第384話 集落では(クローセル先生視点)

 久々にベリアル閣下が私の住む、ノルサーヌス帝国へいらっしゃった。

 私はクローセル、地獄の侯爵。ベリアル閣下より拝命し、イリヤが子供の頃に魔法やアイテム作りなどを指導しておった。現在はこの国でクリスティン・ジャネスという娘と契約している。

 閣下は鉱山の宝石を目的とされていたが、あいにく現在は盗賊に占拠されている。全く、間の悪い盗賊だぞい。

 私が鉱山近くの集落までご案内し、指揮官に面通りをした。作戦を乱して盗賊に宝石を持ち逃げされてしまっては、本末転倒だからの。


 折良く偵察のネズミ小悪魔が戻ってきたので、報告を一緒に聞く。

 どうやら敵は早々に遁走とんそうし、トランチネルの協力者にかくまってもらう予定らしい。すぐさま作戦を決行することになったぞい。

 イリヤの弟子は、敵が使った以上の広域攻撃魔法を使うなどと言い出した。

 あの師匠にしてこの弟子有り、だの。なんだかんだでイリヤも好戦的なところがある。閣下の教育の賜物たまものであろうか。危険な発言をするものだから、ほれ、指揮官が心配しておるわい。


 クリスティンより優秀な生徒だと説明したが、だからこそ野放しに出来ぬものよ……。

 弟子の男はイリヤを「崖に作られたベンヌ鳥の巣のごとく、容易に届かぬ才能を持つ」と、またよく分からぬ表現の持論を唱えた。

 分かった分かった、それだけイリヤを讃えてくれているのは。内容は理解しがたいが、心意気だけは感じたわい。

 ようやく本題である包囲作戦の会議に入るところで、斥候からの報告が入った。

 盗賊が動き出したのだ。急遽対策が話し合われる。最初に使われた魔法の説明にもなったが、何故弟子の男は「師匠なら確実に殲滅させる」などと言うのだぞい? イリヤを何だと思っておるのだ? その程度の分別は、そろそろついている頃だわい。


 異界の門が大きく開いた気配に窓の外に顔を向ければ、窓に映しきらないほどの巨人が姿を現した。ただの巨人ではない。火の巨神族であろう。閣下との相性はあまり宜しくない。お互いに火が得意で、火の攻撃が通りにくいのだ。

 巨体を目の当たりにした指揮官が、集落の防衛に協力しようかなどと、迷い始めた。ベリアル閣下が巨神討伐に乗り気なのだ、余計な気を回すでない!!! 地獄の王のお力を疑うなど、とんでもない無礼だぞい。

 閣下達は飛び立たれ、私はイリヤの護衛が連れていた小悪魔リニと、諜報員のネズミ小悪魔二人、あとは最低限の防衛の人間と集落へ残った。

 ここに広域攻撃魔法を唱えられる心配はもうないであろうし、万が一の事態となっても私がしっかり守るぞい。


 建物の外へ出れば、巨神と閣下の戦闘が視界に入る。

「うっわ~……、すげえ。あんな巨神相手に余裕じゃん!」

「きゃあ、かっこいい。ねえ!」

「う、うん。ベリアル様は……とっても強いよ」

 唐突に話し掛けられた小悪魔リニは、ぎこちなく返事をしている。このネズミ小悪魔二人はとても仲が良い。

 閣下と巨神はお互い火を使って戦い、ついに巨神の火が蛇のようにくねってベリアル閣下を捕えた。くるりと周囲を回り、一つに合わさって激しく燃える。

「ぶっひゃぁ、熱そう! クローセル様、大丈夫なんですか?」

「助けに行かなくて本当にいいの!??」

「必要ないぞい」

 ネズミ小悪魔は、この騒がしさでよく諜報活動に加われるぞい。こやつらはネズミの時は喋れぬから、それでちょうどいいのかも知れんの。


「ふはははは! 火の領域ムスペルヘイムの炎は、この程度のものかね!」

 閣下の笑い声が響く。さすがベリアル閣下、火の巨神の炎すら、ものともされぬ。

「かっけー!!!!!!」

 ネズミ小悪魔は大興奮。地獄の王の戦いなど見る機会はないだろう、その目にしっかりと焼き付けるのだぞい。


「円環の血潮よ巡れ。描け、朱の道。岩をも溶かす熱を生め。発動せよ、処刑台の炎よ!!!」


 閣下の呪法が発動し、真っ赤に燃える火が円柱状に湧き上がって天を衝く。いつの間にか宣言と下準備を済まされていたのだ。

 これまでの攻撃もあり、さしもの火の巨神も耐えきれず膝を突く。炎の王の意地だの。

「すっごいすっごい! やったわね!」

 少女の方のネズミ小悪魔が、小悪魔リニに抱きついた。ポニーテールにしている、金の髪が大きく揺れた。リニは戸惑って、何かを探すように顔を動かしている。

「ぐううぅおう!!!」


 巨神の辛苦に満ちた叫びが木霊する。最後の悪あがきとばかりに、火の玉を作りこちらへ放った。さすが火の巨神族、大きいわい! 

「ぎゃあ、火の玉がくる!」

「プロテクション! プロテクションを使える者は……」

 隠れようとする小悪魔をよそに、兵が周囲に呼び掛ける。今さら唱えても、間に合わぬ。周囲は一気に騒然とした。

 火の玉の進行方向に、氷の壁を発生させる。

「私が抑える、取り乱すではないぞい」

「クローセル様!」

 キョロキョロとしていた兵が、安堵の表情を浮かべる。

 火の玉は氷の壁と衝突し、壁を蒸発させて消えた。地面には大量の水の跡が残る。すぐには乾かないであろうの。


 さて、こちらはこれで終わりであろう。

 イリヤは逃げた召喚師を追っている。何か企んでおるようだった。

 しばらくして異界の門が再び開き、今度は地獄と繋がった。さすがにまだ近いから気配が感じ取れる。これは地獄の公爵クラスの悪魔を召喚しておるの。

 ……本当に全滅させる気か? 戦力がかなり過剰だわい。もう結果など聞くまでもない。

 程なくベリアル閣下の右腕を務める、地獄の公爵エリゴール様が集落へいらっしゃった。

「リーニー! お兄ちゃん、お仕事してきたぞ~」

 ……お兄ちゃん。思い起こせばイリヤが子供の頃、お兄ちゃんと呼ばれて喜んでいらっしゃった。ついに小悪魔にそう呼ばせるようになってしまわれたか……。あまり知りたくなかったぞい……。

 巨神退治を共に観戦していたネズミ小悪魔二人が、驚いた表情でリニから一歩離れた。


「あ、え、と……お疲れ様でした……」

 背が高く黒い甲冑姿のエリゴール様が前に立つと、小悪魔達は余計に小さく見えるわい。小悪魔リニは更に身を小さく縮こまらせて、頭を下げた。

「えええ、えぉう、あの方の妹さん!?? いや妹様、リニ様!!!???」

「ただの小悪魔仲間じゃないの? そういえば、こう……気品とか高貴さとか、なんか頭良さそうな雰囲気を感じる……!」

 魔力の少ない小悪魔仲間だと思っていた相手が急に公爵様の妹になったので、ネズミ小悪魔が焦っている。そのわりに感想が適当だ。

「妹様! いい響きだ! リニ~、お兄ちゃんと閣下を待ってような」

「は、はい」

 小悪魔リニは必死に頷く。

 エリゴール様、いくら笑顔でも公爵様がそのようなことを小悪魔に申せば、脅迫と同等ですぞい……! ともかく、公爵様を外で待たせるわけにはいくまいて。


「上の方がいらっしゃった。そなた、何処かくつろげる場所へ案内するよう」

「は、はひ!?」

 近くにいた兵に頼むと、上擦った声で返事をする。私の上といえば公爵以上であるから、困惑するのも当然だわい。兵は上官と相談して、宝石の取り引きに使われる建物の来賓室を手配した。ネズミ小悪魔二人は、外で警戒にあたる。

 食べものもあった方が良いか。エリゴール様だから、ご本人の好みのものよりも、お気に入りのリニが喜ぶものを用意させた方がいいであろう。菓子などが良いかの。

 

「リニ、そういえば怪我は大丈夫か?」

「怪我……、怪我はして、いません」

 エリゴール様が心配そうに小悪魔リニをじっと眺める。リニの方は不思議そうな表情をした。二人はソファーに座り、私は入り口付近に立っている。

「つい最近、ウフィールって医官が代金を回収に来たぞ。閣下から、小悪魔の治療費を俺が払うように申し付けられた、と」

「あっ、そ、それは。怪我をしたのは、ミロ、です。イリヤが代理で、召喚しました。ちょっと前のお話です。ウフィール様は、人間の世界で小話のネタを探してから地獄へ帰ると言っていたので、今になったの……かな……」

 必死に説明する小悪魔リニ。エリゴール様は顔を引きつらせる。

「閣下……、わざと紛らわしい説明をさせましたな! やられた……!!!」

 大声で叫び、両手で頭を抱える。これは大金を支払ってしまったに違いないぞい。閣下は意地の悪い遊びをされるからのう……。


「お、……お兄ちゃん。お金を払ってくれて、ありが……とう」

 小悪魔リニが気を遣って礼を告げる。

 エリゴール様は言葉が耳に入るや否や、勢いよく顔を上げた。目が合うと、リニはぎこちなく笑顔作る。必死だの。

「うおおおぉぉお、払って良かったー!!!!!」

 今度は両手を握り、歓喜の雄叫びを上げる。感情の起伏が激しい方だわい。

「騒がしいわ!!!」

 ちょうどベリアル閣下が戻っていらして、エリゴール様を叱りつける。ご本人はしれっとしていらっしゃるが、小悪魔リニが脅えておる。本人に向けられたのでなくとも、小悪魔が王の勘気をこうむるのは、かなりの恐怖であろう。


「申し訳ありません、閣下。それより俺の妹が怖がりますから、怖いのは顔だけにしておいてください」

「顔だけ、とはなんだね!」

「目付きですかね」

「そなたの図体の方が怖いのではないかね!?」

 相変わらず仲がいい方々だぞい。間に挟まれてしまい、小悪魔は困っているがの。テーブルには、まだ手をつけられていない菓子が並ぶ。放っておいて菓子を食べていればいいのだが、気にしないのも難しいもの。

 私は口を出せないので、とりあえず部屋を出た。

 イリヤはどうしているか気になり、通りがかった女性に尋ねる。魔導師と召喚師を集め、尋問を行うらしいと教えてくれた。盗賊にくみした連中だぞい、何かあっては大変だ。念の為に外から様子を確かめる。


 何故か召喚術の講義をしていた。

 ……盗賊の食客に指導して、どうするのだ。この場面でするようなことでもないぞい。相変わらず行動が掴めない。弟子の男は嬉々として従っている。よくもまた、同類を見つけたものだ。

 奔放な性格は治らなかったか。私の教育の失敗であろうか……。

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