第386話 豪農の集い!?

 ノルサーヌス帝国の帝都へ、私とベリアル、クローセル先生、セビリノ、それからキュイに乗ったエクヴァルとリニで向かう。

 公爵エリゴールには、お帰り頂いた。まだリニと一緒にいたそうにしていたけど、もう用事は済んだので。


 空から帝都の外れに、広大な広場が見えた。中央に長方形の建物が整列して並び、囲むように荷馬車がたくさん止まっている。建物から荷馬車に箱を運び込んで、積み終わった荷馬車が三台連なって出発した。周囲には兵士が護衛に就いている。

「ノルサーヌス最大の物流倉庫での。特に宝石はいったん全て帝都に集められ、ここから搬出される。奥の方にあるのは芋専用の倉庫だぞい」

 クローセル先生の説明で奥に視線を移すと、中央に並ぶ倉庫の倍はありそうな巨大倉庫が一列に並んでいた。さすが芋が特産物のノルサーヌス帝国だわ。広大な平野では米や小麦、カボチャなどの作物を育てて、農産物の輸出も多い。


 帝都は発展していて、都市の中に畑はなく、あってもせいぜい庭の小さな家庭菜園くらいだ。

 しかし地方には大規模な農場がたくさんある。大勢を雇用する力を持った豪農ともなると、それなりに成功している商人よりも裕福だとか。

 エグドアルムの農民はほとんどが慎ましやかな生活を送っているので、イメージが付きにくいわね。妹エリーと結婚したリボルの家は地主で村長も務めているが、高級店で散財できるほどの収入はないようだった。


 目的は国が管理している、立派な宝石を譲ってもらうこと。

 帝都の入り口でおりて、門をくぐる。私達はまだしも、キュイは町の中へ降りられない。門番はクローセル先生の顔を見ると、敬礼していた。

 すぐにクローセル先生が馬車を手配してくれて、それに乗り込む。ガラガラと石畳を進み、活気がある街並みから閑静なエリアに入った。

 貴族街の近くの商店が並ぶエリアで、外を眺めていたベリアルが唐突に馬車を止めさせる。勝手に降りてしまったので、私も付いていった。店の前に必ず護衛が一人立っているようなエリアだ。

 とにかくどのお店も高そうで、博物館のような宝飾品店や、全階に飛行魔法用の出入り口を備え、その全てに警備員を配置しているレストランなどがある。


 ベリアルが足を止めたのは、彫刻やランプなど、調度品を扱うお店だった。飾られている小さな妖精の彫刻は、今にも飛びそうなくらい繊細で美しく作られている。ランプも無駄に装飾が凝っていて、明るければいいのにどうしてここまでするのか、疑問なくらいだわ。綺麗だけど。

 静かな店内で優雅なお買いもの……な筈が、彫刻の前でケンカをする中年男性が二人。

「これはワシが目を付けていたんだ! お前は別のものにしろ!」

「いいや、この作家の新作を待っとったんだぞ! オレが先だ!」

 どうやら人魚の彫刻の争奪戦をしているみたい。騒がしさに、ベリアルが眉をひそめる。

 二人のお付きや護衛が宥めるが、ヒートアップした争いは止まらない。お付きの人は主人を止めつつ、相手方と目くばせしつつ、時々私達や周囲の人に頭を下げる。忙しそう。


「何の騒ぎだぞい、早く収められんかの」

 クローセル先生が店員に苦言を呈すると、店員は申し訳なさそうに頭を下げた。

「お騒がせして誠にすみません、あちらのお二方は常連のお客様なのですが、サツマイモ農家様とジャガイモ農家様で、不仲でして……」

 イモイモ戦争だ! そう考えたら、ちょっと面白い。

「有名な方なんですか?」

「昔、飢饉のおりにジャガイモを倉から放出して民を救った功績で男爵位を賜ったジャガイモ男爵様と、サツマイモ永世名人様です。名人は、我が国の品評会で三年連続優勝をされた、献上サツマイモの農家様です」

 どちらもすごい農家さんなのね。紹介する店員は誇らしげだ。


「このイモ野郎!」

「そっちこそイモ野郎!!!」

 同じ彫刻が欲しいから、不毛なケンカが続いている。どちらも一歩も引かないわ。

「何を騒いでいるのです! 外まで聞こえていますよ!」

 通りがかって様子を目にした年配の女性が、勢いよく扉を開ける。

 二人はいったんケンカを止めて、同時に女性を振り返った。

「「里芋の女王!」」

 第三勢力だ! しかも女王。二人が一目いちもく置く人物のようね。


「あの方は若くしてご主人を亡くされ、農場を一人で切り盛りして“年越しは里芋と”という言葉を流行らせ、里芋の地位向上に貢献した里芋界のレジェンドです」

「はあ」

 店員が熱の籠もった解説をしてくれるが、どうにも頭に入らない。ノルサーヌス帝国はイモ類に対しての熱量が大きすぎる。

「イモ野郎と言っていましたが、私達イモ農家には褒め言葉である筈です。芋を讃えなさい」

「確かに……、ワシらの繁栄もイモがあってこそ」

「そうだな、イモ野郎は栄誉じゃないか」

 何やら、いい話っぽくなっている。なんでじゃ。


 パチパチパチ。

 開けっぱなしだった扉から、今度はエクヴァルと同年代の男性が、手を叩きながら入ってきた。新たなイモ野郎の登場かしら!?

「さすが里芋の女王! 素晴らしい!」

「貴方は……プリンス・オブ・ブルーベリー!」

 ブルーベリー王子だった!!!

 もう何が起っているのか分からない。店員は興奮して声を大きくする。

「あのお方は、“フルーツ王国チェンカスラー”に対抗すべく、荒れ地を開墾してブルーベリーを植え、生産、販売から加工に流通まで手がける、ブルーベリー界の若き貴公子です!」


 とりあえず、やり手の事業家って意味よね。ブルーベリー、美味しそう。どんな加工品があるのかしら。

「農業は競うものではない……、協力し分け与えるべきもの。そうでしょう、里芋の女王」

「ええ、私は夫を亡くしましたが、皆の力添えがあってここまできたのです。天候、害獣、病害虫の被害……。農業には大きな試練がともないます。皆で力を合わせ、困難を切り開かなければなりません」

 農業が大変なのは、なんとなく分かったわ。イモ農家二人も、うんうんと頷いて手を取り合っている。もう仲直りできたみたい。


「似たものを作ると、ライバル心が生まれる。しかし真に戦う相手は、いつも己と、気まぐれな天なのだ」

 いつの間にやら店内にいた、おじいさんが乱入した。

「まさかあんな大物が……! 彼は孤高の大根帝です!!! ノルサーヌスの新たな特産品にすべく日夜大根を研究し、そんなものは売れないと冷ややかな目を向けられながらも、この国では作られていなかった赤や紫、緑色のおろし大根、丸い大根など、多くの品種を作って国中に広め、大根旋風を巻き起こした帝王なんです!」

 店員はもう大興奮。店の外からもアイドルでもいるかのように、人々がはしゃいで覗いている。

 むしろ私の心は冷めてしまって、とっても置いていかれた気分。大根旋風では魔法に応用できない。


「大根帝! お見苦しい姿をお見せしました」

 里芋の女王が小さく頭を下げると、大根帝は手で制した。さすがの貫禄だわ。なんかもう、新種の観劇をしている気分。

「いや、若い者が血気盛んなのは良いことだ。私はもう腰も肩も痛く、引退を考えている身。これからのノルサーヌス農業の未来は、君達の手に掛かっている。その重みを忘れないよう」

「そんな、帝王!」

「しかし大根農家は腰を痛めるのもさだめ……」

 もう引退していい年齢に見えるので、暖かく見守っても良いのでは。

 今これを言ったら、薄情だと怒られそう。


「腰痛ならば、我が師が薬を調合してくださる! そうでしょう、師匠」

 唐突にセビリノが参戦した! 私は勢いに押されて、思わず頷く。

「え、ええ……。材料があれば、になりますが」

「痛み止めを飲んだりしても、もうあまり効果が無いのです…」

 大根帝は諦めた笑顔を浮かべる。張り切っているセビリノとは対照的な表情だわ。

 ちなみに他の豪農さんも、腰痛の薬に興味を示している。腰が辛いお仕事なのね。農業の手伝いをしていた私のお母さんも、肩や腰が痛いと言っていたわ。

「パップ剤を処方しよう。貼り薬はどの程度使われたか?」

「あまり使っていません」

「ふむ、ならばやはり貼り薬だな。ですよね、師匠!」

 いやもう、セビリノが作りなよ。何故私に振るのか。


「まあ、貼り薬がいいと思うけど……」

「作製したら、どこへ届ければ良いのだ?」

 セビリノがどんどんと話を進める。まだ依頼もされていないのに。

「私が届けるぞい。イリヤの薬の効果も気になるからの」

 クローセル先生が届けてくれることになった。地獄の侯爵がお届け、気を抜けないわね。作業は先生の仲介があれば、どこかの施設を借りられるかな。

「その女性は、薬草医なのですか?」

 里芋の女王の質問に、待ってましたとばかりのドヤ顔で首を横に振ったセビリノ。

「いいや、我が師イリヤ様は、アイテム作製も魔法も召喚術も素晴らしい、最高の魔導師であらせられる! 言わば、エンペラー・オブ・魔導師ソーサラー!」


「エンペラー・オブ・魔導師ソーサラー!」

「なんと……!」

 皆が本気にしている。そんな称号は持っていません。

 これが言いたくて、セビリノが一枚噛んだのか……!

「おおお……!」

 従業員や居合わせた客が、拍手をしている。どういう状況なのかしら。関係ないリニが、エクヴァルの後ろでオロオロしちゃっているよ。


「とりあえず、宝石を選んで薬の材料も買いましょう!」

 さすがにここにいても仕方ないので、出るよううながした。ベリアルは何も買えなかったわりに機嫌が悪くないと思ったら、騒動の間にちゃっかりと欲しいものはゲットしていたわ。

 ところで彫刻はいいんでしょうか。豪農組は全員、何も買わずに出て行ってしまったよ。

 店員はというと、すごいメンバーが揃った、と嬉しそうに客や他の店員と話し、店内は謎の熱気を帯びていた。


「おかしなお店でしたね」

「まずは薬の材料を探すかの。この路地を入ったところに、品揃えのいい店があるのだぞい」

 先生の案内で、細い路地を曲がった。馬車は大通りで待機している。高級店が並ぶ大通りと違い、狭い土地に個人商店が幾つも店を構えていた。

「あ、侯爵様。今日は特別な品の入荷がありますよ」

 薬草専門店の人が、クローセル先生に声を掛けた。ここが目当てのお店ね。

 テーブルに薬草が並び、店の奥に乾燥済みが吊るされていて、棚には種類別にザルに入った薬草が。

 どれも状態がいいわ。店先のプランターにはローズマリーを植えてある。


「特別とは、何があるのかの?」

「これです、ハマオ草!」

「初めて見ました!」

 わあ、ハマオ草だ。ブドウに近い、甘い香りの黄色い実がなるよ。これで作ったお酒は酔わない。薬にも使えるので、買っておく。

 オウバク、ヨウバイヒ、アルテア根。それからハッカ油を購入。他にも薬草を色々と選び、布と包帯も買っておいた。

「いい買い物ができましたな!」

 セビリノも喜んでいる。ただ、まだ目的は果たしていない。

 次こそ宝石を選ぶわよ!

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