第255話 イリヤちゃん、御用です!

 空はやはり寒い。防寒具を用意して正解だ。

 フェン公国から長い隊列がレナントや王都方面へ進んでいる。みんな帰っているね。西のノルサーヌス帝国も多く、南へ向かう馬車も少しあった。

 今回は私とベリアルとセビリノの三人で、南トランチネルへと飛んでいる。

 フェン公国を抜けて北トランチネル領に入ると、崩壊したままの塔や、壊れた建物がいくつもある。集められた瓦礫が町外れで山を作っていた。そんな中でも、人々は普通に生活を送っている。


「復興は少しずつ進んでおりますな」

 セビリノは以前、南トランチネルのキースリング候爵領へ行っている。あの時に同行していたのは、サタン陛下の配下にある地獄の王筆頭のバアル。彼の飛行速度は、人間にはとても追い付けない程、早いものだった。

 都市部の隅には、楕円形の厚い石碑がある。背後に新しい墓石がたくさん並び、地獄の王パイモン事件の犠牲者の多さを無言で物語っていた。

「品のない荒らし方よ」

 倒されて切り株だけになった木が、森の入り口に水玉模様のように配置されている。

「品のある荒らし方って、どういうのですかね」

「分からぬのなら、黙っておれ!」

 ベリアルが怒って誤魔化した。説明できないんだな。


 南トランチネルに近づくと、破壊の爪痕が薄くなってくる。

 もう夕方だ。まずは侯爵領で宿を探し、夜が明けるのを待った。

 そしてセビリノがキースリング侯爵の邸宅へあいさつに伺い、そこで情報を仕入れるわけだ。本人はまだフェン公国から帰っていないだろうけど、セビリノの顔を覚えている人もいるだろう。

 地獄の王と一緒に顔を出したんだものね、魔導師ならイヤでも忘れられない。


 私とベリアルは、セビリノが出ている間に町や周辺を散策してみることにした。

 お店はセビリノと一緒に回ろう。町の近くに広がるキレイな森が、空から見えていた。誰かが住んでいるんだろう、細い煙が伸びている。川のほとりには数軒の、小さな木造家屋が立っていた。

 私はベリアルと一緒に、飛行魔法で適当な場所へ下りた。

 森を横断する太い広い道は、土を平らにならしただけのもの。そこから伸びる脇道を選んで進んだ。脇道は馬車は通れないまでも、人は並んで通れるくらい余裕がある。邪魔になる石がないし、木の枝も落ちていないので、歩きやすい。

 

「キレイな森ですけど、人がいないですね」

 もっと冒険者や採取の人に会いそうなものなのに。

「ここで採取をするのかね?」

「草が生き生きとしてますよ。きっと、薬草もあります!」

「……そうかね。好きにすれば良い」

 どういう意味だろう?

 この辺りはチェンカスラーより、少しだけ気温が高いみたい。

 道から奥へ、草を分け入る。太い木の根元に、ヤイが黄色い花を咲かせていた。やった、早くも使える素材発見!

 しばらく奥へと進みながら薬草採取を続けていると、馬のいななきや、数人の男性が騒ぐ声がした。

「飛行魔法で降りたらしい」

「あっちに人影はなかった」


 飛行魔法……、もしかして私達を探しているのかな?

 思わず立ち上がる。木の脇でベリアルが腕を組み、ニヤニヤとしていた。これはロクなことにならない予感。

「いたぞ!!! 密採だ、捕らえろっ!!!」

「密採!???」

 男性達は馬を降りて木の間をすり抜け、慎重にこちらへと迫って来る。

「このように整備された森である。誰かの管理下にあることは、容易に想像できよう」

「先に言ってくださいよ!」

 最初にここで採取をするのかと尋ねてきた理由は、これだったのね……! きちんと説明して頂きたい。どうしてこうも、意地悪なのかしら!

 男性達は槍や大きな鎌を持っていて、私達を囲むように近づく。


「手に薬草を持っているな。密採の現行犯だ。この森を御料林と知っての犯行か!?」

 御料林とは、王家が所有する森のことだ。この国は現在王政ではないから、分断されるまで王家、というより政権を強奪した元帥皇帝の森だったのだろう。つまり今は、国有地かな。

「他国から来たので、知らなかったのです。採取した素材はお返しします」

「知らずにか、不運だったな。しかし密採したとあっては、我々で簡単に判断できない。御料林官と魔導師に裁定を仰ぐしかないだろう」

 彼らは森の管理者で、森の中で犯罪が行われた場合、犯人の身柄を確保するのも仕事。しかし裁判などは、定期的に見回りをしている御料林官の仕事だ。

 どうしたらいいの!?


「ふはははは、牢で己の浅慮せんりょかえりみるが良かろう!」

 ベリアルに見捨てられた! ヒド過ぎる……、いや、暴れられるよりはマシ……かな。それにしてもヒドイ!

「おい、他国の貴族かなんかか? 捕らえて大丈夫かよ」

「しかし見逃すと問題になるぞ」

 あちらも困惑して、相談している。

「どこへ連行するのだね?」

「森の入り口付近に、我らが使っている館があります。そこでまずは事情を伺います。規則なんで……」

「規則では守るしかあるまいな! 小娘、観念せよ。セビリノを寄越す」

 ベリアルは構わずマントをひるがえし、離れていく。笑い声が森にこだまする。


「密採をした彼女だけ、来て頂きましょう」

「丁重にな。付いて来てもらえるね」

「はい……」

 うう、悲しい。いけないと初めから知っていたら、採取しなかったのに。セビリノが来て上手く交渉してくれるといいな……。

「……そなたら、その小娘は我の契約者である。怪我をさせれば、命であがなわせる故、忘れるでないぞ」

「! はい……!!!」

 わざわざ脅してから飛んで行った。ホントなんなの。


 管理者達は馬で来ていたので、私は飛んで追い掛ける。逃げたらこの後、のん気に買い物なんてできないよね……。

 森の入り口に緑色をした屋根の広い館があり、管理者が寝泊まりする。御料林官が査察に来た時や、貴族や王族を迎えるのもここだ。

 案内されたのは、普通の応接室だった。地下に牢があるけど、入らなくていいらしい。部屋には男性二人と、記録係の女性が一人。扉の外には逃走防止の兵が立っている。

 向かい合ってソファーに座る男性が、取り調べをする。

「まずは名前と出身、それから職業を」

「チェンカスラー王国で魔法アイテム職人をしております、イリヤと申します」

 記録係が紙の上でペンを止めた。書かなくていいのかな。疑惑の目が私に向けられている。

「魔法アイテム……職人? 魔導師ではないのですか?」

「ですよねえ、契約しているのは貴族悪魔では??」

 質問してきた女性の横に立つ、武装した兵も不思議そうに首をかしげた。


「ええと、今は職人をしています」

 ギルドの会員証を出すと、受け取って皆で確認している。

「……確かに」

「ええ~、何か隠してるでしょ」

 嘘はついていない。とはいえ、やはり無理があるのかな。

「……チェンカスラーへ来るまでは、エグドアルム王国で宮廷魔導師見習いをしていました。先ほどのベリアル殿は、私が契約している意地の悪い悪魔です」

「ほらあぁ! やっぱり、普通じゃないと思った!!」

 兵が興奮した様子で、人差し指で私を指す。

「ええ、そんな人がなんでチェンカスラーでアイテム職人を??」


「話せば長くなりますが、色々ありまして……」

 しばらく雑談を続けているうちに、すっかり日が暮れてしまった。窓の外は藍色に染まっている。そういえばお腹が空いた。

「そちらの方の知り合いという男性がお見えです」

「通してくれ」

 館の使用人が扉を開ける。その後ろには紺のローブを着た、背の高い魔導師が。

「セビリノ!」

「師匠、お待たせ致しました。まさかこのような事態になっているとはつゆにも思わず、キースリング侯爵の邸宅にて、もてなしを受けてしまいまして」

「侯爵様のお屋敷で……!??」

 部屋にいる皆が驚いている。ここら辺は侯爵の領地だ。もちろん、御料林は国のものなんだけどね。


「罰金ならば、私が払おう。密採はどの程度の罪になる?」

「通常なら労役か懲役です。元々が王家の土地だっただけではなく、この森は上級ポーションの素材なども生息しているので、他より厳しい判断がされがちです」

 そうだよね、いい薬草が育っていたわ……。道の整備だけでなく、雑草もしっかり刈ってあった。この広い森を、頑張って管理していたのね。

「ふむ、労役。ならばアイテムを作ることで手を打つのはどうか? 確か地獄の王の手により、優秀な人材が失われていたろう。エリクサーでもアムリタでも、望むものを作製しよう」

 セビリノが頼もしいわ。なるほど、不足しているアイテムを作製する。これは楽しい労役だ!

「エリクサー……!? 本当なら、願ってもない話です!」

「作れます。お任せください」

 必死にアピールする。よし、相手方は好感触。

 ただし彼らが決められるわけではない。通信をして、連絡を待たねばならない。今晩はこの館にお泊まり。

 せっかく宿の部屋を押さえてあるのに、残念だ。ベリアルはワインでも楽しんでいるのだろう。セビリノも私と残ってくれる。一人じゃないって、心強いな。


 簡素な食事を頂き、その間にゲストルームを準備してくれた。さすがに貴族が泊まるので、宿の部屋よりも広くて調度品が豪華だ。

 翌朝、通信の返事を教えてもらえた。

 エリクサーを作れるのなら罪に関しては一切不問、まずは魔導師が面談に来る。アイテムや作製した量によっては、逆に賃金を支払ってくれるとか!

 セビリノの狙い通りだ!

 トランチネルではアイテムを作る人が不足していて、エリクサーやアムリタを作れる人材を勧誘しようと模索していた。これから育成するのでは、時間がかかり過ぎるから。ただ、引き抜きも難しい。

 地獄の王パイモンが暴れた時に大きな怪我を負った人も多く、エリクサーやアムリタの不足は想像よりも深刻だったのだ。


 朝食を頂き終わってそんなに時間が経たないうちに、連絡を受けた魔導師が駆け付けた。窓から様子を覗く。玄関の前でフードを外すと、緩くウェーブする赤茶の髪があらわになった。女性だ。

「こちらにエリクサーを作れる方がいらっしゃるとか」

「はい、ゲストルームに滞在しています」

 取り調べをした男性が、女性の魔導師をうやうやしく迎える。

 こっちへ来るね。私は扉を開けて、廊下に出た。隣の部屋に滞在しいたセビリノも、顔を覗かせる。

「あ、アーレンス様!?」

「ベルタ・アリアス殿」

 セビリノの顔見知りみたい。キースリング侯爵家で会ったと、紹介してくれた。


「では密採の容疑者は、アーレンス様のお知り合いですか?」

「そうだ。しかし我が師・イリヤ様は、初めてこの国の土を踏まれた。御料林とはご存知ではなかったのだ」

「……はい、お師匠様ですね。アーレンス様がそこまで仰るのなら、腕の確かな方でしょう。アイテム作製をして頂ければ、約束通り罪には問いません」

 女性は一瞬戸惑いを見せたが、すぐに笑顔を作った。なんというか、その設定でいくんですね、と合わせている感じだ。

 セビリノの発言に、それ以上の追及はしないんだろう。


 すぐに解決して良かった。この館にはアイテム作製をする設備がないので、町へ移動する。侯爵家の作製室は現在お抱えの職人が作業中で、使えないそうだ。

 どんな場所かな。楽しみ。

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