第251話 リニとプリン
襲撃事件は無事終了!
冒険者達を含め、防衛に協力した人には報酬が出る。楽しみだなあ。私には、商業ギルドを通してもらえるらしい。賊の人数が多いので、町にある牢屋は満員御礼だ。町の襲撃は罪が重いし、王都に移送されて裁判にかけられる。
既に伝令は飛ばしてあり、受け入れの準備はすぐに整うだろう。
「イリヤ達、早かったね。私達は今戻ったところ。いきなり戦ってるんだもん、驚いたわ」
レーニはキュイを治療してくれた。この後は他の人の治療を手伝う。
「私もちょうど帰ってくる時に、見掛けたの。こんな大きな町も襲われるのねえ……」
小さい村の襲撃なんかは、ごくたまに起こる。ここは王都にも近いし、標的にならないと甘く見ていたわ。
「ないわよ、普通。きっと高位冒険者がいない隙を狙ったのね。守備隊が舐められてるのよ」
魔法使いのエスメだ。ジークハルトが苦笑いしている。
「しっかり裁いて、広域攻撃魔法を使ったのなら、魔法を取得した経緯を明らかにするよ。他にも盗賊に教えられたら、防衛が困難になる。領主様と、王都の軍関係者にも相談してみよう」
「広域攻撃魔法? よく町が陥落しなかったわね……」
うーん、でも四つの風の魔法だしなあ。
空気を読んで、言わないことにした。なのに周りから微妙な視線を感じる。
「あのくらいで、とか考えてそう」
レーニが鋭い……! ベリアルだけじゃなく、エクヴァルもリニも笑っている。
「魔法治療院、もう少し余裕ありますよ~。怪我した方はご利用ください!」
治療院で呼び込みをしている。冒険者が少ない時期は、仕事も少なめなのかな。
「今回の作戦で怪我をした人の治療費は、守備隊で払うから。治療院を利用した者は、日付の入った治療証明証を貰うように。皆、協力ありがとう」
ジークハルトは私達にお礼を言って、現場の指揮をしに戻った。守備隊は対応に忙しくてバタバタしているから、聴取などもない。あとで魔法についてとか、質問されるのかな。
攻撃魔法を無効化させる魔法の多くは、国が防衛の為に開発、研究している。これは教えたらいけないヤツかも。エクヴァルに相談しておこう。
「私達はまず冒険者ギルドに報告よ」
レーニがエスメを振り返る。他のメンバーもこちらに向かっていた。
「じゃあね、イリヤ。夕方になって冷えてきたし、早く帰った方がいいわよ。寒い季節になったわ」
エスメが両腕を摩りながら白い息を吐いた。これから寒くなるのねえ。
「我らも戻るかね」
ベリアルに促されて、私も帰路についた。南門で回復のお手伝いまでしていたセビリノが合流する。食べ物を買って帰ろう、家にはないわ。
「イリヤさん! どうやら襲撃事件は解決したようだね」
商業ギルドのギルド長だ。慌てたからか、メガネがちょっとずれている。
「はい、今は守備隊の方が捕らえた賊を連行したり、周辺の捜索や、町の中の警戒をされています。冒険者や私達は解散していいみたいで」
「そうかあ、ホッとしたよ。こんな大規模な襲撃は記憶にない。さすが守備隊、頑張ってくれたんだな。それに高ランク冒険者が出払っていても、皆が協力すれば大きな力になるんだな」
うんうんと頷いている。一番手薄になる時期を狙われたんだもんね、心配だったんだろう。状況を確認に、外に出たのかな。
「私どもはフェン公国から先ほどレナントに着き、自宅へ戻るところです。ギルドまでお送りしましょうか」
賊が町の中に紛れていたら大変だものね。ギルド長は首を横に振った。
「疲れているだろう、早く休んだ方がいいよ。それと、トレントの樹皮が届いている。明日取りに来るかな、それとも自宅まで運ぼうか?」
「それでしたら、明日受け取りに参ります」
やった、テナータイトで倒したトレントの樹皮だ! もう届いたのね。
ある程度長い年月を生きたトレントじゃないと、薬としての価値は薄い。頻繁に討伐されているテナータイトのトレントはいらないかと考えていたんだけど、魔力を溜めていそうないいトレントがいたのよね。
買い物があるので途中までギルド長と歩き、午前中に伺う約束をして別れた。
露店は全て撤収していているので道が広く感じる。先にはお店の並ぶ繁華街があり、そこは人が動き出していた。閉めていたお店もまた開けて、営業を再開している。
とにかく今日は自宅でゆっくりと休もう!
エグドアルム王国には、殿下とロゼッタの婚約披露に合わせていったん帰る。それまではチェンカスラーで、アイテム職人の仕事もしないとね。
家に着くと、ベリアルが裏の空き地をじっと眺めていた。
「ぬう……、少々手狭であるな……」
空き地は私の家より面積がある。自宅より広い増築になりそうだ。いや、もう別の家かな? 城ではありませんように。こんなところに小さい城が建ったら、観光客が迷い込みそう。
次の日、早速商業ギルドへトレントの樹皮を受け取りに行った。ベリアルとセビリノも一緒だ。ベリアルは増築の相談もある。
木箱に入った細かくしてある樹皮をセビリノが受け取ったら、私達は先に帰れと言われた。内緒にしたがるところが、どうにも気になる。
「そうだ、イリヤさん。魔石に属性を付けたりは、得意だよね?」
「はい、できます」
ソファから立とうとすると、ギルド長が思い出したように尋ねてきた。
「これから寒くなるから、火の属性を入れる作業が始まっていてね。報酬は高くないけど、魔力の制御がきちんとできる人でないと任せられない仕事だ。今年は寒くなるのが早くて不足しそうだから、余裕があったら協力してもらえないかな」
「構いませんよ。そもそもベリアル殿なら、家いっぱいの魔石でもすぐ火属性に変えられます」
「そんなに一気に!?」
「我はそのような
火属性で制御の得意なベリアルには、呼吸するように簡単なことじゃないかな。内職し放題だ。しかし本人は、もっと派手な仕事をしたがる。
魔石を家に届けてもらえれば、その分をやると約束した。火の属性を強く入れ過ぎると燃えちゃうから、苦手な人は絶対にやっちゃダメなのだ。
「私からも質問があります。アイテムの品評会があるそうですが、見学はできるんですか?」
参加はしないように釘を刺されてしまったので、どんなイベントなのか見られないかな。セビリノも興味がありそうだった。
「中級のポーションをここの施設で作って、腕を競うだけだよ。イリヤさんにはつまらないんじゃないかな?」
「面白そうじゃないですか。むしろ参加したかったんですが、やめるよう止められました」
「あ、うん。参加は諦めて欲しい」
もしかしたら、いいよいいよって快諾してもらえるかと期待したのに。アッサリお断りされてしまった。セビリノが神妙に頷いている。
「今回は王都からエーディット・ペイルマン様が審査にいらしてくださるんだ。魔法会議でご一緒したよね。君も審査員として、参加する?」
「エーディット様がいらっしゃるんですか! 私で宜しければ、お受けさせて頂きたいです」
審査員って、やったことないわ。セビリノなら審査したりはあったはず。どんな風に振る舞えばいいのか、教えてもらおう。
「師匠が審査を……」
「……私に参加しないよう言ったんだし、セビリノも参加は不可よ」
急にウズウズしているぞ。私がダメなら、セビリノもダメに決まっているじゃない。師匠って呼ぶけど、アイテム作製の腕にはそこまで差がないよ。
「くっ……口惜しい」
「アーレンス様も、審査員として並ばれては如何でしょう」
「私もその方が心強いですね」
ギルド長の申し出をありがたく受けて、二人で審査員席に座ることに決まった。今年は審査員が増えて、緊張する品評会になりそうだ。
開催は十日後。他の町からも職人がやって来るそうなので、楽しみにしていよう。
帰り道、エクヴァルとリニに会った。エクヴァルが袋に重そうな何かを入れている。リニはミルクや卵を買って、抱えていた。料理するのかな。
「あれ、お買い物?」
「そ。リニがね、キュイを治療してもらったお礼をしたいって」
「うん、あの、あのね。プリンを作るから、土鍋を買ったの」
「土鍋?」
プリンって土鍋で作るの? 買ったことしかないから、作り方は知らないわ。
「お友達が、土鍋を使った作り方を、教えてくれたの。自分で好きなだけ取れるから、これがいいんじゃないかなって、エクヴァルが」
「いいなあ、手作りのプリン。面白そう、私も食べたい」
リニが作る土鍋プリン。これは美味しい予感しかしない。
「今度、作るね」
「土鍋を買っておくわ」
やったね。二人は作りに家へ戻るので、私は土鍋を買っておかねば。
セビリノと素材屋を眺めた。品揃えは良くない。やはりこういう時期なのかな。そうそう、お香も買っておかねば。
それにしてもキュイの治療のお礼にプリンを作るとは、さすがリニ。イサシムの皆は遠慮するけど、私はお礼に中級ポーションをあげよう。
次は調理器具を扱うお店だ。せっかくなので専門店に行ってみた。
「すみません、一番大きな土鍋ください!」
お店に入るなり、店主に声を掛ける。これで準備はバッチリね。
帰ると、リニは作り終わって粗熱を取っているところだった。
「リニちゃん、土鍋を買って来たわ」
「え……こ、こんなに大きいの……?」
セビリノが持っている大きな土鍋を見たリニが、戸惑っている。大きい方がいっぱい食べられてお得だと思ったんだけど、やりすぎだったか。
「ぷぷ……っ、イリヤ嬢、どれだけ食べる気なのかな。五人分を作った土鍋の、倍はある大きさじゃない。専門店で、お店で使う土鍋を買ったでしょ」
エクヴァルが笑っている。お店用だからこんなに大きいのね。
「足りないより、多い方がいいじゃない。無理にいっぱいに作らなくてもいいし」
エクヴァルとリニは、これからイサシムの皆の家に完成したプリンを渡しに行く。
次は私のプリンの番ね。楽しみだなあ。
□□□□□□□□□□□□□□(以下、小悪魔目線)
森にある小さな木の小屋に着いた。誰も使っていない、見張り小屋みたいなの。
小型の黒いヒョウから人の女の姿になり、扉を開ける。
「おっかえり、エッラ。どうだった?」
「失敗! 何なのアレ。ヤバイのがいるよ、あの町。通りすがりの可能性もあるかな……」
レナントという町の襲撃を遠くから眺めていたんだ。契約者に報告する為に。
「ヤバイの? チェンカスラー王国って、バレンと同じで魔法とか遅れてるんじゃなかったっけ。フェン公国からでも来てるのかな。……でも祭りもあったし、それはないか」
どうやら心当たりがないようだ。藁の束に寄りかかったままで、うーんと唸っている。
「貴族悪魔じゃないかな。こっちに来る前に逃げたけど、きっと気づかれてる」
「まあいいよ~。どうせ襲撃が失敗したら、追加報酬はもらえないし。次の儲けを考えよーっと」
相変わらずのお気楽め。私の契約者のせいで、貴族悪魔の契約者が危険な目に遭ったら、私が怒られるんだからね!
それに、よくまあ賊を相手に、成功した時の追加報酬を要求したよ、この女も。
「盗賊の魔法使いに広域攻撃魔法なんて危険なのを教えて稼ぎ口にして、捕まっても知らないから」
「バレそうなら、山脈の向こうへ逃げればいいよ。あっちまでは追って来ないもん。よほどの凶悪犯でもない限り、引き渡しとか、しないっしょ」
悪気がないのがタチが悪いってタイプだ。嫌いじゃない。ただし私に迷惑がかからなければ、だから。
人間からしたら、広域攻撃魔法を悪人に教えるのは『よほどの凶悪犯』なんじゃないの? そもそも勝手に広めたらアウトだよ。
「テクラ、変な稼ぎ方しないでよ」
テクラは明るい黄緑色の髪を、眠そうに掻き上げる。
「金はあるだけいい。これが私の座右の銘よ!」
反省って言葉も覚えとけ。
私はこのレナントって町には、もう関わらないからね!
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