第387話 パップ剤と栄養剤

 馬車は今度こそ、宝石が保管してある建物へ向かった。

 王城に近い要塞の小さいもののような頑丈そうな建物で、警備兵がしっかりと配置されている。魔法付与できる施設や禁書庫もあり、宝石だけじゃなく魔導書なども納められていて、魔法に関する宝物も厳重に仕舞われているのだとか。

 クローセル先生の来訪は先に知らされていたので、宝石の保管庫にまっすぐ案内された。他の部屋には入らないよう、釘を刺されたよ。

「魔法付与用の宝石はこちらです」

「わあ、たくさんありますね!」

 重厚な扉の向こうには、数えきれない程の宝石が輝きを発していた。壁際には狭い間隔で五列の棚が備え付けられ、宝石が説明文付きで並ぶ。八つのテーブルが部屋の中央付近で二列になり、そこにもガラスケースに収められた高価そうな宝石が、たくさん。


「サファイアをご所望と伺っておりますので、こちらに用意しております」

 部屋の奥にいた管理人の男性が、布を敷いたトレイの上に置かれた六個の青いサファイアを提示してくれた。青みが少しずつ違うのね。

 私は鉱山でもらってきたサファイアを出して、色を比べる。

「飛行魔法用なので、同じランクのもので二つ揃えたいのです」

 両方の靴に使うので、どうしても二つ揃えないといけない。バランスが悪いと飛びにくくなるから、他の魔法付与よりも選ぶのが繊細な作業なの。

「……ではこちらなど如何でしょう」

 慣れた人の目利きが一番ね。私は選んでもらった宝石に決めた。

「これは私が払うからの、生徒の成長の祝いだぞい」

「ありがとうございます!」


 かなり高価そうなのに。申し出を有り難く受けると、何故かベリアルが先生を睨んでいた。クローセル先生は苦笑いしている。またおかしな対抗意識を燃やしているのかしら。

 あ、もしかして。

「ベリアル殿も欲しかったんですか? これは私が使うので、他のものから選んでください」

「いらぬわっ! 他にも宝石はないのかね!?」

「あちらに装飾用に加工したものがございます」

 不機嫌に尋ねるベリアルに少しビクッとして、控えていた職員が別室へ案内した。多面カットや雫や花の形など、アクセサリー用のものがあるらしい。本来まだ売りものではない品を特別に譲ってもらうのに、よく偉そうにするなぁ。


 私は引き続き、この部屋の宝石を見ていた。使えそうな宝石がたくさんで目移りしてしまうわ。

 クリスタルは確保しておいて損はない。セビリノはエメラルドを選んでいる。うーんなるほど。私はトパーズとモリオンにしようかな。アイアゲートもアリかも知れない。

 本当に魔力に溢れた、魔法付与専用といっても過言ではない宝石ばかりが集められている。国内用にして外国への流出を防ぎたくなる気持ちも理解出来るわね。強い護符や武器が作れるもの。


 宝石を選び終わったら、次はお薬作りなのである。

 クローセル先生が先導しているので、何処へ行ってもあちらが頭を下げる。そして先生のすぐ後ろで、ベリアルが誰よりも偉そうにしている。いや、偉いのは知っている。なんだか釈然としない気持ちがあるのだ。

「クローセル様、ベリアル様、イリヤさーん! いらっしゃいませ!」

 城の裏手にある建物の入り口で、クリスティンが出迎えてくれた。クローセル先生の契約者で、焦げ茶色の髪で朱色のローブを着用している、召喚術が得意な女性だ。長い前髪をヘアピンで止めている。

 最初に会った時はツンと澄ましていたけど、こちらの明るい性格が素なのね。私達の前では、もうすっかりこの調子になったわ。


「お久しぶりです、クリスティン様」

「今日は誰か初めてのお偉い方は、いらっしゃらないんですか?」

 メンバー全員の顔を眺めるクリスティン。特に目新しい顔はないわよ。

「いないですよ。公爵様とはお別れしてしまいましたし……」

「公爵様! 握手したかったなあ……」

 有名人や偉い人と握手をするのが趣味みたいなのよね。相手から怒られないのかな。

「公爵様が妹と勝手に公言している、リニちゃんはいますが」

「地獄の公爵様の妹様!!! 握手してください!!!」


 冗談で言ったら、本当にエクヴァルの後ろの見え隠れするリニに向かい、膝を曲げて手を差し出している。

 リニはエクヴァルを見上げて目配せをし、おずおずと手を差し出した。

「よ、よろしくお願い、します……」

「はーい! ありがとうございます!」

「いい加減にせんか、クリスティン!!!」

 楽しく握手をして、クローセル先生に叱られていた。肩を竦めて、しゅんとしている。多分、全く懲りていないだろうなぁ。

「握手しちゃったよ、エクヴァル。……有名人になったみたい」

「後でちゃんと洗おうね」

 リニは自分の手を眺めて、にこにこしている。リニが喜んだなら、結果オーライよね。

 ところでエクヴァルは、クリスティンの手が汚れていると思っているのかな? リニはちょっと不思議そうにして頷いた。


 施設の中の広い廊下を進み、アイテム作製をさせてもらえる部屋へと向かう。

「今回は研究用の部屋を借りています。道具はともかく、工房にある素材は無断で使わないでくださいね」

「必要なものは用意してあります」

 第三研究室と札が掲げられた部屋へ入る。慌てて片付けたようで、机の上の乱雑にまとめた紙の束を隠すように、本が数冊載せられている。ペンも転がったままだわ。隣の小部屋は書庫になっていた。

 奥はアイテムが飾ってあったり、保管しておく部屋。それから工房につながっている。工房は綺麗な状態を保っているので、すぐに作業に入れる。


 作業テーブルに買ってきた素材や布などを広げていると、鍋や乳鉢をクリスティンが棚から出していた。

「私も、お手伝い、ある?」

「そうね。リニちゃんは裁ちバサミを用意してくれる?」

「うん」

 リニがキョロキョロと辺りを見回す。

「ハサミはこの棚の、一番上の細い引き出しにあります」

 クリスティンが鍋などを出した棚の、横にある棚に視線を向けながら説明する。上部分は書類やファイルが入っている。

 ハサミで布を切り、貼り薬に使いやすい大きさにする。リニがハサミを持って座ると、エクヴァルが布を両側から引っ張って切りやすいようにしていた。


 クローセル先生は壁際で見物しているベリアルに、椅子を持っていった。先生本人は脇に立つ。クリスティンにはこれからも処方できるよう、レシピをメモしておいてもらう。

 特別に秘密にするようなものではないよ。多分。エクヴァルに怒られないし、セビリノにも止められないから大丈夫だろう。

「では開始します。パップ剤、いわゆる貼り薬です」

 作り方は難しいものではない。素材になる薬草をペースト状にして薄い布に塗り、それを患部に貼ればいいのだ。


 買ったばかりのオウバクとヨウバイヒの葉をセビリノがすり潰し、私はアルテア根を少量の水で煮る。このエキスとすり潰した薬草に、トウモロコシの粉を加えて混ぜ、厚いペーストを作った。

 薄い麻布にハッカ油を塗り染み込ませたら、そこにペースト状にした薬剤を塗りたくって完成。

 腰痛の人を呼んでもらって、試しに腰に貼らせてもらった。独特の感触のパップ剤を、包帯で外れないようにしっかり固定すれば処置は終了する。乾くと剝がれやすくなるのが、難点だわ。


「……うーん、さすがにすぐには効果が分かりませんね」

 被験者は苦笑いして、パップ剤がズレないように、ソファーに腰を押し付けるように座っている。

「徐々に吸収するものだし、そもそも一回で効果が発揮されるとも限らないのよね」

「レシピを研究所の人にも確認してもらいます。効果は個人差があるでしょうから、かゆみやかぶれがなければ、患者さんにお渡ししますね」

 メモをしていたクリスティンが、被験者の様子を確認しながら話した。

「お願いします」

 クリスティンもクローセル先生と一緒に届けに行くのかしら。仕事をしていると、ちゃんとした人に見えるのよねえ。


 ペーストの残りが乾かないよう、密閉できる容器に入れた。それでも長持ちはしない。患者へ処方するのは、配達してくれるクローセル先生にお任せする。容器と布を先生に託した。

 レシピをクリスティンがメモしているし、薬を継続して使うようなら、ノルサーヌスのアイテム職人か薬草医に製作してもらおう。


 さて。これだけではつまらない。ケイヒ、ニンジン、トウキを煮た液にハマオ草、イカリソウの葉の絞り汁を入れ、リンゴの果汁と蜂蜜を追加。

 滋養強壮の飲み薬が完成よ。飲みすぎても良くないので、小瓶に入れて一日一瓶までにしてもらう。ハマオ草は本来、薬酒にする素材だ。とはいえ、これでも効果はあるはず。

「ハマオ草を使ったのは初めてだから、今までより効果が強いと思うけど、自信がないわね」

「問題ございません、完璧です! 私がこの新薬に名を付けましょう!」

 セビリノが張り切っている。良くない予感しかしない。

「いやいいよ」

 私が断ると、とてもいい笑顔で頷いた。しまった、“いいよ”を“やっていいよ”と受け取っている! “やらなくていいよ”なのに!

 訂正するよりも早く、セビリノが口を開く。


「エンペラー・オブ・魔導師ソーサラーである師匠が作られた薬……、イリヤ皇帝液!!! うむ! 我ながら良い名だ!」

「却下です」

「イリヤ皇帝液! 効果がありそう!!!」

 クリスティンが乗ってしまった! 被験者の男性までつられて拍手している。ベリアルは面白がっているので、先生も否定してくれないだろう。多数決で負けた気分……!

 もう彼らの中では決定してしまっているに違いない。

「皇帝液は認めます! 私の名前は抜かしてください!」

 せめてもの抵抗で、名前だけは抜いてもらった。謎の盛り上がりを見せる中、気が付くとリニとエクヴァルは片付けを始めている。私もやらなきゃ。

 

 これでノルサーヌス帝国の用事が済んだわね。次はレナントへ帰り、ローザベッラ女史に宝石を手に入れた報告をして、これでいいか確認してもらう。


 後に皇帝液はノルサーネス帝国の富裕層に流行し、ハマオ草を使わない安価な類似品も出回った。私の名前を削除させて本当に良かったと思った。




★★★★★★★★★★★★★



パップ剤……ネットでこれといった作り方を探せないでいたら、

『バックランドのウィッチクラフト』レイモンド・バックランド著 佐藤美保訳 Ran Rolling(出版社名かな)

に、載ってました! 「ぺイストって潰せばいいの???」と悩んでたんですが、トウモロコシの粉か~、なるほど! 多少アレンジ有り。

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