニと同じ年代に見える天使の女の子。悪魔や天使、妖精の姿もちらほら見掛ける。

「わ、私??? あ、あの……行ってもいい?」

 リニは呼ばれたので、断り切れない。私が頷くと、天使が店番するお店にエクヴァルと手を繋いで向かった。お菓子やお惣菜を売っているお店だ。

「観光? 買ってってよ。ノルサーヌス帝国の特産品はイモだよ! オススメは、ジャガバタサブレとスイートポテト」

「え、ええと……」


 リニが迷っていると、隣の店から小悪魔が姿を現した。こっちは少し年上の男の子。

「そこのデーモン、買いものなら俺の店でしろよ。俺はデビルだぜ、地獄は忖度そんたくで渡るもんだ」

 デビルはデーモンの一つ上の階級。リニはデーモン階級なのだ。ただし、どちらも小悪魔に分類される。強い小悪魔、といったところかな。

 デビルが店番をしているのは、野菜や果物を取り扱う青果店。店頭の木箱にはジャガイモやキャベツが入っている。

「ちょっと、あたしが先に声を掛けたのよ。後にしてよ!」

「こっちは悪魔仲間だぜ、天使はお呼びじゃねえよ」

 天使と悪魔が言い争いになってしまったわ。リニは二人に挟まれて、オロオロしている。

「あ、あの、私……」


 困っているリニの肩に、エクヴァルが手を置いた。反対の手で、通りの向こうのお店を指さす。

「向こうのお店で買いものしようか」

「「こっちが先だー!!!」」

 声が合わさった。二人は仲がいいのか、悪いのか。

「じゃあ順番に買いものをするから……」

「いや、これは天使と悪魔のプライドの問題だぜ、兄ちゃん」

「そうよ、天使として悪魔に負けられないわ」

 エクヴァルが折衷案せっちゅうあんを出したのに、二人はまだいがみ合っている。天使と悪魔の戦いで小悪魔を取り合うのは、いささかおかしな話である。


「ライバル店なのかしら」

「全然そんなことないよ。アイツらが勝手に競ってんの。隣のお店は幼なじみがやってるし、ウチの野菜を買ってお惣菜を作ってくれたりするくらいだよ」

 店内から出てきた青果店の店主の女性は、言い争いに呆れているものの、止める様子はない。彼女がデビルの契約者かな。

「勝負だ!」

「望むところよ! ……ただ、私は悪魔と勝負したりしないのよ。代わりにこの小悪魔ちゃんが相手よ!」

「えっ……!?? わ、私……!???」

 リニが巻き込まれてしまっている。そもそもこれでは、悪魔と天使ではなく悪魔同士の勝負になってしまう。


「いいよね? 女同士だし、代わりにファイトよ!」

「わ、私、戦えません……」

 リニが必死で首を横に振る。すると二人はきょとんとした目をリニに向けた。

「戦わないよ」

「そうだぜ、売り上げ勝負をするんだ」

 断わっているのに、天使がルールの説明を始める。

「ここはお店だからね。一定時間で多くの商品を売った方が勝ち!」

「品目は……」

 デビルが店の商品を見回すと、店主の女性が店内にある果物を掴んで持ってきた。


「パイナップル! 輸入品で面白いから仕入れてみたんだけど、食べ方が分からなくて売れないのよ。これを一つでも多く減らして!」

「そのゴツゴツした変なヤツか! よおし、やるぞー!!!」

 エグドアルムでは、ほとんど売っていない果物だわ。店主もちゃっかりしているわね、勝負にかこつけて売れ残りを処分するなんて。

「私達はお土産を探している途中なんですが」

「じゃあ制限時間は短めに三十分。宿を探すなら、紹介するね」

 店主の女性もどんどん話を進める。拒否権はないのか。ストッパーがどこにもいない。


「開始よ~!」

 天使が勝手に開始を告げた。店主は慌ててイモの箱を脇に寄せて、パイナップルが入った箱を二つ、店頭に並べた。さらに奥から持ってきて山盛りにしている。どれだけ仕入れたのかしら。

「いらはい、いらはいー! 美味しいパイナップルだよー」

 早速デビルが声を張り上げて、呼び込みを開始。

 山積みパイナップルを眺めていたリニが、周囲を見渡した。人はたくさん歩いていて、犬の魔物をつれた人もいる。

「ええと……パイ、ナップル、です。買ってください……」

 デビルの真似をして売ろうとするが、引っ込み思案のリニはなかなか大きな声が出せない。


「小悪魔ちゃん、もっと腹の底から声を出すのよ! いらっしゃーい!!! ほら」

 教えてくれる天使だが、自分で販売すれば良いのでは。

「いら……っしゃぃ……、ませ」

“いら”までは大声が出せたけど、段々小さくなってしまう。不特定多数に呼び掛けるのは、リニには難しいわね。私も一緒に呼び込みしたら、いけないのかしら。

 デビルのパイナップルは早速一つ売れ、銀貨を受け取っていた。ちらほらと足を止めるものの、なかなか購買には繋がらない。


「……これ、リニに利点はあるのかな?」

 エクヴァルが訪ねると、店主が頷く。

「小悪魔だから安くなるけど、賃金は払うよ。たくさん売れたらお礼もするからね!」

「……リニ、続ける? 無理ならやめていいからね」

「ううん……、お店屋さん、やってみる……」

 心配するエクヴァルに、リニは首を横に振って、力を込めて答えた。恥ずかしいだけで、挑戦したいのかも。勝負はしたくないんだろうけど。


 しかしパイナップルは簡単には売れない。デビルも苦戦していた。

「これなに?」

「さあ……。硬そうな野菜だな」

 こんな感じで、大体の人がパイナップル自体を知らない。

「十分経過。現在デビル二個、小悪魔ちゃんゼロ! デビル優位です」

 当事者の筈の天使は、審判をしている。

 しかし売る側も食べ方をろくに知らない品を販売するのは、難しいのでは。パイナップルとにらめっこしていたリニが、不意に店主の女性を見上げた。


「……あ、あの……。これ、切っても……いい、ですか?」

「そうねぇ、中身を確認した方が売れそう。一つ見本にしましょう! 切ってこようか?」

「わ、私が……切りま、す」

 店主は使っていない木箱を持ってきて、上にまな板を置いた。小さめの包丁をリニに渡す。まな板の上にコロンとパイナップルを転がしたら、興味を持った人が近付いてきたよ。

 パイナップルに集中しているリニは気が付かず、上の葉っぱと下を落とす。それから立てて実を半分にすると、綺麗な黄色の果肉が覗いた。観衆がいい色だな、と囁き合っている。

 今度は寝かせてさらに半分に、また半分にして八等分にして、中心部分を少し切り落とした。


「中心はダメなの?」

「ここは、芯なので、硬い、です」

 厚めに皮を剥き、食べやすく切り分けたら完成。

「「「おおお~!!!」」」

 パチパチパチと、拍手と歓声が巻き起こる。リニが驚いて肩を震わせ、包丁を持ったまま体を縮こまらせた。

「ねえ、食べていい?」

 一番に聞いてきたのは、店主の女性。自分でも食べずに売っていたのか。

「は、はい」

 リニが頷くと、指で摘まんで素早く口に運んだ。


「甘くてサッパリしてて、美味しい! これ、試食にしよう。小悪魔ちゃん、残りも切り分けて皆に配ってね」

「う、うん」

 眺めていた人々が、試食と聞いてワッと集まる。リニが残りを切り、エクヴァルがお皿に移して配っていた。それもすぐになくなるよ。

「おい、俺にも」

「わたしもちょうだいー!」

 デビルと天使も試食をしようとするが、人垣に近寄れない。さすがに売る側が無理に入り込んで食べるのは宜しくない。


「……じゃ、じゃあ、そっちのも一つ、剥こうか?」

「やったぜ、頼む!」

 試食をした人の多くが、パイナップルを求める。販売はエクヴァルが引き継ぎ、リニは二個目のパイナップルを切っていた。

「はいはい、パイナップルのお求めは私に。紳士淑女の皆さん、銀貨一枚で爽やかな甘みを持つ、瑞々みずみずしい黄金の果実が手に入りますよ」

 私も受け渡しなどを手伝い、制限時間の三十分を待たずにこちらのパイナップルは完売、デビルの箱には二つ残るだけとなった。


「すごーい!!! 小悪魔ちゃん、いつでもうちにお仕事に来て! 今日の報酬は銀貨一枚と、あと残りのパイナップルに、変なジャガイモもあげるね。いっぱいあるから、いっぱい持ってって」

 お礼と言いつつ、在庫処分では。なかなかちゃっかりしている人だ。

 変なジャガイモは、真っ赤で大きさや丸っぽい形から勘違いしたようだが、カブに似た野菜のビーツだ。大陸の北側で多く栽培される。この店主、知らないものをどんどん仕入れているのかしら。

「カエンサイ、だよ。ボルシチっていう、赤っぽい、スープに、使います……」

 カエンサイは地獄での呼び名かしら。リニが喜んで受け取っている。わあい、ボルシチが作ってもらえるわ。ビーツはチェンカスラーでは簡単に手に入らないので、とても楽しみ。

「え、これも知ってるの? レシピ教えて~!」


 リニはレシピを教えてあげていた。終わったら、帝都で宿を取ろう。まだ買いものしていないし、暗くなっちゃうわ。

「……やるじゃん、俺の完敗だ。デーモンだとあなどったぜ」

 デビルがリニの背中をポンと叩いた。店員の能力と階級は、あまり関係がない気がする。

「さすがは私の見込んだ小悪魔ちゃん!」

 勝負を押し付けた天使もリニを褒めている。リニは怒ってもいいと思う。でも、嬉しそうにしているわ。

「いっぱい売れて、皆が喜んでくれて、良かった……」

「この勝負、私達、天使チームの勝ち~!」

「そりゃ違うだろ!!!」

 さすがに最後は、デビルに突っ込まれていた。

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