第254話 魔石の属性入れ

 アレシアの露店では、客がアイテムを買っていた。いなくなるのを待って、声を掛ける。

「アレシア、キアラ」

「イリヤさん。午前中にお客さんが、薬を買いに来てくれました。喜んでくれましたよ。早速帰って、使ってみるって!」

 急いでいたのね、もう購入済みだった。しかも全部まとめてだそうだ。もしかして、怪我人が多いのかな。

「たくさん必要だったの? 足りたかしら……」

「数は足りたみたいです。魔物も倒したらしいですよ。でも、他の集落の状況が判らないなって言ってました。足りなければまた買いに来るはずですし、できればもっと用意しておいた方がいいかも……」


 魔物を倒せているなら、これ以上、怪我人は増えない。

 山の上からだし、もしまた買いに来るとしても、すぐではないわね。どうせだからもっと強力になるよう、他の素材も考えておこう。余る分には問題ないものね。

「イリヤお姉ちゃん、それよりコレ! 約束のクッキーだよ」

「ありがとう!」

 キアラが小さな紙袋にいっぱいのクッキーをくれた。リニにも分けてあげよう。

「そだ、このネックレスをくれる?」

 エクヴァルがアレシアが作った、革ひものネックレスを買っている。トップの水色の丸いガラス玉は、器用に編んだ紐で包まれていた。

「ありがとうございまーす! アクセサリー、可愛いよね。お姉ちゃんは器用なんだよ。リニちゃんにあげるの?」

 チェックの模様が入った、小さな紙袋に入れるキアラ。なるほど、リニに。

「リニもこういうのが好きみたいだけど、自分では我慢して買わないんだよねえ」

「リニちゃん、大人しくて謙虚ですもんね」

 アレシアがリニの様子を思い出して、穏やかに笑っている。露店に来ると、じいっと商品を眺めているよ。

 ちょっとお話をしていたら、他のお客さんが露店の前に訪れた。商品を選んでくれている。接客の邪魔にならないよう、別れた。


 家に着くと、玄関でリニが出迎えてくれた。エクヴァルが一緒だから、帰るのが分かったのね。

「お帰りなさい……!」

「ただいま、リニ。はいコレ」

「わあ、何かな……?」

 エクヴァルが渡した小さな紙袋を、丁寧に開けるリニ。

 中には先ほど買った、アレシアが作ったネックレスが入っている。

「可愛い……っ! も、もらっていいの?」

「もちろんだよ、リニに買ったんだよ」

「ありがとう、エクヴァル! 大事にするね……っ」

 リニは嬉しそうに、ネックレスを首元に当てている。素朴なデザインが、優しいリニに良く似合っている。


 さて、商業ギルドから頼まれた魔石に火の属性を入れる作業をすることにした。エクヴァルは明日から依頼で出掛けるので、その支度をしている。

 魔石の木箱二つは、地下の作業室に運んである。

 セビリノと一箱ずつやることにした。部屋を浄化して、魔石を取り出す。箱に入ったままだと均等に属性を変化させられないのよね。

 それにしても、けっこうな数がある。テーブルに並べるだけでも大変だ。二つのテーブルにぎっしり並んだ石を前に、まずは私から作業を開始。たくさんあるので、半分ずつ行う。


「熱よ、内側よりでよ。波紋のように広がれ」


 しっかり範囲を意識しながら唱えると、魔石がほんのり赤く輝いた。そしてすぐに色は落ち着く。二回唱えて石を見渡した。全部に属性がついたと思う。次はセビリノの番だ。


「乾いた大気よ、まろびて熱をもたらせ」


 セビリノも二回に分けて、全部に火の属性がしっかりと行き渡った。慣れたら一度でやれそうだわ。

 しばらく待っても燃え上がらないし、問題はないようだ。きちんと属性が入っているかセビリノと軽く確認しながら、黙々と魔石を箱に戻した。納品すれば終りね。あとで玄関まで運んでおいてもらおう。

「これで全部。商業ギルドに、受け取りをお願いすればいいのね」

 最後の一個を入れて箱に蓋をして、ポンと叩いた。

「はっ。さすがにこの程度では、簡単すぎて退屈なほどですな」

「せっかくやるなら、たくさん欲しいわね。でも石を広げたり運んだり、準備とかが大変ね」

「全くです」

 ギルドの保管庫でやらせてもらえたら楽なのにな。

 玄関までは後で、セビリノとエクヴァルで運んでおいてくれる。


 商業ギルドからの依頼は、これで終了。

 せっかく魔核を手に入れたのだ。バラハに頼まれたポーション類と、より強力な呪い傷の薬を作る。この二つの素材を集めなければ。今持っている素材だと、どれも作れない。

 エクヴァルがいない間に、どこかへ採取に行ってこようかな。リニは残るみたいだから、お留守番をしてもらって。大事なトカゲちゃんや、フェン公国で注文した素材が届くからね。となると、どこに採取に行けばいいか、だ。

 もう少し温かい南の方なら、薬草が生えているだろうか。全然土地勘がない。商業ギルドに魔石に属性を入れる仕事が終わった報告に行き、ついでに情報を収集しよう。

 今度はベリアルもついて来た。

 夕方に近いから道は混むけれど、商業ギルドは閑散としていた。


「魔石の属性入れ、終了致しました。いつでも受け取りにいらしてください」

「え、もうですか!?」

 商業ギルドの受付で伝えると、女性が驚いて聞き返した。

「はい」

「さすがに早いですね。では明日、受け取りに参ります」

 魔法付与をするより簡単だからね。あ、弱く入れる方が制御が難しいのかな。

「それで、伺いたいことがありまして。この辺りだと時期的に、あまりポーションの素材が入手できませんよね。どこかで手に入らないか、伺いたいのですが……」


「そうですね……」

 女性が考えていると、ギルド長が後ろから来て、やあと手を上げた。

「今なら南トランチネルなんてどうだろう? 体制が変わって、排他的な政策が転換されている。しかし元々、国から指定を受けたほんの一握りの商人しか他国との取引をしていなかったから、国内で流通が止まっていてね。きっと、売り場が無くて余らせているものがあるはずだよ」

「なるほどっ! ありがとうございます、参考にさせて頂きます」

 いいことを聞いたぞ。これは望みがありそう! 北はまだ復興で忙しいそうなので、南まで行く必要がある。パイモン事件で多くの魔導師が亡くなり、国のアイテム作製施設も破壊されているとか。上位のアイテムに使う素材ほど、残っている可能性が大きい。

「審査員をしてもらうから、アイテムの品評会までには帰って来てほしい」

「もちろんです。そちらも楽しみです!」

 うっかり遅くならないようにしないとね。


「師匠、間に合わなくなるようでしたら、私が南トランチネルに残って素材集めを致します。ご安心を」

 堂々と胸を張るセビリノに、ギルド長は気まずい顔をした。

「あー……、申し訳ないんですが、実は“エグドアルムの宮廷魔導師様が、特別審査員として参加!”と、宣伝してしまって……。アーレンス様だけでも戻って頂きたいのです……」

 おっと、私がおまけだった。

 いや、でもそうだよね。これが普通だよね。セビリノは眉根を寄せているけど、私はこのくらいでいいと思うよ!


「そなたは済んだのであるな。では、我の用向きである」

 折りたたんだ紙を手にしている、ベリアル。増築の打ち合わせみたいね。言外に追い払われているような。私とセビリノは先に帰る。

 ベリアルはギルド長と話しながら、奥にある応接室へと消えて行った。

「玄関ホールはやはり大理石が良い。この国で産出量が少ないのであれば、他国から取り寄せて……」

 すごいワガママな要望をしている。とはいえ、ルシフェルの趣味に合わせているんだろう。

 ルシフェルは他の人だったら文句を口にしないだろうけど、ベリアルが施工を頼んだとなると、気に入らなかったら跡形もなく破壊しそう。彼の気の置けない友は、私が考えているソレとはちょっと違う。悪魔の友情は不思議だ。


「師匠、次はどうなさいますか」

 商業ギルドを出て歩いていると、セビリノが後ろから尋ねてきた。

「そうねえ。明日エクヴァルが仕事に発ったら、私達は南トランチネルへ向かいましょう。飛行するには寒い時期だから、防寒具でも買っておこうかな」

「私も賛成です。エグドアルムへ戻るまでに、依頼を終わらせておかねばなりません」

 バラハの依頼がどこまでこなせるか解らないけど、挑戦する価値があるわね。

 どうも性格を見透かされている気がする。まあいいいか。防寒具を買ったら、帰って皆でもらったクッキーを食べよう。


 次の日、まずは朝早くにエクヴァルが出発した。

「キュイを借りるね。帰りは様子を見る為に国境を越えるまで徒歩で移動するから、少し遅くなるかも知れない。リニ、ゆっくりしていていいからね」

「エクヴァル、行ってらっしゃい……」

 リニは外へ出て、エクヴァルの姿が見えなくなるまで寂しそうに背中を見送っていた。

 エクヴァルから遅れて、私達も出発だ。

「リニちゃん、よろしくね。商業ギルドから魔石を受け取りに来るから、この二箱を渡してね。荷物が届いたら玄関付近にでも置いてもらって。あと、知らない人だったら居留守を使っていいからね」

「う、うん! 今度こそ、ちゃんとお留守番……するよ!」

 握りこぶしを作るリニ。そんなに気を張らなくてもいいのに。

「そうだわ。もしトカゲが届いたら外につないでおくとか、カゴに入れておいてもらえるかな」

「トカゲ……、危なくないの?」

「大丈夫よ、大人しいから」

 危険な魔物じゃなかったはず。私も生態は詳しくないのよね。連れて来てくれた冒険者の人に相談するように、お願いしておいた。

 フェン公国へ行っていた人達が、ぼちぼち町に到着し始めている。


 私達は南トランチネルに向けて出発!

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