第252話 呪い傷用の軟膏作り
「美味しい……幸せ……」
私はリニが作ってくれた、土鍋プリンを堪能している。皆で食べるので、おたまですくって容器に移して。
失敗した、土鍋から直接食べたかった。小さな土鍋を買うべきだったか……、しかし独り占めはできないか。これはまた、難問だ。
「喜んでもらえたよ」
「良かったね、本当に美味しいよ」
エクヴァルの容器はもう空だ。リニがはにかんだ笑顔で、自作の柔らかいプリンを口に運ぶ。ベリアルも文句がないみたいだし、安心した。
大きな土鍋には、まだ黄金色のプリンがふるふると私を待っている。残りは明日にしよう。明日もこのプリンが食べられる。
さてと。アレシアとビナールに挨拶をして、お土産を渡さなきゃ。
姉妹はいつもの場所で、露店を準備している。
「あ、イリヤお姉ちゃん。お帰り、早かったね!」
「ただいま。特別に許可をもらってね、首都から飛んできたの」
「へえ~」
キアラはあまり事情が飲み込めていないようなので、このままぼかしておこう。買っておいたお土産を渡す。
「これ、食べ物と素材のお裾分けが少し」
「いつもありがとうございます。私達も出掛けられたら、イリヤさんにお土産が買えるのにな」
設営の手を止めて、受け取ってくれるアレシア。むしろ気を使わせてしまったかな。私が家を空けてばかりなだけの気もする。
「じゃあ今度、私にクッキーを作ってくれる?」
「もちろんです! あ、クパーラの火の花って知ってますか?」
「ええ、知っているわ。希少だけど、需要は少ないわよね?」
あれは呪いに効果があるから、通常はあまり使わない。
「なんか、呪い傷……っていうのを付ける魔物がいるとかで。火の花の在庫がなくなって、代わりになる素材や薬はないかって探している人がいました。独特な模様の入った服を着ていたから、山岳民族じゃないかな」
「呪い傷。浄化の魔法でも、早い段階なら効果があるはずよ。薬となると……、そうだ、トレントの樹皮が届いたところなの!」
これはちょうどいい。火の花には敵わないけれど、これも呪い傷に効果がある。
「トレントの樹皮って、お茶にすると苦みがあって飲みにくいんですよね。効果は気持ちが安らぐとか、安定するとか、大したものじゃなかったような……」
「経年したトレントだから、特別な効果があるのよ。呪い傷用の軟膏を作って、明日にでも持ってくるわね」
「お願いします! また来たら、伝えておきますね」
とはいえ、トレントだけじゃ弱いな。ハーブを買っておくかな。
次はビナールのお店に寄った。
本人がいなかったので、従業員にお土産を預けておいた。お客はいつもより少なめで、薬類が品薄になっている。薬はフェン公国のお祭りで仕入れて来るかも。従業員が買い付けを兼ねて、お祭りに行っているらしい。
「そうでした、イリヤさん」
店内を軽く見回していた私に、受付の従業員が声を掛けてきた。
「はい?」
「会頭が、エクヴァルさんに仕事を頼めないかなって言ってましたよ。都市国家バレンへの配達の仕事です。あちらにある取引先の店が、ライバル店と揉めているという話でして。不測の事態に備えて、強い人にお願いしたいそうです」
エクヴァルがあちらの冒険者ギルドでビナールの店への配達を受けた時も、絡まれたものねえ。その関係なのね。
そういえば襲撃してきた人が一人、行方不明になっているっけ。連絡もないし、発見されてはいないみたい。
「伝えておきます。少しの間レナントにおりますので、彼に他に用がなければ、受けられると思います」
きっと引き受けてくれるだろうけど、勝手に返事はできないものね。リニは一緒に行くのかしら。
乾燥したハーブを買って、今日は家でアイテム作りだ。
気合を入れていると、ジークハルトが尋ねてきた。昨日の襲撃の話だろう。客間へ通してソファーに座ってもらう。すぐにベリアルもエクヴァルも集まった。
これは信用がないのか、襲撃が気になっているのか。
「まずは、昨日はお疲れ様。皆さん、協力ありがとうございました」
ジークハルトが膝に手を置いて、軽く頭を下げる。セビリノがハーブティーを淹れてきた。改めて考えると、我が家にずっといる宮廷魔導師って変な感じ。
「守備隊の皆様や、冒険者の方々も頑張ってくださったお陰ですね。ご用件は魔法の話でしょうか?」
「広域攻撃魔法と防衛については、そちらで指揮を執った副隊長から報告を受けている。軍の魔法関係の研究者が検証に来てくれるから、そちらに任せられるよ」
黄色いハーブティーを、一口飲むジークハルト。
魔法については、検証が終わってから軍の研究者から直接、質問があるかも知れないとのことだった。
「となると、広域攻撃魔法の知識を得た経緯ですかな」
エクヴァルが扉の側に立ったまま、こちらに視線を向ける。
「あっさり白状したよ。金を払って、女性魔導師に教わったそうだ。本人が言うには、都市国家バレンの軍を辞めて、単純に金が欲しいんだとか。強そうな小悪魔を連れていたと」
「……離れた場所で鑑賞している者がおったな。それであろう」
私の隣に涼しい顔で座っているベリアルは、小悪魔の魔力を感じ取っていたわけね。そして放っておいた、と……。教えてくれても良かったんじゃないかな。
「ちょうどバレンから注意喚起がきたところでね。内容はだいたい、こういう感じだ」
ゴホンと咳払いをして、説明を続けた。
『わが国で軍の魔導師を名乗る女性が、広域攻撃魔法を教える見返りに大金を要求する事案が発生した。不審に感じた相手が軍に問い合わせて、軍を退役した魔導師が勝手に指導しようとしていたと発覚している。追跡に気づかれ他国に逃れたようだが、同じことをしかねない。くれぐれも注意して欲しい』
盗賊の魔法使いの証言と、一致している。これは国が仕組んだことじゃなくて、本当に個人がお金を稼ぐ為だけにやっているのね。となると、確かに他の人にも教えちゃうかも……! 回復魔法にすればいいのに。
その人物は明るい黄緑色の髪をしていて、年は三十歳。小悪魔は小型の黒いヒョウに変身する能力を有している。名前はテクラで、小悪魔はエッラ。
人相書きもあるので、冒険者ギルドと商業ギルドにお尋ね者として張り出される。寄る可能性があるから、魔法関係のお店にも。
「自ら魔法を行使する可能性は低いと考えているが、他にも金を積まれて魔法を教える危険性がある。早めに身柄を確保したいので、引き続き協力をお願いします」
おおっと、ジークハルトがまた頭を下げている。問題が大きいから、神妙なのね。
四つの風の魔法だし、とか軽く考えて申し訳なかった。
「ベリアル殿の魔力を感じたのであれば、その小悪魔はこの町には近づかぬでしょう」
セビリノがお盆を片手に、ソファーの脇に立ったままで告げる。これは一番弟子ごっこなのだ。
「そうなのですか? ではこの町には来ないと?」
「契約者にも、関わらせないようにするはずですよ。ベリアル殿を恐れますので」
ジークハルトは再び広域攻撃魔法を使った襲撃をされないか、気を揉んでいたようだ。小悪魔がいたなら、むしろそれはない。
「我が住むと知って仕掛けるのならば、それはそれで一興よ」
ほら、楽しそうにしている。次があれば、惨事が起こる予感。
これで懸念もなくなったので、ジークハルトは来た時よりも落ち着いた表情で帰って行った。カップには指一本分のハーブティーが残っていた。
「なんだか拍子抜けするほど、あっけなく話が済んだわね」
「まあねえ、最大の問題である広域攻撃魔法は、軍の研究員が規模や威力について調べるんだろうから。近日中に、直接尋ねに来るよ」
「面倒だな~……」
同じ魔法の話でも、調書を取るのは憂鬱だな。大きなため息をついた。
「魔法の話だし、君なら楽しめるんじゃないの?」
意外そうにするエクヴァル。客が帰ったので、リニが飲み終わったカップを片付けてくれた。セビリノは出遅れた。
「どうせなら、あの魔法をどうやったらもっと強化できるかとか、範囲指定をしっかりできなかった理由を検証する方が楽しいわ」
「確かに。より良くする研究の方が、やりがいがあるというもの」
セビリノも同意してくれる。エクヴァルは口元を引きつらせた。
「それは検証に来た相手には、絶対に口にしないで。むしろ君達が襲撃を計画しているみたいだよ」
心配性だなあ。魔法の使い方くらいで、そんなそんな。
……疑われるんだろうか。
「師匠、ハーブなどをさらに購入されたようですが、何かお作りになられるので?」
セビリノが話題を変えてくれた。私はそちらに向き直り、頷く。
「そうそう、そうなの。呪い傷に効果のある薬をね。ただ、火の花が在庫切れらしいのよ。だから、トレントの樹皮を使って作る予定なの」
「ふむ……、しかし火の花の代用品としては、いささか不足でありますな。せめて魔核でも欲しいところです」
「やっぱりそうよね。どこかにいい魔物、いないかな」
「いい魔物って。君達のアイテム作製の発言が異常で、ツッコめない」
普通の話しかしていないぞ。
国にいる時は基本的に騎士団の討伐に同行するんだったから、素材は騎士団で採取していたのよね。そして国に収められる。実は核の採り方はよく解らない。特に大型の魔物になると、どこにあるのか個々の特性を覚えていないと大変なのだ。
ドラゴンティアスは使う為にセビリノと二人で採ったから、覚えているよ。ドラゴンは皮膚も硬いから大変ね。
しかし明日には持って行くと豪語してしまった。魔物探しで遊んでいる場合ではない。トレントの樹皮はたくさんあるし、まずは作ってみよう。それから効果が強いものが必要なら、改めて作製すればいいか。
私はセビリノと、地下の作業場への階段を下りた。エクヴァルも付いて来て、ベリアルは部屋に残っている。
まずは作業場の浄化。乾燥したホワイトセージに火をつける。煙が出なくなれば準備完了だ。ちょっと換気をして、と……。
残っている材料でポーションを作り、呪い傷用の軟膏に取りかかる。
細かくした樹皮を水につけ、弱火で水が半量になるまで煎じる。ここにさらにハーブを投入。今回はローレルとクローブです。海の露というハーブは必須ね。
それと乾燥花粉のホオウ。錆びたようなオレンジ色をしている。
弱火でじっくり掻き混ぜながら煮る。そして熱いうちに濾して、サンダルウッドの香油とミツロウを加えれば完成!
なかなかいい出来なのではないだろうか。冷めてから容器に移し替えた。
もう遅い時間になっちゃったな。明日の販売に間に合うように、朝になったらアレシアの泊まっている宿に届けよう。
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