第253話 バラハからの依頼

 今日は久々にアレシア達が泊まっている『白い泉亭』という宿へ行って、作製したアイテムを届ける。小さな箱をしっかりと抱えた、セビリノが同行者だ。

 入ってすぐにある食堂では、朝食の後片付けをしていた。希望して料金を払えば、軽い朝食を用意してもらえる。

「イリヤちゃん! 久しぶりね、ベリアル様はご一緒じゃないの?」

 女将さんは相変わらずベリアルファンだな。彼は自分を褒める人には、愛想がいいからなあ。

「ベリアル殿は家にいます。ちょっとアレシアに、渡すものがありまして」

「まだお部屋にいるはずよ。待っててね」

 廊下に出て、アレシアを呼んでくれた。奥からはーいと、声を揃えた姉妹の元気な返事が届いた。


「イリヤさん、わざわざ持って来てくれたんですか?」

 アレシアが廊下の向こうから、早足で姿を現した。

「販売に間に合わせようと思って。呪い傷に効く軟膏よ。このポーションも併せて売ってね。ホワイトセージで浄化して、先にポーションを作ったの」

 セビリノが持っていた箱を開いてくれて、私が簡単に説明した。ただし材料の関係で、ポーションは中級が二本と普通のしかない。もっと作りたかったが、仕方がない。

「ありがとうございます! お客さん、喜んでくれるといいな。イリヤさんは、今日は露店に来ますか?」

「覗いてみるつもりよ」

「女将さんに台所を借りる約束をしたんで、クッキーを焼くんです。持って行きますね」

「絶対に行くわね!」

 クッキーを忘れずにいてくれたなんて。薬を受け取った反応も気になるし、午後から行く予定だと伝える。アレシアは準備があるからと、すぐに戻った。

 

「ところで、こちらはイリヤちゃんのお師匠様?」

 洗いものを終えてテーブルを拭いていた女将さんが、背の高いセビリノを見上げながら尋ねた。

「いえ、実は……」

「私は師の、一番! 弟子の! セビリノと、申します。お見知りおきを」

 手振りまで加えて、やけに強調が大きい。勘違いするのも仕方がないし、そろそろ諦めて欲しい。

「まああ、イリヤちゃんのお弟子さん! りっぱなお弟子さんがいるのねえ」

 特に疑問を持つこともなく、普通に納得してくれてしまった。

 セビリノはやたらと満足している。

「それじゃ、また」

 余計な話が始まらないうちに、ここを去らねば。お辞儀してきびすを返した。

「次はベリアル様もね~!」

 手にした雑巾を振る女将さん。なんだかな。


 用事を済ませたし、いったん帰路を辿る。

 反対側から来た荷車が、私の家の前で止まった。商業ギルドから魔石が届いたんだろう。石だから、たくさんあると重いのよね。

 リニが玄関から顔を出し、不安そうに一人で対応している。エクヴァルはビナールのところへ、用件を聞きに出掛けちゃったのかしら。

「家に入れた方がいいですよね、魔石」

「は、はい、あの、あ……、どこに置けば、いいか、分からない……」

 適当でいいのに! 知らない男性三人の相手で、困ってしまっているリニ。ベリアルもいるはずなのにな。慌てて声を掛けた。

「お疲れ様です、玄関の中に入れてください」

「あ、イリヤさん。じゃあ運びますね」

 年季の入った木箱を、二人がかりで荷車から降ろす。リニが扉を開けてくれていた。別の人がこちらに近づき、軽く頭を下げる。


「お願いする分の魔石をお届けしました。燃えない程度に火の属性を入れてください。十日以内にお願いします、間に合わない場合は連絡をください」

「分かりました」

 このくらいなら一日で終わるのに、と考えていると、もう一箱が運ばれた。

「商業ギルドに終了の報告を頂ければ、受け取りに参ります」

「ありがとうございます、その際にはお願い致します」

 荷車を借りられれば十分だけど、せっかくだから受け取りに来てもらっちゃおう。

 魔石の属性入れは、ちゃっちゃと終わらせたい。

 置かれた魔石の箱を開けて、中身を確認する。こぶし大の魔石が箱にぎっしりと詰まっていた。本当に重そうだな。属性を入れると、僅かに重さが増すんだよね。

「運び込み、終了っすね! じゃあこっちの用事を」

 運んだ人が、懐から何か取り出した。手紙だ。

「これは?」


「僕は冒険者なんです。防衛都市から手紙の配達に来ました。商業ギルドで家の場所を教えてもらったら、ちょうど荷物を持って行くからと、荷運びの仕事ももらいました~」

 ついでに小銭を稼いだわけか。渡された手紙の差出人は、筆頭魔導師のバラハだ。受け取りにサインをした。

 冒険者が荷車をいて職員と一緒に帰る。ギルドの建物が隣同士だから、終了報告をするにもちょうどいいね。

「助かりました、けっこう重労働なんですよ」

「うんうん。荷運びの仕事もたまに受けてるけど、石は重いよな~。帰りは楽だ」

「量が多い時は坂があると、一人二人じゃ登れないんだ」

 笑い声の混じった会話が、少しずつ遠くなっていった。


「リニちゃん、対応してくれてありがとう」

「う、うん。あんまり役に立てなかった……」

 落ち込むリニ。留守番をしてくれただけでも助かったのに。

「大丈夫、そんなことないわよ。ベリアル殿は……」

 なんと台所で優雅に紅茶をたしなんでいる。リニが頑張っているんだから、助けてあげてほしい。

「王が玄関で来客の相手などするかね」

「そのくらい、してくださいよ」

「……イリヤ、王様に無茶を言っちゃ、ダメだよ……」

 リニがベリアルの味方をする。これはベリアルを恐れているからだわ。

 悪魔だ。本当の悪魔がここにいる。


「ところでそなた、その手紙はなんだね」

「そうでした。防衛都市のバラハ様からです。開封しますね」

 ペーパーナイフは、どこに置いたかな。まあいいやと手で破いたら、中の手紙も少し切れてしまった。

 気にせず手紙を開いて、読み上げる。



『前略


 イリヤ先生、お久しぶりです。貴女の生徒、親愛なるバラハです。

 実は先生にお願いがありまして。何を隠そう、楽しいアイテム作製の依頼です。

 面倒なので説明は省きますが、ポーションとマナポーションが欲しいのです。

 ポーションは上級が五十から百、マナポーションもそんな感じでもらえたら、非常に助かります。期限はなるべく早く。

 お金は軍から出ますので、湯水のように使ってくださって問題ありません。無理なようでしたら、できる範囲で構いません。ぜひ可愛いバラハを助けると思って、受けてください。お願いしまーす!』



 ……親愛なるって、自分に付けるんだっけ? 理由を省くとか堂々と書いているし、お金は湯水のように使っていいとか。相変わらずいい加減な。

 素材がどのくらい手に入るか分からないから、幾つ作れるか見当が付かない。エグドアルムへ帰る前に作業して、完成した分を行きながら収めればいいか。

 それにしても、依頼がどんどん舞い込んでいる。一つずつ片付けなければ。

 

 ポーション類は素材集めからだ。

 上級ポーションの素材って、レナントの素材屋で扱っていないものばかりなのよね。イサシムの皆が上級ポーションに使う素材の生息地を発見しているし、まだあるか尋ねてみよう。この時期は全然生えてなかったりするのかしら。

 アレシアの露店に顔を出す前に、まずはイサシムの皆の家に寄ってみた。

 何度呼び掛けても応答がない、留守にしているみたい。昨日帰って来たばかりだったのに、もう依頼を受けているのかな。

 素材屋も確認したけれど、やはり目当てのものはなかった。

「師匠、冒険者ギルドに寄ってみては如何でしょう。そちらにもいなければ、依頼として出せばいいのです」

「そうね、そうしましょ」

 セビリノの提案を受け、その足で冒険者ギルドに行った。道を歩く人は多い。しかしギルドは閑散としていて、彼らがいないのは見て取れた。


 依頼を出すぞ。緊張するなあ。

 受付では職員が退屈そうにしている。誰もいない、今がチャンスだ。

「お尋ね致します。ギルド会員ではないのですが、依頼を受けて頂くことは可能でしょうか?」

「っはい、依頼は誰にでも出せます。受けられるのは会員だけです」

 なるほど、依頼するには登録などは必要なし、と。

 のんびりしていた職員は、ピンと背筋を伸ばした。

「素材の採取の依頼をお願いしたいのです。初めてなので、お手数ですが詳しい依頼方法をご教授頂けますか」

「もちろんです。この町にお住まいの方ですか?」

「はい、魔法アイテム職人を生業なりわいとしております」


「もしかして、エクヴァル様が護衛しているという方では? 一緒にギルドに来られたことが、ありますよね」

 隣の受付にいる女性が私に気づいた。こちらにはあまり顔を出さないのに、覚えられているとは。

「よく覚えていらっしゃいますね。その通りです、以前エクヴァルとお邪魔したことがございます」

「そうなんですか……! 貴族ってわけじゃないんですね」

「違いますよ」

 男性は私を貴族と勘違いして緊張したみたい。セビリノがお付きですって感じで控えているからかも。まずは名前と職業、住所を伝え、男性がそれを書き取る。


「リブワートと、バベインという薬草が欲しいのです。Dランクの『イサシムの大樹』というパーティーに、指名依頼として出せますか?」

「指名料が別途かかりますが、宜しいですか? Dですから、銀貨二枚ですね」

「もちろんです。彼らが採取したものが良い状態を保っていたのを、確認しておりますので」

 指名料、意外と安いわ。ランクが上がるごとに高くなるんだろうな。

「なるほど、職人さんでしたら状態も重要ですね。あとは納期と量、それから報酬を……」

 打ち合わせをして、イサシムの皆がギルドに寄ったら打診してもらう。もし断られたら、通常依頼に回してもらうことにした。その場合は銀貨二枚は、返金される。


 この素材はこれでよし。次はビナールの店で他の素材を頼んで、と。フェン公国からも届くし、たくさん作れるといいな。それと魔核ね。

 ちょうどエクヴァルとビナールが、店から出たところだ。用は済んだのね、入れ違いになったわ。

「おや、イリヤ嬢。私のお迎え?」

「全然違うわよ。アイテム作製の依頼が入っていてね、ビナール様に素材の相談に来たの」

 なんだ、と肩をすくめるけど、別に残念そうではない。

「やあイリヤさん。どうぞどうぞ、大歓迎だよ!」

 エクヴァルをお見送りしたビナールが、奥の応接室へ案内してくれる。私とセビリノで、と思ったらエクヴァルも付いて来た。

 

 私とエクヴァルがソファーに腰掛けて、セビリノは立っている。ソファーは十分な数があるので、促して座らせた。

「ここに書いてある素材を、お願いします。あと、魔核で良いものがあれば」

「全部揃えるのは難しいかも知れんが、知り合いを当たってみよう。魔核はいいのがあるんだよ……フフフ」

 自信満々な笑みを浮かべる。これは期待できる!

「どんな魔物の核ですか?」

「とても素晴らしいものだ! なんと、特大ギガンテスだよ! 以前起こった地震の後の調査で、倒されているギガンテスが発見されてね。誰が討伐したのか、そのままの状態だった。兵が素材を回収して情報を求めたけど、討伐者が名乗り出なかったから、先日オークションが行われたのさ!」


「へ……へえ……」

 倒した記憶があるな。兵が魔核を回収していたのね。

 エピアルティオン採取に夢中になっていたわ。あの巨体の核の位置など、私にはどうせ分からない。めった刺しにして探すのも不気味だし……。

「……あまり驚かないね。強力な魔法と、火属性を付与された武器で倒したようだとの見解だったけど……まさか……」

 ビナールの瞳が疑惑に染まる。エクヴァルはなるほどねという表情をして、セビリノが得意気にしている。

「買いまーす! ちょうど欲しかったんです、買います!!!」

 お高い魔核の購入を即決して、逃げるようにこの場を後にした。

 私が倒した魔物の核を、オークションでビナールが落札して、最終的に私が買ったのか……。まあ、こういう日もあるね!

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