第256話 地下施設でアイテム作製

 私達が女性魔導師ベルタ・アリアスに連れて行かれたのは、宿泊している宿がある町だった。領主である侯爵の館もある、かなり大きな町。向かう先は研究棟がある区画ではなく、普通の住宅街だ。

 そして細い路地を抜けた先にある、一軒の何の変哲もない民家に入った。

 こんなところに、四大回復アイテムまで作れるアイテム工房があるんだろうか?

 外観は素朴で古そうな、ごく普通のあまり広くもない家だ。玄関も変わったところはない。

 キッチンに着くと、テーブルを動かして下の床板を二枚外した。床下収納でもあるのかなと考えていたら、深い穴がぽっかりと口を開けていただけだった。キッチン収納からベルタが縄梯子なわばしごを取り出して、引っ掛かりに縄の先にある、フックのようなものを掛ける。取れないか、引っ張って入念に確認していた。


「驚きましたか? ここは国の分断前にクーデターを起こす計画の一環で作られた、秘密の工房なんです。必要以上に武器やアイテムを揃えると謀反を疑われてしまうので、露見しないようここで作ったんですよ」

「なるほど、気を使いますね」

 でも全員飛べるから、せっかくの縄梯子を使わずに飛行魔法でまっすぐに下りちゃったよ。着いた先には、正面に木の扉があった。左右には細い通路が続き、何処かに通じているようだ。薄暗い通路は闇に閉ざされている。

 地下室の木の扉を開いた先は、立派な工房がしつらえられていた。四つのテーブル、釜や器具が並べられた横に長い棚、隣の部屋は素材の保管庫。奥にある鉄の扉は、緊急避難用の出口だそうだ。

「ふむ、設備も衛生面も問題ない」

「いつでも使えるよう、しっかりと清掃しています」

 セビリノの言葉に、ベルタは自信に満ちた笑顔で頷いた。


「素材の保管庫を覗いてもいいですか? まずは作るものを決めましょう」

「どうぞ、自由に移動してください」

 保管庫はひんやりとしている。乾燥した薬草なども様々な種類があり、ドラゴンなどの希少素材は鍵付きの棚に入っていた。棚の鍵を開け、自由に使っていいとお墨付きをもらった。

「これならエリクサーもアムリタも作れますね。希望はありますか?」

「もちろんエリクサーやアムリタならば嬉しいですが、ポーション類ならばなんでも歓迎です!」

 やった、と手を合わせて喜ぶベルタ。これはしっかり作らなきゃね。


 エリクサーは丸一日かかる。セビリノがエリクサー、私はアムリタに決めた。セビリノはアムリタを作る方が、苦手なの。

 素材は使い切ってもいい。ただし、どれをどの程度使用したのか、記録を付けてとお願いされた。よく確認したらこのドラゴンティアス、あまりいいものではないわ。新しくもないし。

「これでは少々回復力が落ちますな」

「すみません。ドラゴンティアスは、ここにはそれしかないんです。作製に支障がありますか?」

 手に持って呟くセビリノに、ベルタが申し訳なさそうに謝る。

「品質や成功率は、多少落ちるかも知れん。作れぬことはない」

「そうですか、安心しました。よろしくお願いします」

 ドラゴンティアスの品質が仕上がりを左右したりするのよね。いいドラゴンを発見することも、エリクサー作りの秘訣かも。

 アムリタ用の海水も少なめ。作れるだけ作っちゃおうかな。

「作製中は覗かぬよう」

 セビリノがしっかりと釘を刺す。


「もちろんです。口の堅い小悪魔を寄越しますので、下準備など命令してくださいね。私は上で待っています。何かありましたら、声を掛けてください。お食事もそちらのタイミングで小悪魔に申し付けてください、運ばせますから」

 ベルタはそう告げて、一階へ戻った。

 私達はまず必要な素材を保管庫から運び出す。広い作業テーブルに並べて、計量から。セビリノと準備をしていると、カラカラと縄梯子が揺れる音がして、工房の前で足音が止まった。

「ちーッス。キケっついます。お手伝いに来ました~! 他の人間に作業内容を口外しないよう命令されちゃってるもんで、安心安全のお手伝いさんだよ」

 これが口の堅い小悪魔。どこかおかしな言葉遣いの子だ。

 肌が青っぽく、角が二本と尻尾がある。体のわりに足が大きめ。枯れ葉色のキュロットパンツを穿いている。


「ありがとうございます、これからエリクサーとアムリタを作りますので……」

「ええ~、エリクサー。それってすっげえ時間がかかるヤツだ。面倒じゃんか~、違うのにしようぜ」

「しません。作ります」

 大丈夫かな、この子……?

 指示を出しておいて、保管庫からドラゴンの素材を選ぶ。今回はこの髭を使わせてもらおう。本来は尻尾がいいんだけど、先っぽの方しかない。

 キケは言われた通りに水を汲んでくれたり、火を起こしたり、仕事はちゃんとしている。素材の下準備も得意みたいだ。

「ふむ、慣れている。手際がいいな」

 セビリノも感心している。

「へっへ~、オイラは自称魔法アイテム研究家ってヤツと契約してんだ。そこらの人間より詳しいぜ」

「自称、魔法アイテム研究家?」


 なんで自称が入るんだろう。

「そそそ。アイツは魔力操作が下手過ぎて、たいしたアイテム作れねえんだ。知識だけはあっから、今も侯爵の家で職人の指導なんてしてる。研究家って名乗るけど、そんな職業この国にはないんだぜ」

 なるほど、この国にはない職業。名乗った者勝ちね。

 話をしながら、下準備はつつがなく終了。さて、浄化だ。セビリノが詠唱を開始しようとすると、キケが小さく跳ねた。

「待てよ待て、小悪魔がいるのに浄化するとか、ちょっと何言ってるか解らないんだけど~! 正気の沙汰じゃないじゃんか! エリクサーの浄化じゃ、かなりだろ。アンタらオイラに気を遣えよ、良心ってモンを痛ませろ~!」

「ごめんね、少しの間だけ席を外しててね」

 そうだ、ベリアルなら勝手にフラフラしているからウッカリしてたわ。派遣された小悪魔だものね、こちらが気を遣わないと。


 キケが部屋の外に出てから、浄化をした。お香も焚こう、棚に数種類が置いてある。今回はサンダルウッドを選んだ。虫よけにも効果があります。

 少しして、キケが恐る恐る扉の隙間から顔を覗かせる。

「やっべーやっべー、外まで光が洩れてたやんか……。これをオイラがいるってのにやろうとは……。危険人物だ、注意注意……」

 小悪魔が震えるほどの浄化の効果だったらしい。浄化で怪我をしたりするわけではないけど、弱ったり嫌な感じがするらしいよ。

「さすがセビリノね」

「恐縮です」

「いやそこ! オイラを心配したげてっ!!!」

 元気いっぱいだ、うんうん平気そう。さて、本格的にアイテム作製にかかろう。

 さて、素材を煮込んで呪文を唱えて。しばらく続けていると、キケが近くにいないことに気付いた。


「どうしたの?」

 見れば竹のザルを被って、隅っこにしゃがみ込んでいるではないか。

「すごいのが来る、きっと貴族悪魔だぁ……!」

「ベリアル殿よ。私が契約しているから大丈夫よ」

「ヒイイイィ、恐ろしい人間でぼ……。キケ絶体絶命の巻……!」

 キケは青っぽい顔をさらに蒼白にして、肩を大きく震わせた。ベリアルが様子を見に来たんだろう。そこまで怯えなくても、大丈夫なんだけどな。

 ところで人間でぼって、どういう表現だろう?

「何もしないってば」

「貴族だぞ……、怖くて正解」

 急に地獄の貴族が訪れて、ベルタはどうするだろう。まさか敵と勘違いして、戦ったりはしないだろうか。怖い顔をしているものね。

 セビリノは手が離せない。キケに焦がさないようアムリタを任せて、一人でこっそり上の様子を見に行った。


 地下室の出入り口がある台所に立つと、玄関からキイと蝶番ちょうつがいが擦れる音がして、男女の声が聞こえてくる。

「どちら様ですか?」

「小娘の様子を見に参った。イリヤという跳ねっかえりが、ここにおるであろう」

「あ、密採した女性の契約者の方ですね! おいでませ南トランチネルへ~!」

 ベルタの声色は朗らかだ。歓迎されている、そんなバカな。

「そなたは何だね?」

「私は南トランチネルの魔法統括部長補佐をしている、ベルタ・アリアスと申します。主に召喚部門にたずさわっていまして。貴族悪魔の方とお話できるなんて、幸せです!」

「ふはははは、そうかね! 我はベリアル、存分にもてなすが良い!」

 ベリアルも上機嫌。もてなすが良いって、相変わらず偉そうだわ。


「お任せください! お酒はいかがですか? 罪を免除する代わりにアイテム作製をして頂いているので、契約者様はまだ時間がかかりますよ」

「そうであったか。ところで、魔法統括部門とはどういう組織なのだね?」

「もともとクーデターを実行する為に、軍事、食料など様々な部門に分かれ、個別で密かに準備していたんです。その中の、魔法、召喚術、アイテム作製の三部門を統括するのが魔法統括部門です。独立を機に、そのままそれぞれの部門を政治に組み込みました」

 なるほど、なるほど。それで南トランチネルはスムーズに国家運営されているのね。北はまだ、ゴタゴタがあるらしい。あちらの方が死者も多いしね……。

 二人は意気投合して、お酒を酌み交わしている。楽しい会話を聞いていても仕方ないわ。私は作業場へ引き返した。私達のご飯が、忘れられませんように。


「そろそろだよ~、毒消しはどうすっかい?」

 地下に戻ると、キケがアムリタの大鍋を掻き混ぜながら私に尋ねた。アムリタは作製途中に毒が発生するのよね。

 これをしっかり解消できれば、もう完成したも同然だ。

「お待たせ。毒消しの魔法を唱えるわね、代わるわ」

「ハイランの地下茎を用意してるぜ」

「ありがとう、入れてくれる?」

 なくても作れるけど、せっかくだから使おう。キケは乾燥したハイランの地下茎を、粉にしてくれていた。これを投入して、毒消しの魔法を唱える。


「毒よ、むしばむものよ。悪戯に人を苦しめる、苦き棘よ。天と地の力により、汝は駆逐されよ」


 うん、いい感じに仕上がってきた。布で濾してからさらに半分に煮詰め、ローズマリーの精油とミツロウを加えて固める。

 セビリノの方は、さすがにまだまだ終わらない。属性も安定しているし、彼なら問題なく作れるだろう。私はポーションを作ることにした。

 キケがアムリタ軟膏を白い容器に移している間に、保管庫から素材を持ってくる。保管庫にあるノートに、持ち出した記録を付けて、と。


きょのアイテム、ポーション、ポーション、ふんふふーん」

「……師匠」

「どうしたの、セビリノ」

 ポーション作りに取りかかる私を、神妙な表情で呼ぶセビリノ。まさか失敗しそうなのかしら!?

「申し訳ありません。気が散るので歌わないで頂けませんか……」

「え、また歌ってた!??」

「歌ってたぜ。変な歌」

 まさかのセビリノに注意され、小悪魔キケにまで指摘されてしまった!

「己の未熟を棚に上げて大変心苦しいのですが、集中力を欠いてしまいまして……」

「だから歌ったら教えてってば! わざとじゃないのよ!!」


 うわああ、また歌ってた……、恥ずかしい!

 普通に注意してくれないかなあ……。

 

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