第250話 レナント襲撃・北門(ジークハルト視点)
「隊長! 武装した集団が町を目指していると、報告がありました!」
「なんだと……っ」
唐突に飛び込んだ知らせに、執務机で書類に目を通していた私は思わず立ち上がった。肩に乗っていた妖精のシルフィーが、スイッと透き通る羽で飛ぶ。
今はフェン公国の祭りに行っている者が多い。毎年この時期はいつもより平和で、特に問題もなく過ぎていた。まさか、襲撃が起ころうとは……!
「二手に別れて、北門と南門へ向かっているようです。南門の側には魔法使いらしき姿も、確認されています。すぐ近くまで迫っている模様、至急ご指示を!」
魔法使い……。どの程度の腕だろうか。この町に強力な魔法使いは、常駐していない。派遣を要請してはいる。しかし王都と防衛都市が最も重要で、他の町は後回しにされがちだ。
レナントにはランクの高い冒険者が寄ることも多く、町の防衛に協力してもらえるよう、冒険者ギルドと約束を取り付けている。しかしフェン公国の祭りともなれば、護衛依頼でランクの高い者はほぼ不在だろう。
「……部隊を北と南に分け、守りを固めよう。冒険者ギルドにも協力を要請し、市民の避難を呼び掛けてもらう」
伝令にギルドへ行くよう命令し、インクのふたを閉めた。伝令が返事をして踵を回した時、バタバタと走る音がして、この部屋の前で止まる。
「隊長、大変です! 武装した賊が、町に押し寄せています!」
「? その報告はたった今、聞いた」
「……は?」
見張りからと思っていた最初の報告は、目撃者が南門にもたらしたものだった。もう指示を出し終えていたので、見張りは目を丸くしていた。
「失礼しました、伝えそびれました。フェン公国から飛行魔法で戻っていらした方からの、目撃証言があったのです。たしかマレインが名前を呼んでいましたね……、イリヤさん……とか」
「イリヤさんが……っ」
そうか、帰って来たのか! 彼女は立派な魔法使いだ。南門の魔法使い対策は、彼女に任せられるだろう。
契約しているベリアル殿という悪魔は恐ろしいが、こういう場合は頼りになる。彼女に傷を負わせもしないはずだ。
「……ならば私は、北門へ向かう。南門は他の者に任せる」
「ジーク、大丈夫? 怖い人達と、戦うの……?」
シルフィーが心配そうに私の周りを飛ぶ。光がチラチラと舞っていた。
「心配はいらないよ、シルフィー。町を守るのが私の仕事だ。君はここでゆっくりと待っていてくれ」
「……うん。待ってる。ジーク、怪我しないようにね」
「怪我をしたら、イリヤさんの薬を買うよ。大丈夫」
「そっか、あの娘のお薬ならすぐ治るよ!」
パアッと笑顔になり、パタパタと羽を羽ばたかせる。イリヤさんは、シルフィーにも絶大な信頼があるな。机に座るシルフィーを残して、執務室の扉を閉めた。
私が外に出ると部下達は集まっている最中で、非番だった者も駆け付けてくれていた。
今まで町に対する、大きな襲撃事件はなかった。皆の顔には一様に、緊張と不安が浮かんでいる。
「皆、素早く集まってくれて感謝する。北門と南門から敵が攻めて来るらしい。一隊は念の為に東門と西門に向かい、残りは半数ずつ北と南に分かれる。北門に行く者は、私について来るように!」
南門は副隊長に任せて私は白馬に
もうすぐ門に着く。不意に空から、小さな黒いものが降りて来る。
コウモリだ。こんな昼間に? それは私の進行方向の先で、羊のような丸い角の生えた少女の姿になった。小悪魔だったのか。
そういえば見覚えがある。この子はたまに、イリヤさんと一緒にいる子だ。
「あ、あの。リニ、です。エクヴァルが、悪い人達が、あっちに隠れているって。準備ができたら合図してください。ワイバーンで追い立てるからって、言ってました」
そうだ、小悪魔のリニ。契約しているのはエクヴァル殿だったか。こっちにはあの彼がいるのか。……少々苦手だ。いや、そんなことを考えている場合ではない。
追い立てる……、攻めてくるものと思っていたが、敵はまだ身を隠している?
「知らせてくれて、ありがとう。まだ襲ってきてはいないんだね?」
「うん。あの、あのね。南門に攻撃魔法を仕掛けて、騒ぎを起こして、こっちが手薄になったら、その機に乗じるつもりだろうって。でも、イリヤ達が防いでくれるはずだから、もしかしたら異変を感じて逃げちゃう、かも」
なるほど、動きが無ければそのまま撤退する可能性もある。逃がさないように追い立てて、あちらが万全ではない状態で戦闘に持ち込むつもりだ。
「門の側に兵を配備したら、作戦を開始しよう。冒険者も協力してくれるだろう」
「うん!」
リニは頷いて道の端に避けた。
私達はそのまま門へ向かい、状況を確認する。北門の付近は一般人が巻き込まれないよう、既に低ランク冒険者が人払いをしてくれてあった。弓や空の木箱を手にして、準備している。
「守備隊長様!」
冒険者の一人が私に気付き、頭を下げた。いったん馬から降りて、彼らに近づく。
「集まってくれて助かる。一緒に町を守ろう!」
「もちろんです!!!」
木箱を壁のすぐそばに置き、そこに立つ。しかしまだ、それでも壁の向こうがやっと覗ける程度だった。ここから矢を放つなら、これでは足りない。高さを調節している。
Fランクの冒険者が大きめの石を抱えて、壁の近くの者達と合流していた。
逃げられないよう追い立てて、門の前で戦うことを皆に伝える。向こうはこちらが勘付き戦闘準備まで済んでいるとは知らず、優位を信じて慢心しているに違いない。
南側から、騒ぐ声が風に乗って届く。すぐにでも開戦すべきか。
町の上空を、ワイバーンが旋回する。
エクヴァル殿が乗ったワイバーンか。門のすぐ脇に隠れ、剣を抜いて太陽の光に反射させた。これで分かってくれるだろう。他の者達も、抜剣して天に掲げる。
ワイバーンはスイッと空を滑り、町から少し離れた雑木林の裏に回った。ギュアアと叫んで細い木にぶつかり、数本をなぎ倒す。
「うわあ、ワイバーンじゃねえか! なんでこんな時に!」
数人がたまらずに姿を現した。
守備隊の魔法使いがここぞとばかりに弱い風の魔法を唱え、それに合わせて冒険者が悲鳴のような声を立てる。
「おい、ワイバーンどころじゃない、行くぞ! あっちは始まったようだ」
賊は南門で混乱が起きていると、勘違いしたようだ。ワイバーンを恐れて散らばったので、散り散りになっている。
待機している状態では怪しまれたかも知れないが、疑いもせずに計画を実行してくれた。
「もっと引き付けてから、一気に出る」
兵達は口をつぐみ、静かに時を待った。徐々に足音が近くなる。
あまり動きが無くても怪しまれるだろう、私は門番に今気づいたというフリをするよう伝えた。
「おい、何だあの集団は! 見張りは何をやっていた!」
「今頃知らせが来た、遅いぞ!」
門番はあちらにも聞こえるように騒いで、門を閉ざした。冒険者達も息を呑む。壁際では守備隊の弓兵が、弓を引き絞っていた。
「もう遅いぜ! 門をこじ開けるぞ!」
今だ、連中が壁の前に集まっている!
「弓隊、放て!」
「なに……っ!?」
設置しておいた台の上に立ち、弓兵が一斉に矢を射る。油断していた賊達は避ける間もなく、矢を浴びた。低ランクの冒険者で弓を持たない者は、下にいる仲間から石を受け取って投げつける。
「開門! 一気に攻める!」
待ち構えていた兵達が、混乱している敵に躍り出る。数はあちらの方が多いほどだが、不意打ちを喰らって行動がバラバラだ。
私も馬を駆って、分断させるように敵の陣中を駆けた。ワイバーンが再び迫り、賊を挟み撃ちにして蹴散らす。
「いやあ、上首尾だ。さあ、町の連中とばかり遊んでいないで、私の相手もしてもらおうかな!」
エクヴァル殿が道すれすれを飛ぶワイバーンから飛び降り、逃走を図る男に斬り掛かった。五人ほどの間を通り抜けたと思うと、全員がそのまま倒れる。
なんという早さだ……!
うっかり眺めている場合ではない、馬の機動力を活かして逃げる賊を捕らえねば。数人が北側に逃げてしまう。あちらにはまだ誰もいない。
いや、冒険者がちょうどやって来ている。
「そいつらは町を襲おうとした賊だ、危険だと感じたら逃げなさい!」
「おおっと、こりゃポイント稼げるな!」
私の忠告に、男がすぐさま担いでいた弓を構えて引いた。魔法使いも詠唱を開始。確かこの町を中心に活動する、Dランクの『イサシムの大樹』というパーティーだ。
矢は一人の男に刺さり、魔法もしっかりと敵を捉えた。リーダーの剣士が先頭にいる男に剣を振り下ろし、大柄の重装剣士は魔法使い達を守っている。弓を持った男性は上手くリーダーを援護していて、連携がしっかり取れているな。
賊の一人である女が離れた場所から、弓でリーダーを狙っていた。彼らは気付いていない。
手綱を強く握って、片手で剣を持つ。間に合うか……!
「危ない!!!」
注意を促しながら全速力で進む私を、ワイバーンが追い抜いた。矢を番える女を足で蹴飛ばす。
「ひいいぃ!」
ワイバーンは龍種の中では弱いが、空を滑るように飛ぶ。人間が対するのは恐ろしい相手だ。
皆の協力もあり、こちらは最小限の被害で収拾を付けることができた。矢や投石で攻撃していた協力者達も、縄を大量に準備してどんどんと縛り上げている。
「キュイ、キュイ」
門の柱に隠れるように、先ほどの小悪魔リニが顔を出していた。
「キュイイィン!」
ワイバーンの名前なのか。空に鳴いて、ワイバーンが彼女へと羽ばたく。ずいぶん懐いているようだ、嬉しそうに彼女に首を伸ばす。
「頑張ったね、キュイ。怪我はない?」
「キュウウ」
右の翼をパタパタとさせる。言葉が通じるのかな。低く飛んでいた時に攻撃が当たったようで、小さいものだが剣や矢の傷があった。
「あ、私が回復を唱えるよー!」
「やや、レーニ嬢。助かるよ」
イサシムの大樹の女性メンバーが申し出て、エクヴァル殿が剣を仕舞いながら礼を述べている。ランクの同じ冒険者だし、仲がいいのだろうか。エクヴァル殿は冒険者ランクと中身が、全く違うが……。
今回は鎧ごと真っ二つにする、恐ろしい剣を使用していないようだ。アレはさすがに怖い……。
こちらにも回復を唱えられる者が数名いるので、ポーションと併用して治療にあたる。大怪我をした者はいなかった。これなら問題ないだろう。
「もう終わっていますね」
「そなたが参ることもなかろう」
空から降りてくる、イリヤさんとベリアル殿。南門もカタが付いたな。
「お疲れ様、イリヤさん。そちらでは強い魔法を使われたのか?」
「強くもないですよ。四つの風の攻撃魔法ですから」
なんだ、そうだったのか。後でどんな魔法か教えてもらおう。安心したところに、エクヴァル殿が呆れ声でツッコミを入れる。
「……それ、広域攻撃魔法でしょ。そういうのを“強い魔法”っていうんだよ、イリヤ嬢」
「ええ~。町全体が範囲内ってわけじゃないし、火属性とかならもっと強いわよ」
……イリヤさんの反応がおかしい。広域攻撃魔法は、無条件で強い魔法に分類されるのでは。そもそもあんな輩が、どこで学んだ……?
これはしっかりと追及しないといけない。
イリヤさんはもっと範囲が広く、危険な魔法を覚えているんだろうか。これは質問しない方が良さそうだ。
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