第385話 宝石の隠し場所を吐かせよう!

 セビリノの講義は夜更けまで続いた。

 途中で「如何に師匠が素晴らしいか」を語ったりして、刷り込みをしようとしている。おかげで長時間に渡ったのに、内容の進みは悪い。まだ終わらなくて続けたそうだったが、同席している人達が不憫なので途中で終了になった。

 魔導師と召喚師の二人は、ぐったりとしている。

 私の番はついぞこなかった。


 集落には二階建ての宿泊施設があり、そこの部屋を借りられた。取り引きに来た商人をもてなしたりするそうで、小さな集落にしてはいい部屋だわ。

 寝るのが遅れた分、起きるのも遅くなってしまった。完全に太陽が昇ってから朝食を頂く。パンとサラダ、具の少ないスープに肉料理がちょこっと、そして大量のかし芋。お芋はノルサーヌス帝国の特産品の一つなのだ。

 エクヴァルとリニは、先に食事を済ませていた。食器を片付けて、私にお茶を淹れてくれる。

「そういえば、奪われた宝石は見つかったの?」

「それがね、複数の人間が少しずつ所持していてね。捕まった時を考えて、分散させていたんだろうね。残らず回収しようと、躍起やっきになっているよ」

「奪われた数も不明なんじゃ、全部取り戻せるか分からないわね」

「一番いいのは、奪ったものを自ら差し出すように仕向けることかな」


 自主的に。その方が回収率は良さそうだけど、難しいのでは。盗賊だし、盗むのが仕事な職業だし。

「身体検査で幾つかは回収できました。残りもみずから帰せば刑を軽くする、と取り引きは持ちかけているんですが……」

 話を聞いていた兵が、言いにくそうにする。きっと成果が上がっていないんだわ。

 現在は集落の一般人は全員避難しているので、軍事関係者しかいないよ。

「んー、じゃあちょっと集めてくれる?」

「まあいいですけど……、ヤツらけっこう頑固ですよ?」


 そんなわけで、エクヴァルの提案で集落の広場へ、手を縛られたままの盗賊達が集められた。地獄の王と侯爵、そして公爵と小悪魔が遠巻きに見守っている。逃げる選択肢はないだろう。

 エリゴールのにっこにこした表情、何とかならないかしら。威厳が一切無いわ。

「えー、さて集まって頂いたのは。宝石の在処ありかを吐くか、ここを処刑場にするか選択してもらう為です」

 ざわっ。

 唐突な発言に、盗賊達のみならず兵も動揺している。処刑するなんて話は一切無かったのだ。

「あの、さすがに処刑は司法の手にゆだねて頂きたく」


「ははは、宝石の隠し場所を白状すればいいだけですから。身体検査をしても見つからず、森に逃げていたということは、どこかに埋めたはずです」

「我々もその可能性を考えているですが……」

 ははぁ。なるほど、埋めた場所を吐かせるのね!

 ……私が見ていてもいいのかなぁ……。

「では、頼んでおいたものを」

「はい」

 兵の一人が、硬そうな金属の棒を持ってきた。これでぶっ叩くんだろうか。

 棒を目にした盗賊達が、固唾を呑んでいる。


「これを水平に持っていてください。まずは剣の切れ味を確認しますから」

「普通の剣では、剣の方が割れるかも知れませんよ? おーい誰か、反対側を……」

「いえ、一人で結構」

 棒を用意した兵が、エクヴァルの前で地面に水平に持った。エクヴァルがゆっくりした動作で構える。使用するのは、皇太子殿下から賜った剣。

「さて」

「オリハルコン! これなら刃こぼれもしないですね! しかし、僕が一人で持っていて本当にいいんですか? 剣が当たると、弾みで地面に落ちますよ」

 通常は両端を押さえたり、積んだレンガなどの間に置いたるするのだ。片方しか支えないと、力が逃げて棒が動いちゃう。


「まあまあ、しっかり支えていてくれたまえ」

「でも」

「あまりグダグダ言われると、手が滑って君を斬るかも知れないね」

 言いかさねようとする兵に笑顔でとんでもない発言をするので、彼は黙って棒を持つ手に力を入れた。

 棒を見据えて、深呼吸をする。スッと剣を上げたと思った次の瞬間、一気に振り下ろした。


 キイィン!!!

 棒は綺麗に切れて、先だけが地面に転がる。

「え……、この状況で……斬れる……?」

 ちょうど半分になってしまった棒の切り口を、目を開いて兵が見詰める。皆の視線もそこに集まっていた。

「斬れ味は理解してもらえたね? さあ、私の剣が届くまでに隠し場所を白状しないと、次は君達がこうなるよ」

 エクヴァルの笑顔が、盗賊に向けられる。視線が合いそうになると、皆が顔を逸らした。

 一歩一歩、ゆっくりと進む。


「ひ、ひいいぃ……」

「は、ハッタリだ! トランチネルならともかく、ノルサーヌスだぞ!? 捕まった人間が裁判もなく死刑にされるなんて……ない……たぶん」

 語尾がだんだん小さくなる。笑顔を浮かべるエクヴァルの視線が怖い。

「エクヴァル殿は躊躇ためらいなく賊を斬り捨てる方だ」

「他人の生き死にって、関係ないからねえ」

 セビリノの言葉とそれに対するエクヴァルの返答に、盗賊は恐怖で動揺している。エクヴァルは最初のターゲットを決めているのか、まっすぐに進んだ。

 その先にいる盗賊がひいいいぃと大きな悲鳴を上げて、肩を縮こまらせた。

「おい、誰だ隠したヤツ!!! 喋れ、すぐ喋れよ! 俺は知らねえ!!!」

 盗賊が後退りながら辺りを見回すと、いつの間にか用意された椅子に座ってニヤニヤと楽しそうに観覧しているベリアルと目が合った。


「五人ほど斬れば、口が軽くなるのではないかね」

「閣下、お優しいですな! 俺は最後の一人にすればいいと思いました」

「エリゴール様、もし最後の一人が隠し場所を知らなければ、永遠に見つからなくなりまする。二人は残しておくべきかと……」

 悪魔達の会話が悪魔だ。

 エリゴールの隣で、貴族に挟まれたリニが小さくなって脅えている。盗賊以外に危害を加えないから、大丈夫よ!


「……ゴホン。お前達、さっさと喋った方が身の為だ。我々にはこの方々を止められない。地獄の尊い方と、関係者様なんだ」

 指揮官が咳払いをして、ノータッチ宣言を出した。

 盗賊は身の危険を感じ、平静さを失っていく。

「やべえ……! まさか、あの男も悪魔……!?」

 エクヴァルは人間です。

「なんなら拘束を解いて、武器を与えてくれてもいいよ。抵抗された方が楽しいよね」

「でもエクヴァル、何人か倒したら全滅するまで止まらなくなるよね?」

「二人に一人くらいは生かすよ」


 盗賊達の顔色が、みるみる青くなっていった。

「……話す! 俺が埋めた場所まで案内する、俺は殺さないでくれ!」

「僕は何も持って逃げてない……、本当だ!!!」

「お前ら、裏切るのか!!! 俺も喋るから許してくれ……っ」

 ついに頭領まで命乞いを始めた。我先に助からんと、どんどん口を割るよ。言葉を聞き取れないほど騒がしいわ。

 結果、血は流れずに済んだ。

 盗んだものを埋めた連中をともなって、兵が回収に森へ向かう。念の為に、クローセル先生も付いていった。


 縛られたまま、とぼとぼと森へ去っていく背中を見送った。持ち逃げしなかった人は、再び収容所に戻る。なんだかホッとしているような。

 私達は集落に置かれている宝石を見せてもらえることになったので、保管庫へ案内してもらう。案内の若い兵はご機嫌だ。

「いやあ、脅しが効きましたね! ありがとうございます」

「根性のない連中でしたな」

「本当に斬られると思ったみたいですね」

「本当に斬りますよ」

「…………へ?」

 彼は単なる脅しだと勘違いしていたようだわ。本当に斬りますよ。私もセビリノも、無言で頷く。

 何度かまばたきをして、兵は平静をよそおって道案内を続けた。


 保管庫には原石や研磨した宝石が飾られた。奥には数人がいて、盗賊が隠し持っていて取り返せた分の宝石や原石を、綺麗にしている。

「お疲れ様です。確認ですか?」

「クローセル様のお客人が、宝石を求めているんです」

「これは失礼しました! どうぞ、ご覧ください」

 作業をしていた人が手を止めて、奥の部屋の鍵を開けた。高価なものは厳重に保管してあるのね。ベリアルとエリゴール、それからリニも後ろから付いてきている。エリゴールがリニの手を繋いでいるけど、リニはエクヴァルがいいんだろうな。


 奥の部屋は上の方に小さな窓があるだけで、窓から侵入されないようになっている。明かりを灯さないとかなり薄暗い。

 余分なものはなく、棚に蓋の開いた箱に収められた宝石が飾られていた。

「わ、綺麗なサファイア」

「これは火熱加工したものであろう。魔法付与するのであれば、加工前の方が良かろう」

「分かるんですか?」

「シルクインクリュージョンがないではないかね。自然の状態ならば、細い絹糸のような内包物があるわ」

 ガラスケースに収まっているサファイアに顔を近付ける。ベリアルが説明してくれるが、分かるような分からないような。

「魔法付与に使うんでしたか。加工前はこちらです」

 壁際の台に青い宝石が並んでいる。先ほどよりも色が薄いサファイアだったり、確かにちょっとしたひっかき傷のような模様があったり。魔力は凝縮していて、使い勝手が良さそう。目移りしてしまうわね。これと決められるような決定打がないわ。


「リニー、リニも宝石が欲しいか? お兄ちゃんが買ってあげるぞ」

「い、いらない、です……」

 エリゴールは入り口付近の棚の前に、足を止めている。

 サファイヤだけじゃなく、ピンクや黄色っぽい宝石、色の濃いアメジストもある。透き通る薄い黄緑色のクリソベリルは、ハート型や花のような形をしていた。

「そうか、俺の妹は遠慮深いな。おーい、このピンクサファイアをくれ! 妹へのプレゼントなんだ」

「リニちゃんには断わられていますよ」

 いらないと言われたのに、あげるつもりになっていたとは。尋ねた意味が無いわ。

「俺とリニの絆の証だ」

「ないですよ、リニちゃんが困ってます」


 リニは高価な宝石より、心のこもったささやかなプレゼントがいいのでは。そもそも、こんな高価な宝石を持っている小悪魔なんて、あまりいないだろうし。

「何を言う! リニは俺の大事な妹なんだぞ。お前はもう妹じゃない!」

「最初から違います」

「閣下、イリヤが酷いんです……!」

「そなたほどではないわ」

 ベリアルに泣きついて、冷たくあしらわれている。

 エリゴールは公爵だったはずなのに。地獄の公爵のイメージが崩れてしまいそうだわ。


 結局エリゴールはピンクサファイアを買い、リニにプレゼントしていた。

 私は保管庫にあるものでは決められず、取り返した宝石の中から、魔力の溢れてほんのり紫を含んだ、深い青色のサファイアを選んだ。残念な公爵様を召喚して召喚師一行が逃げるのを阻止したお礼に、サファイアは無料。

 最初は“お安くします”と言おうとしたみたいなんだけど、後ろで腕を組んでいるベリアルをチラッと見て、無料になった。多分、そういう威圧の意味はなく、自分が欲しい宝石がなくてガッカリだっただけだと思うわ。

 エリゴールはプレゼントだから自分で買うと、もらうのを固辞したよ。


 保管庫から出ると、太陽が眩しく感じられる。

「師匠、例の研究に使う宝石も探したいですな」

「そうねぇ、もっと色々な石が見たいわね」

 なんせこの鉱山、トランチネルから取り返して日が浅いので、宝石の数はまだ多くないのだ。原石の状態のものも多い。

 例の研究とは、賢者の石のこと。さすがに明言は避けた。


「そうだの、王都の魔法研究施設へ行くと良いぞい。私が一緒に行けば、とっておきの宝石を見せてくれるであろうからの」

「全て欲しければ、制圧してしまえば良い」

「使う分だけでいいんで、制圧しません」

 普通の買い物客には見せない、魔法付与に相応しい立派な宝石があるに違いないわ!

 次の目的地は、広大なノルサーヌス帝国の中央付近にある、王都に決定。いい石があるといいな。

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